街道③
9月は不定期投稿となります。
今後のエピソード第二部についてラフ書きしておりました。今回は短いですが、ちょくちょく投稿していく予定です。
ココミの治療は手際が良かった。戦闘の熱が冷めやらぬ中、彼女は冷静に負傷者の間を回り、次々と的確な処置を施していく。彼女が常に携えているメモ帳には、怪我の状態に応じた回復薬の種類、効果、使用順序などがびっしりと書き込まれていた。
「性分ですから」と彼女は謙遜するが、アルドはその姿に生活職一位たる所以と、揺るぎない覚悟の片鱗を見た。
(頂きに立つ人間は、為すべくして成る、か)
自身も素早く治療を受け、動けるまでに回復したアルドは、刀武家としてまだまだ努力が足りないと自戒した。彼はアンネと共に周囲を警戒しつつ、息絶えた亜獣たちの処理へと向かう。
横転した荷馬車を即席の壁として、その内側で治療は続けられていた。ココミが陣頭指揮を執り、ドルフ村から来た者たちと商人トレドがその指示に従って慌ただしく動いている。
「ココミ様、この薬品は? 初めて見るものでして」
トレドが、馬の背から下ろされたばかりの薬品箱を興味深げに覗き込んでいる。手を動かすよりも先に目が動き、手揉みをしながらその視線は、ココミが「収納袋」から取り出した未開封の薬瓶へと伸びた。
「トレドさん! 手を動かしてください。治療を待っている方がいます」
「へ、へい! 分かっておりますとも!」
慌てて背筋を伸ばすトレドの姿を横目に、アルドは荷馬車越しにココミへ声をかけた。
「収納袋の秘蔵品まで使っていいのか?」
「はい。皆さんが助かるのなら、出し惜しみはしません」
ココミは一度言葉を切ると、トレドの方へちらりと視線を送り、そしてアルドに向き直って力強く頷いた。
「それに、皆が豊かになるためでしたら、どんな商品も扱って欲しいと思っています。それが、私の生活職としての本懐ですから!」
そうか、彼女はそういう娘だったな、とアルドは頷く。ならば自分の役目は一つだ。
「――そういうことだ、トレド殿」
頭の中で利ざやの計算を始めているであろう商人に、アルドは静かに釘を刺す。
「もちろん、ココミさんの言う『みんな』の中には、トレド殿も含まれている」
「ははっ! 使徒様! 分かっておりますとも! このトレド、使徒様とココミ様、ひいてはドルフ村の富のため、誠心誠意励む所存でございます!」
そして、道端にもう一人。
治療を終えたゲルドが、壊れた馬車の残骸に背を預け、放心したように座り込んでいた。今は過度の緊張から解放され、休息が必要なのだろう。アルドがそう見当をつけていると、背後に静かな気配が立った。
「師匠。片付けは終わりました」
「アンネか。任せてしまって悪かったな」
「いえ、弟子として師匠の手を煩わせるわけにはまいりません」
力強く言い放つアンネに、アルドは片手を上げて労う。人に教えるほどの技量はないと思っていたが、彼女の真っ直ぐな瞳に押されて弟子入りを承諾してしまった。彼女に応えるためにも、俺自身、さらに高みを目指さねばな。
アンネは皮袋に入れた生命結晶石をアルドに手渡しながら「亜獣の死体は道脇に埋め、ココミ特製の魔物除けを散布してきました」と手際よく報告した。
「見事だな」
アルドが褒めると、アンネは少しはにかんだ。その表情を見て、師匠として刀の技量を高めねばと、アルドは腹の底で決意を新たにする。
だが、今は刀の技量よりも先に、知るべきことがある。
「ゲルド殿、少し話せるか?」
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