律龍の思惑
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
「ああ、そうだな。君が執心していた、日本刀持ちのおじ様の治療は無事終わったわけだ。しかし、私には良く分からないんだが、彼はそんなに重要な人物なのかい? それよりも今は二階で眠っている村長の娘の方が私たちにとっては大切なのだと思うけどね。現在の私たちは社会的地位のない放浪者と同じ。であるからこそ、この村で確かな生活基盤を持つことが、今後の私たちにとって重要だと思うのだけどね」
「そうは言っても、おっさんはレアジョブ持ちのNPCなんだからな。今回の大型アップデートの隠しクエストの鍵になると俺は確信してる。そうだろ? 姉ちゃん」
「ええっと、隠しクエストに繋がるかは分からないけど。鑑定で観たら刀武家っていうジョブだったし、私たちが知らない職種なのは確かだよ」
「なるほど、確かに刀武家は、私たちが知っているストラクト・フォンズにはなかったジョブだね。隠しクエストに繋がるかは別として、この世界で生き延びるうえでも彼と縁を持つ意味は大いにあるということか。まあ、戦闘職の弟君にとっては、刀武家のジョブそのものに興味があるわけね」
尽きない話が続いている。どうやら彼らは3人で行動していて、しかもこの世界に来て間もないらしい。それに他の仲間の話が出てきていないところからすると、彼らは3人だけで行動していることになる。それにしても、とアイダは思った。気になったことがあったのだ。どうやら俺と彼らでは感覚が違っているということ。そもそも敵との戦闘は凄惨な殺戮の場でしかないが、この世界をゲームの延長で捉える彼らにとっては、どこまでもゲームとして捉えてしまうらしいな。
アイダは自ら気付かぬうちに独り言ち始めていた。
「いや、ひょっとすると彼らにとっては、例えば踏み潰される臓物とか飛び散る血肉とかがソフトに表現し直されているとか? ゲームと言うならグロ表現の規制があるからな。じゃないと、この血なまぐさく吹き込む風や、あの破壊された村の惨状を見て、あんなに平然としていられないはずだ。まあ、これは俺の勝手な妄想の域を出ない・・・結局は何が何だか分からないってことか」
『ふむふむ、マスターの考えは斬新ですね。彼らと我々では見えているものが違うというのは考察しがいがありますね』
「ルルナっ!? ルルナなのか、一体今までどうしていたんだ? ずっと呼びかけていても返事もなかっただろ」
『それは申し訳ありませんでした。私の持ちうる力のすべてを、マスターの生命維持に使っていましたから・・・返事をする余力はありませんでした』
「そうだったのか。そうとも知らずに、俺は・・・力不足で、すまん」
『何をおっしゃいますか。マスターだからこそ生き延びれたのです。私は確信しているのです、マスターはもっと強くなるのを!』
「おいおい、そりゃ買いかぶりっていう・・・いや、そうじゃないな。もっと強くなるよ、必ずな」
『ええ、もちろんです!』
「その、なんだ。ルルナが無事でよかった、ずっと心配してたんだ」
『ふふ、マスターから心配を頂けるなんて聖霊冥利に尽きます。こちらこそ力が及ばず申し訳ありませんでした。でも、こうやって互いに無事を確認できたのです、マスターは今後どうなさるおつもりですか? 彼らと共に行動するのですか?』
「そうだなあ。当面は衣食住の確保と剣術の訓練が出来ればいいと考えてたんだが」
アイダは目線で隣部屋を示して、
「奇縁というべきかもな。俺は彼ら3人との縁を深めていこうと思う。話を聞く限りでは、彼らもまたこの世界に来てから日が浅いらしい。俺もこの世界で目覚めたばかりだ。お互いにこの世界の初心者同士なわけだし、協力関係を築き易いと思う。そうすることで、この世界の確かな足掛かりとしていきたい。ただ、俺としてはこの村の復興から手を付けていきたいのだが、そこは彼らとの話し合いが必要か」
彼らとの関係構築も大事だが、そもそも村の祠が俺の出発地点だ。そこに奉納された刀で生き延びることができた。だからこそ村に恩を返したい。千年前の俺は恩義なんてのは頭に浮かぶことすらなかったが、この世界では、そういったことを大事にしていきたい。まあ、そのいきつく先の良し悪しは置いておくとして。
「あ、そういえばだ。この部屋の壁は薄いからーーー」
『大丈夫ですよ、マスター。私とマスターは一心同体です。声は胸中のつぶやきに変換されていますから聞かれることはありません』
「え? そうなの? それは、まあ、便利というか。ただ彼らにも、こちらの情報はある程度持ってもらってもいいと思う。向こうもこちらの情報がないと安心できないだろうしな。それでもって良好な関係を築き上げる土台にしようって感じだ」
『・・・マスターも死の淵に立ったというのに、随分と神経が太いのですね。分かりました、今後そのように致します。それに、マスターは大怪我を負ったのに十分に意識が覚醒しているようです。眠くはないのですか?』
「ああ、体は動かないけど、やけに目が冴えてるんだよなあ」
『極度の興奮状態が続いているのかもしれません。ですが、体を癒すためにも眠りは必要です。剣術の修行をなさるのでしょう? だったら、私が神経を落ち着かせますのでそのまま目を閉じて、体を楽にして下さいませ』
ルルナは聖霊魔法を紡ぐ。その魔法をアイダは素直に受け入れてくれた。その聖霊魔法が稼働して眠りに落ちるアイダの、その隣で、壁に立てかけられた日本刀が仄かに紅く光りだした。
ルルナは、その現象を当然であるかのように、そして一つ一つ確認するように見つめる。
『共鳴が始まりましたね。告げられていた条件は通りということでしょうか』
その条件とは戦闘によって死の淵を体験すること。戦闘の中で瀕死状態になるというのはハイリスク極まりない。本来なら万全の準備をしたうえでの戦闘をルルナは考えていた。しかし、目覚めたばかりで、しかも格上の亜獣との戦闘は想定外過ぎた。『マスターの復活に際しては周囲の安全を確認して行ったはず。しかし、実際には格上の亜獣が来てしまった・・・まさか律龍の思惑が働いているのですか?』その考えが生じたことで妙に納得してしまう。だからこそ、あの絶妙のタイミングでMMO出身と名乗る者の助けが入ったのだ。
『いくら律龍といえどもマスターを傷つけることは許されません。・・・これは考える必要があります』
外部接触体となったルルナの蒼綿毛が部屋を舞う。この部屋には遮断結界の聖霊魔法は使用していない。だからこそ、確実にこの場で生じている魔力の高まりは隣部屋に伝わっていることだろう。それを裏付けるように、さっきまで続いていた会話が途切れ、静まり返っている隣部屋をルルナは見やった。
『マスターがこの世界にとって、そして貴方たちにとっても重要人物だということを知るべきです』
こちらの様子を伺っているであろうMMO出身の彼らに対して呟き、それからルルナはもう一度アイダを見つめる。
これからマスターは選ばなければならない。そして過酷な試練を受けることになるだろう。
部屋を舞っていた蒼綿毛が突如として止まり、その輪郭がゆらりと波打った。しかもゆっくりと人の形となっていく。現われたのは陶器のような白い肌をした女性。その瞳の色は透き通ったように紅く、長い栗毛色の髪が眉毛の上で切揃われて凛とした清楚さを伺わせた。
その若い女性の白く長い指先が、アイダの頬を優しく撫でる。
「許して下さい。貴方を千年後の世界に蘇らせてしまったことを。・・・終末の蛇が目覚めるその時まで、私は貴方だけのルルナでいますから。だから、どうかーーー」
最後の言葉は掠れてしまう。ただルルナと名乗った女性はアイダの包帯に触れ、とても苦しそうに自らの胸を押さえた。「ここまでする必要が本当にあったのですか?」ここにはいない誰かに訴えるように宙を睨む。だが、返答はない。最後にルルナはアイダの頬にそっと触れると、その人姿は蒼い光となって消えていってしまった。残ったのは元の蒼綿毛のみ。その綿毛も微かに二、三度震えて、そしてアイダの胸の中に吸い込まれていった。
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