街道②
12/15:アルドが倒れすぎているので、前向き路線に切り替えました。
9月は不定期投稿となります。
よろしくお願いします。
◇
「くそっ!」
ゲルドは、荷馬車を操る手綱を力任せに握りしめた。コボルドの棍棒が荷台を叩くたびに、馬が恐慌をきたしていななく。御者台の上で、初老とは思えぬ太い腕が必死に馬を御しているが、焦る気持ちに反して速度が落ちていく。
その様子を待っていたとばかりに、追いすがるコボルドとゴブリン共が舌なめずりをした。
(こんなにも、こいつらの足は速かったか!?)
悪態をついたところで、状況は好転しない。
ガギィン、と耳障りな金属音と共に、荷馬車の車輪がコボルドの大鉈に砕かれた。車軸から吹き飛んだ車輪が宙を舞い、馬車はバランスを失って地面に勢いそのままに横転する。荷台から放り出されたのは、着の身着のままの避難民たち。彼らの顔には、叫び声すら忘れるほどの恐怖と疲労が色濃く浮かんでいた。
ゲルドは横転する荷台から器用に飛び降り、そのまま腰の鈍器を引き抜いてコボルドの横面を殴りつけた。
「この、犬面野郎がッ!」
再生を始めたコボルドに、何度も鈍器を叩きつける。だが、敵の傷口からゆらりと立ち昇る陽炎を見た瞬間に、ゲルドは忌々しげに吐き捨てた。
「ちっ‥‥‥! お前らっ、ぐずぐずしてんじゃねえ! さっさと荷馬車から降りて逃げろォッ」
背後の者たちに向かって叫び、ゲルドは覚悟を決めて息を深く吐いた。
(実存強度。コボルド一体が3、もう一体が2。ゴブリンどもは1か。対して俺は2でしかない)
脳裏に浮かぶ絶望的な実存強度の数値。はっきり言って勝ち目はない。だが、少しぐらいの時間は稼げるはずだ。
実存強度。
それはこの世界の絶対的な法則であり、無慈悲な現実を告げるものだ。自分より強度の低い者の攻撃は「再生の陽炎」によって無効化される。いや、詳しく言えば、ダメージの否定だ。その差が大きければ大きいほど、与えたダメージは無効化の速度が増す。あたかも攻撃そのものが無効化されてしまったかのように。ゆえに弱き者は、決して強き者には勝てない。それが、この世界に生きる者の常識だった。
ゲルドの背後、壊れた馬車から子ども達が這い出してくる。彼らは協力し合って、大怪我を負っていた大人二人を助け出そうとしていた。
「怪我人にかまってる場合かっ! お前らだけでも逃げろ!」
ゲルドが叫んだ、その一瞬。子どもたちを案じて生じてしまった、ほんの僅かな隙――彼は目の前のコボルドの傷が完全に塞がっていたのを見逃していたのだ。
ゴッ、と鈍い衝撃。
コボルドの棍棒が、ゲルドの脇腹を打ち砕いた。骨が砕ける音。口からごぼりと血が溢れる。
(くそっ。この身を盾にして時間を稼ぐつもりだったが‥‥‥守れ、ねえのか)
それでも、ゲルドはふらつきながらも懸命に子どもたちの前に、盾となるように立ちふさがる。だが、ふらつく姿はただの格好の的でしかない。コボルドの下卑た笑いと共に、再び棍棒が今度はゲルドの頭上へと振り下ろされた。
「‥‥‥あ?」
死を覚悟したゲルドの視界を染めたのは、自身の血ではなかった。棍棒を握っていたコボルドの太い腕が、前腕から先が見事に斬り飛ばされ、鮮血を噴き上げていた。
「御仁、もう大丈夫だ。安心してくれ」
いつの間にか現れていた男が、刀を振り抜きながら肩越しに言った。男――アルドは、腕を失ったコボルドを蹴り飛ばしてさらに間合いをつくる。これで馬車を操作していた男の怪我の具合を見る時間は稼げた。
それでもアルドは警戒を緩めることはない。静かに刀を構え、コボルドを観察する。その傷口からはやはり再生の陽炎が立ち昇っていた。
「やはり、実存強度2までが俺の実力、か」
アルドは小さく呟くと、ゲルドに視線を向けた。
「俺はアルド。御仁、名前は?」
「‥‥‥ゲルドだ」
脇腹の激痛に顔を歪めながら、ゲルドは名を告げる。アルドは頷くと、懐から取り出した小瓶の液体をゲルドの傷に振りかけ、さらに数本を手渡した。
「これで子ども達と一緒に後方へ。ココミたちが来る」
「後方? 我々はすでに囲まれて――」
ゲルドは言いかけて、はっと気づいた。目の前の男は、包囲の真っ只中に飛び込んできたのだ。見れば、包囲の一角を担っていたはずのゴブリンが、二体、声もなく絶命している。
アルドは、ゲルドたちが逃げるための活路をこじ開けながら突入して来たのだ。走りながらゴブリンの首を刎ね、首を失ったゴブリンの体を盾にして次のゴブリンの心臓を刺突する。敵の体の構造は、先の戦いでルルナに解析してもらっている。そして、なによりも敵との戦いでは一対多数の状況は作らない。全てを一対一にして捌く。そうして包囲に穴を開けて、ゲルドにとどめを刺そうとしていたコボルドの腕を斬り飛ばしたのだった。
「‥‥‥俺も、戦う」
ゲルドはアルドの横に並び立った。この男、アルドの実存強度は、ゲルドの見立てではせいぜい1。勝てるはずがない。だというのに、この男は助けに来た、と言う。その心意気にドワッフの鍛冶師としての魂が燃え上がった。ここで背を向けては、聖霊様に顔向けができん。
「ああ、助かる」
アルドは短く応えると、実存強度3を誇るコボルドのリーダーを目掛けて駆け出す。
迎えるコボルドは咆哮し、両腕で棍棒を高く掲げて、迫るアルドの脳天めがけて渾身の力を込めて振り下ろした。実存強度の差を考えれば、アルドは頭蓋をかち割られて、そのまま地面に叩き潰されて終わるはずだった。
しかし、アルドは半歩早くその懐に潜り込む。
(――無水拍を使うしかない!)
体に刻まれた型を無理矢理に発動させる。凄まじい力が体を駆け巡ると同時に、激しい反動がアルドの内側を蝕む。だが、やるしかない。
アルドは屈んだ姿勢から天を衝くように跳躍し、刃をコボルドの下腹部から首筋まで一息に切り裂いた。
再生の陽炎は、生じない。
コボルドは、何が起きたのか理解できぬまま二、三歩よろめき、自らが流した血の池に崩れ落ちた。
残心。
アルドは刀を振り払い、血糊を落とす。その背中で、ドサリと重い音が響いたのを確認し、彼は小さく息を吐いた。
「‥‥‥ふぅ」
途端、全身の筋肉が悲鳴を上げ、視界がぐらりと揺らぐ。「無水拍」の強烈な反動だ。
膝が折れそうになる。だが、アルドは地面に突き立てそうになった刀の切っ先を寸前で止め、奥歯を噛みしめて踏みとどまった。
(まだだ。まだ敵が残っている)
ここで膝をつけば、守るべきゲルドたちに不安を与える。何より、敵はまだ全滅していない。アルドは脂汗が滲むのを気力で抑え込み、ゆっくりと振り返った。その視線の先、ゲルドの死角に潜んでいた最後のコボルドが、大鉈を振りかぶって硬直していた。
リーダーを一撃で葬ったアルドの異様な迫力に、コボルドが萎縮したのだ。ほんの一瞬の躊躇。
――その隙を、飛来した一条の閃光が貫いた。
ズガッ!
骨を砕く音と共に、三十メートルはあろうかという遠方から飛来した一本の槍が、コボルドの頭部を貫き、そのまま地面に縫い付けていた。
(アンネか! いいタイミングだ)
アンネの実存強度は2。相手のコボルドも同格。見事な一撃だった。地面に突き立つ槍の柄には、ココミの生活魔法の印が、役目を終えて煙のように消えるところだった。おそらく、必ず命中するように弾道補正――生活魔法の応用――をかけたのだろう。
「‥‥‥助かった、な」
アルドは短く呟くと、カチンと音を立てて刀を鞘に納めた。その音を合図にしたかのように、張り詰めていた空気が緩む。
「おい、あんた‥‥‥大丈夫なのか?」
ゲルドが恐る恐る声をかけてくる。アルドは彼に向き直り、努めて平静な声で応じた。
「ああ、問題ない。それよりゲルド殿、怪我の具合は?」
「お、俺か? 俺は平気だが‥‥‥あんた、顔色が真っ白だぞ」
「少し、張り切りすぎただけだ」
アルドは苦笑して誤魔化すが、内心では冷や汗をかいていた。立っているのがやっとだ。全身の筋肉が断裂したかのような痛みが走っている。
(やはり、実存強度3を相手にするには、まだ体が追いついていないか。‥‥‥だが、以前よりはマシだ。倒れずに済んだだけ、進歩したと思おう)
気絶こそしなかったが、課題は多い。もっと精進せねば。アルドは、震えそうになる手を隠すように腕を組み、息を整える。
やがて、ココミたちが駆けてくる気配を捉えた。馬には回復薬や治療道具が満載されている。
「みなさーん! これから治療しますから、安心して下さーい!」
遠くから聞こえるココミの明るい声に、アルドは強張っていた体の力を抜き、大きく息をついたのだった。
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