不安①
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
*GW期間の平日(5/2)は、午前と午後の計2回投稿(1日2回)します。
投稿時間は朝と夜を予定しております。
そうこうしているうちに、日は西に傾き、空が茜色に染まり始めていた。復興作業の初日は、ひとまずここまでだ。
気づけば村には夕餉の支度の時間が訪れていた。
襲撃を免れた家屋が集まる村の中央広場では、人々が集い、いくつかの焚火が頼りなげに揺れて周囲を照らしている。先の葬儀以来、こうして村の皆と改めて顔を合わせて気付くことがあった。それは村人のなかには人間だけでなく、猫人や犬人、熊人といった獣人の姿が見える。多様な種族が寄り添って暮らす村。それがドルフ村の姿なのだろう。昼間の沈鬱な空気とは打って変わり、今は広場に満ちる食欲をそそる香りが、人々の心を少しだけ軽くしているようだった。今夜はココミが腕によりをかけて料理を振る舞うという。この匂いだけでも、期待しない方が無理というものだ。
『あの羊皮紙も制御式を作り出すだけでなく、聖霊魔法の受け皿としても機能しています。やはり、あの羊皮紙は魔動器に間違いなく、そして聖霊の働きを代替するものですね』
ルルナの冷静な解説をよそに、アルドの腹の音がぐぅと鳴る。アルドは視線を、調理に励むココミたちに向ける。彼女が地面に置いた羊皮紙のようなもの――制御式を作る魔動器と呼んでいたか――が、今は熱を発していて、パンを焼くための簡易的な窯として機能していた。アイダの知る科学技術とは全く異なる、不思議な光景だ。
(魔動器とは聖霊魔法の代替をするか。そういえば、聖霊が聖霊魔法の制御式を作り、演算するんだったな。ココミが使うあれは、魔動器とやらが制御式を作り出し、演算していると?)
『はい、マスター。本来、魔動器は制御式を保存・発動させるための装置ですが、ココミさんが所有しているものは、制御式そのものを生成可能な、かなり格上の品とお見受けします。ストラクト・フォンズの「ウンエイ」なるものが統治していたというMMO、侮れませんね』
(組織っていうより、ゲームの運営会社だと思うが・・・。しかし、本当にこの千年後の世界は一体何なんだろうなあ)
『マスター、思考に耽るのは結構ですが、夕食が出来上がったようですよ』
(おっと、そうか。楽しみだ)
配られたのは、ほかほかの湯気を立てる焼き立てのパンだった。ココミが「特別な小麦なんです」と言っていたそれは、手に持つと驚くほど柔らかく、口に運べば、ふわりとした食感と共に優しい甘さと小麦の香ばしさが鼻腔をくすぐる。
うまい! 思わず心の中で叫んでいた。米を主食としてきたアルドでさえ、そのあまりの美味さに夢中になり、あっという間に一つ目を平らげてしまったほどだ。
「アルドさん、こちらもどうぞ」
ココミが差し出してくれた木のカップには、白い液体がなみなみと注がれている。
「おお! これはミルクじゃないか!? ありがたすぎる」
「ふふ。どうでしょうか? お口に合いますか?」
少し緊張した面持ちで、ココミがアルドの反応を窺うように尋ねてくる。その表情は、自分の料理を評価されるのを待つ、純粋な料理人のそれだ。
「途轍もなく美味いぞ! こんなに美味いパンもミルクも、生まれて初めてだよ」
アルドの正直な感想に、ココミの顔がぱっと花が咲いたように輝いた。今朝まで、村の備蓄食料(硬いパンと干し肉が主だった)を思い出すと、この食事はまさに天国のようだ。今日はココミたちの「収納袋」とやらに秘蔵していた特別な食糧を大盤振る舞いしてくれたらしい。村の他の者たちからも、「ココミ様、こんな美味しいものは初めてです!」「聖霊様の恵みのようだ!」といった喜びと感謝の声が、焚火の周りのあちこちから上がっている。本当に大したものだよ。
「えへへ、それほどでも。あ、御代わり、持ってきますね!」
嬉しそうにはにかみながら、ココミは焼きあがったパンを籠によそい始めた。その横顔を見ていると、彼女は本当に料理や、誰かのために何かを作ることが好きなのだなとしみじみ思う。
ふと、そのココミの隣でパンの焼き具合を見ていたユキナが、ココミに何か小声で話しかけているのが見えた。真剣な表情だ。
『マスター、気になりますか? それでは、ユキナの口元を読んでみます』
ルルナが脳内で囁く。
(え? 読唇術ができるのか!?)
『はい、これまでのユキナの発声データと口の動きを照合して、発言内容を推測します。始めます・・・このような貴重な手札を、今ここでこれほどまでに見せるべきではない。他のプレイヤー勢力が近くにいる可能性も考慮すべきだよ。ココミの夢は小さな店を開いて皆を幸せにすることのはず。確かに食事で皆が幸せになっているけど。ち、違うんだ、ギルドマスターの決定に異を唱えるわけではない。しかし、手の内は可能な限り伏せておくべきだと私は思う・・・といったところでしょうか』
(へ、へえ。ルルナはすごいな。しかし、まー、ユキナ殿の言うことも一理あると言えばあるか)
確かに、この異世界においてココミが作り出すような高品質の食料は、有力な手札だ 。それを安易に見せてしまうのは危険だというユキナの警戒心は理解できる。MMOの世界から来たという彼らにとって、自分たちと同じような力を持つプレイヤーは最大の警戒対象なのだろう。
だが、とアルドは思う。その過剰な警戒心が、ココミの善意と衝突し、仲間内に不和の種を蒔いてはいないか。小さな疑心暗鬼が、やがて組織全体を蝕んでいく。リストラされた会社で嫌というほど見てきた光景だ。このままではまずい。
(年長者のお節介かもしれんが、ここは俺が口を出すべきか)
彼らと上手くやっていきたいという打算もある。だがそれ以上に、人生経験からくる老婆心が、このまま黙っていることを許さなかった。
アルドは立ち上がり、パンを配るココミたちの元へと歩いていく。
『マスター!? どちらへ?』
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