唸り声②
追記:次回は1/30投稿です。よろしくお願いします。
1月の投稿は不定期となります。
「ふむ。いや、しかし・・・西部研究所はドワッフ王国において、優秀な技師が集められた場所であり、その・・・」
ベラトの歯切れが悪い。先ほどまで「息子の恩人」として感謝を述べていた父親の顔が消え、国家の機密を預かる参謀の顔が張り付いている。
(なるほど。これは踏み込んではいけない領域、いわゆる『大人の事情』ってやつか)
アルドは心の中で苦笑した。無理強いは今後の関係にヒビを入れるだけだ。ここは引くのが正解だろう。
「すまない、ベラト殿。単なる個人的な興味だ。答えにくいことであれば―――」
「アルド様に、ベラト様。ここにおいででしたか!」
会話を遮るように、後方から明るい声が掛かった。振り返れば、一騎の馬が土煙を上げて並走してくるところだった。鞍上の若者には見覚えがある。先の亜獣軍との激戦で、若手武官たちを指揮して奮戦していたイエルだ。
イエルは参謀ベラトの傍らに馬を寄せると、声を潜めて耳打ちをした。
「連隊長グラン様がお呼びです。急ぎ、前方の指揮車両へ」
「・・・グラン殿が? 分かった、すぐに向かおう」
ベラトは頷き、手綱を引く。だが、その視線は訝しげにイエルに向けられた。それはアルドも同じだった。連隊長からの伝令ならば、前方から来るのが筋だ。なぜイエルは、最後尾である後方の場所から現れたのか?
「イエル。貴官はここへ残るのか?」
「はい。アルド様の話し相手が必要でしょう? こんな土煙の舞う後方では、ドワッフ王国の美観も損なわれます。客人をもてなすには、堅苦しい参謀殿よりも、私のような若輩者のほうが適任かと愚考します」
「・・・ふっ、調子のいい男だ。よかろう、好きにしろ」
ベラトは呆れたように笑うと、アルドに一礼して馬を駆けていった。
残されたのは、アルドとココミ、そしてイエル。
イエルは、アルドの懐に収まるココミに向けて、人懐っこい笑顔を向けた。
「ココミ様。先日はありがとうございました」
「ええと、イエルさん? 傷の具合はもう大丈夫なのですか?」
「はい、もちろんですとも! ココミ様の傷薬は女神の奇跡のようです。昔の古傷まで綺麗さっぱり消えてしまいましたよ」
イエルは自身の腕をバンバンと叩いて見せる。爽やかな好青年。短い髪に、屈託のない笑顔。誰からも好かれる「陽」の空気を纏っている。だが、アルドの長年の勘―――千年前の社会人としての経験則が、微かな違和感を訴えていた。
(タイミングが良すぎる。まるで、ベラト殿が口を噤むのを待っていたかのような・・・?)
「アルド様。先ほど『西部研究所』の話をされていましたね?」
単刀直入な切り出し。アルドは警戒心を隠し、あえて鷹揚に頷いた。
「ああ。だが、ベラト殿の態度を見るに、国の重要施設のようだ。部外者が気安く触れていい話題ではないらしい」
「ええ、公式にはそうでしょう。ですが、私のような末端の兵士が『噂話』をする程度なら、目くじらを立てられることもありません。ベラト様も『好きにしろ』と仰っていましたし、これが私なりのアルド様への恩返しとお考えください」
イエルが悪戯っぽくウインクする。なるほど、参謀という立場では語れないことも、若手の噂話という体裁なら情報漏洩には当たらない、という理屈か。如才ない男だ。
「実を言いますと、私は以前から英雄アルド様とお近づきになりたいと願っていたのです。気難しい上級貴族の機嫌取りをするより、貴方のような本物の英雄に賭けるほうが、将来有望だと思いまして」
「はっきりと言うものだな」
「ははは、アルド様にはお見通しかと思いまして」
へりくだってはいるが、その瞳には知性的な光が宿っている。ただのゴマすりではない。
「買い被りすぎだ。俺はこの地で目覚めて日が浅い。・・・だが、教えてもらえるなら大歓迎だ。西部研究所とは、何をしている場所なんだ?」
「聖霊の使徒様にお教えできるとは光栄です。・・・実は、自分はその西部研究所への配属を熱望していた『落ちこぼれ』でしてね」
イエルは少しだけ声を落とした。
「西部研究所。表向きは『魔導制御式』の構築と、それを魔動器に焼き付ける技術の開発を行っています。ですが、あそこにはもう一つ、窓際の部署が存在するのです。『古代遺産』を研究する部署が」
「制御式研究と・・・そして古代遺産?」
「はい。我々の文明よりも遥か昔、高度に栄えていたとされる失われた技術。それを解析しているという噂です」
古代遺産。
その言葉に、アルドの背筋が粟立つ。それは千年前―――俺が生きていた時代の科学文明を指しているのか。もしそうなら、俺が死んだ―――あの世の理のすべてが一変した惨劇に関係している可能性が高い。
「その西部研究所では・・・まさか『天幻』の研究も行っていたということはあるか?」
アルドは鎌をかけた。その瞬間、イエルの表情がわずかに凍りついたように見えた。だが、それは瞬きの間のこと。すぐに驚きの表情へと塗り替えられる。
「天幻!? ・・・いえ、まさか。そういった話は聞いたことがありません」
「本当に?」
「はい。憧れの勤務先でしたから、あらゆるツテを使って調べましたが・・・初耳です」
――嘘だ。確実に隠している。
イエルの反応は、あまりにも「模範的」すぎた。アルドが黙り込むと、ココミが心配そうに見上げてきた。
(アルドさん・・・。古代遺跡って、アルドさんが居たという千年前の文明のことですよね?)
(ああ、十中八九な。俺がいた文明では『天幻』と呼ばれる現象が起きていた。無関係とは思えない)
(西部研究所・・・。行ってみますか?)
ココミの真剣な眼差し。アルドは小さく頷き返した。
(本営に着いてからになるが、避けては通れないだろうな)
アルドは視線をイエルに戻した。イエルは、期待のこもった目でこちらの次の言葉を待っている。
(・・・妙だ)
アルドの中で、警鐘が鳴り響く。
西部研究所は、ベラトの反応を見る限り最高レベルの国家機密だ。いくら配属を希望していたとはいえ、一介の兵士が「古代遺産の研究」などという内部事情を知り得るものだろうか? それに、彼はなぜ、これほどまでに俺にその情報を流す?
「イエル殿は、貴族の出身か?」
「いいえ、しがない平民の出ですよ。貴族様なら、コネを使って今頃あそこで研究三昧だったでしょうに」
イエルは自嘲気味に肩をすくめる。しかし、アルドに疑問が生じる。平民出身が貴族たちを率いる指揮官となれるだろうか? 有力貴族の子息ではなく、ただの平民がそこまでの情報を手にすることができるだろうか? ここまでの会話の運び方は完璧だ。だが、アルドは騙されない。
「平民出身で、西部研究所への配属を希望していた。そして、内部事情にやけに詳しい」
アルドはイエルの目を真っ直ぐに見据えた。
「なぁ、イエル。・・・お前、俺を西部研究所に行かせようとしていないか?」
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