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唸り声⑤

2月の投稿は不定期となります。

諸事情により投稿できずにいました。

 アルドはコホンと一つ、大げさに咳払いをした。

 ピタリと、広場にいる全員の視線がアルドに集まる。場の流れ―――主導権を完全に握ったと言っていいだろう。

 アルドは傍らに立つココミに顔を寄せ、そっと耳打ちした。


「ココミ、助かったよ。これで上手くいく」

「えへへ、お役に立てて良かったです」


 目的は、西部研究所へ向かう許可と協力を王から取り付けることだ。だが、いきなり「怪しいから研究所を調べさせろ」と要求するのは味気ないし、角が立つ。まずはドワッフ王国との関係を密にするような前置きをして、友好的な雰囲気を作ろう。

 アルドは人の良さそうな笑みを浮かべ、改めて口を開いた。


「事前に連隊長グランから紹介もあったとは思うが、改めて名乗ろう。俺は聖霊の使者、アルドだ」


 極めて気安い、隣人に向けるようなトーンだった。


 だが、ドワッフ王国の重鎮たちの受け取り方はまるで違っていた。彼らにとって、その言葉は先ほどの「侮蔑」に対する痛烈な釘刺しに他ならなかった。

 ―――『聖霊の使者であることは分かっていたはずだよな?』『先ほどの非礼を水に流したわけではないぞ』。

 神の如き聖霊を従えるこの男の権威を汚した対価は、果たしてどれほどのものになるのか。戦々恐々とする彼らの胸の内など露知らず、アルドは頭を指差して続ける。


「で、俺の頭の上に乗っているのがルルナ―――蒼聖霊だな」


 アルドとしては「頭に乗っかってる聖霊って、小動物みたいで可愛いでしょ?」と同意を求めるつもりだった。だが、返ってきたのは水を打ったような沈黙だ。


 (あれ、どういうことだ?)


 アルドの疑問とは裏腹に、ドワッフ陣営は恐怖に凍りついていた。


 聖霊を気安く名前で呼ぶなど、過去の文献にある「聖霊の使徒」ですら前例がない。しかも、あの大聖霊がアルドの頭上で心地よさそうに丸まっているのだ。これは暗に「私は聖霊の使徒すら超越した存在である」と語っているに等しい。

 王も幕僚も、ただただ息を呑むことしかできなかった。


 一方のアルドは、内心で冷や汗をかいていた。


(どうにも反応がなしのつぶてだな。主導権を握ったと思ったのは勘違いだったか? いや、話は聞いてくれている。なら、もっと両国の未来に繋がるような、気の利いた話題を出さないと)


「ええと・・・俺はドルフ村の代表としてここに来ている。ドルフ村が元々はドワッフ王国と共にあった歴史は知っている。今は帝国領となっているが、俺自身としてはアームシュバルツ公爵を介さず、ドワッフ王国と直接、友好な関係を深めたいと考えている」

「ア、アルド様・・・?」


 ヴィッセン王が、恐る恐るアルドの顔色を窺うように顔を上げた。


「ああ。ドルフ村の復興に、出稼ぎ人を毎年受け入れてくれていたドワッフ王国の力を借りたい。・・・そういえば、帝国―――アームシュバルツ公爵と言えば、ドワッフ王国は帝国と『技術協力』の条約を結んでいるのだったな?」

「・・・はい」


 ヴィッセン王の返答は、ひどく苦渋に満ちたものだった。技術協力。本来なら互恵関係であるはずのその言葉に、明らかな影が差している。


「亜獣の襲撃が各地で群発していると聞く。帝国の技術者たちは避難したのか? それとも自国へ逃げ帰ったのか―――この陣容の中に姿が見えんものでな」


 アルドは露天の作戦本部を見渡した。条約を結んでいるのなら、帝国の技術将校が合同で事態の収拾に当たっているのが自然だと、安直に考えたのだ。


「いえ、アルド様。帝国の技術士官殿は・・・安全な王都の奥深くにて、我々が亜獣の沈静化を成し遂げるのを『お待ち』になられています」

「はっ! 体よく顎で使われているのだっ!」


 王の言葉を遮るように、一人の年配の幕僚が血を吐くような声で叫んだ。

 すぐに周囲から「使者様と陛下の御前だぞ!」「暴言は控えよ!」と諫める声が上がるが、彼らの顔にも等しく濃い怒りと無念が張り付いている。

 王はそれを咎めることなく、ただ唇を固く噛み締めて俯いていた。

 その王の姿に、抑えるべき感情が溢れてしまったのか、それとも聖霊の使者様にこそ分かって欲しいとの思いが溢れたのか、幕僚の叫びが口々に上がった。


「技術協力などと聞こえはいいが、奴らアームシュバルツ公爵の狙いは我々との技術協力などではない! 我が国の労働力と資源を搾取し、あわよくば王家の秘術たる『ジタント鉱石』の加工技術を奪い取ろうとしているのだ!」

「それだけではない! 奴らは我が国が有する『南海への道』の利権までも差し出せと要求してきている!」


 次々と口をついて出る幕僚たちの鬱憤。

 アルドは目を細め、事態の深刻さを理解した。


(なるほど、そういうことか。技術協力という条約の権限を盾に、帝国技師が王以上の権力でこの軍を動かしていた・・・か)


 ドワッフ王国は決して無能な国ではない。ただ、帝国という巨大な圧力と、アームシュバルツ公爵の狡猾な政治手腕によって、手足を縛られているのだ。公爵の真の目的は、ドワッフ王国の核心技術と、南海へのルート。それを手に入れるため、亜獣の混乱すら利用して国を疲弊させているに違いない。


 国を守るための王軍が、王の意思ではなく、他国の思惑で使い潰されている現実。

 思わず、アルドの口から低い呟きが漏れた。


「属国だな」


 その率直すぎる呟きは、作戦本部の中央に重く響き渡り、やがて痛ましいほどの深い沈黙が場を支配した。ただドワッフ王国の内部にたまり続けている唸り声だけが、ことさら大きくアルドの耳にき続けていた。


読んで下さいまして、ありがとうございます。

次回からようやく動きのある展開が始まりそうです。


もし気に入ったエピソードがありましたら、リアクションを頂ければと思います。

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