戦場、それぞれの意思
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
!!注意!! ep.28 祠の役目の後半部分「ルルナの調査メモ」に文章を加えました。今後の伏線でもあるので、一読をお願いします!!
タンスイの足元から黄金の光がドーム状に広がり、殺到してくる亜獣たちの攻撃を一手に引き受ける。騎士職のみが習得可能な絶対防御領域。敵の攻撃を完璧に受け流し続ける限り、その効果時間は延長され続ける。
(まあ、一度でもミスれば即死級のダメージを受けちまうが、この俺様にかかれば造作もねえってもんだ!)
タンスイは内心で嘯く。
(俺はこの技と姉ちゃんの回復薬で、戦闘職の上位ランカーに上り詰めたんだからな!)
彼の周囲で火花と金属音が激しく交錯するが、その表情には自信に満ちた笑みすら浮かんでいた。
「姉ちゃん、怪我人の手当てを頼むぜっ!」
タンスイの声が戦場に響く。攻撃の要はアルドに任せた。自分はこの場の防御を一手に引き受ける。そして姉のココミは――
「皆を絶対に助けるよ! ここにいる人は、誰一人として死なせたりしないんだから!」
ココミは力強く宣言すると、再びユキナと連携し、生活魔法を駆使して避難民たちの周りに土壁を築き上げ、即席の安全地帯を作り上げていく。その手際の良さは、さすが生活職1位というべきだろう。ここが戦場のただ中とは思えぬほどの速度で、しかし確実に、人々の命を守るための拠点が形成されていった。
一方、タンスイによってオークの眼前に送り届けられたアルドは、驚くほど静かに、そして正確に着地した。目の前には、巨大なポールアックスを構え、威嚇するように唸り声を上げるオークの指揮官。そして、その背後には、先ほどブラッツの腕を斬り飛ばした、存在強度3のコボルドが曲刀を構え、油断なくこちらを窺っている。一対二。しかも、どちらも今のアルドにとっては格上と言わざるを得ない相手だ。
『マスター、二対一はいくらなんでも無謀です!』
ルルナの悲鳴に近い声が脳内に響く。
(分かっている。だが、やるしかないだろう? 避難民の救助と治療には時間がかかる。防御役のタンスイ殿の負担も大きい。俺がここでこいつら二人を足止めし、できれば倒す。それが最善手だ。それに・・・おあつらえ向きに、あのコボルドも俺に釣られて出てきてくれた。歓迎しないわけにはいかないだろう?)
コボルドの片目には、先ほどアルドが咄嗟に放った牽制の斬撃による傷があった。浅いが、真新しい刀傷が刻まれている。それが奴のプライドを刺激し、アルドへの敵意を増幅させているのを、研ぎ澄まされた感覚が捉えていた。
『歓迎、ですか・・・。分かりました。私もやれるだけのことをします。ですが、準備に少しだけ時間が必要です』
(それで上出来だ。ルルナの聖霊魔法、期待している)
俺の一撃で仕留められればそれに越したことはない。だが、保険は多い方がいい。ルルナの攻撃魔法が加われば、勝機は格段に上がるはずだ。
アルドの決意に応えるように、頭上でルルナの気配が凝縮していくのが分かった。いくつもの小さな蒼綿毛の分身体が、ココミの作り出した土壁にそっと接地し、周囲の金属成分を抽出し始めている。標準聖霊魔法の中でもルルナのオリジナル――地核弾。その複雑な制御式が、マスターの危機を前に、普段をはるかに超える速度で編み上げられていく。
その間にも、後方では別のドラマが進行していた。
ココミの回復薬によって、ブラッツ監査官の斬り飛ばされた腕が奇跡的に繋がり始めている。そのブラッツは、アルドの頭上で輝きを増す蒼綿毛――ルルナの姿に目を見張っていた。
「あ、ああ! せ、聖霊様が現出なさって・・・しかも、蒼くっ!?」
その震える声には、畏敬と、信じられないものを見たという驚愕が入り混じっている。ココミ(予兆で見た少女!)から手当てを受けていることすら畏れ多いのに、教会の古い伝承でしか語られない「蒼き聖霊」が、目の前で強力な魔法を紡いでいる。帝国の上級貴族や、教会最高位の者でさえ、その姿を拝むことは稀有だというのに! あまりの衝撃に、ブラッツは気を失わなかっただけでも幸運と言えた。
そのブラッツにユキナがそっと近づき、耳元で囁いた。
「・・・アルド様は、聖霊様の御使いでございます。そして、我ら三人はその召喚に応じ馳せ参じた従者です。なにより聖霊様をこの地に降臨させたのは、ドルフ村の次期村長にして、聖霊教会認定の巫女であらせられる、ミア様なのでございます」
「なっ!?」
ブラッツは息を呑み、ユキナの言葉を反芻する。聖霊召喚だと? それは教会の枢機卿クラスでなければ行使できぬとされる秘儀中の秘儀。それを、辺境の、記録にもほとんど残っていない村の、まだ幼い少女が?
(いや、待て。記録がなかったのではない。アームシュバルツの息のかかった都市ゆえに、意図的に隠蔽されていたのだとしたら?)ブラッツの頭の中で、点と点が繋がり始める。聖霊の導き、祠、刀、少女・・・そして、蒼き聖霊と、その御使い。これは、単なる偶然ではない。何か大きな運命が動き出しているのではないかっ! 混乱しながらも、ブラッツはユキナの顔を窺う。
ユキナは、そんなブラッツの内心を見透かすかのように、満足げな微笑みを浮かべていた。(ふふ、これでミアの、そしてドルフ村の価値は計り知れないものになった。聖霊信仰の篤いこの地では、この事実は何よりも強い力となる。国境都市も、帝国も、もはやこの村を無視することはできない。あとは、この状況をどう利用するか・・・ココミの夢のために)
戦場の喧騒の中、それぞれの思惑が交錯していた。
タンスイの「鉄壁」は、未だ揺るぎない。無数の攻撃を完璧に捌き続け、その黄金のドームは輝きを失わない。彼の背後では、ココミとユキナ、そしてドルフ村から駆けつけた村人たちが、負傷者の治療と避難誘導を懸命に行っている。ユキナの放つ支援の矢――「一閃矢」が時折、タンスイの防御網をすり抜けようとする敵の足を砕き、動きを鈍らせる。
「ったく、ユキナの奴め、相変わらず味な真似を」
タンスイが毒づくが、その声には安堵の色も滲んでいた。避難はもうじき終わる。あと少し。
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