狭間の鼠 1
・・霧とこの場所自体の魔力が濃い。そこら中に幼体の9位から、8位に7位といった竜達がいる。
これまで私やヨイチやノノイが対応していた6位から5位の竜の気配もいくつか感じた。離れた位置には4位級竜の気配すらあった。
竜以外の魔物達も竜の影響を受け、竜の特徴を持つ強力な亜種個体と化し、魔物でもない普通の動植物ですら鱗や角を持つ等竜の特徴をどこかしら持っている。
我々は3位級の狩り手以外は基本的には立ち入りの禁じられた、狭間の遺構の周辺域に来ていた。
「ほんと寒ぃよな、ヤッポちゃんは大丈夫かぁ?」
着膨れしたヤッポを振り返るヨイチ。狭間の周辺域は非常に寒く氷や雪やダイヤモンドダストを見掛けることも多いくらいだった。遺構へ向けて、進めば進む程寒くなる。
遺構は季節が冬で固定されているのかもしれない。
「厚着とカイロで乗り気ってやす」
蜥蜴人であるヤッポは暑さ寒さに弱い所がある。
「次の鼠型獣人の集落に着いたら寒さ対策の魔術道具を何か買おう」
「面目無いでやす」
「種族的特性ですからね。私なんかは熊なんで、リザードマン以上に暑さは苦手ですよ?」
「足場の弱い所もなっ、へへっ」
「ノノイ様? 酷いです・・」
和んでいたが、
「先に一体いるっ。気配は消してる。5位だと思う。眠ってる。気配を消すことを習性にしてるんだと思う」
近い周辺や足下の確認は他の者にほぼ任せ前方の離れた環境を定期的に、霧を見通せるよう魔術と素材で強化された望遠鏡で確認していたマヌカが告げた。
「周り道しよう、野生化しているのと縄張りがある。交戦はなるべく回避!」
私は即断した。この地の竜達は殆んどの個体が代償を得ずに通常の弱肉強食の自然の摂理で進化している。
その為、見た目の階位以上に手強いことがあったが一方で知性は後退しており、竜特有の神性はあまり感じられなかった。
人や亜人に害を為さず世界の摂理にも干渉せず、ただ生物として生きて繁栄している。
ギルドは3位級以上の狩り手を定期的に派遣して過剰繁殖や危険な兆候の個体を間引きしているようだったが、純粋な生物としての竜を私はどう認識すればいいのか正直わからなかった。
私達は5位級竜を避けて大回りをして次のマウスマンの集落を目指した。
小さな集落なのに大規模郷並みの強力な城壁と魔除けでマウスマンの集落は守られていた。
禁じられた遺構周辺域に集落を形成する亜人はマウスマン達だけだ。
狩り手や魔術師のギルド、解体屋や探索屋や伝達屋の中でも最も戦力の高い集団が拠点をいくらか維持開発はしていたが、生活の為にこのような雲界の中でも異常な環境で暮らす種族はマウスマン以外にいない。
彼らの先祖は巨人族の尖兵として他の種族を殺戮した伝承があり、雲界では忌み嫌われいた。
狭間の遺構周辺等、到底住めた物ではない地域以外に彼らの居場所はなかった。
「ようこそいらっしゃいました。電信で伺っております。貨幣を獲得できる機会も限られておりますので、歓迎致しますぞ?」
里長は歓迎してくれた。ここまで通過した2つのマウスマンの集落はどこもそうだった。狩り手をしていてここまで歓迎されることは珍しい。
あるいは、この地には願いを叶える竜を狩りに来たわけではないから揉める要素が無いからなのかもしれない。
防具を強化した我々狩り手3人と寒さへの耐性の強いスーには特に必要なかったが、ヤッポには防寒具とベスト型の耐寒魔術道具を買い、マヌカには防寒具のみを買った。
スノーシューも購入した。現地の魔物の遺骸を素材とした物で強固だった。
合わせてこの集落で案内人も雇うことにした。
我々の隊は狭間の遺構側の新たな野営地の設営を手伝った後、そこを拠点に調査を始めるとになっていたが、周辺にいよいよ近付くと竜や竜以外の魔物達の力が増し、環境も厳しくなる。
シェルパ3人もさすがに遺構周辺の知識はないのでここで雇う必要があった。
「ザムゾです。よろしくお願い致します・・」
礼儀正しいが、陰気な様子のマウスマンだった。
ザムゾの他に後方補助要員に3人、前方補助要員に1人雇ったが、誰も彼もフードを目深に被ったりスコープ付きのアイマスクをする等して顔をはっきり見せず、名乗りもなく不穏な印象を感じざるを得なかった。
翌朝、出発する段になると一応、殿は荷負い人の中では一番頑丈なスーに担当してもらうことにした。
集落を出て、竜や魔物や危険な地形をなるべく避けて5時間程移動すると、周囲の環境は明白に冬になった。
大気中の水分が多いので樹氷とダイヤモンドダストが目立ち、雪の少ない場所では霜柱も多い。
霧が氷に替わったことで視界が良くなって、氷や雪の照り返しで霧に慣れた目が少々疲れた。
「この辺りからは氷片がよく飛びます。特にシェルパの方々はゴーグルを付けて下さい・・」
我々はザムゾの指示に素直に従った。しかし、
「・・・」
「・・・」
「・・・」
ザムゾは一定の陰気な気配のままだったが、他の補助員のマウスマン達は高まる殺気を隠しきれていない。
私とヨイチとノノイは目配せをし合い、なにげないハンドサインでシェルパ達にも知らせた。
「この先の雪原を抜ければ竜にも通用する強い祓い所があります。そこで休憩できます・・」
「ああ、シェルパ達の脚も冷えてきたからね」
ここだ、と直感した。狩り手同士は目配せするまでもない。シェルパにもわざわざ会話で触れたのでそれで十分だろう。
3人とも、竜鱗盾の持ち手と繋がった紐が揺れて布を打つ音が聴こえている。ここに至るまでに既に垂らしていた。いつでも引ける状態になっている。
不意に、ザムゾが立ち止まり右側面を見た。
「・・角狐です。ほら、あそこ」
私だけはそちらを見てみせた。尾を引いてわかり難いタイミングで仕掛けられても面倒だ。
「っ!!」
マウスマン達はいち早く必死で飛び退いた。と、
ゴッパァアアアーーッッッ!!!!!
我々がいた雪原の足元自体が突然、閉じられ出した!! 巨大な顎だっ。顎が異常発達した竜っ!
狩り手3人は飛び退き、シェルパ達も盾の障壁を使いながらなんとか避けられていた。
「ジァアァァーーーッッッ!!!!」
「ゴォオオオゥッッッ!!!!」
立て続けに、ザムゾが差した方からは3つ首の竜が、その逆方向からは巨大な狼のような竜が雪中から飛び出し、我々に追い打ちを図ってきた!
「爆ぜなっ!」
「鋼よっ!」
「スーっ! 2人守れっ!!」
ヨイチは狩り手の弓で炸裂する矢を放って動きの速かった狼型竜の頭部の半分を吹き飛ばしたっ。
私は金属の力を付与した狩り手の槍で頭部以外は不可解な程小さかった大顎の竜に打ち込んで頭部全体から金属の針山を噴出させて顎を閉じれなくさせたっ。
ノノイは狩り手の斧を振るって魔力の斬撃を飛ばして3つ首の竜を牽制しつつ、スーに促したっ。
「了解ですっ!! ふんっ!」
スーは全身の獣毛を拡大させ近くのヤッポとマヌカを取り込んだっ。
「うっはっ?!」
「コレ、やだ」
一つの大きな毛の塊になって雪原に落ちるシェルパ達。距離を取ったマウスマン達が銃撃や手榴弾で攻撃するが通らない。
スーは魔術師に挫折してシェルパになった経歴の持ち主だが、独自に編み出した魔術、鉄壁の獣毛団子の防御力は相当な物だ!
「じゃあなっ!」
「雷よっ!」
「おっらぁーーーっっ!!!」
ヨイチは損壊した狼竜の頭部の傷口に炸裂矢を撃ち込んで粉砕して仕止め、私は槍で電撃を噴出している金属の針山に打って感電させて顎竜を仕止め、ノノイは全力の一振りで3つ首を纏めて吹き飛ばして仕止めた。
「バカなっ?!」
「6位級3体だぞっ?!」
「強過ぎるっ!」
「逃げろっ」
補助員のマウスマン達は逃げ出したが、ザムゾだけは残ってライフルで俺達狩り手に撃ち続けた。
私は槍で払い、頑丈なノノイは当たっても無視し、ヨイチは撃ち気と弾筋を見切って避けた。
ヨイチの殺気を感じた。私は先んじて雪上に槍の電撃を這わせ、ザムゾを感電させて弾いた。バンっ! ライフルが暴発してザムゾの右手の指が何本か飛んだ。
狩り手3人は倒れて痙攣するザムゾの元へ向かい、スーはモフモフモフーンを解除してヤッポとマヌカを解放した。
「・・殺せ」
「なんのつもりなんだ? 竜教に買収されたか?」
「金? アハハハッ!!! もうすぐ世界が終わるのにっ、そんな物に意味は無いっ!」
「はぁ? キリヒコ、竜教って終末信仰だっけ??」
ノノイに聞かれたがそんな宗派もあった、くらいのことしか知らない。
「これってお前らのグループだけのことかぁ?」
ヨイチは冷然と聞いた。
「違うっ! 俺達マウスマンは竜教に付いたっ!! こんなクソ世界っ、さっさと終わらせて! 次の世界で俺達は上位種族になってやるっ」
俺達は顔を見合わせた。
「眠りよ」
ヨイチはザムゾに直接眠りの力を付与して眠らせた。
「狂言の可能性もあるが、マウスマンの拠点はもう使えねぇなぁ。言葉通りなら祓い所もマークされてんだろ? ちっと遠いが、先にあるはずの伝達屋と探索屋の共同拠点を目指そう」
「コイツ、後続は頼めないし、連れてくの難しくないか?」
「この地のマウスマン全体で行っているなら、専門の連中が探っているはず。自爆や位置を報せる魔術道具を仕込んでる可能性もある。まぁこの場に置けば、仲間が回収して手当てもするだろ?」
「仲間が回収の件、考慮必要?」
苦笑するヨイチ。私は咳払いした。
「連中の思想的? な所は我々では判断できない。共同拠点での情報収集と電信でギルドの対応を見よう。ここからは案内は無く野営できない以上、日が暮れるまでに目的地に着かなくてはならない」
「シェルパのリュックに軽量化の魔術、付与してやってくれよ?」
「うん」
「やっとくかぁ、マヌカ! ダッシュっ」
周囲を伺いながら、こちらに歩いてきていたシェルパ達はマヌカ以外も駆けてきた。
世界が終わる? 次の世界? ただの世迷い言かもしれないが、思わぬ話が出てきて私は困惑していた。




