蟲愛づる姫 4.00
12.ムィムィ放課後
ベムやん気にすんなよ〜。
「気にしてない」
カッコ良かったぜ〜? 俺、危うく惚れそうになったもんよ。
「危うくとは?」
そりゃ身分違いの恋ってヤツよ。天下の七土種族サマに俺なんか相手にされっこねぇだろ〜。
「七土種族か……。あの女なら晶獣ごとき瞬殺したんだろうな」
そ、そんなことないって。
「あの女を甘く見るなよ。天賦の才とはああいうものを指すんだ。晶獣とやらはまあまあ楽しめたが、あの程度ではな。そもそもあの女なら最初の一撃で私にカウンターを浴びせている。まさに電光石火のカウンターだ。しかし私は負けない……! たとえこの胸を貫かれようとも私の角は決して砕けない。力では私のほうが上だ。私はあの女を組み伏せ……! いや待て待て。何をバカな。あの女のことだ。きっと思いもよらない手段で私の意表を突いてくるに違いない。卑怯なり!」
この人、一体どういう精神状態で話してるんだろう……。まぁ元気が出たようで何より。ホントこのゲームのプレイヤーはろくなのが居ねぇな。
あの女ならあの女ならとイメージトレーニングを始めたベムやんの妄想キャットファイト実況を聞き流しながらトコトコと帰路を行く。
伝説の自称ノンケさんとの遭遇に、ギルドマニアのお嬢は興奮を隠せない。ふさふさのしっぽをパタパタと振って、一人百面相するベムやんをありとあらゆる角度から撮影していく。撮影しながらも、ベムやんが執拗にペペロンの兄貴の強さと美しさを力説してくるので、お嬢の歓声も引っ張られてだんだん変になる。
「ペペロっち最高なんだが!? 女神かよー! ベムっち負けちゃヤだー! 負けちゃう負けちゃう!」
出会ってはいけない二人が出会ったのだと俺は思った。
相性が「良い」と言ってしまっていいのか、それとも「極端に悪い」のか、俺には区別が付かなかった。
……人は過去には戻れない。
ベムやんも頭では分かっているんだろうが、きっと故人を悪し様に罵るのは無様で、置き去りにされた人間の言葉は何故か罪の告白に似る。
「女神っ……! あるいはそうかもしれない! その女は人間と言うにはあまりに美しかった……! くびれた腰は戦士と言うにはあまりに細く……! 勝ち気な仕草と気怠げな態度! だらしないところも少しあった……! 戦場で薄着など言語道断! あの細腕にどれだけの同胞が討たれたことか……! いちいち髪を掻き上げるのはなんなんだ!? 流し目はヤメロと忠告したハズ……! しかし侮るな! この私に色仕掛けは通用しない! ペペロン敗れたりー!」
独自の世界観を生きるベムやんは、簡単なプロフィールだけで言うなら、まるでギルド堕ちの最高傑作のように思えて、いざという時に彼女を頼ろうと考える浅ましい自分が居るから、こんな時に俺は他人のふりをすることもできやしない……。
人間ほど他人に無関心になれる動物は居ないだろう。道行くムィムィ星人がこちらに向ける奇異の視線には残酷な「理解」と善意から来る「拒絶」があった。
俺は知っている。ベムやんは、ことペペロンの兄貴に関しては決して妥協しない。ここでたしなめても無駄だと分かっている。けれど何故だか今は……ベムやん本人ですら遠回しに卑下するベムトロンという女性の味方で居てやりたかった。
もー! うるさいんだよお前らー! 俺はバトルフェーズでペペロンの兄貴と組んだことあっけどよー! 言っちゃ悪いが結構ガサツな感じだったぜ〜? そりゃ美人ちゃ美人だが、細腕も何もゲームん中で理想のプロポーションを保てるのは当たり前だしよ〜。実際お前らだってキレイ系だし、モデルみてーだなって俺はフツーに思うよ。
火に油を注ぐ結果になると思っていたし、案の定そうなった。
「ガサツだ〜? お前は何も分かってないなー! あの女は実は内面乙女なんだぞー! 一緒にお風呂に入ると肌を隠すタイプなんだ! それどころか一緒にお風呂に入るのも恥ずかしがるし、人のハダカを見るのも恥ずかしいからずっと壁のほう見てるんだぞー!」
どういうエピソードだよ! お前ら敵同士だろ! お前それっ、でも、ああ、くそっ、分かる! ペペロンの兄貴、いったん意地張って平気なフリしちゃうタイプなのかー! 強ぇよ! 強すぎる! 無敵か!?
キーワードを入力された俺の頭の中に、あたかもNovelAIのように露天風呂に浸かっているベムトロン(仮)視点のお宝映像が浮かんでいた。
心許なさそうに手に持つタオルでさり気なく胸と股間を隠したペペロンの兄貴が、全裸で湯船に浸かるベムトロン(仮)から目を逸らしながら歩いてくる画像だ。何とも思っていないフリをしているから表情はやや不機嫌だが内心ドキドキしているから頬は薄く色付いている。
強い……! ギャルゲーの主人公みたいになっているベムやんで、どこまで対抗できるのか急に怪しくなってきた……! 俺は付いていく女を間違ったのかもしれん……! そんなことないのに……! ヤだよ……! 俺は俺なりにベムやんのイイところをいっぱい知ってるんだ……!
打ちのめされる俺をベムやんがせせら笑う。
「ははは! バカめ! この私ですら、あの女を打ち負かすのは容易なことではない! キサマごときペペロンの足元にも及ばんっ!」
「スゲー! っぱデキるオンナはちげーワ!」
俺はハッとした。
そうだ、お嬢! お嬢には萌えアタッチメントのケモ耳としっぽがあるッ! お嬢なら……! お嬢ならきっとやってくれる! 今ならまだ間に合う……! 俺ン中の温泉に入ってきて! 早く! 大丈夫! 女湯だから! イメージ膨らましてこ? お洋服は最初にどっから脱ぐの? 下からでいい?
「ひゃーっ! コタタマっちがブッ壊れちった! 叩けば直っかな?」
壊れるというワードに反応して衛生兵パイセンが俺の首筋に脚をブッ刺してきた。
ウッ……!
俺のナカにドクドクと熱いナニかが注がれる。
熱っ、やっ、ダメ……! ヘンになっちゃう……!
衛生兵パイセンは俺サマ系ギルドで、味方を自分の所有物と見なしているふしがある。最高指揮官の命令にすら従わないことがあるようだ。修復を担当することから、おそらく指揮系統が独自の発達を遂げたのだろう。
ウチのラム子は無敵の存在のように思えるが、他の最高指揮官と遭遇すればケガをすることだってある。なのに治療の意味がよく分かっていないらしく、ケガをしても衛生兵パイセンに頼ろうとしない。それでは困るので、レベルの割に身体が小さい……ラム子に合わせて小型化したんだろう……衛生兵ママが熟練の脚さばきでラム子にお注射するのだ。ムズがるラム子にブッ叩かれて中破することもあるので、俺とベムやんはいつもハラハラして見守っている。ギルド保育園ですわ。俺らの最高指揮官殿が見た目ちんちくりんなモンだから、やってることが同じでも印象がだいぶ違う。他の軍団だとさ、最高指揮官がイカついから衛生兵をブッ叩いても「愚か者め。興が削がれるわ……(低音ボイス)」って感じに見えンのよ。まぁ内実はウチのと同じで注射イヤがるガキンチョなんだろーけども。
そんな感じなんでね。ベムやんが俺をお仲間に誘った気持ちも少しは分かるかな。俺が喋ってるとアイツら割と大人しいから。俺らの星じゃリアルはリアル、ゲームはゲームって考えが一般的でね。ゲーマーは定型文でしか会話できない哀れなヤツらが多い。本当は俺もクールタイプで行く予定だったんだが……ネフィリアってのが居てさぁ。
俺は八十組の本部……つまりカシラとお嬢が暮らす部屋のドアをガチャッと開けた。カシラー。お嬢さんが帰りやしたぜ。お嬢とベムやんが俺のあとに続く。
お嬢には前に俺にゃ師匠が二人と神が居るって話をしたよな。ベムやんと、そのネフィリアってのが俺のお師匠様なワケよ。俺がこんなふうに妖怪クチヘラズだの何だの言われるようになったのはネフィリアが俺の育成を失敗したからだな。最近じゃ成功例を育てようとしてるし、失敗作一号さんの俺は肩身が狭くってねぇ。
で、コイツがアンパン。失敗作二号だ。
アンパンがはーいと挙手して自己紹介をした。
「アンパンです! 早かったね。こっちの学校って午前中に授業が終わるもんなの?」
いや、デカくて黒光りするゴキブリの親玉みたいなのが出たって騒ぎになってな。授業は中止。半ドンよ。
……なんか偏向報道されてない? えっ、俺ってそういう扱いなの? 情報封鎖の技能ってそういうアレなの? つぅか俺ぁ別に技能を使ってねぇぞ? いや、それともアレか? 俺ぁまたてっきり擬似惑星を展開した時に起こる現象なのかと思っていたが……実は違うのか? パッシブスキル? パッシブスキルでゴキちゃんなの?
くそっ、ワケ分かんねえ。しかも……どうなんだ? 俺の目論見は達成できたのか? いずれにせよ、時間がねえ。ダメならダメで日を改めるとしよう。
てな訳で、お嬢とはいったんサヨナラだ。
最後にこれだけは言っときたい。
お嬢〜。
「なん?」
お嬢には感謝してる。俺、頭いいフリしてっけど実はそんなでもないからさぁ。いっぺん痛い目見ないと分かんないのよ。俺様はついに不老不死を手に入れたぞーって調子くれてっ時にクッソ強ぇ化けモンに喧嘩売ってボコられてさぁ……売り飛ばされそうになった時にお嬢が俺をご購入くださったじゃん?
「あーね。投げ売りされてっしビビったんだワ」
そう、全ステータスが平均よりやや下で絶妙に売れない線を突いてたらしくてさ……。お嬢に何とかして恩返ししようと思ってんだけど、なんか空回ってばっかだ。今回もうまく行ったかどうか分かんねえ。今からカシラんトコ行くけど、うまいこと兵隊を借りるにはどうしたらいいと思う? 手土産は用意してるんだけど、ぶっちゃけ俺の地元じゃ値崩れしてンのよ。もっと言うと転売で稼ごうとしたら鬼値崩れしたモンだからヤッベって……。でも負けを認めるのも癪だからさぁ、カシラに全部あげちゃおうって。バレやしねぇだろって……。フツーに考えたらブッ殺されンじゃねえかって。じゃあヤメとけよって思うじゃん? ただ、なんつぅかな、あって困るモンでもねーし、値崩れの理由は分かっても原因が分かんねえっつぅか……うまく言えねーけど、まだ心のどっかで、差額で儲けたいっていう気持ちがあってさ……ひとまず邪魔だから預けときたいんだよ。そんな場所取るモンじゃないんだけど、数が数だからさぁ、物理的に邪魔なんだよな……。ナマモノっちゃナマモノだしよ。ただ、勝てる勝負だったんだよなぁ。負けるハズないんだよねって調子こいてたらこのザマですわ。ここだけの話、勝手に分裂でもしてンじゃねーの?って最近チョット疑ってる。詐欺じゃん。許せねーよ。
……ええと、なんの話だっけ? うーん……お嬢に何か……。ああ、そうそう。クリスマス。俺の地元じゃ今日はプレゼントをあげる日なんだよ。お嬢にはコレをあげよう。俺の神だ。
俺はお嬢に先生の木彫り像をプレゼントした。
「ガチくない? 私よく男子に貢がれっけど、たまにコリャ重いワってのもあんの。指輪とかネ。でもコレと比べりゃ軽かったワ。ごめんナ男子」
そういうんじゃないから。お守りみたいなモンよ。持ち歩かなくてもいいから部屋にでも飾ってくれ。参考までに……干支って言ってな。未は南西、7時の方角だ。お祈りする時はちゃんと先生と呼び掛けること。お嬢のラッキーカラーは今日から白だ。ついでに……セクハラ神様? 彼女に加護を授けて頂けますか?
ビキッと空間がひび割れ、ザザーッとノイズが走る。ガリガリとレコードの芯が跳ねるような音がして、俺の唇がわななく。
【なんじ、弱き人の子らよ……】
神託が下る。
【本質はケモ度にあらず……。高みを目指す心を持ち、よく励め。我はマイナスの概念を求めよう……】
フッとセクハラ神様の気配が消えた。
ケモ度マイナスの概念……。想像すら付かない領域だ。
お嬢が手に持つ先生像がバチバチと放電している。セクハラ神様が加護を授けてくださったようだ。先生像の目がパァッと光り、スーッと伸びた光の線がお嬢の胸を照らす。
……先生のケモ度は4。ムィムィ星人のケモ度は2と1の間ってトコだろう。つまり今ここに二つの点が線で結ばれたことになる。だから何だと言われればそれまでだが……。
まぁこんなもんかな。
ベムやんがうんうんと頷いている。
アンパンくんがボソリと言った。
「おっっっっっも……」
これは、とあるVRMMOの物語
クッソ重……。呪いのアイテムなのでは?
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