蒼い聖霊
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
*GW期間の平日(4/28、30、5/1、2)は、午前と午後の計2回投稿(1日2回)します。
◇
襲撃の爪痕が生々しく残る村。その一角、古びた聖霊教会の前には、異様な光景が広がっていた。数にして数十はあるだろうか、人の背丈ほどの穴がいくつも並び、掘り起こされたばかりの土の匂いが微かに漂う風に混じっていた。
その穴の一つ一つには、ゴブリンの襲撃によって命を落とした村人たちが、老若男女の別なく横たえられていた。そして今、最後の亡骸――村の長であった男が、静かに穴の中へと下ろされていく。
村人たちが、亡骸の胸に森で摘んだ『旅立ちの花』として白く淡く輝く聖花を添えていく。それは魂が聖霊のもとに迷わず還れるようにという、この地方古来の習わしだ。
その様子をまだ幼さの残る瞳が見つめていた。年は12歳になったばかりだろうか。小さな体で、必死に現実を受け止めようとしている少女。彼女の父親であった村長は、村人を守るために自ら先頭に立って避難誘導をしていた最中にゴブリンの凶刃に倒れたのだという。聞けば、頭部の損傷が酷かったらしく、今は白い布で覆われて、生前の面影を偲ぶことすら叶わない。
(為政者が、民を守るために先頭に立つ・・・か)
アイダは土を掘るために握りしめたスコップの柄に力を込めた。千年前、自分が生きていた世界では到底考えられないことだ。自らの利益や保身ばかりが優先される社会だった。それに比べて、この村長はどれほど立派だったことか。直接の面識がなくとも、その人となりが偲ばれる。アイダはやり場のない思いと共に、集まった村人たちの姿に静かに視線を向けた。皆、俯き、あるいは空を仰ぎ、それぞれの形で悲しみに耐えていた。
俺は刀の修行ばかりを考えていたが、この悲しみに沈んだ光景をみて心がざわめく。強くなるためとか、自分が生きるためだけではなく、誰かを守るために刀技を磨く。そういう人生もあるんじゃないか、と。そんな考えが頭をかすめる。
不意に、先ほどの少女がきゅっと唇を引き結び、覚悟を決めたように村人たちの前に進み出た。その小さな背中を、すすり泣きを堪える村人たちが固唾を飲んで見守っている。少し離れた後方では、アイダと共に、ココミ、タンスイ、ユキナの三人も静かに佇んでいた。彼らの表情からも、いつもの軽さは消えている。
やがて、少女がか細いながらも凛とした声で、祈りの言葉を紡ぎ始めた。気丈に振る舞おうとするその姿が、かえって痛々しい。その声に導かれるように、他の村人たちもまた途切れ途切れに祈りの言葉を口にし始める。それは失われた命への追悼であり、残された者たちの僅かな希望を託す祈りでもあった。静かで重たい祈りが、教会の前の小さな広場を満たしていく。アイダは、ただ黙ってその光景を見つめることしかできなかった。
張り詰めた空気のなかで、盛大なすすり音がアイダの隣から響いた。
「くっ! 俺は、こういうしんみりしたのは苦手だぜ・・・ぐずずっ」
隣を見ると、屈強な騎士であるはずのタンスイが子供のように鼻をすすり、涙を堪えている。無理もない。彼が生きてきたゲームの世界では、NPCの死は演出にアクセントを加えるものだったから。しかし、この重い空気を肌で感じてしまえば、それは重い現実となって胸を刺す。それにしてもとアイダはタンスイをじっと見た。NPCのイベント(と思っているもの)に涙を流せるのは、存外に情に厚い性格かもしれない。まあ、ただ単純なだけかもしれないが。
「ちょっとタンスイ! みんな必死に耐えてるんだから。ミアちゃんだって、あんなに幼いのに・・・。私たちは応援するしかないでしょ」
すかさず、姉であるココミがタンスイの背中をピシャリと叩いた。その声には弟を叱咤する響きと共に、彼女自身をも奮い立たせるようにアイダには聞こえた。
アイダは改めて、この異質な三人組をまじまじと観察した。
リーダー格のココミは小柄な体に似合わぬしっかり者だが、その愛らしい顔立ちにはどこか寂しさが同居しているように感じられる。もちろん生活職が得意という彼女の力は、これからの村の復興に不可欠になるだろう。その隣で鼻をすする弟のタンスイは見た目こそ二十歳前後の立派な青年騎士だが、精神的にはまだ幼さが抜けていない。おそらく本来のプレイヤーは中高生ぐらいなんだろうな。そして、彼らの後ろに控えるハイエルフのユキナ。美しい顔立ちと、どこか計算されたような色香を漂わせる肢体が目につく。本人曰く、支援職の魔法使いだというが、その理知的な瞳に計算高さを思わせながらも、どこか闇めいたものを感じる。ユキナのプレイヤーは特殊な環境で育っていたのだろうか。
アイダは視線を村人たちに移す。だが、なおも意識はココミたちに向けていた。やはり三人の中で最も警戒すべきはユキナかもしれないと直感的に思った。もちろん彼らの人間離れした容姿は、やはりMMOのアバターなのだと実感する。そして、そのアバターが現実の自分自身の体となったことで、この世界が『ストラクト・フォンズ』の延長線上にあると彼らは固く信じ込んでいる。その認識のズレが、この悲劇的な現実の中で奇妙な認識のズレを生んでいるように感じた。
どれほどの時間が経っただろうか。村長の娘――ミアが顔を上げ、祈りの言葉を終えたことを静かに告げた。空気がわずかに動き人々が次の行動に移ろうとした、その時だった。
ふわり、と。アイダの頭上に、どこからともなく蒼い綿毛のような光が現れた。
「ル、ルルナ?」
アイダの戸惑いの声に呼応するように、蒼綿毛――ルルナは、アイダの周りを優雅にひと回りすると、静かに祈りを捧げるような光を発し始めた。その光は、穴に横たえられた亡骸たちを優しく包み込む。まるで、その魂を慈しみ、安らかな眠りへと誘うかのように。
その神秘的な光景に、村人たちの間からどよめきが起こった。
「せ、聖霊さまだ!」「おお・・・我らを見捨ててはおられなかったのだ!」
驚きの声が重なり合う。村長の娘ミアをはじめとして村人全員がその場に膝をつき、一斉に蒼綿毛に向かって深く頭を垂れた。さきほどまでのすすり泣きが、今度は安堵と感謝の響きを帯びて広がっている。
突然の展開に、アイダは内心で頭を抱えながら、頭上で静かに光を放つルルナに脳内で問いかけた。
(おいルルナ! これは一体どういう状況なんだ!?)
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