いつものヤツ
1.スピンドック平原
ポツポツと雨が降っている。
草原で二人の男が対峙した。
これで何度目だろうか……。サトウシリーズはろくなの居ねぇーな。スズキさん家の子とヤマダさん家の子はそうでもないのに……。の、第一席と第二席。
サトゥ氏とスマイルくんである。
二人を取り巻く応援団が興奮状態で蛮族みたいにガンガンと武器を打ち鳴らす。
サトゥ氏の応援団はいつもの連中だ。廃人集団【敗残兵】。普段は割と理性的……と信じたいメガロッパさんですらバキバキにキマッた目で「ヤッちゃえ!」とか叫んでいる。よほどスマイルくんのことが気に入らないらしい。殺人を推奨するのはちょっとアレだけど、ぴょんぴょん飛び跳ねてるのは可愛い。あ、パンツ見えた。あざーす。
対するスマイル応援団は全体的にガラが悪い。いつメンと言えるのはアオとミドリくらいか。構成員をテキトーに見繕って連れて来たって感じだな。俺が把握しているだけでもスマイル団の団員は200人を越える。実態はその二、三倍は行くだろう。
俺はミドリにフォーカスした。耳を機械化して金庫を開けるノリでつまみをカチカチとひねって周波数を絞っていく。聞こえた。ミドリの声だ。
「隊長〜! 大丈夫だから! 好きにやっていいよ〜!」
ミドリはイイ女だなぁ。
俺はしんみりした。
ゴミどもが酒をぐびぐび飲みながらツバを飛ばして吠える。
「ヤれ! お見合いしてンじゃねえ! ヤれッて!」
「俺らは一等強ぇーのに付いてくぜ〜!」
「分かりやすくてイイだろ〜!」
まぁ大体そんな感じだ。
地球に降りる遠征部隊の頭を誰が張るかでモメている。
最初に立候補したのはサトゥ氏だ。
地球降下の目的はハードモードの開放であり、具体的に何をどうしたら良いのか分かっていない。よって廃人集団を送り込むのはほぼ既定路線だ。リアルで仕事があるからこの辺でログアウトします次のログインは十時間後ですねでは話にならない。そんなのは居ても何の役に立たない。
廃人集団を率いるのはサトゥ氏で当確だろうと思われたが……そこにスマイルくんが異を唱えた。月を割ろうとするような人間に従うことはできないと主張したのだ。
ごもっともな意見ではあったが、その場に居合わせたメンバーは冷めていた。ああ、そのネタまだ引っ張るんだ……?という感じである。ネトゲーマーは過去を引きずらない。デスゲームじゃあるまいし、ほとんど他人事なのだ。サトゥ氏の倫理観が怪しいのは周知の事実だが、そこから先のことはいちいち考えない。
だが、スマイルくんは暫定リアルの地球で迂闊なことはできないと考えているようだ。いや、それは当たり前のことなのだが……現地で考えることと言うか。急に真面目な話されても困ると言うかね。おやつは300円までとか、バナナはおやつに入るのかとか、そういうノリだったからさぁ。
会議のメンバーはスマイルくんをまぁまぁと宥めた。いったん頭を決めようってだけだから。仮置きよ。仮のてっぺん。
が、とにかくスマイルくんは折れない。かつてサトゥ氏が母星から追放されたことも気になっているようだ。まぁなぁ……。
ステラに召集されたメンバーは、物事を真剣に考えるのがあまり得意ではなかった。地球に降りるのが【敗残兵】で確定なら頭を張るのはサトゥ氏でいいだろう……そのように考えていた。
しかしスマイルくんは折れない。
サトゥ氏はニヤニヤしていた。意見が出尽くした辺りで、狙い澄ましたかのようにこう言った。
「いいぜ、俺は。あんたに従ってやっても。ただし雑魚に従う気はねぇー。ウチのモンも納得しねぇ」
そういうことになった。
そして現在に至る。
俺はシームレスで回想シーンを終えた。
……結局さぁ、なんやかんや理屈付けてヤり合うッてことでしょ? そんなにヤりたいならどっかの森の中で待ち合わせてしてヤればいいじゃん。誰も止めねーよ? それじゃイヤだから俺らに見て欲しいんでしょ? ハッキリそう言うのは恥ずかしくてイヤなんでしょ? も〜……。
俺は諦めた。色んなものを呑み込んで、そして諦めた。コイツらには何を言っても無駄だ。仲良くしろと言っても仲良くなれないし、勝手に二人で殺し合えと言ってもウダウダと言い訳して俺らを巻き込もうとする。分ーったよ。分ーった。もうお前らも自分がどうしたいのか分からないんだろ? 俺が面倒を見てやるしかない。
勝利は敗北ではないというだけ。「終わり」であることには変わりない。勝利を熱望しているのは今まで共に歩んできた仲間たちで、彼らの期待を裏切るのは「違う」と思う程度の計算能力はある。
スマイルが二刀を引き抜き、わざとらしく溜息を吐く。この戦いは無益だと言わんばかりのポーズ。
「……エンフレはナシでいいな?」
本気でそう思っているならリチェットかイッチたちを通せばいい。
余人の干渉を嫌った。それだけがスマイルという男の真実。
サトゥ氏が腰の剣を鞘ごと引き上げ、親指で押し出すように鯉口を切る。言った。
「どちらかがロストするまでヤろう」
ロストされちゃ困るんだよ。
俺は岩陰に身を潜めながら小声でそうボソッと独りごちた。
いや、ホント。人生ハイライトみたいなノリなんだろうなってのは分かるけどさ。お前らは将棋で言う飛車と角だろ。完全燃焼されて片方消滅されても困るんだワ。
「室長」
逸る手下どもを俺は手振りで押しとどめる。あのアホ二人を殺すのは簡単だ。人間爆弾を投げ付ければ済む。
けど、そうじゃない。厄介なのは、ヤツらは替えの利かないコマということ。例えばの話、この場でスマイルくんを見捨てて、地球に降りたあとに不測の事態が起きて、こんな時にスマイルくんが居ればなぁ……では困るのだ。誰ならスマイルくんの代わりができる? できない。そんはヤツは一人も居なかった。それが答えだ。サトゥ氏も同様。
これはVRMMOの構造的な欠陥だ。
プレイヤーの知識、経験が格差を生んでしまう。
モーションパック、半没入式ログイン、人海戦術以外に答えがないレイド戦……。家でゲームばっかりしてる連中を、こうまで優遇してやって、なおも追い付かない。技術的に不可能とかではない。プレイヤーが求めるのは、己の才能を発揮する場なのだ。そして、その「才能」とやらの有無をプレイヤーは自分自身で把握していない。
それこそがネトゲーの真実だ。
そして、俺はそんなネトゲーマーどものことが嫌いじゃない。
お前らと一緒にこのゲームをクリアするのも悪くないと思っている。
へっ……。なんだよ、そりゃ。俺もヤキが回ったか。
俺は片目だけギルド化している。その目が俺の意を介さずにギョロッと動いて俺に俯瞰図を寄越してくる。
コゴロー、ショコラ……動いたか。
サトゥ氏が決戦の場に赴いたということは、やるべき仕事を終えたということだ。
もぐらっ鼻とウサ耳の軍団がこちらへ向かっている。
……最後の最後まで見通しが立たなかったのは、やっぱりレイド級との交渉だったか。ごめんなぁ、ステラ。俺がそっちに行ければ良かったんだけど、無理だったわ。俺は……俺もゴミと一緒だ。サトゥ氏とスマイルくんを放っとけねぇ。そっちは頼む。ポチョ、スズキ、ジャム、マグナ。ステラを助けてやってくれ。先生がそっちに向かってるハズだ。αテスターの一部はョ%レ氏に付いた。つまり着ぐるみ部隊によるαテスターの初等教育は完了した。卒業式とかやったのかな? 参列したかったな。いや、招待状とか貰ってたとしても行けなかったのかもしれない。
俺は……。
俺はギルド化した片目をギョロギョロと動かして情報収集していく。透視の性質を持つ機械仕掛けの目。この目はチートだ。ブッ壊れてる。ナーフされないのは温情だろう。ハッ、あのタコ野郎に同情されたらオシマイだな。
俺というキャラクターに残された時間は、どうやらカウントダウンが始まっているらしい。
覚悟はとうに済ませてある。
ベムトロンに付いていくと決めた時に、いつかこうなると分かっていた。
ま、未練がないかって言われたらフツーにあるけどな。こればっかりはな。仕方ねぇーだろ。
さあ、始めよう。
最終章だぜ。
これは、とあるVRMMOの物語
お前、いっっっつもそういうこと言ってるじゃないですか。もう分からないんですよ。
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