冒険者ギルドの一幕
1.人間の里-冒険者ギルド支部
冒険者ギルドは、ギルド憑きとギルド堕ちの隠れ家という側面を持つ。
設立当初、社長をやっていた俺が【指揮官】で、俺の命令に逆らえない連中は汚れ仕事に最適だったからである。
商売というのはやってみないと分からないことが多々あり、キャバクラ式パーティー斡旋所が思ったよりもうまく行ったので、そっちの業務がメインになったという経緯がある。
組織を立ち上げるに当たり、建前で綺麗事を吐き散らしたら、騙された間抜けが思ったよりも有能で勝手にそういう組織にしたのだ。
そうした経緯は冒険者ギルドの軒先に掛かっている看板にも表れている。白い手と黒い手が握手をしている図柄だ。
……もういっそ色っぽいチャンネーの看板でいいと思うけどな。
俺はイマイチ面白味に欠ける看板から目線を切って、冒険者ギルド支部のドアを開けた。カランカランと来客を告げる鈴が鳴る。
ドアを閉め、防護服のフードを畳む。昼間から飲んだくれているゴミどもが俺のほうを見てオッという顔をした。屋内の女キャラが増えて得した気分になったようだ。
本日の俺はバンシーモード。申し訳程度に変装をしている。
正体を隠すなら、そこら辺の女キャラの外見をコピってしまうのが一番手っ取り早くはある。成り済ましというヤツだ。ところが、この成り済まし。バレると非常に面倒臭いことになる。
人間は心よりも外見を重く見る生き物だ。
成り済ましが露見した場合、最悪……監禁されて生き別れの双子の姉妹にされてしまうだろう。
VRMMOとはそういうものである。プレイヤーはどんどん頭がおかしくなっていく。そして本当の意味で死ぬことがない……終わりがないから誰も止めることができない。
昼間から飲んだくれているようなゴミどもとて、腹に何を飼っているか知れたものではない。
俺はゴミどもの不躾な視線に気付かないフリをして防護服を手で軽く払った。アップデートが終わり、だいぶ安定したとはいえ、大気中を漂う胞子は未だに脅威だ。身体に溜め込みすぎると心身をヤられる。
防護服の胞子を払い落として受付ティナンが待つカウンターに向かう。列を待っている間に、備え付けの用紙を手に取り、希望するパーティー構成を記入して受付に提出するシステムだ。
列に並んでいるのは五組ほどで、俺の一つ前の女二人は冒険者ギルドを利用するのは初めてのようだ。用紙の記入に手間取っている。
手前でモタつかれるのも面倒なので簡単に助言してやることとする。
安く済ませるならお任せにするといい。狩り場と時間は大体で。抵抗がないなら自前のメンバーのレベルとジョブを書いておけば受付嬢がうまく配分してくれる。あとは何か特殊な事情があれば、その他に書くんだ。スタンダードな例で言うと、レベルは同レベル帯を希望するヤツらが多い。何かと面倒がないんだろうな。
「なるほどー。あの、そちらはどういった感じで?」
なに、抜き打ちテストさ。俺は冒険者ギルドを設立当初から知ってる厄介オタクでな。ちゃんとやってるか定期的に確認しに来るのさ。
よって変装している。お化粧して髪型と瞳の色を変えれば、ほとんどのプレイヤーは騙せる。まぁ受付ティナンの目は誤魔化せないが。
俺の番が来ると、受付ティナンは蚊の鳴くような声で、
「社長〜」
と少し拗ねたように言った。
「またですかぁ? 私、社長が来たら教えてくれってみんなに言われててぇ……」
それはみんなの為にならないって教えただろ? 組織ってのは放っておくと腐るからな。みんな分かってくれるさ。そもそも守秘義務ってのがある。俺も今は客だ。そうだろ? それに、正体バレを前提に事を進めるなら……もっと派手なことになるしな。……そう、良い子だ。今日は女キャラを四人。レベルは散らしていい。
冒険者ギルドで重要なのはホスト役の男キャラだが、だからといって女キャラが好き勝手に暴れたらパーティーは崩壊する。何事もバランスだ。
俺は生産職のネカマ野郎がこれから常設ダンジョンに潜るにあたって護衛を雇うという設定でハーレムパーティーを結成した。
抜き打ちテストは順調に進んだ。
俺は一時的に女キャラになろうとも喋り方を改めない。女キャラは使うが一人称は「俺」で、別に男にチヤホヤされたい訳ではないという消極的なネカマ状態だ。アンパンと同じだな。
そうした場合、冒険者ギルドでは女性として扱うよう指導している。消極的なネカマの大半は、女扱いされると喜ぶからだ。
まぁ難しいことではない。女キャラを使うと仕草もそれっぽくなる。モーションパックと呼ばれる仕様だ。身長、体重、筋力、重心……何から何まで違うのにリアルの身体操作感覚をそのままゲームに流用するのは無理がある。モーションパックがなければプレイヤーは全員まずハイハイから始めることになるだろう。
たとえ口調が多少荒っぽくても、見た目と仕草が女なら、受ける印象はオレっ娘の域を出ない。
パーティーメンバーは全員女でヨロシクと遠慮なく欲望をぶつける剛の者はそうそう居ないこともあり、俺にあてがわれた女性メンバーたちは気軽に話せると喜んでいた。
常設ダンジョンにはフィールドと違って魔石収集スポットがある。俺はひたすら魔石を掘る。確認の意味で指揮を丸投げしてみる。
「えー? ちゃんと指示してくださいよ〜」
「私たち、こういう仕事してますけどぉー。慣れてるってほどじゃなくてぇ」
「お小遣い稼ぎに丁度いいんだよね。頼りになる人が多いし」
「……それ、何してるの?」
魔石を掘ってる。指示ね。難しく考えなくていいよ。何か来たら声を上げて。護衛が居るって見せるのが大事だから。魔法使いには用心して欲しいかな。怪しいヤツが居たら撃ち殺していいよ。
……ふむ、悪くないな。プレイヤーは当然のこと活躍したい。責任を取らせる意味でも指揮権は客に預けるのが正しい。広告を織り交ぜつつ徐々に歩み寄っている。
受付ティナンにレベルは散らすよう言ったが……高レベルで固めた感があるな。折衷案を取ったか。悪い子だ。
キャッキャしながら特にトラブルもなく抜き打ちテストを終えた。
よし。まぁいいだろう。合格だ。
俺は女性メンバーに正面から向き合って、ポニテにしていた髪をほどいた。お化粧はそのままだったが、高レベル部隊だけあって、彼女たちはすぐに俺の正体に気付いた。もしくは内心疑っていたのかもしれない。
楽しくお喋りしていた彼女たちは急に真顔になって、幽霊に出会ったような目で俺を見た。
「出た」
よしよし。お小遣いをあげようねぇ。帰還するぞ!
俺は細かいダメ出しをしながら帰途に着いた。
同じ男だからこそ、俺は男が喜ぶツボを知っているのだ。
2.冒険者ギルド支部
ささやきが飛んだらしく、支部に戻るとホスト役の男キャラが出てきて、俺はイートインのテーブル席に連行された。
キンキンに冷えた生ジョッキをズイと勧められる。
「チーフ。ウチの子たちが怯えるんでやめてくださいと何度言ったら……」
どうよ、調子は。俺は管を巻いた。
汚職がバレて追放されてしまったが、俺は冒険者ギルドの元オーナーである。汚職にしたってしょせんはゲームだ。ズルしてバレたからってどうってことはない。
麦で喉を潤してから続ける。
俺ぁ〜オメェーらが心配なんだよ。今や無関係っちゃ無関係だが、周りはそういう目で見ねぇからな〜。長い付き合いだ。情も湧く。
野郎どもは少し嬉しそうだった。
「調子っスか。最近はちょっと客足が遠のいてますね。とにかく晶獣が厄介で……」
「ガチでヤらんと一発でヤられるんですよ。接待にならない。なんなんですか、あの化けモンは……」
ああ、ルールに反してるよな。あんな便利な魔法は七土ですら持ってねぇ。何か裏があるな。もしくはガムジェムがそうまでの優れモンなのか。とはいえ、お前らにはスマイルが付いてる。ありゃあ相当なタマだ。お前らはアイツに付いてきゃ間違いねぇよ。時々はこうして俺が様子を見てやるしな。
「だからそれをやめてくださいって」
「ウチの子たちが恥ずかしがるんですよ。分かるでしょう? 身内に接客トークはキツいっスよ」
身内だろーと客は客だろ。それは俺の知ったことじゃねーな。実際、金払って接客されてるワケだしよ。
「……ン。ちょっと。すんません。チーフ。この話はまたあとで」
店内で客が嬢と揉めている。まぁ良くあることだ。客がどんなクズ野郎でも嬢らは好意があるフリをするからな。勘違いする野郎も出てくる。なんなら勘違いさせることで成り立つ商売だ。
俺はジョッキをぐびぐびと傾けながら成り行きを見守る。
本日の勘違いクンは相当にデキる野郎だった。
嬢と将来を誓い合った仲と主張しており、このような風俗紛いの仕事は辞めさせると吠えている。
ホスト役の男キャラが面倒な輩に応対する。
「お客サン。困ります」
冒険者ギルドの屋台骨を支えるのはデキる男キャラだ。女キャラは可愛いので割とどうとでもなるが、調整役の男キャラはそれなりの腕がないと務まらない。
俺はジョッキを飲み干してダンとテーブルに置いた。ふいーと酒臭い吐息を漏らして声を上げる。
おい。待て。
そこそこ大きな声だったので、面倒な輩とホスト役が揃って俺のほうを向く。
面倒な輩が「文句あンのか?」と俺を睨む。
怖っ。……俺を知らないってことはないだろう。人間ってのはこうまで感情をなくせるモンなのか。
俺は未練がましく空のジョッキを煽りながら言った。
ホントに困るよなぁ。
面倒な輩が「どけ!」とホスト役を押しのけて壁際に移動した。「ちょっと」と俺を手招きしてくる。ンだよ。俺も席を立って壁際に移動する。
面倒な輩がガッと俺と肩を組んでくる。声を潜めて内緒話を始めた。
「……コタタマさん。こういうのは困る」
いや、オメェー……困るのはこっちなんだワ。
コイツは【敗残兵】の戦闘員だ。
手の込んだ真似しやがって……。
「……冒険者ギルドの男は評判がイイ。評判はイイが……身持ちが固くてな。誘っても乗って来ないんだよ。なぁ、いいだろ。減るもんじゃなし。犬に噛まれたようなモンだと思って」
ヤラシイ言い方ヤメロ。減るんだよ。評判ってのは。減るの。お前らはもう……ホントにどうしたもんか。俺の手に余るんだよ。あのなぁ、ギルメンの私闘を禁止したのは俺だ。お前みてーなマジモンに本番を許したら価値観が歪むからだよ。過度な期待をすんな。お前らは仲間内で殺し合いしてりゃあいいんだよ。
「もう何千回とヤッたよ。そりゃ楽しいが飽きてくる。ガツンと食える肉もいいが、今は新鮮なフルーツが食べたい。そういう気分なんだ」
クソが。リチェットはどこだよリチェットは〜。こんな狂犬を放し飼いにしてんじゃねえ。そんなに死にたけりゃモンスターと戦ってろ。
「MOBとプレイヤーは別腹だろ? お前だってそうじゃないか。いつも人間を支配しようとして死んでる。やってることはMPKと同じじゃないか」
……はぁ?
「なんだ。自覚がないのか。じゃあ、いい勉強になったな。ハタから見てるとよく分かる。お前はトップに立ちたいんだ。男を支配したいんだろ。それがお前のゴールだよ」
イヤだよ、そんなの。勝手に人のゴールを決め付けてんじゃねぇ。とにかく帰れ。今日のところは。ほら、ええと、何か……。俺はポケットを漁るが、ろくなものがない。うーん……そうだ、変装に使ったリップをくれてやろう。俺は使用済みリップを厄介廃人の胸ポケットにぐいぐいと押し込んだ。
「……今日のところはお引き取りをってか? 違うだろ。コタタマさん。あんたが俺の邪魔をするってんなら、あんたに俺の相手をして貰う。あんたの場合はまた別腹だが……まぁいい。今度一緒に遊ぶんだ。これ以上は譲歩しない。こっちからしたら、あんたが居ない時に来れば済む話なんだからな」
それでいい。首を洗って待ってろ。皆殺しにしてやる。
「いいね。交渉成立だ。ウチのモンには内緒にしとくよ。サプライズ……楽しみにしてる」
そう言って厄介廃人は俺の肩をぽんと叩いた。手をひらひらと振りながら冒険者ギルドを去っていく。
……まったく、どうかしてるぜ。
俺はテーブル席に戻って空のジョッキをブンブンと振った。生おかわりね!
「チーフ。……ポチョさんには内緒ですよ?」
俺はにこっと笑った。
これは、とあるVRMMOの物語
厄介廃人は女を出汁に男を漁る。
GunS Guilds Online




