刀武家なる者③
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
*GW期間はまだまだありますので、5/5と5/6は夜の投稿を予定しております。
その声に弾かれたように木陰から人影が現れた。それは、いつかの人の姿となったルルナだった。彼女は、目の前の魔動人形に対して、明らかに萎縮した様子で、それでも礼を逸しないように深々と頭を下げた。
「お、恐れながら。六道真慧様、とお見受けいたします」
「さてな。そんな大層な名前なんて知らねえ‥‥‥が、そう呼ばれる者もいたべかな」
肯定とも否定ともとれる返事だ。
「‥‥‥人ならざる者、武の頂点に辿りつきし唯一の異端。六道真慧様。そうであると、リヴィア様より」
「ほう? あのウナギの使いか」
魔動人形は「リヴィア」の名を聞いて、声を荒らげるように舌打ちをする。それだけで、ルルナの体が凍りついてしまう。全身の血がなくなったように、魂の芯まで冷え切るような圧倒的な威圧感が体のすべてを突き刺してくる。心臓の鼓動さえ止まってしまったかのように絶対的な死を感じた。間違いなく、この方こそが六道真慧そのものであり、武の理に至った存在。
「んで、そのウナギは、俺に何を伝えに来た?」
魔動人形――六道真慧は気を収めて、静かに問うた。
「は、はいっ! マスター‥‥‥いえ、アルドは9番目である、と。そして、コ」
「それ以上は言ってはなんねえべ」
六道真慧は、ルルナの言葉を遮った。
「リヴィアの、そして律龍の思惑に乗る気はねえべよ。奴の駒になるつもりもな」
ルルナは息を呑む。喉がからからに乾き、声が出ない。それほどまでに、目の前の存在は規格外だった。律龍――六律系譜の頂点たる存在が、唯一欲してやまなかったと言われる武の極致。刀武家が目指すべき、遥かなる頂。
(マスターは‥‥‥アルド様は、この方に辿り着くことが、できるのでしょうか?)
ルルナが不安と期待の入り混じった思いを抱いていると、六道真慧が不意に表情を崩した。
「がははは! 心配することはねえべよ。さっきの男は、お前の『愛し人』というわけか。なに、今の俺は、ただの『残滓』でしかねえ。魂なぞ、とうに消え失せているべ。あの男が俺を越えるのは、当然のことだべよ」
先ほどまでの威圧感が嘘のように消えていた。目の前の豪快に笑う姿は、まるで古馴染みの好々爺のようでもあり、ルルナは戸惑いを隠せない。
「だが、そうなれば、律龍が見逃すはずはねえべな」
その通りだ。ルルナは下唇をかむ。刀武家が六道真慧を目指すのは道理。だが、同時に律龍が求めるのも六道真慧である。
「ふむ。‥‥‥だが、お前えは『そうはならぬ』と言うんだべ?」
「っ!? はい、そうでございます」
表情に出てしまっていたのだろうか? でも、自分の腹はとうの昔に決まっているのだ。今さら隠すことではない。ルルナは六道真慧に、真正面に向き直った。
「へえ? 聖霊が、律龍に牙を剥くってか。そいつは面白いべよ。なるほどなあ、だからこそリヴィアはお前えを選んだ、というわけだべな。とすると、単なる言伝ではねえってことになる。んだら、『終焉の蛇』は、何度瞬いた?」
「リヴィア様がおっしゃるには、『三度』、と」
「三度、か。なるほど、そういうことか。分かったべよ。んで、お前えの名は?」
「はい。ルルナ、と申します」
「違う。全てだ」
六道真慧の眼光がルルナを鋭く射抜く。ルルナは一瞬ためらったが、意を決して答えた。
「私の名は、ルルナ・ヨル・ベヘモルト」
「よし」
六道真慧は大きく頷いた。
「んだら、ルルナ・ヨル・ベヘモルト。さっきの男‥‥‥アルドについて話をするべさ。俺は奴の武の眞を開いた。本来なら、生後三月のうちに開くもんだがな。あれほどの歳で開いた者がどうなるか。それは、奴次第だべ。んで、もう一つ。無水拍の手ほどきもしておいたべよ。水面ば揺らさず、静けさが命ば刈る歩の理よ。これもまた刀武家としての礎になるもんだ。まあ、これから修羅に堕ちるか、正道を歩むか。次に会うのが楽しみになってきたべな」
「次も、マスターと会って頂けるのですかっ!?」
ルルナが驚きと喜びに目を見開く。
「んだ。律龍に噛みつこうとする、お前えの、ルルナの気概に免じてな」
「っ! ありがとうございます!」
ルルナは、再び深々と頭を下げた。
そして、その姿が掻き消える。やはり、この無道乖離では生きし者が長く存在し続けることは難しい。ゆえに魔動人形ひとつのみが残された。六道真慧はルルナのいなくなった場所を見やって、ぽつりと呟く。
「ここは生と死の狭間だ。死と向かい合わねば来れぬところだべ。だからこそ聖霊が無道乖離に干渉できるはずがねえ。純粋な聖霊ではないのか? ああ、そうか『混ざりもの』か。ったく、リヴィアのやつめ。世話焼きなのは、昔から変わらねえべよ」
古びた魔動人形は、再び腰を押さえながら、ゆっくりと畑へと戻っていった。昼下がりの陽光が、その錆び付いた背中を照らしていたのだった。
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