不安②
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
*GW期間の平日(5/2)は、午前と午後の計2回投稿(1日2回)します。
投稿時間は朝と夜を予定しております。
ルルナが不安げな声を上げたが、アルドは胸中でひらりと手を振る仕草をする。(大丈夫だ。読唇内容に触れるつもりはない。そんなことをすれば、かえって警戒されるだけだからな)
「あ、アルドさん。パン、まだありますよ。たくさん食べて下さいね」
アルドに気づいたココミが、籠を差し出しながらにっこりと微笑む。
「ああ、嬉しいね。こんなに美味いパンなら、腹がはち切れても食べまくってしまいそうだ」
アルドは礼を言って籠からパンを一つ受け取ると、話を切り出した。
「タンスイ殿が、こんな遅い時間になっても戻っていない。早朝から調査に行ったきりだが、何か不測の事態に巻き込まれてしまったのではないか?」
「あら、おじ様はタンスイのことがご心配なのですね」
ユキナがアルドの言葉に反応する。その横でココミが嬉しそうに早口で、
「えっと、タンスイくんなら大丈夫だよ! さっき連絡があって、もう少しだけ調査範囲を広げる、って・・・あっ!」
しまった、という顔でココミが口を押さえる。すかさずユキナが、ココミを庇うようにアルドの前に半身を乗り出した。
「・・・タンスイは大丈夫ですわ。彼も戦闘に関しては、私たちのなかでも特に優れていますから。ですが、確かに少し遅いですね。何かあったのでしょうか」
ちらりと、ユキナがアルドを探るような視線を向けてくる。(ああ、なるほど。タンスイとの連絡手段があることは隠しておきたい、と。そういうことか)アルドは内心で頷きながら、話を合わせることにした。
「そうか。確かにタンスイ殿の実力なら、多少のゴブリン相手なら問題ないだろうな。俺もいささか心配しすぎたみたいだ。彼のことは信じて待つとしよう。それよりも、夜も更けてきたな。村の安全のため、俺も警邏に加わった方が良さそうだ」
「そうですわね。今晩の警邏の割り振りについて、ちょうどココミと話していたところです。アルド様にもご協力いただけると心強いですわ。具体的にはーーー」
ユキナが警邏の計画について話し始めた横で、ココミが少ししゅんとしている。慣れない隠し事は難しいものだよな、と同情しつつ、アルドはココミに目線を送る。(大丈夫だ。ユキナは賢い。きっと分かってくれるさ)しかし、ユキナがその仕草に気づいて怪訝そうにする。
「あの、おじ様?」
対して、アルドはふっと優しく笑みを浮かべた。
「ユキナ殿の警戒心は正しい。だが、その警戒が仲間内に不和を生むのは、組織が崩れる一番の近道だ。情報をただ隠すだけが策じゃない。敵を欺くために、あえて情報を小出しにするのはどうだ? 開示する順序を変えて、こちらの手の内を誤解させることもできる。それもまた、君のような策士が打つべき一手じゃないのか?」
「どういう意味、です? ・・・っ! さ、さすがはおじ様ですわ」
アルドの言葉の真意を探り当てたのか、ユキナの表情が驚きに変わり、わずかに体を強張らせた。その反応を見て、アルドは、ぽんと軽くユキナの頭に手を置いた。彼女の不安が解けるように。そして驚きに見開かれた彼女の理知的な瞳を真っ直ぐに見つめ、力強く言う。
「大丈夫だ。何があっても、俺が君もココミも、そして村人も守る。ユキナさんは皆が安心して力を発揮できるよう、後方でしっかりと支えてくれればいい。だから、何も心配することはない」
返事を待たずに、アルドは手を離すと、片手をひらひらと振りながら、夜の闇が迫る村の外周、警邏の持ち場へと向かっていった。
残されたユキナは、アルドの後ろ姿を呆然と見送っていた。そして、そっと自分の頭、先ほどアルドの手が触れた場所に、自らの手を重ねる。人に頭を、それも男性に気安く触れられるなど、これまでの人生ではあり得なかった。値踏みされる対象として見られるだけで、このように無条件の信頼を向けられるような、温かい接触は経験したことがない 。いつもなら不快感で気分が悪くなるはずなのに・・・なぜか今は、胸の奥にじんわりとした温かさと、不思議な安心感が広がっているのを感じていた。
ふぅ、と詰めていた息を長く吐き出す。「不安に、なっていた、か。そう、なのかもしれない」小さく呟くと、隣にいるココミに向き直り、少しバツが悪そうに言った。「ごめんなさい、ココミ。私は・・・不安だったみたい。あなたに余計な心配をかけてしまったね」
それを聞いたココミは、黙ってユキナをぎゅっと抱きしめた。
「ううん。ユキナちゃん、私は全然気にしてないよ。大丈夫。ユキナちゃんがいてくれるから、私も頑張れるんだ。だから、一緒にこの世界を乗り切っていこう。・・・もちろんタンスイくんも一緒に、ね?」
最後にタンスイの名前を出して、ココミが少し悪戯っぽく笑う。その笑顔につられて、ユキナの強張っていた表情も和らぎ、目じりに浮かんだ涙をそっと拭いながら、柔らかな微笑みを返した。
「そうだな。あの弟君も一緒でなくてはな。ふふ、なんだか、これから面白くなりそうだよ」
「だよね!」
二人は顔を見合わせ、もう一度微笑み合った。焚火の暖かな光が、寄り添う二人を優しく照らすのだった。
◇
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