幕間 結節点①
10月は不定期投稿となります。
このエピソードは『序 天幻・ドワッフ王国』なのですが、どうにも後半部分が長くなりそうです。お付き合いの程を宜しくお願いします。
◇
事の始まりは、アルドたちがドルフ村を出立した、あの朝に遡る。
ミアは村の粗末な門の前で、遠ざかっていくアルドたちの雄姿をその小さな背中が見えなくなるまでじっと見つめ続けていた。少女の傍らでは、聖霊ルルナが蒼綿毛の姿でふわふわと漂っている。少女の、その真剣な横顔は何を思っているのだろう? ルルナは静かにミアの心の内を慮った。
(ミア。聖地の森にて、聖霊魔法の稽古をいたしましょう)
ルルナがミアの心に語りかけると、彼女はこくりと小さく頷いた。胸の前でぎゅっと握られた拳に、村長としての覚悟が滲む。少女は着実に成長している。だが、その幼い肩にあまりにも多くのものを背負わせている現実に、ルルナは言いようのない感情を覚えていた。それは、万物を育む土の聖霊としての性なのかもしれない。ルルナはふるふると微かに震え、そっとミアの肩口に乗った。
やがてアルドたちの姿が完全に見えなくなると、見送っていた村人たちはそれぞれの仕事へと戻っていく。アルドが示した「千人規模の町づくり」という壮大な目標。それはすでに、ミアやユキナたちによって具体的な計画として村人たちに共有されていた。生活インフラの整備、食糧確保のための開墾、村周辺の警邏と情報収集、そして防備の強化。やるべきことは多岐にわたる。
聖霊の使徒が帰還するまでに、確かな成果を示したい。誰もがそう考え、村には活気が満ちていた。聖霊に認められたいという想いは、村の結束の柱であると同時に、危うさも孕んでいる。ルルナはその光と影を静かに把握し、ふむと一つ息をついた。
聖地の森。
大樹の枝葉が天蓋のように頭上を覆い、木漏れ日が神秘的な模様を地面に描く。その奥深く、神聖な空気を湛える泉が青々とした水をたたえていた。ココミの生活魔法によってさらに深められた泉の底は暗く、覗き込む者に畏怖の念さえ抱かせる。
ルルナはその水面をじっと見つめた。すると、さざ波が立ち、水面が仄かに光を放った。
(以前よりも聖霊の力は増していますが、リヴィア様と交信するまでには‥‥‥)
急いては事を仕損じます。今はまだ、焦る時ではありませんね。自らに言い聞かせ、ルルナはすっと人としての姿をとった。その姿を知る者は、マスターであるアルドと目の前のミアだけ(執事ロウも知っているが、公然の秘密となっている)。
「ミア。聖霊魔法について、復習してみましょうか」
「はい、ルルナ様」
ミアは一度目を閉じ、暗記している知識を頭の中で一つ一つ確かめるように反芻する。やがて目を開くと、その瞳は真っ直ぐにルルナを見つめ、記憶の糸を慎重に紡ぎ始めた。
「聖霊魔法とは、聖霊の御力をお借りして超自然的な事象を世界に顕現させる御業。その始まりは、聖霊様が女神様との契約によって世界を救われたことにあります。私たちがその御力を借りるためには儀式‥‥‥『三応儀式』によって人の身に聖霊様を宿し、一体となることが必要です。人はイメージを紡ぎ、聖霊様は制御式を編む‥‥‥。聖霊魔法には六つの属性があります。土、水、火、風、死、そして天の属性です」
「ええ、よく覚えていますね。天の属性を中心として、他の五属性が存在します。それぞれの意味についてはまた後日、今日はまずミアの適性属性を見てみましょう」
「はい、お願いします」
「では、そのために簡単な制御式を編むことが必要です。この世界に生まれた者は皆、律龍の加護を受けていますから、ごく単純な制御式ならば独力で編むことができるのです。さあ、世界に流れるカロリック‥‥‥魔力の流れを感じて、それを体内に取り込むイメージで制御式を表してみましょう」
その日はミアが初めて制御式を編むことに挑戦した日、しかし、やがて陽が暮れてしまった。
また日中には新旧の村人の間で些細な諍いもあったが、制御式を編む休憩中に、ミアが見事に仲裁して解決した。そして夜に、ルルナはその日の出来事を端的にアルドへと報告したのだった。
それから数日が経ち、ミアはようやく一つの制御式を形にすることができた。この場所が聖霊力の満ちる聖地の森であったこと、そして何よりルルナが丁寧に指導したことが通常ならば半年を要する習得を、これほどまでに早めたのだ。
「では、さっそく適性属性をみる儀式を始めましょう」
ルルナがそう促すが、ミアはふと、明後日の方向をじっと凝視していた。
「ミア?」
その視線は、北の空へと向けられている。ドワッフ王国は南、国境都市は西。北方には何もないはずだが。一抹の気掛かりを覚え、ルルナは聖霊魔法で索敵してみたが、やはり何も感知できない。
「ミア、何か気になることでも?」
「あ、いえ。分からないんです。ただ‥‥‥ごめんなさい、何となく顔が向いただけです」
「謝ることはありませんよ。ミアにとって、何か意味のあることだったのかもしれませんね」
ルルナはそう言ってその場を収めると、いよいよ三応儀式の入り口である――適性属性を見ることから始めるのだった。
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