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国境都市マジル①

11月は不定期投稿となります。

11/16 (ドワッフ王国天幻編)についてプロットは完成しました。あとは書き進めるのみ!! お付き合いのほどをよろしくお願いします(*- -)


 ユキナは、馬上で小さく息を吐いた。先ほどのアルドとのギルド通信の内容を、脳内ですでに十数回反芻している。


―――アルド:『ドルフ村に密偵が潜入した。ロウが重傷を負ったが、無事だ。ただ、ミアが「舌惟ぜつい」の呪いを受けてしまった。だが、ルルナが言うには解呪可能とのこと。敵は我々の動きを読んでいた可能性がある。ユキナたちも十分に警戒してくれ。それと、ルルナが捕縛した密偵については、ユキナとルルナで対処を検討してほしい』

―――ユキナ:『っ!? ミアが呪いを!? ・・・本当に、ミアは無事なのですかっ!』

―――アルド:『ああ、安心してくれ。命に別状はない。それからルルナからは・・・「ロウの窓口を引き継いだ」と伝えて欲しいと言われている。それで分かるはずだと』

―――ユキナ:『・・・はい。窓口はルルナ様に代わられたのですね。承りました。あの、ミアのこと、くれぐれも・・・』

―――アルド:『分かっている。ルルナに念を押して伝えておく』

―――ユキナ:『ありがとうございます』


 ミアが「舌惟」の呪いを受けた。その事実に、ユキナの胸は氷水で満たされたように冷え、締め付けられた。(やはり、あの子の傍にいるべきだったのでは・・・)一瞬よぎった後悔を、ユキナは首を横に振って振り払う。ドルフ村に籠城していても、敵の正体は見えない。こちらから情報を取りに行かねば、この世界での主導権を握ることなど叶わない。

 ユキナは無意識に、その視線を国境都市マジルへと続く道に向ける。街道は、まるで巨大な獣が暴れ回ったかのように破壊されていた。


「この道の破壊・・・意図して行ったものですな」


 ユキナの視線を追っていたブリッツが、苦虫を噛み潰したような顔で分析を述べる。


「戦闘による無秩序な破壊には見えませんな。流通を的確に阻害している。亜獣の部隊にせよ、ここまで統率が取れているとなると、単なる魔物の暴走ではなく、計画されたものと判断すべきでしょう。アームシュバルツ公の臭いが充満しているように感じます。・・・それと、ユキナ様。何かありましたかな?」

「ええ。ドルフ村に密偵が潜入したわ」


 ユキナは、魔物の襲撃と連動する形で密偵が潜入したこと、死傷者はなく密偵は捕縛されたことを、ブリッツに端的に伝えた。


「密偵、ですか。所属が割れれば、今回の襲撃の糸口になるやもしれません。・・・ですが」


 ブリッツは言葉を区切り、皮肉げに口元を歪めた。


「おそらく、いえ、これは私の勘ですが、アームシュバルツ公の名には決して辿り着かないでしょうな!」

「ブリッツさんは密偵の・・・地下組織には詳しいのかしら?」

「まあ、それなりに幾つかの伝手はあります。国境都市マジルにも、下部組織の一つや二つはあるでしょうから。探りましょうか?」

「そうね。なら、ドルフ村から情報が届き次第、頼むことにするわ」

「ええ、畏まりました」


 ずどどど、


 遠くから重い地響きが聞こえてきた。あの方角は、確か斥候に出ていたタンスイが向かった場所だ。


「この音は、タンスイ様で間違いねえですぜ!」


  後方から、商人ディルが馬車を近づけながら揉み手を顕わにしていた。彼はユキナたちの物資運搬係なのだが、道すがらタンスイが倒した魔物の素材回収に余念がなかった。


「これは高く売れますぜ~」とか「あ、もちろん生命結晶石はユキナ様に! 聖霊様にお納めくださいませ〜」と、演技がかった声を上げながらも、自らの取り分をせっせと蓄えていた。もちろん、その取り分の割合には一切の不満はないようだった。


 アルドの『商人には利得を』という方針を、ユキナは忠実に実践していた。


 ユキナはディルに軽く頷き、思考を再開する。(ドルフ村への密偵の侵入・・・あまりにも早すぎる。監視されていた? いいえ、あの落ちぶれた村を監視する価値はない。・・・もしかして聖霊の祠、いえ、ルルナ様の存在を察知していた?)ユキナはブリッツを横目で確認する。彼はその視線の意図を察して、重々しく頷いた。


「・・・私を追っていたのでしょうな」

「そうね。それが一番、現実的だわ」


 だが、腑に落ちない。ブリッツ監査官の動向を知りたければ、ドルフ村ではなく私たちを監視すればいいだけのはず。(国境都市マジルにとって、そしてアームシュバルツ公爵にとっても、ドルフ村は価値のない村という認識のはずだ。なんの生産力も持たないさびれた村。それがドルフ村だわ)


 ブリッツ監査官の情報でも、聖霊の地に関する記録は打ち捨てられていたという。それほどまでに価値がないと判断された村に、なぜ密偵が潜入するだろう? そもそも密偵は、ドルフ村の何を盗もうとしていたというの・・・?


 ユキナが(おとがい)に手を当てて思案していると、剣戟の音と騒音がすぐ近くで聞こえていた。見やれば、タンスイと数名の護衛兵が、魔物の群れとの戦闘を終えようとしているところだった。


 タンスイは、ユキナたちの気配に気づき、内心で舌打ちする。


(ちっ、もう来やがったのかよ。かっこよく終わらせておきたかったぜ)


 目の前の敵は、こちらの連携に合わせるように組織的に動き、予想外に手こずらされた。だが、もう終わりだ。 タンスイの視界の端で、MMO時代と変わらないヒットカウンターが更新されていく。


(200コンボ達成! スキル発動!)


 タンスイは剣技と盾技のコンボを繋げ、その勢いのまま高く跳び上がった。


「喰らいやがれ! 疑似・タンスイメテオッ!!」


 天空から流星のように落下し、盾を魔物の群れのど真ん中に叩きつける。防御主体の盾技を、あえて高所からの質量攻撃に転用した我流の必殺技だ。


「はぁ・・・」


 その大声を聞き、ユキナは思わずこめかみに指を当てて深いため息をついた。


(あれほど、大技はリキャストが長いから温存するように言ったのに・・・)


 実存強度4のタンスイは戦闘の要だ。大技を吐き出してしまえば、次の戦闘では彼はただの硬い壁の役目しか果たせない。私やココミは直接戦闘には向かないのだから、戦局を覆せる手札は彼しかいないというのに。


「それにしても・・・魔物、ですわね」


 ユキナが独りごちると、ブリッツがその後を引き取った。


「数十体の群れ。タンスイ殿の実力なら手こずる相手ではなかったはず。ですが、武装した亜獣たちのように、これら魔物も連携していた・・・と見るべきでしょうな。これほど大規模な『躾』を行えるのは、国家規模の組織以外に考えられません」

「マジルを襲撃した魔物の群れは、一体どこから来たのでしょう?」

「申し訳ありません。脱出が最優先で、正確な情報は・・・。マジルの状況と併せて、その確認も早急にいたします」


 ユキナはブリッツに頷き、自分は馬から降りると、タンスイが叩き潰した魔物の残骸へと迷いなく歩き出した。亜獣が軍事訓練を受けていたのは分かる。だが、魔物までが? その疑念と直観が、彼女を死体の検分に駆り立てたのだ。


 ブリッツも慌てて後に続く。商人ディルは「素材! 素材!」と目を輝かせながら、風のように駆け抜けていった。


 一面に広がるのは、臓物と血の臭気。護衛兵たちは慣れているとはいえ、その凄惨さに顔をしかめている。だが、ユキナの鼻孔にその臭いは届かない。彼女の目には、テクスチャの粗い模型が散乱しているようにしか見えていないのだ。 護衛兵たちが気後れするのを尻目に、ユキナは魔物の死体に手際よくナイフを入れ、生命結晶石を取り出していく。(彼らのような態度を、私も取るべきなのかしら? ・・・いいえ、違うわね。今は一線を画した方が都合が良いわ)


 その時、ユキナの手が止まった。

「・・・これは、何かしら?」


 魔物の心臓。その内側に、奇妙なものが埋め込まれていた。小指の爪よりも小さな、金属製のキューブ。タンスイがメチャクチャに叩き潰したからこそ、偶然露見したのだろう。微かに、だが確かに魔力カロリックの残滓が感じられた。


「以前、ドルフ村を襲撃した亜獣にも、こんなものが?」

「いえ、内臓までは検分しておりませんな」


 背後から覗き込んだブリッツが答える。そうね、とユキナが頷こうとした、その時だった。


ぶるぶる・・・。


 衣服の内ポケットが微かに震えた。魔動器―――『双子の手記』が起動したのだ。 これは、ロウ執事に預けていた一対の手記。ロウが『親の手記』に書き込むと、その文字が数分から数十分かけてユキナの持つ『子の手記』に浮かび上がるという、一方通行の通信手段。


(・・・いいえ、今の窓口は聖霊ルルナ様だったわね)


 ユキナはブリッツたちから少し離れ、手記を取り出し、そこに浮かび上がったばかりの文字列に目を走らせた。


「・・・なるほど。確かに、面白いわね」


 ユキナは小さく口角を上げた。


(想定以上に、手が早いですわ)


 密偵を捕らえ、即座にこちらの情報網に介入してくる。聖霊ルルナ・・・いずれは何らかのサインを送ってくるだろうと覚悟していたが、これほど早いとは。これでドルフ村での、情報の主導権はルルナ様が握った、と。ですが、国境都市マジルの情報は、私が掌握しますわ。


 そこで、はたと気づく。


 自分がこの状況を楽しんでいることに。ユキナは小さく咳払いをした。これはゲームではないのだ。気を引き締めなくては。


 ブリッツは、そんなユキナと、勝ち誇ったように戻ってくるタンスイを交互に見やり、改めて聖霊の使徒アルドの人選に唸っていた。情報の扱いに長けるが慎重すぎるユキナと、思考より行動が先走るタンスイ。お互いの欠点を補い、長所を活かす。


(アルド様は、実によく観ておられる)


 自分も分析官の端くれとして、その期待に応えねばなるまいと、ブリッツは静かに決意を固めた。


読んで頂き、ありがとうございました。

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