ギルドの魔術式と、聖霊魔法
『ep.10 圧倒的なMMO』の加筆修正をしています。内容は、主人公の演出強化と、MMO組の立ち位置調整です。
『ep.39 伏して、しかして歩む』アルドの指示内容を追加しました。
『ep.50 政の思惑』アルドの演出を強化しました。ドワッフ王国に救援に行く目的を語りました。
8月は不定期投稿となります。よろしくお願いします。
花が咲いたような笑顔のココミを見やりながら、アルドはギルドに加入したことの不思議な感慨にふけっていた。
(ギルド、か・・・)
千年前、後輩に誘われた時は、ゲームの世界に入り込む気になれず、結局断ってしまった。だが、今は違う。この過酷な世界で仲間と共に生きる。その繋がりが、これほどまでに心強く、温かいものだとはな。
アルドは、ココミに教えられた通り、胸中で強く念じた。
―――『ギルド通話』
すると、まるで目の前に半透明の画面が浮かび上がったかのような、不思議な感覚が訪れる。視界の隅に、いくつかの名前と入力欄らしきものが明滅していた。場違いなほどに整然としたその光景に、アルドは思わず内心で唸ってしまう。対して、脳内に聞きなれた声が響いた。
『なるほど、これは興味深いですね』
感心したような、冷静なルルナの声が、アルドの混乱を鎮めてくれる。
(ルルナか。このコマンドってやつは興味深いを通り越して・・・MMO、ゲームそのものの見た目じゃないか)
『MMO、ですか。構造を解析した限りでは、聖霊魔法と同様のカロリックの働きを感じます。魂に直接作用する、極めて高度な集団感応の魔術のようです。それと・・・マスターは、正式にココミさんのギルドに入られたのですね』
その声には、確認するような、それでいてどこか複雑な響きがあった。
(ああ、そういうことになる。相手は違うが、千年前に受けなかった誘いを、今になってようやく受けたのかもしれないな。なんだか不思議な感じだよ)
『・・・そうですか。でも、マスターがギルドの一員になろうとも、私のマスターであることに変わりはありません』
(ああ、ありがとよ。頼りにしてる)
アルドは胸中でルルナに頷くと、改めて視界に浮かぶ『ギルド通話』に意識を向けた。チャット欄のような場所に、「ココミさんのギルドに加入した。これから、よろしく頼む」と念じる。すると、思考がそのまま文字へと変換され、送信されていった。
数秒と経たずに、賑やかな返信が次々と浮かび上がった。
―――タンスイ:うおおっ! マジか! アルドのおっさん、よろしくな! これで名実ともに俺たちの仲間だぜ!
―――ユキナ:おじ様、ご加入いただき心より嬉しく思います。大歓迎ですわ
―――ココミ:アルドさん! 本当にありがとうございます! これで私たちのギルド『ソラナム・ラントネッティ(花言葉:秘めたる想いの意)』は、もっともっと強くなりますね!
その歓迎の言葉に、アルドの口元から自然と笑みがこぼれた。
だが、その一連の現象を冷静に見つめているのは、アルドの内にいるルルナだけ。
『この魔術動作は、やはり聖霊魔法と性質を異にするもの。ですが、今考えるべきは別のことですね』
そう小さく呟くと、彼女は意識を別の場所へと飛ばしたのだった。
◇
そこは、机と椅子だけがぽつんと置かれた、がらんどうの応接室。時の流れさえも曖昧な、アルドとルルナだけの魂の結節点。人化したルルナは、静かに部屋を見渡していた。先日の調査報告をまとめた羊皮紙は、机の引き出しの奥深くに仕舞われている。
彼女の視線は、部屋の隅々を検めるように動き、そして、以前は存在しなかった一点―――扉に注がれた。
「この場所は私とマスターだけのもの。本来、何人たりとも干渉できぬはず。ですが、やはりココミさんのギルド加入による影響が生じてしまいましたか」
扉のない部屋であるはずなのに、そこには古風で重厚な木製の扉が、まるで最初からそこにあったかのように鎮座している。ルルナはすっと指を伸ばし、その冷たい感触を確かめると、ためらうことなく取っ手を握り、ゆっくりと開け放った。
「――なるほど、そうきましたか」
扉の向こう側は、壁も床も存在しない、ただただ漆黒の闇が広がっていた。そして、その闇の入り口に、ルルナの行く手を阻むように、深紅の奇怪な魔法制御式が禍々しい光を放ちながら浮かんでいる。まるで、巨大な蜘蛛の巣のようだった。
ふむ、とルルナは白く細い顎に手を当て、しばし思考を巡らせる。
(ココミさんのギルド加入術式は、魂に直接制御式を書き込むことで作用する。これはマスターも例外ではない。術式の影響で、この魂の領域に外部へと繋がる『扉』が形成された。しかし――)
「『この世界に存在するものは、何人も律龍を越えることはできない』、ですか」
律龍。六律系譜の頂点に座し、この世界の法則そのものに干渉する絶対的な存在。その思惑には常に警戒が必要だが、今回ばかりはその存在に助けられたのかもしれない。
(この深紅の封印は、律龍によるもの。ココミさんの術式は、この封印によって阻まれ、扉を形成するだけに留まっている。マスターの魂の最も深い領域までは届いていない。不幸中の幸いだったというべきでしょう)
ルルナは静かに扉を閉めると、室内をもう一度見渡し、ぱちん、と指を鳴らした。
すると、がらんどうだった空間に、彼女のイメージが形を成していく。豪奢な執務机、来客をもてなすための柔らかなソファ、壁際には膨大な知識を収めるための本棚が、次々と聖霊魔法によって「創造」されていった。
「やはり、こちらの方が、いずれお迎えするマスターに相応しいですね」
生命結晶石によってカロリックを取り戻した今、この程度の創造は容易い。今はまだ空席の主の椅子に思いを馳せ、ふぅ、と小さな息を吐くと、ルルナは来客用のソファに優雅に腰を下ろした。
「指揮命令権は、ギルドの規約上、ギルドマスターであるココミさんに集約されました。これはユキナの思惑通り、といったところでしょうか」
足を組み、彼女の分析は続く。
「ですが、マスターが悪手を打ったわけではない。『虎穴に入らずんば虎子を得ず』とも言いますし、今回の件でMMO組との関係性はより深まった。現段階で彼らは脅威にはなりません。・・・問題は、マスターご自身の資質」
ルルナの紅い瞳が、わずかに憂いを帯びる。
「マスターは、思考派ではなく感覚派。政治的な思惑や打算を巡らせるのは、本来の彼の流儀ではない。その実務はユキナ、ブラッツ監査官、そして私が担うべき。マスターには、我々が整えた盤面の上で、その類まれなる『感覚』による最終決定権を振るっていただく。それが最も効率的で、マスターの精神的負担も少ないはず」
だが、現状は違う。周囲、特にユキナやブラッツは、アルドを聖霊の使者として、政治的にも優れた指導者であると過大評価している。
「このままでは、マスターの政治的能力の『メッキ』が剥がれるのは時間の問題。ならば、どの段階で、どのように事実を開示させるのが最善手となり得るか・・・」
ルルナはすらりとした足を組み替える。その仕草には、一切の迷いがない。
「マスターが刀武家として、誰もが認めざるを得ない絶対的な力を示した後が無難でしょうか。・・・いえ、その前段階。今回の任務――出稼ぎ人の救出を成功させ、ドワッフ王国との確かなコネクションを築き上げた、その時こそが絶好の機会。武人としての功績という『真実』を提示することで、政治家としての『虚像』を自然に上書きさせる。そうすれば、ダメージは最小限に抑えられるはず」
二、三度頷き、彼女は改めて、先ほど出現した扉を冷徹な目で見据えた。
「それに、嬉しい誤算もありました。マスターがギルドの一員となり、ココミさんを立てる形になったことで、『聖霊の使者』という矢面に立つ立場から一歩引く形になった。これはマスターが歴史の表舞台に立つのを避けたい私にとって、都合の良い状況です。マスターが過度に目立つことを避けられれば、『律龍の思惑』からも逃れやすくなるのですから」
―――縁の下の力持ち。それこそ、今のマスターに最も相応しい立ち位置。
ルルナはそう結論付けると、再び熟考の深みへと静かに沈んでいった。主のいない執務室で、彼女はただ一人、主の未来のために、静かに、そして冷徹に思考を続けるのだった。
◇
読んでいただき、ありがとうございます。
また、よろしければリアクションを頂ければ、励みとなります(* ᴗ ᴗ)⁾⁾




