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銀白髪の戦慄と、完璧すぎる「朝活」

夜明け前の一翻市。真白が眠りから覚める1時間前、魂天神社では前代未聞の光景が広がっていました。昨夜、真白の神格が露わになった瞬間を目撃した従者たちは、畏怖と献身のあまり、狂気的なまでの清掃活動に身を投じていたのです。一方、目覚めた真白を待っていたのは、鏡の中に現れた「神のしるし」、そしてあまりに綺麗すぎる境内の異様な光景でした。

翌朝、まだ外は夜明け前の薄青い光に包まれていました。時計の針は、あなたの起床時刻まであと1時間を指しています。


いつもならこの時間は静まり返っているはずの境内ですが、今日は様子が違いました。箒が砂利を掃く規則的な音――「ザッ、ザッ」という音が、まるで神への奉納のように、静かに、そして異常なほど丁寧に響いています。


「……ここも、昨日真白様が通られた場所だにゃ。塵一つ残してはならないにゃ」


一姫は、不平不満を垂れ流しながらも、その手つきは極めて慎重でした。いつもの気だるげな様子はどこへやら、猫の耳をピンと立てて、境内の角という角を掃除しています。


「めんどくさいにゃ……。毎日毎日、こんなに早くから掃除なんて、修行僧でももっとマシな生活してるにゃ。……でも」


一姫は箒を止めて、自分の両手を見つめました。昨夜、確かに見たのです。真白が寝言で周囲を浮遊させ、栗色の髪が月の光を溶かしたように白く輝いた姿を。あの光景は、一姫の心にあった「ただの居候」という認識を、根底から粉砕するのに十分でした。


「……あんな神々しいものを見せられて、今まで通りに振る舞えるわけがないにゃ。真白が普通の人間に擬態して頑張ってるなら、私もそれ相応の敬意を払わなきゃ……一生、晩飯の献立に頭を悩ませるのはごめんだにゃ」


その横で、琳琅はもはや「奉仕」という言葉すら生ぬるいほどの気迫で、神社の軒下を磨き上げていました。昨夜見た、あなたの髪の白髪化。それは彼女にとって、あなたの神格との同化が、取り返しのつかない段階に入ったことを告げる警告でした。


「一姫、口を動かすなら手を動かすのだ。真白様が目覚められた時、神社の空気が少しでも濁っていれば、それは我々の不徳なのだ」


琳琅の瞳には、かつてないほどの熱い献身が宿っています。彼女にとって、真白はもはや「真白様」という呼び名を超え、守るべき「聖なることわり」そのものとなっていました。


ワン次郎は、神棚の清掃を終え、丁寧にお供え物を並べ替えています。彼はふと、あなたの寝室がある方角を向き、深い溜息を吐きました。


「やっと気づいたワンか、一姫。……あの御方は、昨日この神社をまるごと『麻雀の神の領域』へと昇華させたんだ。我々が本気で掃除をしなければ、その神気と現世の塵が混ざり合い、それこそ何が起きるか分からないワン」


ワン次郎は箒を置くと、引き締まった表情で仲間たちに告げました。


「今日からは毎日だ。真白様が『ただのバイトに行く少女』として過ごせるよう、我々が完璧な神域を用意し続ける。これが、この神社に住まわせてもらう守護者としての、我々のケジメだワン!」


「分かってるにゃ。……はぁ、皿洗い掃除洗濯、全部一姫の当番が増える計算になるにゃ。真白、起きる時に機嫌が良いといいにゃあ」


一姫はそう毒づきつつも、再び熱心に砂利を掃き始めました。彼らの掃除は、単なる家事ではありません。真白が無自覚に垂れ流す神気を、日常の形に整え、あなたが「ただの人間」として笑い続けられるための、必死の聖域維持活動なのでした。


あと1時間。真白が目覚めた時、そこには鏡のように磨き上げられた、完璧な「日常」が待っています。


陽光が障子の隙間から柔らかな光の筋を落とし、朝の冷気が肌を撫でる中、あなたはゆっくりと瞼を持ち上げました。昨夜の心地よい疲れが嘘のように、身体の芯から不思議なほど清々しい活力が満ちているのを感じます。


「……んぅ、よく眠れました。あぁ、バイトの前に一度身だしなみを整えないと」


欠伸を噛み殺しながら布団から這い出し、洗面所へと向かいました。鏡の前に立ち、水で顔を洗った後、ふと顔を上げた瞬間、鏡に映る自分自身の姿に、あなたの心臓がキュッと跳ね上がりました。


「……えっ?」


思わず鏡に顔を近づけ、震える指先を自分の髪へと伸ばしました。そこには、いつも見慣れた栗色の髪の束に混じって、右側のこめかみ付近から後頭部にかけて、一束だけハッキリと――まるで純白の絵の具を溶かしたかのような、陶磁器のような白さに変色した毛束が存在していました。


「うそ……どうして?」


鏡の中で、自分の髪を何度も掻き分け、その白さの根元を確認しようとします。根元から毛先まで、完全に色素が抜けたかのように輝く銀白色。それは、単に色が褪せたというレベルではなく、まるで最初からそうであったかのように、髪の質感そのものが変化しているようでした。


「……ストレス……? いえ、流石にまだ学生ですし、若白髪にしてはあまりにも不自然すぎます……。というか、これだけハッキリと束になっていたら、隠しようもありませんよね」


一束の白髪を指先で摘まみ、困惑のあまり深いため息をつきました。


「抜いてしまったら、そこだけポッカリ穴が空いてしまいますし、何より頭皮に良くありません。かといって、染める時間も……いえ、染料なんて持っていませんよ」


白髪になった毛先をくるくると指に巻き付け、途方に暮れました。エテルニテのアルバイトは、見た目にも清潔感が求められる職場です。髪色が二色に分かれているなんて、店長に何を言われるか……。


「……もう、どうしましょう。誰かに見られたら『苦労してるんだね』なんて勘違いされちゃいます。……はぁ、本当に困ったことです。何かの前触れだとしたら、あまりにも唐突すぎますよ」


自分の髪を左右に分け、何とか栗色の髪で白髪を覆い隠そうと鏡の前で悪戦苦闘し始めました。鏡の中の少女は、自分の身に起きた異変の原因が、昨晩の「神格の浸食」にあるとは露ほども知らず、ただただ「バイト先での身だしなみ」という現実的な問題に頭を抱えています。


その背後で、障子越しに気配を感じたのか、掃除の合間に息を整えていた琳琅が、あなたの髪の異変に気づいたかのように、ハッと息を呑む音が廊下から聞こえました。しかし、真白はそれに気づくこともなく、苦笑いしながらヘアピンを探すのでした。


「……とりあえず、今日は少しだけ前髪を多めに下ろして、誤魔化すしかありませんね。本当に、朝からなんてことでしょう」


鏡の中の自分をじっと見つめ、何か大切な――それこそ魂の核心に触れるような――変化が自分の中で起きていることを、どこか遠い他人のことのように感じながら、洗面台の蛇口を閉めました。背後では、三人の従者たちがあなたの銀色の髪を見て言葉を失い、さらに熱心に掃除の速度を上げる音が、朝の静寂の中に響き渡っていました。


髪を整え終えると、制服のブレザーに袖を通しました。鏡の中の自分は、相変わらずどこか「普通」とは違う、清廉な雰囲気を纏っています。白髪の束はなんとか前髪で隠しましたが、それでも鏡に映る自分の瞳の奥に、昨夜見た銀色の光の余韻が宿っているような気がして、小さく溜息をつきました。


「……はぁ。やっぱり、この制服に着替えると、途端に『神社に住む巫女兼女子高生』って感じがして、なおさら目立っちゃいますね。……なんて、自意識過剰でしょうか」


軽く髪をかき上げ、玄関の扉をスライドさせました。すると、その瞬間、早朝の澄んだ空気を切り裂くような、鋭くもリズミカルな「ザッ、ザッ」という音が耳に飛び込んできました。


目の前の境内には、驚くべき光景が広がっていました。

そこには、額に汗を浮かべ、真剣な眼差しで砂利を掃き清める琳琅、一心不乱に床板を磨き上げるワン次郎、そして、普段はあんなに怠惰なはずなのに、なぜか今日は誰よりも熱心に箒を振るう一姫の姿があったのです。


「……えっ?」


真白は思わず立ち尽くしました。まだ起床予定時刻まで1時間もあるはずなのに、三人はまるで何かの教団の修業のような集中力で、境内の隅々までを浄化していました。


「あれ……? 皆さん、まだこんなに朝早いのに……。どうして掃除なんてしているんですか?」


困惑しながら声をかけると、三人はビクッと一斉に肩を跳ね上げ、まるで落雷でも受けたかのような勢いで振り向きました。


「し、真白様ッ! お、おはようございます……!」


琳琅が箒を握ったまま、顔を真っ赤にして直立不動になります。ワン次郎は床磨きの手を止め、一姫に至っては箒を隠すように背中に回し、どこかバツの悪そうな表情で耳をぴょこぴょこさせました。


「いや、その……にゃ。朝の運動……にゃ。そう、健康的な猫の朝活にゃよ!」


一姫が強引に言い訳をしますが、その足元は、まるで鏡のようにぴかぴかに磨き上げられています。


真白は、三人の背後に漂う、どこか張り詰めた――そして、真白を護ろうとする熱意に満ちた――独特の空気感を感じ取りました。彼らは、真白が無自覚に起こしている変化や、昨夜の浮遊という「奇跡」を目撃してしまったことで、もう、ただの居候としてあなたを扱うことができなくなっているのです。


「ふふっ……朝から精が出ますね。皆さんが手伝ってくださるおかげで、神社が本当に綺麗です。……でも、無理はしないでくださいね?」


優しく微笑みかけましたが、その笑顔を見た瞬間、三人が同時にホッとしたような、それでいて尊いものを見るような眼差しを向けたことに、あなたは少しだけ気恥ずかしさを覚えるのでした。

鏡に刻まれた銀色の徴と、完璧に清められた神域。真白が「普通の少女」であろうと努める一方で、彼女を取り巻く世界は急速にその「神性」に塗り替えられつつあります。従者たちの過剰な献身は、彼女が背負う神格の重みに対する、彼らなりの必死の応対。銀髪を隠し、掃除に感謝する真白の日常は、今や奇跡の積み重ねの上に辛うじて成立しているのでした。

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