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祝福

5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。

アイダ → アルドに改名です。ちょっと混乱要因になってしまうかもしれませんが、よろしくお願いします。

*GW期間の平日(4/28、30、5/1、2)は、午前と午後の計2回投稿(1日2回)します。

『マスターに聖霊としての祝福を施しました。この村の人々は、あなた様と私が深く結びついていることを、これで理解したでしょう。そして、祠の聖霊として、ここで失われた命を弔うのは当然のこと。そのための、輪廻葬送の儀を執り行います』


 淡々とした、しかし有無を言わせぬルルナの説明に、アイダはひとまず納得するしかない。確かに、この状況で聖霊の力を見せることは、村人たちの精神的な支えになるだろう。それに、彼らが祠に奉納してくれた刀のおかげで自分は生き延びたのだ。この弔いは、その恩返しにもなる。ゴブリンを実際に討伐したのはココミたちだが、まあ、そこはそれだ。


 アイダは咳払いを一つして、威厳を意識しながら村人たちに語りかけた。


「驚かせてしまったなら、すまない。だが、聖霊様と共に、ここで散った尊い魂たちに安息の祈りを捧げることを、お許し願えるだろうか?」


「は・・・はい! もちろんです! あ、あの・・・アルドさまは・・・聖霊さまの、使者様でいらっしゃったのですか?」


 ミアが、驚きと畏敬の入り混じった瞳で問いかけてくる。アルド、というのはココミたちが便宜上つけてくれた名前だ。記憶喪失ということにしておけば、千年前の常識しか知らない自分がこの世界で浮くこともないだろう、という苦肉の策だった。称号にあった「古代人アルドー」から取ったらしいが、好都合ではある。


「使者、か」


 思わず漏れた声は、自分でも驚くほど乾いていた。聖霊の使者。それは、この地の運命を左右するおおやけの立場だろう。そんな大層なものを、俺は望んでいない。ただ、刀の修行をしながら諸国を巡る。せっかく手に入れた二度目の人生なのだから、千年前には叶わなかった夢を追いかけたい。それだけで満足なはずだ。


――しかし、本当にそれでいいのか?


 自分の、自分だけが良いとする夢。なんと自分本位で、矮小な望みだろうか。目の前では、か細い少女が期待と不安に肩を震わせている。周囲には、悲しみに打ちひしがれ、それでも救いを求める村人たちの顔、顔、顔。彼らから目を背けて、己の腕を磨くことだけに邁進する。それは、リストラされ、世間から見捨てられたと拗ねていた千年前の俺と、何も変わらないじゃないか。


(何を迷っている。ごちゃごちゃと言い訳を探して・・・結局は、胸を張れるだけの自信が俺にはないってだけじゃないか)


 しがないコンビニ店員だった俺が。大した力も持たない俺が。「使者」などという大役を担えるはずがない。心のどこかで、そうやって逃げ腰になっている自分がいる。


 だが、この二度目の生で、俺は何を成すべきなのか。どう生きれば、胸を張って「生きた」と言えるのか。刀の術理を磨くとは、ただ己が強くなるための自己満足か? 違う。その力で誰かを守り、悲しむ者が笑って明日を迎えられる未来を切り拓くためにこそ、あるのではないか。


(そうだ、言い訳はもう終わりだ)


 戦いの途上で力が足りず、無様に死ぬことになるかもしれない。それでもいい。

 この二度目の生、大きくやってやろうじゃないか。目の前で悲しみに沈む者たちが、いつか幸せな未来を想像できるような、そんな村を、町を、国を・・確かな「居場所」を、この手で創り上げてみせる。そのために、俺は生き返ったのかもしれない。


 アルドは、震えるミアの小さな手を、そっと両手で包み込んだ。温かい、確かな生命の感触。


「・・・そうだな。私は、祠に奉納されし刀に導かれ、聖霊様によってこの地に招かれた者。そう呼ぶのが相応しいのかもしれん」


「おお・・・!」


 村人たちから、安堵と感嘆の入り混じった声が漏れる。その瞬間、隣から突き刺さるような鋭い視線を感じた。ユキナだ。彼女は何かを待つように、じっとこちらの言葉を探っている。・・・なるほど、そういうことか。

 アルドは、ココミたちの方へ視線を向けた。


「そして、ゴブリンの脅威からこの村を守るために力を貸してくれた彼らもまた、聖霊様の導きによってこの地に現れた勇士たちだ」


 これで、彼らが俺の怪我の手当てをしてくれた恩も返せるし、彼らの立場も少しは良くなるだろう。ミアが、アルドの言葉の意味を懸命に理解しようと、小さな頭を動かして何度も言葉を反芻はんすうしていた。村人のアルドに向ける視線が一瞬にして様変わりしたことに、この世界において聖霊の権威というのはかくも絶対的なものなのだと、アルドは改めて身を引き締めた。


「では・・・アルド様が聖霊の使者様で、この方たちは・・・その従者様、ということなのでしょうか?」


 ミアの純粋な問いにどう答えようか迷った、まさにその時だった。ユキナがすっと前に進み出て、アルドの前に恭しく片膝をついた。


「はい。我らは聖霊様と、その御使いたるアルド様の召喚に応じ、この地に馳せ参じました。御命令通り、邪悪なるゴブリンを討伐し、村の方々の介抱をさせていただきました。次のご下命を、謹んでお待ちしております」


 っ! 完璧に乗っかってきた!  アルドが即興で作った設定に、このハイエルフのユキナは一切の躊躇なく便乗してきたのだ。やはり食えない女だ。腹芸は得意ではないのだが、やってやるしかない。アルドは内心の胃痛をこらえながら、威厳を保って応える。


「うむ。・・・まずは、これから聖霊様が執り行う輪廻葬送の儀が滞りなく進むよう、周囲の警戒を頼む」

「御意」


 ユキナが深く頭を下げると、それに続くようにココミも慌てて前に出てきて「は、拝命いたしました!」と頭を下げる。その後ろでは、タンスイも、意外に乗り気なようで騎士の最敬礼をとっている。 そんなタンスイの姿にユキナは(弟君はおじ様の従者でよいのかい?) (ああ、問題ないぜ。俺はこういうイベントは大事にする派だからな!  決してイベントスキップなんてしないぜ) ユキナとタンスイの小声でのやり取りが、アルドの耳に入ってくる。見やれば、ユキナは顔を伏せたままだが、その肩が微かに震えているのはきっと苦笑をこらえているのだろうな。


 やがて、アルドの頭上に浮かぶ蒼綿毛――ルルナが、ひときわ強い光を放ち始めた。輪廻葬送の儀式が始まったのだ。


 聖霊の神秘的な光が舞うと、穴に横たわる亡骸から、淡い黄色の光球が、蛍のようにふわり、ふわりと浮かび上がってきた。一つ、また一つと、その数は増えていき、やがて無数の光の粒となって、静かに天を目指し始める。輪廻へと還っていく魂の姿。それは、悲しいはずなのに、どこか温かく、そして息をのむほどに幻想的な光景だった。大小さまざまな光球が、それぞれの村人に寄り添い、別れを惜しむかのように揺らめく。おそらく近親者なのだろう。そして、ゆっくりと空へと昇っていく。


「お父様・・・。う、ううっ」


 それまで気丈に振る舞っていたミアの瞳から、堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出した。天に昇る光球のいくつかが、まるで彼女を慰めるかのように、その周りを優しく漂い、そして他の光球たちと共に天の高みへと昇っていく。ミアだけでなく、他の村人たちも、声を殺して、あるいは嗚咽を漏らしながら、とめどなく涙を流していた。それは、絶望の涙ではなく、魂の安らかな旅立ちを見送る、浄化の涙のようにも見えた。


 昇っていく光の粒は、最後にひときわ強い輝きを放ち、まるで祝福の音色を響かせるかのように、天空の彼方へと静かに吸い込まれていくのだった。



ご一読いただきまして、ありがとうございます。

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