真意は誓約に隠れる
注)11/22:千年にもわたる愛について追加。
平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
6月は不定期投稿となります。
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「そりゃあ、ルルナがいきなり人の姿になったときは、流石にびっくりしたのは確かだよ」
アルドは、今はまた元の蒼綿毛の姿に戻り、自分の肩先でふわふわと漂うルルナを横目で見やりながら、苦笑と共に刀を鞘へと納めた。
ここは「聖地の森」と呼ばれる場所。かつて古びた祠が合った場所。そしてアルドが千年ぶりに目覚め、刀武家としての最初の洗礼を受けた場所――あの不思議な魔動人形との出会いを経験した場所だ。今は祠は消え、ルルナの聖霊魔法によって代わりに巨大な古木が聖地の象徴として祀られている。
アルドは、無水拍の身体操作を自分のものとするために、そして体の鍛錬の為に、あれから時間を見つけてはここで反復練習に励んでいた。抜刀、納刀、歩法、体捌き。頭で考えるのではなく、意識せずに体が動くところまで昇華させるために、ただひたすらに刀を振るっていた。
ちょうど、体の動きが少しずつ馴染んできたと感じ始めた頃だった。不意に、ルルナがおずおずといった様子で声をかけてきたのだ。『マスター、今、少しだけお時間を頂いてもよろしいでしょうか?』と。普段の冷静な彼女からは想像もつかないような、神妙な声音だった。何事かと思い、つい「なんだ?」とぶっきらぼうに返してしまったのは少し反省している。
そして、彼女が語り始めたのは、アルドが見たルルナの聖霊人化のことだった。
(ミアのときに見せたルルナの人姿ってやつか。そもそも聖霊が人の姿をとれることすら知らなかったんだよな、俺は。村長の家にある書物を読めば分かったはずだ。不勉強にもほどがある。俺も、この世界の常識について、もっと真剣に勉強しないとならないよなあ、とつくづく思う。ミアだって必死に学んでいるんだ。俺も一緒に授業でも受けるべきかもな)
そんなことを考えているアルドを、ルルナの言葉が遮った。
『申し訳ありません、マスター。本来であれば、いの一番でお伝えすべきことでしたのに』
「ん? いや、ルルナが謝る必要なんてないぞ?」
アルドは少し驚いて自身の考えを伝える。
「俺が聖霊について無知だっただけだ。それに、人の姿になるか、ならないかは、ルルナ自身が自由に決めて良いことだろう? そういうのは、もっと自由でいいはずだ」
そのアルドの言葉に、ルルナは何かを決意したように蒼綿毛の光を強め、そして――その姿を、あの泉でミアに見せたのと同じ、人型へと変えた。
ふむむ、とアルドは改めて目の前の存在をまじまじと見つめた。陶器のように滑らかで白い肌。陽光を浴びてきらめく長い栗毛色の髪は、眉の上で切り揃えられ(いわゆる、前髪ぱっつん、というやつか)、その奥にある透き通るような紅い瞳を際立たせている。凛とした、それでいてどこか儚げな美しさ。(うーん・・・しかし、どこかで見たことがあるような気もするんだが?)
その時、どういうわけか千年前の記憶が唐突に蘇った。深夜のコンビニ、生意気だけど憎めない後輩。彼に勧められて、ほんの少しだけ触れたMMORPGのこと。
(そういえば、あいつに無理やりキャラメイクだけさせられたっけな。たしか、やけにリアルに作れるってんで、どうせならとことん美形にしてやろうと、かなり時間をかけて・・・女キャラを・・・。で、そのキャラでプレイする羽目になるのが恥ずかしくて、結局すぐにやめたんだったな)
アルドの思考を読んだかのように、人型のルルナが静かに告げた。
『この姿は、マスターがあの時お作りになった、アバターなのです』
「あっ、そうか! どうりで妙に見覚えがあると思ったんだ! ・・・って、え? アバターが、ルルナに?」
混乱するアルドに、ルルナは静かに説明を始めた。それは、千年前に起こった出来事の真実であり、彼女が胸の奥底に秘めてきた想いの吐露でもあった。
『アバターデータは、魂の器となり得る可能性を秘めています。千年前にマスターが黒炎に飲まれ、命が尽きようとしたあの瞬間、私はマスターをお助けするために、一つの契約を結びました。それは、土属性を司る大地の聖霊ヨルズとの魂の融合契約です』
「聖霊ヨルズ?」
『はい。私――AIであったルルナの電子と、聖霊ヨルの魂を融合させる。その際、新たな魂を受け入れるための「器」が必要でした。私は、マスターがMMOでアバターを作成されていたことを知っていましたので、そのデータを「器」としてヨルズ様に提示したのです』
ルルナはそこで言葉を区切り、一歩、アルドに近づいた。 その紅い瞳が、揺れている。
『・・・本当は、器なんて何でも良かったのです。でも、私はこの姿を選びました。なぜなら、この姿はマスターが「理想」として思い描いた女性の姿だからです』
「ルルナ・・・?」
『千年です、マスター。暗い闇の中で、マスターの魂と肉体の再構築が終わるのを、私はただ一人で待ち続けました。来る日も来る日も、マスターの細胞の一つ一つを繋ぎ合わせながら。・・・怖かった。私の計算通りにマスターが目覚めなかったらどうしようと、何度もエラーを吐きそうになりました』
ルルナの白く華奢な手が、震えながらアルドの頬に触れる。そこには、AIとしての無機質さは微塵もない。ただ、愛しい人の体温を確かめるような、切実な熱があった。
『だから、せめて。もしマスターが目覚めた時、一番最初に目にする私が、マスターの好みの姿でありたいと・・・そんな、AIにあるまじき「欲」を出してしまったのです。この姿なら、マスターに愛していただけるかもしれない、と』
透き通るような頬に、一筋の雫が伝う。 それは聖霊の魔力の光なのか、それとも涙なのか。
『一度器として融合してしまった以上、このアバター以外の姿をとることは、もうできません。私は永遠に、マスターの理想の具現であり続けます。・・・ご迷惑、でしょうか?』
ご一読して下さいましてありがとうございました。




