ドルフ村①
注)11/22:ユキナとルルナのキャットファイト要素追加。
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
*GW期間の平日(4/30、5/1、2)は、午前と午後の計2回投稿(1日2回)します。
投稿時間は朝と夜を予定しております。
ゴブリンの襲撃を受けたドルフ村は、フェルム帝国の南端――ドワッフ王国との国境にほど近い山間にある。石と堅木でがっしりと組まれた家々は、質実剛健を好むドワッフ族の建築様式の名残を色濃く残していた 。
この村が帝国領となってから早百年 。それ以前はドワッフ王国の一部だったという歴史は、今も人々の暮らしに深く根付いている。村の男たちの多くは、帝国側の商人を通じて隣国の鉱山へ出稼ぎに行き、その屈強な腕で家族の、そして村のささやかな富を支えてきたのだ 。
その村の家屋の一室で、アルドは腕を組み、目の前の小さな語り部に耳を傾けていた。聖霊の使者として祭り上げられ、気づけばアルドは、父を亡くしたばかりの幼い村長ミアの『摂政』として、この村の指揮を執る立場となっていた 。そのミアが今、歴代の長に受け継がれてきた村の歴史を、健気にも一生懸命に解説してくれているのだった 。
「すると、俺が祠で授かったこの刀も、そのドワッフ王国で作られたものということになるのか?」
アルドが腰の刀に手をやると、ミアはこくりと頷いた。
「はい、アルド様。その通りです。私の父が、ドワッフ王国の腕利きの鍛冶師に特別に打ってもらった物だと聞いています」
少女の瞳に父を誇る色が浮かぶ。
「そうか‥‥‥。村にとって、そして君にとっても大切なお父上の形見でもあるわけだ。だとしたら、やはり俺が持っているのは‥‥‥返すべきだな」
アルドがそう口にすると、ミアは慌てたように首を横に振った。
「そ、そんな! その刀は、聖霊様がアルド様をお導きになった証です。どうか、アルド様に使っていただきたいです。父もきっとそれを望んでいます!」
「そうですわ、おじ様」
不意に、すぐ隣から柔らかな声と共に、アルドの刀を持つ手に、別の手がそっと重ねられた。ユキナだ。いつの間に来てたんだ? 確か書物を確認したいと同じ家屋の奥の部屋に行っていたはずだ。
「祠に奉納されたものは、聖霊様とその御使いであるおじ様のもの。おじ様がお使いになることこそ、村の方々の喜びであり、亡くなった村長様への供養にもなりましょう。返すなどと仰るのは、野暮というものですわ」
吐息がかかるほどの距離で、ユキナは妖艶とも言える微笑みを浮かべている。ハイエルフの整った顔立ちと、豊満な胸元が強調される服装。
(というか、なんでこんな近くに!? しかもいつの間に!?)
内心の動揺を悟られまいとした、その時だった。
『‥‥‥マスター』
脳内に響くルルナの声は、いつになく低く、絶対零度のような冷たさを帯びていた。
『警告します。現在、ユキナの身体からフェロモンに類する成分が通常の3倍分泌されています。これは明らかにマスターを籠絡するための生物学的攻撃です』
(え? こ、攻撃?)
『はい。直ちに回避行動を推奨。‥‥‥いえ、禁止します。今すぐ離れてください』
(いや、禁止って言われても、会議中だし、手を重ねられているだけで‥‥‥)
『千年です』
(は?)
『私がマスターの肌に触れられたのは、千年でただの一度きり——それも、マスターは眠っておいででした。それなのに、あのハイエルフは出会って数日で‥‥‥。‥‥‥不快です。非常に、論理的でない感情が回路を焼きそうです』
拗ねている。明らかに、この有能な聖霊様は拗ねていらっしゃる。AIとしての冷静な分析報告の中に、隠しきれない感情のどす黒さが混ざり込んでいる。そのあまりの迫力に、アルドは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「‥‥‥い、いや、いきなり刀に触るのは危ないぞ。怪我でもしたら大変だ」
アルドは平静を装い、しかしルルナの機嫌を損ねないよう大急ぎで、重ねられたユキナの手をそっと、だが素早く引き離した。
「あら、ご心配いただいて嬉しいですわ」
口元には優雅な笑みを浮かべている。だが、その視線は鋭い。
「ですが‥‥‥ふふ。まるで、『悪い虫がつかないように』と、恐ろしい奥方様に叱られたような反応ですわね?」
「ぐっ‥‥‥」
図星を突かれ、アルドは言葉に詰まる。ユキナに聖霊の声は聞こえていないはずだ。だが、彼女の勘は、見えないはずのルルナの殺気じみた嫉妬を、肌感覚で捉えているようだった。ユキナは楽しげにクスクスと笑いながら、わざとらしくアルドの隣に座り直す。それも、先ほどよりもさらに密着するように。
「ま、私の勘違いでしょうけれど。おじ様は独り身だと聞いておりますし」
そう言いながら、彼女は挑発的な流し目をアルドへ――正確には、アルドという存在を通して、その背後にいる『誰か』へと向けた気がした。
『‥‥‥マスター』
脳内に響くルルナの声が、絶対零度を下回った。
『後で、その手の消毒を推奨します。念入りに。――それと、あのハイエルフの背後にある壁の強度、少し試してもよろしいでしょうか?』
(聖霊魔法をぶち込む気か! やめてくれ、頼むから!)
女同士の見えない火花。その中心に立たされたアルドは、戦場とは違う種類の汗を流しながら、必死にルルナをなだめるしかなかった。
先の葬儀での一件以来、ユキナはアルド―――聖霊の使者という立場に興味を持ったのか、何かと理由をつけて接近してくるようになった。こちらの腹を探ろうとしているのか、あるいは別の目的があるのか。その真意は読めないが、警戒が必要なのは確かだ。
(全く俺のようなリストラ中年男を取り込んでも、何の得にもならないと思うんだがなあ)
居心地の悪さを感じながらも、ミアの手前、聖霊の従者を邪険に扱うわけにもいかない。助けを求めようにも、肝心のルルナは外部接触体の蒼綿毛として、ココミと共に村の被害状況の確認と復興の手伝いに出ているが―――時折、脳内での会話は行っている。
アルドは咳払いをして、話題を変えることにした。
「そ、そういえば、タンスイ殿は村外の調査に向かっているのだったな? 何か分かっただろうか」
アルドの問いに、ユキナは優雅な仕草で頷いた。
「ええ、そうですわ。今回のゴブリンの襲撃‥‥‥その規模や、背後に何者かがいるのかどうか。それを探りに行っております。単なる野盗化したゴブリンなのか、それとももっと組織的な動きの一部なのか。彼のことですから、きっと何か手掛かりを掴んで戻ってくるでしょう」
「ふむ‥‥‥」
アルドは重々しく頷きながら、内心で冷や汗を流す。
(ゴブリンが襲撃してきた背後関係か‥‥‥。全然思いつかなかったが、確かに気になるな)
タンスイの話題を出したのは、ただこの場の雰囲気を変えたかっただけだ。それに村の歴史を尋ねたのだって、俺が千年前の人間だから「古代人は歴史に詳しいはず」という自分でも恥ずかしくなるような浅はかな先入観からだった 。
しかし、どうにもユキナはこちらの考えを深読みしすぎている。さっきも「なるほど、さすがおじ様ですわ。村の成り立ちを知ることで、より広い視座を得ようとなさっているのですね。力による即決解決よりも歴史を知ることで柔軟な一手を探らんとする。私も盲点でしたわ」などと、妙に感心したように言ってくる 。
(違う、そうじゃない! 俺はしがない元コンビニ店員だぞ!? そんな大層なこと、考えられるわけがないって!)
聖霊の使者という、身の丈に合わない立場が独り歩きしていく。周囲の、特にユキナからの過剰な期待が、アルドの胃をきりきりと締め付けた。その痛みに耐えかねて、思わず机に突っ伏しそうになった時、部屋の入り口から控えめな声がかかった。
「アルド様、ミア様。お飲み物をお持ちいたしました」
現れたのは、老執事のロウだった。彼は長年村長に仕え、今は幼いミアの後見役となっている。村長を死なせてしまったことに深い責任を感じ、一時は後を追おうとする気配さえあったが、アルドが説得したのだ。「村長は責務を全うした。貴方も残された者のために、ミア様を立派な次代の長に導くという責務を全うするべきだ。それが聖霊様の導きであり、村長の魂に報いる道だ」と。今思えば、若輩者の自分がなにを偉そうなことを言っているんだと思ってしまうが、ミアの気丈な姿を見て、つい口走ってしまった言葉だった。
「ああ、ロウ殿、ありがとう。すまないな」
「いえ。アルド様には、この老いぼれに生きる意味を再び示していただき、感謝しております」
ロウは深々と頭を下げた。
「よければ、ロウ殿もここで一緒に休んだらどうだ?」
「お心遣い、痛み入ります。ですが、私はここで皆様のお役に立つことが役目。どうぞ、わたくしのことはお気になさらず、ミア様と共に、この村の行く末についてお話し合いくださいませ。無論、私には敬称などは不要です。どうか、ロウと呼んで下さい」
そう言って、ロウは静かに戸口に控えた。
村の行く末、か。アルドは改めて考える。村の歴史と地理的な立ち位置はミアの話で分かった。ドルフ村は帝国とドワッフ王国の国境にあり、政治的立場として帝国側の国境都市に従属している。だが、生活の糧はドワッフ王国への出稼ぎに依存していた。そして、今回の襲撃で村の働き手の多くが失われた。残ったのはミアを含めても60人程度。村の機能は麻痺寸前だ。
復興には、まず人手がいる。どこから人を入れる? いや、その前に‥‥‥。
「ロウど‥‥‥いや、ロウ。村からドワッフ王国へ出稼ぎに行っている者たちは、今どうしているか分かるか?」
「は‥‥‥それが、1週間ほど前から国境都市との連絡も滞っておりまして、仲介の商人とも話がついておりません。通常であれば、そろそろ次の出稼ぎの人選のために商人が訪れるはずなのですが―――。その商人に聞くのが、村の出稼ぎの者たちの状況を知る上で一番なのです。ですので、詳しいことは何とも‥‥‥」
ロウは申し訳なさそうに口ごもる。
「そうか。どちらにせよ、彼らを呼び戻さないことには、村の再建は難しいだろうな」
そうだ、まずはそこからだ。ドワッフ王国に出稼ぎに行けるほどの者たちなら、技術や腕力も期待できる。彼らが戻ってくれば、家屋の修復や食料生産の立て直しも進むはずだ。
「どうにかして、彼らに連絡を取り、呼び戻す手立てを考えねばな」
アルドがそう呟きつつ、ユキナをじっと見る。どうだろう? 間違ってないだろ? と。しかし、ユキナは「まあ」と小さく息を呑み、感慨深げに何度も頷いた。「アルド様はそのように動かれるのですね。確かにこの混乱した状況下で最善手となりましょう。力なきものは淘汰されるのみ。周辺状況がいかようであっても、地盤が盤石であれば‥‥‥掌が大きければ取りこぼす水も少ないというものですわ。そうなりますと、ますますタンスイが持ち帰る情報が今後の重要な一手を決めるものとなりますわね」
(え? 何を言っているのか全然分からない。俺はただ人手が欲しいと思っただけで‥‥‥その最善手とか、次の重要な一手とかってなに?)
アルドが内心で混乱していると、ユキナの隣に座るミアも、ロウ執事が耳元で何かを囁くのを聞いてぱっと顔を輝かせた。そして尊敬と期待に満ちたキラキラした瞳で、アルドをじっと見つめてくる。
(な、なんだ!? ロウ、あんたミアに何を吹き込んだんだ!? 頼むから俺にも教えてくれ!)
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