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鉄壁《アイゼルム》

5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。


!!注意!! ep.28 祠の役目の後半部分「ルルナの調査メモ」に文章を加えました。今後の伏線でもあるので、一読をお願いします!!


 ブラッツが決死の覚悟を決めた、まさにその瞬間だった。


 ズンッ!


 鋭い風切り音がブラッツの鼓膜を震わせ、視界の端で銀色の何かが禍々しく煌めいた。次の瞬間、右腕に走る、骨の芯まで砕くような凄まじい衝撃。


「ぐあああっ!?」


 遅れて襲ってきた激痛にブラッツの思考が一瞬停止する。歯を食いしばり、見れば、そこにあるはずの右腕が――肘から先が綺麗に吹き飛んでいた。先ほどの一撃――存在強度3のコボルドの曲刀があまりにも容易く彼の腕を斬り飛ばしてしまったのだ。


 これが格上の亜獣の力。戦場を蹂躙する絶対的な暴力。

 ブラッツはなす術もなく、崩れるように地面に倒れてしまった。愛剣がカラン、と虚しい音を立てて手から滑り落ちる。朦朧とする意識の中、彼は残った左手で血に染まる胸元を探り、古びた銀のペンダントを強く握りしめた。


「聖霊よ・・・女神よ・・・! どうか、どうかこの者たちに・・・とがなき民に、聖地へと辿り着く慈悲を、お与えください・・・ッ」


 少年期から肌身離さず持ち続けた、信仰の証。昇進の際にも手放すことのなかった彼の信仰の原点。ペンダントだけがいつも自分を守ってくれた。聖霊の御加護はいつ如何なる時も共にあると、そう信じていた。


 しかし、現実は無慈悲だ。周囲を取り囲むゴブリンやコボルドたちが、血に飢えた獣のような目で彼を見下ろし、止めを刺そうと一斉に武器を振りかぶる――!


 ああ、ここまでか。もはや、万策尽きた――。


 ブラッツが全てを諦め、迫り来る死を受け入れようとした、まさにその時だった。


――空気が、震えた。


 天から一条の黒紫の影が、流星のごとく戦場を切り裂いて舞い降りる。


 刹那――、


 轟音と共に紫電の閃光がほとばしり、ブラッツを取り囲んでいた亜獣たちが悲鳴を上げる間もなく、まるで切り裂かれた紙片のように舞い散った。鮮血が噴水のように宙を染めるなか、その黒紫の影――否、抜き身の刀を構えた一人の男が、静かにブラッツを守るようにその前に立っていた。返り血一つ浴びていないその刀身は、陽の光を受けて妖しいまでに美しく輝いている。


「大丈夫だ。あとは、任せろ」


 低く、それでいて腹の底に響くような、落ち着いた声だった。その声と、男が纏う不思議なまでの威圧感と安心感の入り混じった気配に、ブラッツは思わず、掠れた声で呟いた。


「せ、聖霊・・・様?」


 握りしめたペンダントが、確かな熱を発して震えている。間違いない。この男こそ、ペンダントが示していた刀を持つ者――『刀武家』に違いない!


 対してアルドは、周囲の状況把握に努める。おびただしい数の亜獣。ゴブリン、コボルドの混成部隊。その中心に陣取る、ひときわ巨大な体躯のオーク。さらに、もう一体、油断ならぬ殺気を放つ、あのコボルド。ブラッツの腕を奪ったのは、おそらくあのコボルドだろう。


 後方から凄まじい轟音と共に、白銀の甲冑が大地を揺るがして着地した。舞い上がる土煙の中から現れたのは、もちろんタンスイだ。


「アルドのおっさん! 派手にやってるじゃねえか!」

「タンスイ殿かっ! 助かる!」


 アルドは即座にタンスイと背中合わせになり、互いの死角を補い合う陣形を組む。

 タンスイは大剣の柄を握り、


「スキル『旋風斬』発動!」


 タンスイの思考と同時に、彼の体が黄金の光を纏って回転する。大剣が描く軌跡は美しい光の円となった。周囲のゴブリン達はそれに触れた瞬間、悲鳴もなくポリゴンの破片のように砕け散っていく。俺の視界の端には『CRITICAL HIT!』『5 COMBO!』といった喝采のログが流れ、経験値獲得の心地よい効果音が脳内に響く。これだ。これこそがMMOの、ストラクト・フォンズの戦場だぜ!


 対して、アルドの認識はタンスイとは明らかに異なっていた。

 タンスイの振るう大剣が、肉を断ち、骨を砕く湿った音を立ててゴブリンを薙ぎ払う。吹き上がる血飛沫がアルドの頬を濡らし、引き裂かれた臓物が周囲に生臭い匂いをまき散らした。手足がもげ、胴体が裂けてもなお、数秒は生きて痙攣するゴブリンの姿。アルドの刀が敵の喉を切り裂くたびに、絶命する命の確かな手応えが柄を通じて伝わってくる。これが、現実の戦場の音と、匂いと、感触だった。


 二人が立つ戦場は同じでも、異なる世界が広がっていた。

 しかし、それでも二人の呼吸は、人々を守るという点において重なり合っている。だからこそ、背中を預けられる。


 先の模擬戦で互いの力量と呼吸を深く理解した二人にとって、それはあまりに自然な連携だった。アルドの刀が敵の喉を切り裂き、タンスイの大剣が迫る別の敵を薙ぎ払う。二人の背後に、負傷した護衛兵たちを包むように、一時的な安全地帯が形成されていく。


 だが、敵の数はあまりに多い。後方のコボルドたちが弓を引き絞り、中には聖霊魔法――火属性の火炎弾フランベルクを詠唱する者までいた。死角なき波状攻撃が、二人を襲う!


 その刹那、アルドは後方にいるユキナと一瞬だけ視線を交わした。言葉はない。だが、それで十分だった。


「ユキナちゃん、今だよ!」


 木々の陰からココミの指示が飛ぶ。それを狙いすましたかのように、ユキナが音もなく放った矢のやじりが、ココミの手元から舞い上がった二種類の制御式シールを正確に貫き、運んでいく。それらの矢は火炎弾の軌道上、アルドたちの手前の地面に深々と突き刺さった。瞬間、生活魔法が発動して地面が生き物のように隆起し、見る見るうちに分厚い土の壁が出現する。火炎弾は土壁に激突し、虚しく爆散していった。


「皆を絶対に助けるよ! ここにいる人は、誰一人として死なせたりしないんだから!」


 ココミの悲痛なまでの叫びが戦場に響く。ドルフ村で救えなかった命への後悔が、彼女を突き動かしていた。もう一方の残りの矢は、前衛の亜獣たちの鎧の隙間や剥き出しの関節に、吸い込まれるように突き刺さっていた。矢が刺さった瞬間、シールに描かれた制御式から生活魔法『加熱』が発動。鉱石をも溶解させるほどの超高温の灼熱が、亜獣たちの肉体を内側から焼き尽くす。


「「「ギャアアアアッ!!」」」


 亜獣の阿鼻叫喚がふき上がるなか、ユキナが冷静に、しかし鋭く戦場の核心を射抜く。彼女が放った二本の矢が、ひときわ巨大なオークと、ブラッツを襲ったコボルドの足元に突き立った。


「この亜獣たちの頭はあの二体よ! あれを潰せば総崩れになる!」


 ユキナの的確な指示。だが、護衛兵たちは負傷し、ブラッツも腕を失っている。タンスイはアルドの死角から迫っていたコボルドの爪を大剣で弾き返すと、忌々しげに叫んだ。


「くそっ、キリがねえ! 姉ちゃんたちが負傷者を運び出す時間が必要だぜ。俺があいつら2体を相手にしてやる」

「――いや」


 アルドが、静かに、しかし力強く応えた。


「その役目、俺が担う」


 アルドは前に出る。その言葉に、タンスイが「はあ? 無茶言うな!」と目を見開く。だが、ココミたちの負傷者の回収に手間取っている様子を見て、加勢をしなければならないのも確かだった。


「へっ、景気のいいこと言ってくれるじゃねえか。まあ、いいだろう。今回はアルドのおっさんに、一番おいしいところを譲ってやるぜ!」


 軽口を叩きながらも、タンスイは大剣を地に突き立て、絶対防御の構えをとった。俺はここで壁となって負傷者たちの安全圏を作る。アルドおっさんは攻撃の矛として、きばってくれや。


 アルドは二体の指揮官を遠くに見据える。刀の柄を握ると、ミアの、ココミの、ユキナの、タンスイの、そして必死に生きようとする村人たちの顔が脳裏に浮かんだ。(そうだ。俺はもう逃げないと決めた。この手で、この命で、彼らを守り抜くと)


 「無水拍」の力が、全身を駆け巡る。尋常ならざる身体操作の代償として、筋肉が軋み、血管が悲鳴を上げていた。先ほどの戦いで、借り物の力―――無水拍によって手足の筋肉のいくつかが切れていて赤黒く腫れあがっていたのだった。だが、構うことはない。この腕が動く限り、この脚が立つ限り、戦えるのだ。


(ただ型を振るうだけでは足りない。この死線の上でこそ、技は磨かれる!)


 強いやつと戦えるのは、とても嬉しい。果たしてどこまでやり合えるか? いや、やらねばならない。


(この戦場で確信した。強いやつと戦えるのは素直に嬉しい。だが、守るべき者を胸に抱いて戦うことは、また違った感覚を俺に教えてくれた)


「底力が湧き上がるってことか」


 今の俺が体に負担なく確実に殺せるのは存在強度2まで。3となれば、俺の体が壊れるのが先か、敵が倒れるのが先かの博打だろう。実存強度4のタンスイとは模擬戦でしかなく、しかも単戦だ。しかし、戦場においては連戦となり体力の減衰とともに動きも鈍るが、


「タンスイ殿。さっきと同じように俺を、奴ら2匹のところまで放り投げれくれ」

「ああ。負けんじゃねーぜ?」

「誰に言っている?」

「さあな?」


 アルドの体を、まるで小石でも投げるかのように軽々と抱え上げると、凄まじい膂力りょりょくで、一直線にオークの指揮官へと放り投げた。タンスイ射出砲、再び炸裂――!


「うらぁぁあああっ! アルドのおっさん、行ってこいやぁぁあああーーーっ!!」


 同時に、タンスイ自身も大剣を地に突き立てたまま、天に向かって咆哮する。


「――顕現せよ、我が身を護る黄金の盾! 法術技『鉄壁アイゼルム』ッ!!」




ご一読いただきまして、ありがとうございます。

もしよろしければリアクションをば、宜しくお願いします。

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