剣戟《けんげき》
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
最後の「ルルナのメモ帳」は魔法設定のうんぬんですので、読み飛ばし可です。
一方、タンスイによってオークの眼前に送り届けられたアルドは、驚くほど静かに、そして正確に着地した。目の前には、巨大なポールアックスを構え、威嚇するように唸り声を上げるオークの指揮官。そして、その背後には、先ほどブリッツの腕を斬り飛ばした、実存強度3のコボルドが曲刀を構え、油断なくこちらを窺っている。一対二。しかも、どちらも今のアルドにとっては格上と言わざるを得ない相手だ。
『マスター、一対二はいくらなんでも無謀です!』
ルルナの悲鳴に近い声が脳内に響く。
(分かっている。だが、やるしかないだろう? 避難民の救助と治療には時間がかかる。防御役のタンスイ殿の負担も大きい。俺がここでこいつら二人を足止めし、できれば倒す。それが最善手だ。それに‥‥‥おあつらえ向きに、あのコボルドも俺に釣られて出てきてくれた。歓迎しないわけにはいかないだろう?)
コボルドの片目には、先ほどアルドが咄嗟に放った牽制の斬撃による傷があった。浅いが、真新しい刀傷が刻まれている。それが奴のプライドを刺激し、アルドへの敵意を増幅させているのを、研ぎ澄まされた感覚が捉えていた。
『歓迎、ですか‥‥‥。分かりました。私もやれるだけのことをします。ですが、準備に少しだけ時間が必要です』
(それで上出来だ。ルルナの聖霊魔法、期待している)
俺の一撃で仕留められればそれに越したことはない。だが、保険は多い方がいい。ルルナの攻撃魔法が加われば、勝機は格段に上がるはずだ。
アルドの決意に応えるように、頭上でルルナの気配が色濃くなっていくのが分かった。いくつもの小さな蒼綿毛の分身体が出現して、ココミの作り出した土壁にそっと接地し、周囲の金属成分を抽出し始めている。標準聖霊魔法の中でもルルナのオリジナル――地核弾。その複雑な制御式が、マスターの危機を前に、普段をはるかに超える速度で編み上げられていく。
アルドはオークとコボルドの猛攻を、傷を負いながらも、奇跡的に致命傷を避け続けていた。
(まだだ‥‥‥まだ足りない。もっと深く、もっと鋭く)
「武の眞」が開かれたことによる超感覚的な認識力と「無水拍」を基礎とする体捌き。そして千年前の自己鍛錬と、あの魔動人形からの手ほどきが、彼の体内で熱い奔流となって混ざりあう。
もはや彼の動きは、先のゴブリン戦のような素人のそれではない。実存強度1でありながらも、実存強度3の二体を相手に、アルドは確かに渡り合っていた。一太刀ごとにその動きは洗練され、無駄が削ぎ落とされていく。それは常識では考えられない光景であり、オークとコボルドの焦燥と苛立ちを積み上げていく。致命傷を与えられないまでも、アルドの刀は確実に二体の敵に傷を増やしていく。その事実は、強者としての彼らのプライドをいたく傷つけていた。それが攻撃の粗さとなって表れる。冷静さを失い力任せの攻撃を繰り返すオークのポールアックス。その大ぶりの隙を埋めるようにコボルドの曲刀が繰り出される。しかし、アルドはその全てを予測し、あるいは感じ取り、最小限の動きで受け流し、時にはカウンターを叩き込む。
どれほどの時間が経過しただろうか。体感では永遠にも思える攻防だったが、実際にはおそらく二十分にも満たないだろう。オークもコボルドも、明らかに動きが鈍り、肩で息をしている。アルド自身も体力の限界が近いことを感じていた。昂ぶった精神とは裏腹に、体は悲鳴を上げ、指先には感覚すらない。集中力が途切れれば、終わりだ。
『――マスター、準備が完了しました』
待ち望んだルルナの声がアルドに届いた。改めて感じる。頭上で輝く複雑怪奇な制御式の魔法陣。その中心には、凝縮された魔力が眩い光を放つ球体――「地核弾」が形成されているのが、感覚で分かる。通常の聖霊であれば、これほどの規模の制御式を、ましてや戦闘中に編み上げるのは至難の業だ。だが、AIとしての過去を持つルルナだからこそ可能な、常軌を逸した演算能力の賜物だった。
(助かる)
アルドは短く返答した。余力は幾ばくもなく、アルドの体には無数の切り傷が開いていて。血が流れている。だが、絶命には遠いことにニヤリと笑う。
ああ、そうか。
アルドはようやく気付いた。誰かを守るために戦うことの意味。先ほどは底力が湧き上がると表現した。だが、それよりも、もっと深い部分があることに気付いたのだ。
恐怖がないのだ。
己一人で戦うときは死んでしまうのではないかと恐怖に怯える部分が心に必ず残る。しかし、誰かを守るために戦うのは死する恐怖はない。ただ相手を殺すという明確な意志のみがあるだけだ。
アルドの体は既に満身創痍だが、まだ敵は生きている。刀を持つ手があり、地に立つ足があるのならば、やらねばならない―――成すことを為すために。
「俺はオークをやる。ルルナは、あのコボルドを頼む」
『御意』
アルドは、刀を鞘に納め、再び柄に手を置いた。抜刀の構え。しかし、その佇まいは先ほどとは比較にならないほどの鋭さを纏っている。
(あの魔動人形が教えてくれたこと。観ること、そして動くことの意味‥‥‥この一撃に全てを込める)
アルドはオークを観る。その巨大な体躯、筋肉の流れ、呼吸のリズム、そして――魂の在り処。左脇腹、古傷で脆くなった肋骨の奥深く。そこだ。
(ポールアックスが邪魔だ。奴の意識を上に‥‥‥いや、違う。俺が右を意識すれば、奴にとっては左を警戒する。逆だ。左を攻めると見せかけ、がら空きにさせた右から懐に入り、そして左脇腹を斬り上げる!)
戦闘の中で掴んだ、ほんのわずかな「理」。フェイントと一口で言ってしまえばありきたりすぎるが、戦闘経験が素人のアルドにとってはそのタイミングを掴むのも至難の業だった。しかし、命のやり取りの中では、単純な駆け引きこそが有効打となり得ることもある。
『マスター、いつでも発動可能です』
「分かった。俺の一太刀に合わせてくれ」
アルドの体が消えたかのように間合いを詰める。駿足。オークが反応するより早く、その懐近くまで踏み込む。迫るポールアックスの薙ぎ払いを、抜き放った鞘そのもので受け流す。そのまま鞘を捨て、体勢を低く沈めながら、刀をオークの右首筋へと走らせる――と見せかけて!
『――大地の意志よ、漆黒を裁く槍となれ。地核弾ッ!!』
ルルナの凛とした声と共に、頭上の魔法陣から凝縮された金属弾が、音速を超えて射出された。狙うは、アルドの動きに一瞬遅れて反応したコボルド!
――ズガッ!!
凄まじい轟音と共に、弾丸はコボルドの頭蓋を陥没させ、そのまま胸部深くまで抉り込むように突き刺さった。着弾の衝撃をトリガーに、弾丸内部の不安定な構造が一気に連鎖崩壊を起こし、凄まじい衝撃波がコボルドの体内から炸裂した。
「グギャ!?」
その出来事にオークの意識がほんの一瞬だけ、背後のコボルドへと向いた。
――今だ!
アルドの刀は、既に軌道を変えていた。右首への斬撃は陽動。真の狙いはがら空きとなった左脇腹だ。 石火の速さで踏み込み、体重を乗せ、全ての感覚を刃先に集中させて、古傷のある箇所から心臓目掛けて――斬り上げる!
グシャリ、
という鈍い感触。場所、角度、深さ、全てが完璧に決まった。滑るようにしてオークの心臓を切り裂き、アルドは返す刀で刃を捻り、一気に引き抜いた。オークの絶命の際で、アルドは観た。千年前の文明の利器と生物が混ざり合った姿―――その異質な姿を一瞬だけ見た気がした。
「な、なんだ? 今のは・・」
ほぼ同時に、背後でコボルドの体が内部から弾け飛び、肉片と金属の破片が周囲に撒き散らされる。アルドは即座に、崩れ落ちるオークの巨体を盾にして、その余波から身を守った。
その破片は、遠くタンスイが守る「鉄壁」のドームにも降り注いだが、黄金の光に弾かれ、内部に被害はない。しかし、ドームの外で攻撃を仕掛けていた残りの亜獣たちには、その破片が容赦なく突き刺さり、致命傷を与えていた。
「うおっ!? こいつはパリィできねえわ‥‥‥。ったく、聖霊様も加減ってもんを知らねえぜ」
タンスイが呆れたように呟くのが聞こえた。
オークとコボルドの指揮官が倒れ、さらに地核弾の余波で多くの兵が死傷したことで、亜獣たちの戦意は完全に潰えた。残った者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、それを追撃する力は、もはやアルドたちにも残っていなかった。
終わってみれば、アルドたちの完全な勝利だった。そして、ココミが願った「皆を助ける」という目標も、今回は達成された。
「よっしゃ! ミッションコンプリートだぜ、ってことで。素材回収しねえとなっ!」
「ちょっと弟くん。皆の回復が先ですわよ」
早くもMMOプレイヤーとしての条件反射を見せるタンスイと、それを諌めるユキナの声が聞こえる。その軽やかなやり取りを耳にしながら、アルドは戦いが終結した戦場を見渡した。
アドレナリンが切れ始めると同時に、戦場の現実が五感に流れ込んでくる。鼻をつくのは、おびただしい量の血の匂いと、焦げた肉が放つ異臭。耳にこびりつくのは、まだ息のある亜獣のかすかな呻きと、死体に群がる羽虫の不快な羽音。刀の柄にべっとりと付着した血糊はぬめり、噴き出る汗が急激に体温を奪っていく。
(これが、命を奪った現実か‥‥‥)
アルドは額の汗を拭おうとしたが、その腕は鉛のように重く強張り、上がらなかった。
(だが、全員無事で何よりだ)
「マスター、私たちもあのオークとコボルドから、生命結晶石を入手しましょう!」
脳内で、ルルナが少し興奮したようにせかしてくる。
「はは‥‥‥ルルナも、負けず劣らずだな」
アルドは苦笑した。最後まで力をふり絞った体は、動くことすらもままならない。脚に力を入れようにも、感覚がなかった。しかし、妙な不快感を首筋に感じて瞬時に、亜獣たちが逃げていった西の方角――国境都市のある方向を、鋭い目で見据えた。誰かがこちらを観察しているような感覚があったのだが、
(‥‥‥偵察部隊とか、観測しているような気配は、ないけど?)
これだけの規模の部隊が動いていたのに、後方からの監視の目がないことに、アルドは微かな、しかし拭いがたい違和感を覚えていた。
(あれほど組織的な動きをしているはずなのに、妙だ。何か、俺たちの知らない何かがあるのか‥‥‥? いや、考えすぎだ、な)
「さて、と」
アルドは頭を振って気を取り直した。ルルナが頭の中で急かすのに「分かったよ」と応えながら、刀を杖代わりにして、倒れたオークの巨体に歩み寄る。
「じゃあ、お宝(結晶石)を頂くとしますか」
その首筋に、アルドは静かに刀を入れたのだった。
▢◆ルルナのメモ帳◆▢◇
聖霊魔法には6属性がある。
その一つである土属性は、以下の特徴を持つ。
土属性:操作中心点【物体】⇒ 大地、植物、鉱物
効果概念【創造】
補:定着
【聖霊魔法:地核弾 (エルトケルンゲ)】
・術者: ルルナ(土属性聖霊)
・分類: 土属性・標準聖霊魔法(標準平面制御式)
⇒ルルナ独自のオリジナル魔法であり、標準魔法の中でも切り札に位置づけられる。
ちなみに、オリジナル魔法は言葉による詠唱をすることで発動成功と効力が上昇する。
・属性効果: 土属性の【創造】概念を高度に応用。
・プロセス:
①金属生成・弾丸創造: 術者が周囲の地面や岩石に接触・集中し、複雑な制御式を用いて金属成分を抽出し、高密度の金属弾を時間をかけて生成・創造する。(※接触媒体が必要。蒼綿毛である場合には分身体が接触する)
②内部構造形成: 同時に、弾丸内部に極めて不安定で、特定の衝撃により連鎖的に崩壊する特殊な構造を【創造】の力で組み込む。これは高度な演算能力を要する特殊な制御式に基づく。
③射出: 生成した弾丸を、対象(単一)に向けて音速を超える速度で射出する。この高速射出は、聖霊魔法によるエネルギー変換(レールガンのような原理を魔法で再現)によって実現される。
④着弾・効果: 弾丸は対象に深々と食い込み(抉るように刺さり)、着弾時の衝撃をトリガーとしての内部の不安定な構造が連鎖的に崩壊を開始する。この崩壊プロセスが強力な衝撃波を内部で発生させ、対象の内部構造(組織、器官、装甲裏など)を破壊する。
・特徴・制約:
・高コスト: 発動には相応のカロリック(魔力)消費と、高度な演算のための集中(準備時間)が必要となる。連発は困難。
・威力: 標準聖霊魔法の範疇ではあるが、その限界に近い極めて高い威力を持つ。内部破壊効果により、表面的な防御力が高い敵にも有効打を与えうる。
・準備: 弾丸の生成には時間と、地面や岩石などの接触媒体が必要となるため、戦闘中に瞬時に使用できる状況は限られる。
・ルルナ専用: ルルナの高い演算能力と土属性への深い理解、そしてオリジナル制御式があって初めて成立する。
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