次期村長④
平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
6月は不定期投稿となります。
ミアが驚いて振り返ると、そこには慈愛に満ちた表情の女性が立っていた。陶器のように白い肌、透き通る紅い瞳、栗毛色の髪、
「せ、聖霊、様?」
ミアの震える声。女性――人化したルルナは、静かにミアの隣に腰を下ろすと、その白く長い指先で、ミアの頬に残る涙の跡をそっと拭った。その触れた指先は、冷たいと思っていた聖霊のイメージとは違い、陽だまりのように温かかった。
その思いがけない温かさに触れた瞬間、必死に堪えていたミアの感情が、ついに堰を切ったように溢れ出してしまった。
「わ、私は・・・巫女なんかじゃ、ないんですっ! 頭も良くないし、ユキナお姉さまの期待に全然応えられていないんです。昨日も、書類をうまく読めなくて、ため息をつかせてしまって・・・。ココミお姉さまみたいにすごい聖霊魔法も使えないし・・・ ぜ、全然・・・ダメなんですっ!」
『ミアは、いつも一生懸命に頑張っていますよ』
ルルナは、ただ静かに、優しく言う。
「で、でも・・・ お父様を守れなかった! 私が、私がもっとしっかりしていれば・・・っ!」
『ミア。あなたのことは、ずっと、ずっと見ていましたよ。あなたが生まれる前から・・・いいえ、ミアの母君の、そのまた母君の代から――』
ルルナの声は、どこまでも深く、優しかった。
『覚えていますか? 幼い頃、あなたが母君と一緒に、私の祠の前で、一生懸命に祝福の儀式の練習をしていましたね。何度も間違えては、母君に優しく教えてもらっていました。ミアは、あの頃からずっと、変わらず頑張り屋さんでした。私は、ちゃんと知っていますよ。ミアは、今も、とてもよく頑張っています。だから・・・もう、我慢しなくてもいいんです。泣きたい時は、感情のままに、泣いてもいいのです』
ルルナは、嗚咽を漏らすミアの小さな体を、そっとその腕で抱きしめた。聖霊とは思えぬ、確かな温もりと、全てを受け止めてくれるような安心感。ミアは、その温かさの中で、ついに声を上げて泣いた。父の名を呼び、母の名を呼び、一人で抱え込んでいた悲しみと寂しさを、全て吐き出すように、ただただ泣きじゃくった。
どれくらいの時間が経っただろうか。ミアの嗚咽が少し収まった頃、ルルナは優しくその背中を撫でながら言った。
『ミアは、聖霊を感じ取る力がとても強い。それは素晴らしい才能です。誰もが持てるものではありません。これから、少しずつですが、その力の使い方・・・魔法の練習もしてみましょう』
「・・・はい」
ミアは、涙で濡れた赤い目を擦りながら、それでもしっかりと、こくりと頷いた。
そんな二人の元へ、静かに近づく人影があった。ミアを追ってきたロウ執事だ。彼は、見慣れぬ美しい女性の姿に一瞬躊躇したが、すぐに泣きはらしたミアの様子に気づき、すぐに駆け寄った。
ルルナは、そっとミアの背中を押す。ミアは、少し下唇を噛んで、でもしっかりとした足取りでロウの前へ歩み寄った。
「ロウ・・・ごめんなさい。もう、逃げたりしませ――」
ミアが言い終わる前に、ロウはその小さな体を、壊れ物を扱うかのように優しく、しかし力強く抱きしめた。
「ミア様。どうか、今この時だけは・・・長年お仕えした執事としての立場をお忘れください。私は、ただのロウでございます。あなたの父君から、あなたをお守りするよう託された――あなたの、家族、でございますから!」
老執事の肩が、微かに震えていた。その声には、抑えきれないほどの深い愛情と、ミアが無事であったことへの安堵が滲んでいた。ミアもまた、ロウの背中に小さな手を回し、再び静かに涙を流した。それは、もう悲しみだけの涙ではない。
その光景を、少し離れた木の陰から、アルドは静かに見守っていた。
(ロウ殿はミアの家族なんだ。遠慮などせず、そうやって抱きしめてやればいい)
実は、聖霊の地の泉の手前でアルドはロウと出会っていた。しかしロウは「私のような者がミア様のお傍にいては、かえってご迷惑では」と躊躇していた。だからアルドは「ミア様が心配なら、行くべきでしょう? 聖霊の地といっても、禁足地ではない。大切な娘が一人で彷徨っているのなら、行って抱きしめてやるのが家族ってもんでしょ」と言ったのだ。
(これで、少しは、ミアの心も軽くなってくれればいいな)
泉のほとりで静かに寄り添うミアとロウ、そしてそれを見守る人型のルルナ。その温かな光景に、アルドは気付くことがあった。そうだ、俺は人と人とのつながりを守るために「いる」のかもしれない。そして、静かにその場を後にした。
復興はまだ始まったばかりだ。そして、やらねばならないことは、山ほどあるのだから。
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