祠の役目
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
後半にある『ルルナの調査メモ』は、読み飛ばし可です。物語の設定部分の補強になっています。
今週の投稿時間は不定期(夕or夜?)になります。
子どものようにガッツポーズを決めるタンスイ。その隣でユキナがやれやれとため息をついた。
「はあ。どこまでも弟君は弟君ってわけか。しかし、村に戻る道すがら、調査の概略だけはちゃんと報告してくれよ」
「へーい」
賑やかなやり取りが朝の森に響ていく。その頭上で、木々の隙間から降り注ぐ陽光が彼らの姿を明るく照らしていた。
そんな和やかな光景を見ながら、アルドはふと、自分がさっきまでいた場所ーーー祠のあった方向へと視線を向けた。すると、信じられない光景が目に飛び込んできた。あの古びた祠が、まるで陽炎のように揺らめき、さらさらと細かい光の粒子となって、空気に溶けるように消えていっているのだ。
「えっ?」
『・・・祠が、その役目を終えたようです』
脳内に、不意にルルナの声が響いた。今まで気配を感じなかったので、アルドは内心で安堵する。
(ルルナ! 大丈夫なのか? さっきまで気配がなかったが?)
『はい、マスター。ご心配をおかけしました。少し力を使いすぎたようです。ですが、もう大丈夫です』
その声は、いつもより少しだけ弱々しい気がしたが、無事ならいい。祠が完全に消え去ったのを見届けた後、ルルナは静かに告げた。
『マスター、この場所は「聖霊の地」として、永く村人たちの信仰を集めてきた場所です。祠が消えたままというわけにはいかないでしょう』
ルルナはそう言うと、聖霊魔法を発動させた。アルドには複雑な模様としか理解できないが、おそらく複雑な演算制御式が稼働しているのだろう。その制御式から淡い光が辺りに満ちる。先ほどの手合わせで広場まがいになってしまった場所が——その倒れた木々が、まるで時間を巻き戻すかのように元の姿を取り戻していく。そして、祠があった場所にそびえるひときわ大きな古木に、ルルナは聖霊の祝福を施して完了したのだ。
『これで良いでしょう。この大樹が新たな信仰の対象となり、聖霊の地はこれからも栄え続けるはずです』
アルドとルルナの聖霊魔法が終わるのを、ココミたちは少し離れた場所で静かに見守っていた。彼らにとって、アルドは祠の聖霊ルルナによって古代から召喚された特別な存在。だから、聖霊との親和性が高く、今のような奇跡を起こせるのだと理解している。そして、この出会いをきっかけにして壮大な物語が始まっていくのだ、とも。彼らはそう確信しているようだった。その物語の先にどのような結末が待っているかは分からない。けれど、アルドと聖霊が紡ぐ物語に、最後まで付き合っていこうと、共に物語を歩む覚悟はできている。そんな雰囲気が、ココミたちの三人の佇まいから感じられた。
アルドは、そんな彼らに内心で感謝の念を表しつつ、朝の光が立ち込める場所へと歩き出した。
「さあ、腹も減ったことだし、村へ戻ろう。美味い朝食が待っている」
今日という新しい一日が、新しい物語が、今、アルドの歩みと共に始まっていくのだ。
◇
扉のない応接室。装飾品もなく、がらんどうの室内には机と椅子だけがある。その椅子に座っているのは人姿のルルナだった。
机の上にあるのは書きかけの羊皮紙。そこに付け加えていく。ふとペン先を止めて、思案するように天井を見上げた。「マスターがこの場所を訪れるのはいつになるだろうか」そんなことが頭をよぎった。この場所はマスターとルルナの魂の結節点であり、聖霊の地へと繋がる交差点でもある空間。とはいっても、がらんどうの室内を見る限り、その望みは遥か彼方にあるといっていい。
ルルナは首を横に振り、意識を羊皮紙の上に戻す。
そこに書かれていくのは――、
▢◆ルルナの調査メモ◆▢◇
報告者:ルルナ
報告先:―――
件名:『MMO出自の存在』に関する調査(第一段階)
1.調査概要:
自らを「MMO」出身と位置づける存在(ココミほか2名)について、その出自及び能力の把握を目的とした調査を実施する。彼らが「ストラクト・フォンズ(MMO)」と呼称する世界で習得した能力や技能が、この世界においても通用する事実を確認した。この事象は、彼らが千年後の世界を「ストラクト・フォンズ世界と地続き」と認識する根拠となっている。彼らのステータス項目とされる「存在強度」および「魂魄充填度」は、その特異な出自に関連する重要な要素であると判断し、調査の第一段階における主要な対象とした。
2.考察事項:
①存在強度:彼らの力の次元を示す概念として把握される。生命結晶石の使用は、この存在強度の上昇に寄与すると推測される。
②生命結晶石:生物の生命エネルギーの凝縮体であり、対象の能力向上に利用される。
③マスター(アルド)の状況:マスターと聖霊ルルナは現在同化状態にあり、生命結晶石から得られるエネルギーは、ルルナ自身の魔力回復に優先的に消費される構造となっている。このため、マスターの存在強度を効果的に高めるには、ルルナの魔力状態の安定が前提となると仮定する。
3.今後の検証計画
①マスターのレベルアップは、ルルナの魔力回復後に改めて検討する。
②生命結晶石の非生物、およびこの世界の住人(村人)に対する影響について検証を行う。
・村人に使用した場合の存在強度やレベルにおける変化の有無を確認する。
・この検証を通じて、MMO存在の能力とこの世界の法則性の間に存在する差異の解明を企図する。
・検証実施にあたり、村人の理解と協力を得るための具体的な方法を検討する。
4.備考:祠の消滅により聖霊の地は形を変えたが、この地を拠点とした調査体制は維持する。
◇▢◆調査メモ 閉じる◆▢◇
最後の文字を丁寧に記し終えると、ルルナはふぅと小さな息を吐いた。そして羊皮紙を注意深く丸めると、机の引き出しの奥深くに厳重に仕舞い込む。この調査報告を見るべき相手は、今のところ存在しない。いや、未だこの応接室の存在すら知らないのだ。
ルルナは静かに立ち上がって、がらんどうの部屋をゆっくりと一瞥した。壁に微かな光の粒子が明滅し、まるで星空のように流線を描く。ここは静かで、時の流れさえも曖昧な空間。だが、いつかマスターと共にこの部屋で語り合う日が来ることを、彼女は密かに願っている。
その時まで自分はマスターの剣となり、盾とならねばならない。ルルナは紅い瞳に強い意志を宿し、音もなくその姿を応接室から消した。後に残されたのは、揺らめく燭台の灯りと、微かにインクの香りが漂う静寂だけだった。
◇
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