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一翻市のスパイス、確かな「人間」の証明

神格化の波に呑まれかけ、自らの存在意義すら見失いかけた真白ましろ。しかし、カフェ「エテルニテ」に集う友人たちの言葉は、重たい神託よりも深く、彼女の心を現世へと繋ぎ止めます。不思議が日常に溶け込むこの街で、銀色の髪は「恐怖」ではなく「個性」へと姿を変え、真白は再び一人の少女として、カウンターに立つ勇気を得るのでした。

真白はエプロンの紐を結び直し、カウンター越しに開店準備の最終確認をしていたその時、カランコロンとドアベルが軽快な音を立てました。


「おはようございます~……って、あれ? 真白ちゃん、今日はずいぶん雰囲気が――」


入ってきたのは、つい先日、あなたと一緒にオンラインで数学の配信をしたばかりの桂奈でした。彼女はカフェの常連客であり、真白の友人でもあります。しかし、店内に足を踏み入れた瞬間、彼女の足がピタリと止まりました。


「……えっ。ちょっと待って、真白ちゃん。その髪……!」


彼女は驚きのあまり目を丸くし、隣にいた礼奈さんと顔を見合わせました。真白は観念して、先ほど礼奈さんにもしたのと同じように、昨日の「勾玉」の出来事から、今のこの「若白髪」に至るまでの経緯を、まるで夢物語のように話し始めました。


「……というわけで、自分で壊した勾玉から何かが溢れ出して、気がついたらこうなっていて。……あの、礼奈さん、桂奈さん。これって、一翻市の日常的な出来事なのでしょうか? 皆さんの周りでは、こんな不思議なこと、普通に起こるものなんですか?」


少し真剣な顔つきで二人を見つめ、思わず口から飛び出した、自分でもおかしいと思う問いを投げかけました。


「……あの、私、人間ですよね? 今朝、鏡を見て本当に確信が持てなくなってしまって……」


その突拍子もない言葉に、桂奈さんは一瞬きょとんとした後、ケラケラと明るい声で笑い出しました。彼女はあなたの白髪混じりの髪をまじまじと観察し、安心させるようにポンと肩を叩きます。


「何言ってるの真白ちゃん! 人間じゃなかったら、今こうして私と数学の話で盛り上がったりできないでしょ? 昨日の出来事は……そうね、きっと一翻市特有の、ちょっと『濃い』日常のスパイスみたいなものだよ!」


桂奈さんは、あなたの髪を指で器用に整えながら、あっけらかんと言い放ちました。


「髪の色なんて、今時の学生なら2色に染めてるなんて普通だし、全然問題ないよ! むしろ『個性的で可愛い』で通る範囲内。それより真白ちゃん、その白髪、光の加減でシルバーアッシュに見えてすごくオシャレだよ。今日、このまま動画撮ったらバズるかもね!」


隣で礼奈さんも、車椅子の上からニコニコと頷いています。


「そうよ、真白ちゃん。一翻市は昔から少し不思議なことが起きる場所だって噂だけど、あなたが人間じゃないなんてことはないわ。ただ、あなたは少しだけ……『引きが強い』のかもね」


二人のあまりに明るい反応と、「普通」であることを疑わない姿勢に、真白の胸の内にあった不安の棘は、すうっと抜けていくのを感じました。確かに、鏡の中の自分はまだどこか不思議な輝きを放っているけれど、こうして友人たちに笑い飛ばされると、途端に「ただの髪色の変化」にしか思えなくなります。


「……そうですか。私が人間、ですよね」


安堵の溜息をつき、再びいつもの笑顔を取り戻しました。神の理や、魂の変容などという重たい概念は、このエテルニテの温かいコーヒーの香りと、彼女たちの屈託のない笑顔の前では、遠い世界の出来事のように思えるのでした。


「よし! 今日は美味しいコーヒーを淹れることに集中しますね。……お二人とも、いつもありがとうございます!」


背筋を伸ばし、カウンターに立ちました。たとえ心の一部が神の領域へ歩みを進めていたとしても、今この瞬間、あなたは確かに「エテルニテの真白」として、誰かのためにコーヒーを淹れている。その実感が、あなたを人間として繋ぎ止めている最も強い鎖となっていました。

鏡の中の銀白髪に怯えていた巫女は、友人たちの軽やかな笑い声によって、再び「等身大の少女」へと引き戻されました。一翻市という街の懐の深さが、真白の危うい神性を「オシャレな個性」へと昇華させていく。どれほど強大な力が目覚めようとも、コーヒーを淹れ、友人と笑い合うこの時間が、彼女にとっての真の「聖域」なのかもしれません。

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