街道④
9月は不定期投稿となります。
「・・・ああ、構わねえ」
アルドをじっと見つめていたゲルドの瞳に、気力が戻っていた。それは警戒というより、強い興味と不可解なものを見る色合いをしていた。
「一体、何をしたんだ?」
ゲルドの第一声は、掠れていたが鋭かった。
「何をした、とは?」
「とぼけるな! あのコボルドだ! んなわけあるかよ、お前さんの実存強度は見たところ1・・いや、せいぜい2にも届かねえ。それがどうして実存強度3のやつを斬れるんだ! おかしいだろうが!」
ゲルドの剣幕に、アルドの隣に控えていたアンネが眉をひそめた。
「ゲルド殿、アルド様は聖霊の使徒です。無礼な物言いは許しません」
「アンネ、いいんだ」
アルドがアンネを制し、ゲルドに向き直る。
「何をしたと言われれば、刀で斬った、としか言いようがない」
「刀? それは・・・いや、まさかな」
ゲルドはアルドの腰にある刀に目を凝らし、はっと息を呑んだ。
「見覚えがある。俺が儀礼用に打ったやつだ。見間違えるはずはねえ」
「この刀はゲルド殿が打ったのか。そうか、そういうことかもしれないな」
アルドは呟きながら刀に目を落とした。ドルフ村の亡き村長が、このゲルドとの縁をつないでくれたのだろう。「村長は元気にしているか?」というゲルドの問いに、アルドは端的に事実を告げた。
「いや、死んだ。ゴブリンの襲撃で村が半壊した。十日ほど前の出来事だ」
「・・・そうか。いい酒飲み仲間だったんだがな」
ゲルドは悔しそうに顔を歪めた。
「しかし、ドルフ村がゴブリンに襲われたってのは信じられねえ。あそこは聖地なんだろ? 魔物は忌避するはずだ。・・・にしても、そんな儀礼用の刀で本気でやり合ってたのかよ。まったく、呆れて言葉も出ねえぜ」
ゲルドはそう吐き捨てると、深くため息をついた。ドルフ村が襲われた時期と、自分の持ち場だった第八工区の坑道で騒ぎがあった時期が重なる。偶然か? ゲルドは改めてアルドを見た。聖霊の使徒。教会仕込みの兵士が言うのだからそうなのだろう。自分は敬虔な信徒ではないが、目の前の男が常識外れの存在であることは確かだった。
アルドがゲルドに改めて襲撃の経緯を尋ねると、彼は戸惑いながらも、ぽつりぽつりと語り始めた。
「・・・突然だった。俺は第八工区の主任技師長なんだが、西部研究所から鉄鉱石の増産を命じられてな。三度目の増産命令だ。主力のジタント鉱石を減らしてまでやることかよ、前代未聞だ。それでも命令だ。不眠不休で作業してた二日目のことだった。空気が、びりっと痺れやがった」
ゲルドの話は途切れ途切れだったが、その内容は想像以上に過酷だった。
「地鳴りが坑道まで響いたんだ。爆発かと思って肝を冷やしたが、気づいた時には地上は魔物で埋め尽くされていやがった」
「そのなかに、機械の体をした魔物はいたか?」
「機械の体? んなわけあるかよ。・・・いや、どうだかな。真夜中で月もなかった。そう聞かれると、やけに体躯のデカいやつの一部が、そんな風に見えた気もする」
アルドは話から要点を掴んだ。正体不明の敵群に襲われ、籠城戦となったこと。数日の抵抗の末に救護隊が来たものの、その大部分が敵に連れ去られてしまったこと。そして、敵の目的は略奪ではなく、兵士を優先した誘拐だったこと。
「・・・そうか。分かった」
アルドが頷くと、ゲルドはそっぽを向いてぶっきらぼうに言った。
「べ、別に、助けて欲しくててめえに話したわけじゃねえからな!」
その時、コホンと音がした。
音が響いた方向―――ココミは壊れた車輪の前に立っていた。そして、こほんともう一度咳払いをした。二人の視線が自然と彼女に集まる。その光景に、アルドは腕を組んで静観し、ゲルドは信じられないものを見るかのように目を見開いた。
「車軸が折れているんですね。見えない部分の歪みも含めて、やっぱり職人技を観る必要があります」
ココミは両目に複雑な幾何学模様を輝かせると、壊れた荷馬車をくまなく観察し、分析を始める。やがて納得したように大きく頷くと、羊皮紙にしか見えない魔動器に手を置き、修復のイメージを描き出した。知る者が見ればいつもの光景だが、初めて見る者にとっては驚愕の域を超えるものだ。
ぺりっ、と出来上がった制御式シールを魔動器から剥がし、壊れた荷馬車に貼り付ける。すると、周囲に散らばっていた車輪や部品が淡い光に包まれ、ひとりでに組み上がっていく。完全に元通り――いや、側面に可憐な花柄の模様が追加されているが――新品同然の荷馬車がそこに現れた。
言葉を失っているゲルドを横目に、アルドはココミに声をかけた。
「皆の治療と荷馬車の修理、助かる」
「いえ、当然のことです」
謙遜するココミに、アルドは再度、感謝の言葉を返す。彼女は少し照れたようにそれを受けてから、周囲を見渡して言った。
「どこかで、温かい食事を作りたいです」
アルドは彼女の視線の先を追い、同意した。「ああ、少し離れた場所で休憩としよう」その先には、避難してきた子供たちの姿があった。悲惨な光景を目の当たりにしたのだろう、その顔から表情が抜け落ち、道端にただ座り込んでいる。心も体も疲弊しきった彼らを、まずは温かい食事で癒したい。ココミはそう考えているのだ。
その時、背後から緊張に震える声が届いた。
「おい、嬢ちゃん・・・今のは・・・まさか、『天眼』か?」
「えっと、鑑定眼のことですか?」
「鑑定眼? いや、あんたの両目に輝いたのは・・・間違いなく天眼だ。王家の者でも片目だけだというのに・・・まさか、あんた・・・聖霊様、ご本人か?」
ゲルドの震える声に、今度はココミが驚く番だった。ドワッフ王国において「天眼」とは、王家の血筋のみが土の聖霊の加護によって授かる奇跡の力。しかも、それは片目にしか宿らないとされている。目の前の少女は両目にそれを宿し、あまつさえ聖霊の御業であるはずの制御式の創造を、シールのように軽々とやってのけた。MMOプレイヤーという概念を知らぬ者にとって、彼女が聖霊そのものであると結論付けるのは、至極当然の帰結だった。
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