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真実に至る道すじ

2月の投稿は不定期となります。


(国家として独立を保つには、帝国はあまりにも大きすぎる相手か・・・)


 アルドは胸中で独りごちた。


 ドワッフ王国の現状は、そのままドルフ村の行く末を暗示している。ドルフ村は現在、アームシュバルツ公爵領の手の中にある。アルドは頭の上に乗るルルナの分体に意識を向けた。いくら『聖霊の権威』を謳ったところで、強大な軍事力と政治力を持つ帝国に対抗するには心許ない。やはり、ドルフ村の防波堤として、ドワッフ王国には主権国家としての強さを示してもらわねば困る。


 そのためには、絶対的な「力」が必要なのだ。・・・昔も今も、世の理は変わらないらしい。


 ズズズズズッ。


 ふと、遠くから腹の底に響くような地響きが伝わってきた。

 アルドが目を細めて音のする方向を窺うと、沈痛な空気を払拭するように、ヴィッセン王が立ち上がり、口を開いた。


「あれは、我がドワッフ王国の誇る『重装歩兵団』の行軍です」


 王が指し示す先。そこには、身の丈3メートルはあろうかという巨大な全身鎧(フルプレート)を着込んだ兵士の集団が整然と歩を進めていた。関節部からは断続的に蒸気が吹き上がっている。


(あれだけの巨体をどうやって動かしている? 蒸気機関か? いや、魔動器の類か?)


 アルドが目を丸くしている横で、ココミは「わぁっ!」と目を輝かせ、興味津々といった様子で食い入るように見つめている。


(・・・そうだよな。血生臭い政治の駆け引きより、純粋に技術の進歩に目を輝かせる。そういう生き方の方が、人として正解な気がするな)


 アルドがそんな現実逃避めいた感想を抱いていると、ヴィッセン王が静かに首肯し、周囲の幕僚たちに目配せをした。幕僚たちも、何事か納得したように深く頷き返す。


(なんだ? 急に空気が変わったぞ)


「アルド様。貴方様が『西部研究所』の調査を望んでおられること、承知しております」


 王の言葉に、アルドはピクリと眉を動かした。


(西部研究所へ行きたいのは事実だが・・・なぜ王がそれを知っている? イエルがすでに報告を上げていたのか?)


 いや、だとしたら計算が合わない。俺が聖霊を連れていることも、ココミが『天眼』を使えることも、王は事前に知っていた(・・・・・)上で、先ほどの「聖霊顕現」の茶番に乗っかったということか? 最初から俺の力を軍に取り込むために、あえて幕僚に侮辱させ、恩を売る形で懐柔しようとしていた・・・?


(いや、考えすぎかもしれない・・・。はあ、為政者が腹の底で何を考えているかなんて、俺のようなおっさんには分からんよ。ユキナがいれば「甘いですわね」と笑って一蹴してくれるんだろうがな)


 俺に分かるのは、王が「英雄」という手駒を欲しがっているということだけだ。

 アルドは内心の警戒を顔に出さず、威厳ある態度を崩さずにただ一言だけ告げた。


「そうだ。西部研究所に向かう許可をもらいたい」

「・・・アルド様。その前に、どうかお話を聞いていただきたい」


 神妙な面持ちで、ヴィッセン王が語り始めた。


 それは、西部研究所と亜獣の関連性、そして本来の第八連隊の任務についてだった。

 やはり、連隊の真の目的は、研究所に潜入させていた密偵の回収だったという。だが、密偵は戻らず、代わりに亜獣の軍勢が現れた。


「我々本営は、これより中央平原へと向かいます。そこで、次に現れる亜獣群を迎え撃つ予定です」

「なぜ、亜獣が中央平原に来ると分かる?」


 アルドの問いに、ヴィッセン王は自らの右目に手を当てた。


 その瞳に、複雑な幾何学模様―――『天眼』の制御式が浮かび上がる。

 王は卓上の地図(魔動器)に視線を落とした。すると、地図上に光の点が現れ、西部研究所を起点として、同心円状に赤い波紋が広がっていく。波紋は人口の多い都市を正確になぞっていた。


「亜獣の軍勢は、無作為に現れているわけではありません。人口密集地を集中的に襲い、そして・・・人を連れ去っているのです」

「人を、だと?」

「はい。その規則的な動きから予測するに、次の標的はおおよそ中央平原にある穀物都市の近郊。そこに亜獣軍が出現するはずです」


 アルドは、駆動する地図の光を見つめた。

 (王の『天眼』が、地図という魔動器に直接制御式を書き込んで作動させているのか?)


「お気づきになりましたか」


 王が静かに言う。


「『天眼』には、高度な制御式を構築する力があります。ドワッフ王国は、魔動器の『器』を作ることには長けています。ですが、帝国のようにそれを動かすための『制御式』の研究が進んでおりません。王家の秘術たるジタント鉱石の加工や、高度な魔動器への制御式の焼き付けには、この『天眼』が不可欠なのです」


(なっ!? そんな国家の最重要機密、俺なんかにペラペラ喋っていいのか!?)


 アルドは驚いて王を見返した。


 対する王は、じっとアルドの機微を観察している。

 もしこの場にユキナがいれば、『先ほどの非礼の詫びとしては安すぎますが・・・その情報、我々の交渉のカードとして受け取っておきましょう』とでも言って、政治的優位を確立しただろう。


 だが、アルドにそんな高度な政治的駆け引きができるはずもない。


「・・・なるほどな」


 アルドは深く頷いた風を装い、話題を強引に逸らした。


「重装歩兵団で、その中央平原の亜獣を抑え込むつもりか?」

「はい。亜獣軍は現れる度に数を減らしていますが、個々の実存強度は跳ね上がっています。ですが、重装歩兵団と、首都からの『遠距離都市魔法』による支援があれば、必ずや防ぎきってみせましょう」

「そうか。なら、そっちの防衛は安心だな」


 アルドはココミの肩をポンと叩き、王に真っ直ぐに向き直った。


「俺とココミは、予定通り西部研究所へ行く。そこが、このふざけた事態の『元凶』に思えてならないからな」


 ヴィッセン王の顔に、微かな落胆の色が浮かんだ。

 王としては、国家機密を明かしてまでアルドを信頼している姿勢を見せ、彼を中央平原の防衛戦―――ドワッフ軍の指揮下―――に引き込みたかったのだ。だが、アルドはその政治的思惑を(結果的に)すべて綺麗にスルーしてしまったのである。


「・・・分かりました。王として、許可いたします。アルド殿、西部研究所の調査をお願いいたします」


 ヴィッセン王の表情が、どこか悲痛な影を帯びる。

 アルドは踵を返しかけ、ふと立ち止まって問うた。


「西部研究所では、魔動器に焼き付ける制御式の研究をしていると聞いているが・・・本当は、一体何を研究していたんだ? 『天幻』か?」


 王は沈黙し、やがて絞り出すように答えた。


「私から語れることはありません。・・・そこでアルド様が目にするもの。それこそが、今のこの世界の、残酷な真実なのです」



 同時刻。

 ドワッフ王国辺境、西部研究所――その最深部。


 薄暗く、窓のない冷たい石室の中で、一人の女性が石の床に這いつくばり、懇願していた。


「もう・・・これ以上は、出来ませんっ・・・」

「ほう? 優秀な主任研究員が、そのような泣き言を口にするとはな」


 黒衣を纏い、顔を深くフードで隠した男が、見下すように冷笑する。

 女性の白衣は汚れ、頬は痩せこけ、本来はまだ若いはずの容貌が、まるで老婆のように生気を失っていた。


「こんなことは・・・私が望んだ、古代研究では・・・」

「古代研究の先に、『楽園』があるのだろう? 我々はその楽園を創っているのだ。お前たちの技術はそのための礎。悲観することはない」

「い、いいえ・・・! これは違う! こんなの、ただの・・・ッ」

「人殺し、とでも言いたいのか?」


 男の言葉に、女性はビクリと肩を震わせた。

 連れ去られてきた罪のない人々。彼らがどのような末路を辿ったか、彼女は一番近くで見させられてきたのだ。


「・・・分かった。これ以上、お前に強要はすまい」

「え?」


 男の声音が微かに和らいだ。女性が安堵の息を漏らそうとした、その時だった。


「お前自身が、『供物』となれば良い」

「―――えっ!?」


 黒衣の男の手が、無造作に女性の顔面を鷲掴みにした。

 華奢な男の体躯からは想像もつかないほどの恐るべき腕力。悲鳴を上げる間もなく、女性の体は軽々と宙に持ち上げられた。

 次の瞬間、女性の全身を漆黒の制御式が幾重にも縛り上げる。


「あ、あぁぁぁ・・・! いや、助け・・・イエ、ル―――っ!」


 絶望の中、彼女が最後に紡いだのは、故郷に残してきた大切な青年の名だった。


 黒衣の男は空いた方の手で、小さな水晶型の魔動器を取り出し、酷薄な声で詠唱する。


「聖女の祝福に、感謝を」


 パキンッ、と。


 空気が凍てつくような音が鳴った。


 悲鳴が途絶える。人間の肉体が、骨が、魂が、漆黒の制御式によって極限まで圧縮・凝縮されていく。

 やがて、女性がいたであろう場所から滴り落ちたのは、女性だったモノ―――小石ほどの大きさの、禍々しい『黒嘆石』だった。


 カラン、と冷たい音を立てて床に落ちたその石を、男は拾い上げる。


「・・・最終段階フェーズに移行する時が来た」


 黒の信徒の嘲笑が、死の匂いが充満する地下室に不気味に響き渡ったのだった。




読んで下さいまして、ありがとうございます。


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