国境都市マジル④
注)11/24:ユキナの勘違いの唐突さを減らしました。
11/22:物語前半に加筆修正を行いました。
ep2 目覚め:戦闘の主導権を強化。ep.3 亜獣①:戦闘描写の一新 ep.4-5:亜獣①による字数調整。ep.8-9:戦闘描写の一新による字数調整。ep.10圧倒的なMMO:アルドの地位向上。ep.16ドルフ村①:ユキナとルルナのキャットファイト要素追加。ep.27 基礎に歩むもの③:無水拍のタンスイ伏線開示。ep.39 伏して、しかして歩む:千年にわたる愛の重み、を追加しました。ep.40-41 演説と掌握①②:演説内容が分からん!なので全て変更する。ep.48 真意は誓約に隠れる:千年にもわたる愛を追加。ep.49 これから先へ:ルルナの解像度を上げた。しかし、アバターの真実(伏線)は削除。
11月は不定期投稿となります。
◇
ユキナはブリッツの案内で、教会の地下深くに所蔵されている地下図書室へと足を踏み入れていた。
黴と古紙の匂いが鼻をつく。マジルが襲撃に見舞われた余波だろうか、普段は整然と並べられているはずの書架は幾つかが倒れ、床には貴重な古書が無残にも散らばっていた。
本来であれば、私たちのような来訪者も瓦礫の撤去や怪我人の救護に回るべきでしょうね。ユキナは、散乱した本を拾い上げながら、冷徹に思考を巡らせる。ですが、人手は代わりがきくけれど、今の私たちに最も欠けている「情報」を手繰り寄せられるのは、私しかいませんわ。
(これは、意図された人災。ならば、この瓦礫の山の中にこそ、敵の喉元に食らいつくための牙が隠されているはず)
ユキナが求めているのは、この地域の支配者―――アームシュバルツ公爵に関する詳細な情報だ。ドルフ村の片田舎では決して得られなかった、フェルム帝国の権力構造、組織図、そして公爵の個人的な繋がり。それらを知らなければ、盤上の駒の配置すら分からぬまま、目隠しで将棋を挑むようなものだ。
「ユキナ様。この辺りの資料が、公爵家と帝国の法整備に関するものですな」
ブリッツが手際よく数冊の束を運び込んでくる。彼の手腕は、単なる監査官の枠を超えていた。
「ありがとうございます、ブリッツさん。・・・それから、貴方にはもう一働き、お願いしてもよろしいかしら?」
「ほう? どのような」
「都市の『裏』と接触していただきたいのです」
ユキナは指を折りながら、必要な情報を列挙していく。
「まずは、ドルフ村に潜入した密偵の情報。彼らの逃走ルートや潜伏先。・・・それから、領主の動向についても詳細を」
「領主、ですか」
「ええ。軍事演習はいつから計画されていたのか? 魔物たちはどこから湧いて出て、どこへ消えたのか? そして何より―――マジルの防衛がどのようにして成ったのか。この都市の生命線である『都市魔法』、その詳細と発動条件を探ってください」
「・・・この混乱した状況下で、都市の最重要機密を探れと?」
ブリッツが呆れたように眉を上げる。都市魔法の機密に触れることは、即ち国家反逆にも等しい危険な行為だ。だが、ユキナは涼しい顔で言い放つ。
「こんな状況下だからこそ、ですわ。堅牢な城壁にも、混乱という名の蟻の一穴が開いているものです。貴方なら、そこから滑り込めるでしょう?」
「・・・ふッ。ユキナ様は、人使いの荒いお方だ」
「ブリッツさんの能力を、誰よりも信頼してのことですわ」
ユキナが艶然と微笑むと、ブリッツは「やれやれ」と肩をすくめながらも、その瞳には職務への意欲と、ユキナへの信頼を光らせた。
「良き知らせをお待ちください。―――ああ、そうでした。手始めにこちらを」
彼は懐からメモ書きを取り出し、ユキナに手渡した。
「この棚の周辺をお調べください。きっと、お探しの『答え』に繋がる手掛かりがあるはずです」
そう言い残すと、ブリッツは足音も立てずに闇の中へと消えていった。その身のこなしは、監査官というよりも、手練れの密偵そのものだった。
一人残されたユキナは、ランプの灯りを頼りに、ブリッツが示した羊皮紙の束を手に取った。そこに記されていたのは、フェルム帝国におけるアームシュバルツ公爵の特権的地位と、ドワッフ王国との間に結ばれた不平等とも言える通商条約の写しだった。
「・・・なるほど。ストラクト・フォンズの設定には存在しない、この世界独自の帝国。その中枢に食い込む公爵の力は、想像以上ですわね」
書類を読み進めるごとに、ユキナの眉間には深い皺が刻まれていく。
軍事、経済、そして魔導技術。あらゆる面で公爵の力は絶大であり、ドルフ村のような辺境の地など、彼の一存で地図から消し去ることさえ容易いだろう。
と、その時だった。
地下室の重い扉の向こうから、何やら騒がしい声が聞こえてきたのは。
「だーかーら! ブリッツ監査官への『極上の差し入れ』だって言ってるでしょうが! 通してくだせえよ、神に仕える慈悲深いシスター様~」
「こ、困ります! ここは関係者以外立ち入り禁止で・・・」
聞き覚えのある軽薄な声に、ユキナは思わず苦笑した。
立ち上がり、重い扉を少し開けると、そこには数個の木箱(中身は安酒や干し肉のようだ)を抱えた商人ディルが、小柄なシスターを言いくるめようとしているところだった。
「あら、ディル。騒々しいですわよ」
「おっと、ユキナの姐さん! 探しましたぜ!」
ディルはシスターにウィンクをして木箱を押し付けると、素早く部屋の中に滑り込んできた。
だが、扉が閉まり、二人きりになった瞬間、その『愛想の良い商人』の仮面が剥がれ落ちる。
「・・・クソッ。最悪だ」
ディルは帽子を叩きつけ、悔しそうに呻いた。その目には、若き商人の野心が打ち砕かれたような焦燥が滲んでいる。
「どうしましたの? その様子では、商売はあがったりのようですわね」
「あがったりどころじゃありやせん! 『取引停止』だ!」
ディルは懐から一枚の羊皮紙――街中に張り出されていた布告書を、机の上に叩きつけた。
「見てくだせえ。『非常事態につき、全ての物資売買は許可制とする』だとさ。許可証を持ってるのは公爵お抱えの御用商人だけ。俺たちみたいな小商人が入り込む隙間は、針の穴ほどもねえ!」
ディルは街の惨状をまくし立てた。
闇市すら立っていない。なぜなら、防衛を担っていたマジル軍が、公爵の名を掲げて物資をすべて接収し、「配給」という形で管理し始めたからだという。市民は生かさず殺さず、マジル軍―――公爵に頭を下げて配給を貰うしかない。ディルが手にした木箱は公爵お抱えの商人から配られた対価でもあった。
「これじゃあ商売にならねえ。・・・いや、正確には『公爵の靴を舐める奴しか商売させねえ』って意思表示だ。完全に、街の経済が死んでやがる」
その報告は、ユキナが先ほどまで読み解いていた資料の内容と、恐ろしいほどに合致していた。
ユキナは、ブリッツが積み上げた羊皮紙の束から、一枚の巨大な地図をテーブルに広げた。それはフェルム帝国とドワッフ王国、そして周辺諸国の交易路を記した古い海図のようなものだった。
「これを見て、ディル。この流通経路を」
ユキナの指が、地図上の赤い線をなぞる。それは帝都から伸び、国境都市マジルを経由して、ドワッフ王国へと至る大動脈だ。だが、よく見れば、その太い街道から無数に分岐した細い小道が、周辺の村々や小都市を必ず通過しており、道はそれ以外にはなかった。
「あなたにはどう見えて? ・・・これは、ある意味『首輪』ですわね」
「首輪、ですか」
「ええ。アームシュバルツ公爵は、単に軍事力でこの地を支配しているわけではありませんわ。塩、鉄、生活用品・・・人が生きるために不可欠な物資の流通、その全てが公爵の認可したルートのみを通るように設計されています」
ユキナは冷ややかなため息をついた。
ドルフ村のような辺境の地など、軍を送る必要すらない。公爵が書類に一つサインをし、物流を止めるだけで、一ヶ月後には干上がって死滅する。
「俺がどれだけ安く仕入れようが、どれだけ良い商品を運ぼうが、公爵が『否』と言えばゴミ屑でしかない。・・・こんなの、最初から勝負になってねえ」
ディルが悔しそうに唇を噛む。
「つまり、盤面を見る限り・・・すでにこの状況は『詰んで』いる」
認めたくない現実が、冷徹な図面と、現場の悲鳴として突きつけられる。
正面から戦えば、たとえ一時的に勝利したとしても、その後の経済封鎖で我々は自滅する。公爵という権力そのものが、あまりにも巨大で、緻密すぎるのだ。
所詮、個人の武力など、公爵―――この場合は国家といってもいい―――の前では無力なのか。
ユキナが唇を噛み、絶望感に包まれそうになった、その時だった。
―――俺が、矢面に立つ。
出立の朝、アルドが放った言葉が、不意に脳裏に蘇った。
さらに、彼は真っ先にこう言ったはずだ。『俺とココミさんはドワッフ王国へ行く』と。
(あの時の、アルド様の迷いのない瞳・・・そして、あの不敵な笑み。あれは単なる武人の決意などではありませんでしたわ。もっと先の、この盤面の『裏』を見通していた?)
「・・・待って」
ユキナの瞳孔が開く。思考の歯車が、凄まじい速度で噛み合い始めた。
(私は、アルド様が出稼ぎ人を救うためにドワッフ王国へ向かったのだと思っていました。・・・でも、そうではなかったのですね。聖霊の使者たるアルド様が、単なる人助けのためだけに動くはずがありませんわ)
ユキナの白い手の指先が、地図の一点に向かって――『ドワッフ王国』に至る道をなぞる。
「ディル。貴方は『既存のルール』と言いましたわね?」
「へ?」
「もし・・・そのルールそのものを、物理的に破壊する御方がいるとしたら?」
ユキナの瞳が妖しく輝く。
「アルド様はドワッフ王国へ向かわれました。それは単なる人助けではありません。公爵が独占している『商品の供給源』を、直接押さえに行かれたのです」
「なっ!?」
ディルの口がぽかんと開く。
商人の常識では考えられない発想だ。流通網を牛耳る公爵を無視して、鉱石の産地を奪い取るだと?
「そ、そんな滅茶苦茶な! 公爵が黙ってるわけがねえ!」
「ええ。ですが、物がなければ公爵の流通網も血流が流れない空っぽの管でしかないですわね。・・・アルド様は、公爵の『独占市場』を更地に戻し、ゼロから新しい経済圏を作ろうとなさっているのです」
ユキナは、悪魔的な笑みを若者に向けた。
「その時、更地になった市場で、誰が覇権を握ると思います? 公爵の顔色を窺っていた古い商人たちか、それとも・・・最初からアルド様に賭け、新しいルールに対応した商人か」
ドクン、とディルの心臓が跳ねた。
絶望が、瞬時にして巨大な野心へと引火する。
それは「隙間産業」で小銭を稼ぐような話ではない。この地域の商流をまるごと塗り替える、一生に一度あるかないかのビッグビジネスの匂いだ。
「あ、アルドの旦那は・・・本当に、そこまで見越して・・・!?」
「ええ。全ては御使徒様の掌の上ですわ」
ディルは震える手で、地図を鷲掴みにした。その手には躊躇が残っている。
「・・・公爵にバレちっまたら、俺の首なんて物理的に飛んじまう・・・。だが、・・・ああ、クソッ! 貧乏人のまま死ぬよりマシだっ!」
野心を目に宿し、自らの恐怖を振り払う。ちくっしょう! やってやる。俺はこのまま小商人で終わるつもりはない! そう決意すると、新しい時代の覇者となる興奮がみなぎってくる。
「やりましょう、ユキナの姐さん! いや、やらせてくだせえ! 俺は賭けるぜ、公爵よりもアルドの旦那に!」
「ふふ。良い返事ですわ。では、手元商品の確保と、裏ルートの開拓を。・・・新しい時代の準備を始めますよ」
ユキナが満足げに頷いたとき、地下室の入り口から静かな足音が近づいてきた。
外に出ていたブリッツだ。彼は階段の途中で立ち止まると、階下にいる二人に向かって静かに頷いた。
「ユキナ様。タンスイ様が無事に教会にお着きになりました」
「そうですか。あの猪突猛進な弟君のことだから心配していましたが、無事なら何よりですわ」
「ええ。・・・それと、裏の方には既に連絡を入れてあります。今夜―――すでに日は暮れていますが、間もなく合図があるでしょう」
「そうね。ブリッツさん、ご苦労様ですわ」
ユキナが労いの言葉をかけると、ブリッツは一度言葉を切り、声を潜めて告げた。
「・・・それから、もう一つ。急報が入りました。新領主が、明日にもマジルに赴任するそうです」
「明日!? それに、領主の帰還ではなく、新領主ですか・・・?」
「はい。グドンという男です」
ユキナの背筋に戦慄が走る。
新領主が来る。それも、マジル襲撃の直後に、間髪入れずの人事の再編。これは間違いなくアームシュバルツ公爵の一手だ。現領主ドンヘルに不手際があったとは考えにくい。マジルは半壊したとはいえ、全滅は免れたのだから。それを更迭し、即座に新領主を送り込む。その意味は―――。
ユキナが視線で問うと、ブリッツは重々しく頷き返した。その瞳には、これから始まるであろう完全なる支配への危惧が宿っている。
(公爵は、この混乱の沈静化を考えている?・・・いえ、それ以上の何かを企んでいるはず)
情報が足りない。だが、事態が最悪の方向へ加速していることをユキナの勘が告げている。
公爵が作り上げている支配体制は、私たちが思う以上に巨大で、冷徹だ。私たちがここで一歩でも踏み外せば、アルド様の描く大局すらも揺らぎかねない。
ユキナは無意識に胸の前で手を組んだ。
(アルド様、ココミ、お願い、無事でいて!)
遠く離れた仲間たちの身を案じ、ユキナは暗い地下室の天井を仰いだ。
胸騒ぎが、消えない。この先に待つのは、これまでとは比較にならない巨大な闇のような気がしてならなかったから。
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読んで下さいまして、ありがとうございます。
適宜に誤字脱字の修正を行なっています。




