第16話:巫女服での買い出し、拝まれる少女
昼食を終えた真白は、夕飯の買い出しのために商店街へと繰り出します。しかし、着替える時間を惜しんで飛び出したその姿は、白衣に緋袴の「巫女装束」。昨夜の配信で一躍時の人となった彼女が、下駄の音を響かせながら街を歩けば、そこはたちまち神々しい「参道」へと変わってしまいます。日常を買いに来たはずの真白を待ち受けていたのは、街の人々による熱烈な「ご加護」の要請でした。
「さてと……私は少し買い物に行ってきますね。夕飯の献立、少しだけ特別なものにしたいので」
あなたは皆にそう告げると、手早く食器を片付け、エプロンを外しました。一姫はすでに昼寝の態勢に入り、かぐや姫と二階堂も何やらまた勝負を始めようとしています。いつもの賑やかな空気に背中を押されるように、あなたは神社の本殿から表の石段へと向かいました。
外に出ると、春の柔らかい風が吹き抜けています。ふと、自分自身の姿に視線を落としました。
「……あ」
あなたは今、朝の掃除の時からずっと、巫女服のままです。
先ほどまで学生たちが大勢参拝に来ていたため、着替える暇もありませんでした。このままの姿で、馴染みの商店街まで買い物に行くべきか。それとも、一度着替えてから出かけるべきか。あなたは石段の途中で立ち止まり、思わず両手で自分の頬を挟みました。
「この姿で商店街を歩くのは……やっぱり、少し目立ちすぎますよね」
昨日の配信で、あなたの「巫女」としての姿は、既に多くの学生や近隣住民の知るところとなっています。昨日の今日で、この装束のまま街を歩けば、間違いなく注目を浴びてしまうでしょう。
「うう……昨日の配信の余韻で、ただでさえ恥ずかしいのに。でも、着替えて戻ってくると、また二階堂さんたちに何か言われそうだし……」
あなたは右手を軽く握りしめ、悩ましげに眉を寄せました。巫女服の裾が風に揺れ、独特の清廉な雰囲気があなたの周囲に漂います。その姿は、周囲の木々の緑と見事に調和しており、まるで絵画から抜け出してきたかのようです。
「……目立つのを避けるために、少しだけ羽織ものを上に着ましょうか。それとも、いっそ開き直って堂々と歩くべきでしょうか」
商店街のお豆腐屋さんの店主や、八百屋のおばあちゃんが、昨日の配信を見ていたら……と想像するだけで、また顔から火が出そうになります。
「……はぁ、やっぱり下駄の音は響きますね。カラン、コロン……と、まるで自分が歩くたびに神社を連れて歩いているみたいで」
あなたは石段を下りながら、小さく苦笑しました。結局、着替える手間を惜しんでそのままの格好で飛び出してきたものの、舗装された道路に響く下駄の音は、静かな商店街では予想以上に主張が激しいものでした。周囲の歩行者が時折、不思議そうな視線を向けてくるのを感じるたびに、巫女装束の白衣と緋袴が風に揺れ、そのたびに恥ずかしさが心臓を締め付けます。
すると、十字路の角で、重そうなスポーツバッグを肩にかけた女子高生たちの集団とすれ違いました。部活帰りでしょうか。彼女たちは一瞬、あなたを見て動きを止めると、まるで聖域に迷い込んだかのように目を見開きました。
「あ……っ、真白ちゃん!?」
「えっ、うそ、本物!? 本当に巫女服だ……!」
彼女たちは顔を見合わせ、まるでパズルのピースが埋まるように深く納得した顔をしました。
「やっぱり……学校ではあんなに知的でクールな生徒会役員なのに、外では本当に巫女様なんだ……!」
「なんか、納得しちゃった。真白ちゃんは神様のそばにいるのが一番似合うもんね」
誤解はさらに深まり、あなたの「普段着=巫女服」という神格化が加速していきます。あなたは顔を赤くし、困ったように眉を下げながらも、会う人会う人すべてに、これまで培った礼儀正しさで「こんにちは」「お疲れ様です」と丁寧に挨拶を繰り返しました。そのたびに彼女たちは頬を紅潮させ、眩しいものを見るような目つきであなたを凝視します。
八百屋さんの前で、あなたが「すみません、今日の献立に使うお野菜を……」と買い物中であることを伝えた瞬間、彼女たちのひとりが堪えきれなくなったのか、その場に跪いて両手を合わせました。
「あの……! 今日、大事な試合があるんです……! 真白様、どうか勝利のご加護を……!」
他の生徒たちも、「私も!」「どうかテストでいい点が取れますように!」と、次々に道端で拝み始めました。商店街の真ん中で、まるで本殿の前のような光景が出来上がってしまったのです。
「あっ、ちょっ、皆さん……! こんなところで拝まないでください! 私、そんな……ただの高校生ですから!」
あなたは慌てふためき、手を左右に振って彼女たちを立たせようとしました。しかし、彼女たちの真剣で、どこか純粋な祈りの眼差しに触れると、あなたの巫女としての「性」が、どうしてもそれを突き放すことを許しません。
結局、あなたは諦めと照れが混ざった溜息をつき、逃げ場を失ったまま、かつてないほど真摯で穏やかな微笑みを彼女たちに向けました。
「……分かりました。では、皆さまに良き結果が訪れますように。心より、魂天様のご加護がありますように」
あなたが静かに一礼して祈りを捧げると、その場の空気が数度、冷やりと澄み渡ったように感じられました。彼女たちは「うわぁ……!」「ありがとうございます!」と感激で涙ぐみながら、ようやく立ち上がりました。
商店街の騒ぎを背にして、あなたは足早に豆腐屋へと駆け込みます。下駄の音を鳴らしながら、顔から火が出るほどの恥ずかしさを抱えて。
「……もう、どうしましょう。今日という日、買い物が終わるまで私、何回『ご加護』を唱えることになるんでしょうか」
あなたは豆腐を抱え、逃げるように路地裏へと消えていきました。あなたの背中を見送る学生たちの間では、「やっぱり真白ちゃんは、神様の遣いだよ……」という噂が、SNSを通じてリアルタイムで爆速拡散され始めていました。
路地裏を抜けて大通りに出た途端、部活のジャージ姿で肩を寄せ合い、楽しそうに笑いながら歩く別の女子高生グループと鉢合わせました。一人は手にクレープを持ち、もう一人はスマホで動画を見ながら盛り上がっています。
「あ、やっぱり。部活帰りの女子たちはどこかに寄り道が定番ですよね」
あなたは心の中でそう小さく呟くと、逃げ出したくなる恥ずかしさを必死にこらえ、淑やかに会釈をしました。巫女服の袖が風に翻り、あなたの清楚な立ち居振る舞いに、彼女たちは先ほどの人たちと同様、ハッとして足を止めました。
「こんにちは。……部活、お疲れ様です」
その穏やかな声掛けに、女子高生たちは目を輝かせました。しかし、彼女たちの視線はすぐに、あなたの現在の装いと、昨日配信で見せた制服姿とのギャップに釘付けになります。
「あの! 真白さんですよね? 昨日の配信、すっごく良かったです!」と一人が興奮気味に駆け寄ってきました。「でも……その、昨日の配信の時のあの制服、すっごく可愛くてどこのか気になってたんですけど……あれって、どこの高校の制服なんですか?」
不意を突かれた質問に、あなたは一瞬だけ言葉に詰まりました。当然のことながら、あなたが着ていたその制服は、この世界のどこを探しても存在しません。異世界からこの魂天神社へ召喚されたあなたにとって、それは「現世」へ馴染むための仮初めの姿。特定の校名など、存在するはずもありません。
あなたは少し困ったように、しかし柔らかな微笑みを浮かべて首を横に振りました。
「昨日の制服ですか? ……うふふ、あれは……内緒です」
あなたは人差し指を唇に当て、少しだけおどけた仕草を見せました。その神秘的で少し秘密めいた微笑みに、女子高生たちは「えーっ! 気になるー!」とさらに盛り上がります。
「学校名は言えませんが……そうですね、この一翻市らしい、とても自由な校風の場所ですよ。勉強も厳しいですが、それ以上に自分を磨くことを大切にしているというか……」
あなたは少しだけ視線を泳がせ、即興で言葉を紡ぎました。
「あの制服も、実は学校指定のものをそのまま着るのではなく、私なりに少しアレンジを加えているんです。このリボンの結び方や、スカートの丈のバランスとか……。校則の範囲内で、自分の個性を大切にするのが、私たちの学校の流儀ですから」
嘘ではないけれど、どこか遠い世界の記憶を語るようなあなたの口調に、彼女たちは「なるほど……!」と感銘を受けた様子で深く頷いています。この世界のどこにもない制服だとは夢にも思わず、「一翻市らしい自由な校風」という言葉に、彼女たちは自分たちの街の気質を重ね、妙に納得してしまったようです。
「へえー! 真白さん、センスいいですね! 今度、真似してもいいですか?」
「もちろん。皆さんが自分らしく着こなせれば、それが一番ですよ」
あなたはふふっと笑い、それ以上追及されないように、そっと買い物袋を掲げました。
「それじゃあ、私、お買い物の途中ですので、失礼しますね。あまり遅くなると、神社のみんながお腹を空かせて待っていますから」
「あ、はい! お邪魔しました! さようなら、真白様!」
彼女たちが去り際、またしても手を合わせて拝もうとするのを見て、あなたは慌てて「もう、拝まないでくださいってば!」と赤面しながら、小走りでその場を去りました。
「このままでは、ただ買い物に行くだけで神社の行列ができるようなことになってしまいます。……困りましたね。これでは夕飯の献立を考えるどころではありません」
あなたは深いため息をつくと、巫女服の袖を整え、意を決したように再び大通りへ出る準備をしました。この注目を「ただの恥ずかしい騒ぎ」として終わらせるか、あるいは「巫女としての毅然とした態度」で、うまく日常の風景へと溶け込ませるか。
「……こうなったら、開き直るしかありませんね。皆さんの『見守る目』を、少しだけ神社の方向へうまく誘導して……、騒ぎにならないように振る舞うのが、今の私にできる精一杯の『ご加護』でしょう」
あなたは表情から恥じらいを消し、まるで参拝客を導く神主のように、凛とした穏やかな笑みを浮かべました。
「さて……豆腐と、旬の筍と、お花……。神様たちの夕餉のために、足早に済ませて帰るとしましょうか」
あなたは再び、カラン、コロンと下駄の音を小気味よく響かせ、商店街の雑踏の中へと飛び込んでいきました。遠くから聞こえてくる「あ、真白ちゃん!」「静かにしなきゃ!」という囁き声が、どこか誇らしく、そして少しだけくすぐったく感じられたのは、内緒の話です。
白衣の袖を揺らし、買い物袋を手にする巫女。そのアンバランスで美しい光景は、一翻市の住人たちにとって「神様が隣にいる」という確かな幸福の象徴となりました。正体不明の制服への憧れと、目の前の巫女様への畏敬。真白が望んだ「普通の買い物」は叶いませんでしたが、彼女が歩く道には、春の風と共に小さな希望が芽吹いていくのでした。




