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部隊、出立の前夜

ep14蒼い聖霊、ep17ドルフ村②、ep43天幻の影、を加筆後に、さらに加筆(8/15時点)しました。追加したのは生活感の描写です。

また、8月は不定期投稿となります。よろしくお願いします。


 ドワッフ王国と国境都市マジルへ、二つの部隊の出立の準備を明日に控えているドルフ村。夜も深まるなかでも騒がしさが残り火のように尾を引いていた。


 村長宅の一室の窓から光が夜の闇に静かに注がれていた。ランプの柔らかな光の下、ユキナがミアの手を取り、文字の読み書きを教えていたのだった。


「私は明日からドルフ村を離れます。ですが、課題は毎日するのですよ」

「はい、ユキナお姉さま」


 頷き、そしてミアは懸命にペンを走らせて出来た、まだ慣れない文章をユキナに見せる。村長として培わなければならない教養、それは文章を書くことにおいてもそうである。


「ええ、よくできましたね」


 ユキナが文章の内容を確かめ、満足そうにミアの頭をなでる。前髪の間からその様子を上目遣いにミアは覗いて、ふと心に沸いた疑問を尋ねた。


「ユキナお姉さまは、昔からお勉強が好きだったのですか?」


 その一言に、ユキナの手が止まった。脳裏に蘇るのは、息苦しい少女時代の記憶。自らの商品価値を高めるためだけに、感情を殺して学問を強いられた日々。

 ユキナは一瞬だけ目を伏せ、込み上げる感情を静かに押し殺すと、ミアに向かって穏やかに、しかし芯の通った声で語りかけた。


「いいえ、好きではなかったわ。・・・だから、ミアには自分が学びたいと思うことを、探してほしいと思っているわ。ただ村長としての知識は少しは必要よ?」


 優しく微笑む。村長としての知識はミア自身を守る盾となる。そのうえで、自らの道を見つけて欲しいと思う。大丈夫、私は母と同じようなことはしない! その瞳には、目の前の少女をかつての自分に重ねて同じ道は歩ませないという、強い決意が宿っていた。


 その頃、アルドは一人、村のはずれで満天の星空を見上げていた。静寂のなか、背後からそっと近づく気配がある。ココミだった。


「綺麗な星空ですね。・・・でも、私のいた国の星とは、少し違うみたいです」


 少し感傷的になった声で呟くココミ。元の世界に残してきた家族の顔が、その脳裏に浮かんでいるのだろうか。アルドは多くを語らず、ただ静かにミアの隣に並び立ち、力づけるように言った。


「大丈夫だ。必ず道は見つかる」

「・・・はい」


 弱気なココミにアルドは向き直り、その瞳をまっすぐに見つめた。


「ココミさんはすごいよ。君の作る料理は人を元気にする力があるじゃないか。ドワッフ王国でも、その力は必要になる」

「はい」

「遅いと感じるかもしれないが、ひとつひとつ前に進んでいる。気づけば、あっという間に連絡を取る手段を手にしているはずだ」

「ふふ、そうですね。あっという間です」


 不器用ながらも励ますアルドとの会話で、ココミは自分の中の心の弱気が軽くなったのを感じた。それに、アルドのそんな姿をちょっとかわいいと思ってしまったことは胸にしまっておく。私よりも年上で、戦闘の時はあんなに鋭い目つきをするけど、今は私を励まそうとする実直さを感じる。ココミは心が暖かくなったのを感じた。


「明日からドワッフ王国ですね! 出稼ぎに行った方々を無事救出しちゃいましょう」

「ああ! こちらこそ、よろしく頼む」


 それは、二つのチームのリーダー同士が、互いの役割と重要性を再確認する瞬間だった。ココミはアルドの言葉に黙って頷き、その表情には新たな覚悟が浮かんでいた。


 夜が明け、早朝の冷たい空気が肌を刺す。

 ドワッフ王国と国境都市マジルへ、二つの部隊が出立する朝。アルドはてっきり、見送りは数人程度だろうと思っていた。だが、村の粗末な門の前に広がっていたのは、予想をはるかに超える光景だった。ドルフ村の住民と、新たに加わった避難民たち、そのほぼ全員がそこに集まっていたのだ。


 その見送りの輪の中心でミアが村長として背筋を伸ばして立っている。隣には執事のロウが控え、彼女の頭上では聖霊ルルナの蒼綿毛が朝日にきらめいていた。


「アルド様、ココミお姉さま、皆さん。どうか、ご無事で・・。村のことは、私とロウ、そして皆で必ず守りますから、どうか安心して下さい」


 幼いながらも強い意志を込めたミアの言葉に、ロウも深く頷く。


「皆様、ミア様のお言葉通りです。留守のことは我々にお任せいただき、皆様はご自身の任務に集中なさって下さいませ」


 村の門前にココミが指導している畑づくりの者たちが集まっている。その村人たちにココミは最後の指示を出していた。


「いいですか、皆さん! このシールに種を挟んで、印をつけた場所に植えていってくださいね! 私のとっておきの魔法がかかってるので、きっと元気に育ちますから!」


 ココミが掲げたシールの束に、村人たちから「おおー!」と声が上がる。


「サツマイモにカボチャ、トマト、サトウキビ、大豆にニンニク。私がいた国で育てていた、栄養満点の作物たちです。初めて見る作物ですから、分からないことが多いと思うけど、私が書いた絵のとおりに育てれば大丈夫です!」


 読み書きといった識字率が高くないのを前提とした手作りの農作絵本。言葉ではなくイラストで水のやり方や、選定の仕方が描かれている。平易な文章もあるが、それはミアちゃんが読み取って説明してくれるだろう。ココミがちらりとユキナに視線を送ると、ユキナもかすかに頷き、穏やかな笑みを返す。


 そのユキナは、ミアの前に屈み、小さな魔動器を手渡していた。


「ミア様、万が一、不測の事態が起きたらこれをお使いなさい。一度しか使えませんが、必ずあなたの助けとなります」

「はい、ユキナお姉さま!」


 ユキナは頷くと、傍らのロウ執事に向き直り、ひそひそと何事かの指示を出していた。ロウは「承知いたしました」と応えると、深々と一礼した。


 少し離れた場所では、タンスイが自身で鍛錬をつけている村の男女を集め、檄を飛ばしていた。


「野郎どもっ! 俺がいねえ間、鍛錬を欠かすんじゃねえぞ! 村のことはお前らに任せたからな!」

「「「応ッ!!」」」

「もう、タンスイ君ってば。野郎どもって女の子も一緒にいるんだよ? もう少し優しい言葉を選べないのかなあ」


 タンスイを遠目に見ていたココミがやれやれといった様子で呟いている。村の防衛には、マジルには同行しないブラッツ監査官の護衛兵たちも協力してくれることになっていた。


 やがて、アルドが皆の前に進み出る。その場の喧騒がすっと静まり、全員の視線が彼に集まった。アルドは、まずミアに力強く頷き返してから、皆に語りかけた。


「ミア村長、そして皆、聞いてくれ! 俺たち二つの部隊はドワッフ王国と、マジルへそれぞれ向かう。だが、この村にはミア村長と、聖霊ルルナ様がいる。何も心配はいらない。必ず、全員で帰ってくる!」


 アルドの言葉に、村人たちは再び「おおーっ!」と力強い歓声を上げた。その顔には不安の色はなく、聖霊と使徒たちへの絶対的な信頼が浮かんでいた。


(数人の見送りだと思っていたんだがな。村の全員が来てくれるとは正直、驚いた)


 集まった全員の顔―――新旧の村人たちを見渡し、アルドは胸が熱くなるのを感じた。


「行ってくる!」


 アルドのその一言を合図に、二つの部隊はそれぞれの想いを胸に、村長ミアと村人たちの温かい声援に送られながら、朝日に向かって力強く歩き出していく。


お読み頂きまして、ありがとうございました。

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