夢を追って
過酷な環境が脅威の生態を生み出す土壌となる。
であれば、定住を促す文明や文化は、その安定性により肉体的な弱体化を引き起こすだろう。
それは言ってしまえば既定路線であり、百人に問えば百人とも同じ答えを返すだろう当然のメカニズムである。
しかしそれは退化ではない。進歩だ。
時代は変わる。便利な道具がどんどん生まれ、人の暮らしは楽になる。プレイヤーの弱体化は止められない。しかし複雑化したルールは多様性を生み、あとから合流したプレイヤーは信じられないほどのアホをやり、人生舐めくさったスキルを持つ。
それは【ギルド】に対して有効な「弱さ」かもしれない。
ョ%レ氏はクァトロくんと同じように特殊な限界突破をしたと言っていた。
それがどういったものなのかは本人に聞いてみないと分からない。
しかし、おそらくは、つまり【黄泉比良坂】とクラフト技能は別物なのだ。
何でも作れるクラフト技能は万能のスキルに思える。では【黄泉比良坂】は? 死者の蘇生。ナルトで言うところの穢土転生。光の使徒というシステムがそうなのではないか?
1.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地
怨霊たちの耐久力はモンスターすら越える。【全身強打】や【重撃連打】を浴びても身体が砕けることはない。おそらくは計算式が特殊なのだ。物理的な攻撃では倒せないとか、そういったものだろう。
俺たちは実のところクラフト技能の原型たる【黄泉比良坂】がどういったスキルなのか知らない。ただ、限界突破の仕様上、単純にクラフト技能の劣化版ということはないハズだ。
イベント用のNPCを冥府から呼び戻した俺に、ネフィリアが目を見張った。
「異種交配性のスキル……。素晴らしい。ガムジェムを使えばスライドリード……いや【縦横無尽】や攻撃魔法を改造できるのか……! いいぞ、コタタマ! バスケか? 何でもいい。お前が生み出した怨霊たちのスペックを試してやる」
ネフィリアは賢すぎる女だ。彼女が何を見て、何を危惧しているのか、俺たちは説明されないと分からない。それは【提灯あんこう】というクランの慢性的な弱点でもある。
興奮気味のネフィリアに対して、小娘どもはお気楽だった。彼女たちにほぼ共通して言える性質として、見ず知らずの他人に愛想が良いという面が挙げられる。
サブマスターのマゴットがヨソ行きの態度で怨霊たちにぺこりとお辞儀をした。はにかんで挨拶をする。
「バレンタインの人たちですよね? こんにちはー」
怨霊たちは顔を逸らしてぶっきらぼうに挨拶を返した。
「……おう」
…………。
怨霊の一人が少し離れたところに移動して「ちょっと」と俺を手招きする。
……なんスか?
ぞろぞろと怨霊どもが集まってくる。作戦タイムだ。
「……か、可愛くない? アイドルみてーじゃん……。困るんだけど」
……いや、頼んますよ。ゲームなんだから、そりゃ顔面は盛るでしょうよ。
「ええ? リア友じゃねーの? 顔面いじくるとかある? 恥ずくね?」
フツーですって。インスタに上げる画像を素のままお出しするのは逆に可愛げがないんじゃないスか? 自分のこと可愛いと思ってんだ?みたいな……。自信あるんだ、ふーん……みたいな。
「……とにかく、ああいうのは困る。嬉しいより困る」
「しかもバスケ? バスケって言った? 無理でしょ」
いやいや、ガキンチョですよ? なに緊張してんスか。頼んますよ。マジで。
「お前はアバターじゃん。じゃあ聞くけど、リアルでイキナリJCに絡まれてお前は冷静に対処できんの? そんなの逆にキショいまであるわ」
まぁ……そうか。かといって、俺が窓口になって、まったく話さんってのもつまらんだろ。俺がイイ感じにお前らに話題を振ってく……ッてことでいいか?
それでいいらしい。
怨霊たちは順に俺のケツを揉んで賛同の意を示した。
クールキャラで行くことにした怨霊たちが小娘どもと微妙に距離を置いて、指を順に折り曲げていくなど必要性がよく分からない準備運動を始める。
異性に興味がないフリの思春期ムーブをされて俺はつらい。合コンのセッティングをして、いざ当日になったら男どもが誰も喋らないようなものだ。俺は幹事のようなものなので一緒になってスマホをいじくる訳にも行くまい。
とにかくネフィリアがヤると言えば小娘どもは従う。
だいぶ時間差になったが俺はネフィリアを指差してカマした。
試す? お前が俺をか? 逆だろ。ネフィリア。お前は弱くなった。【歩兵】たちの指揮権を寄越せ。スマイルに預ける。近いうちにヤツは国内サーバーの頭を降りる。遊ばせとくのは勿体ねーだろ。
そのほうがいいんじゃないかとずっと思っていたことだから、スラスラと言葉が出てくる。
小娘どもを指差して続ける。
お前は。ネフィリア。そいつらと仲良しクラブで遊んでろよ。ネカマ八曜には俺からうまく言っといてやるさ。ワルぶってた俺の師匠は案外イイヤツで、もう使いモンになんねぇから俺が降ろしたってな。
いつまでもなぁなぁで済ませていい問題ではない。ネフィリア麾下の歩兵たちは重要な戦力だ。それなのに肝心な時に指揮官のネフィリアが居ないという場面がこれまでに何度かあった。それでも俺が今の今まで文句を言わなかったのは、ネフィリアがいざという時に頼りになる女だったからだ。しかし今のネフィリアは違う。もこもこした羊パジャマを着て、しかも内心ちょっと自信があるのか、手先を包むひづめをチラチラとアピールしてくる。いや可愛いよ? 可愛いことは可愛い。ギャップ萌え。分かる。分かった。
俺は自己完結して意見を180度変えた。ジャックナイフばりのターンをキメて言う。
お前は俺のお人形さんじゃない。よく分かった。お前はお前のやりたいようにやれ。好きに生きろ。俺は今のお前も大好きだ。歩兵の件はナシな。俺が間違っていた。さぁバスケをやろう。
ネフィリアはそれ見たことかと言わんばかりにフンと鼻を鳴らしてくるっとターンした。
「着替えてくる」
お尻に付いているしっぽがラブリーだ。
しっぽを揺らして家の中に戻っていくネフィリアに小娘どもが付いていく。待て。お前らドコに行く。ユニフォームならここにあるぞ。俺が用意してやったユニフォームが。
最後尾のテントウムシ女ことレディが、冷めた目で俺とユニフォームを一瞥した。無言で玄関のドアをぱたんと閉める。
目の前で閉まった玄関のドアから少し離れて、俺は怨霊たちを手招きした。
ちょっと。……どう思う? イケそう?
「イケるんじゃない? 最終的な決断を下すのはネフィリアでしょ」
「家の中で相談するんだろうな。まぁダメならダメで次に行こうぜ」
だな。メンド臭いからやんなかったけど、知り合いの女キャラに声を掛ければ済む話か。じゃあ今のうちにポジション決めとこうぜ。
怨霊たちは体格もステータスもみんな同じだ。やろうと思えばステ振りをいじくることもできそうだが、いちいち面倒だしこのまま行っちゃおう。
俺は怨霊たちを順に指差して指名していく。
お前は赤木のダンナ。県下でも屈指のセンターで、ウチの精神的支柱だ。
「今から?」
お前は三井サン。波に乗せたらヤバいタイプの3Pシューターだ。ブランクがあってスタミナに不安がある。
「ブランクしかない」
お前は流川。お前がウチのエースだ。チャンスがあったらどんどん仕掛けて行け。最近ちょっとパスを覚えた。
「……ウス」
そしてお前が花道。バスケ歴こそ浅いが持ち前のガッツとパワーで今やウチに欠かせないメンバーになった。
「……つまりどうしろと?」
そして俺はリョーちんだ。喧嘩っ早いがスピードには自信がある。切り込み隊長なら任せとけ。
怨霊たちは俺の知識をある程度共有しているらしく、細かい説明は不要だった。
円陣を組み、ぐッと顔面を寄せる。
俺たちは強い!
ひとまずパス練するか。
五人で仲良くパスを回していると、ネフィリアと小娘どもがぞろぞろと家から出てきた。色気もへったくれもないジャージ姿である。
……ゲームだぞ。なんでジャージなんか持ってる? まさかコイツら……。
ボールを脇に抱えたネフィリアが俺を指差して言う。
「にわかめ。言っておくが、私たちはそれなりにデキるぞ。一日中モンスターと戦うなんて変態のやることだ」
……そういえば前にサッカーやってたな。へっ、そりゃいい。ルール説明の手間が省けたぜ。
俺は強がった。
……ジャージに着替えた小娘どもには強豪チームの風格があった。聞いたこともない学校の急造チームが何を勘違いしたか練習試合を申し込んできて、時間の無駄かもしれないが油断はしないという感じだ。
男子と試合なんて絶対に嫌がりそうなレディすら淡々とした様子で必要事項を確認してくる。
「で、リングは? 当てがないならこっちで組んでもいいケド」
……言ったろ。イメージで何とかなる。俺ん中にゃ〜ウッディが居るからな。二人でバラバラのことができるってことは、二人で一つのことを協力してやれるってことだ。
そう言って俺は手のひらの上に黒魔石を組み上げた。ウッディと協力して、ゲストルームを展開する。ただし空間は閉じない。今の俺たちならそういうことが可能だった。
屹立したゴールポストを目にして、ネフィリアが素朴な疑問を口にする。
「お前……なんで弱いんだ?」
俺は生産職なんだよ。そこら辺の戦闘狂と一緒にするない。もっとも……今日の三井寿はイイぜ。な?
俺に話を振られた三井サンがカマした。
「外れる気がしねえ」
だが、俺たちはボロ負けした。おっぱいが当たるとかそういう次元ではなかった。
プレイヤーのステータスはレベル依存で、男女差はない。厳密には人間以上の身体能力を持ち、肉体的な資質のみで言えばオリンピック選手並みだ。
豪快なダンクをかましたコオロギ女ことクリケットさんが、リングにぶら下がりながら、吹っ飛ばされてゴール下で四つん這いになっている俺たちを心配してくれる。
「だ、大丈夫っスか?」
俺は心がぽっきり折れていた。キセキの世代とヤり合って試合を投げたチームの気持ちがよく分かった。パスは通らないし、シュートは入らない。そもそもボールをろくに触れない。クソつまんねえ。
しかし怨霊たちはめげなかった。
「いや、俺は案外楽しいぞ」
「向こうが避けてくれるから、変に気を回さなくていいしな」
「さっきのシュートは惜しかった。もう一度行こうぜ」
「ほら、何してる。立て」
赤木のダンナ……。
俺はダンナが差し出した手に掴まって立ち上がる。
……そうだな。ボールを追っ掛けてるだけで楽しい。球技ってのは本来そういうもんだ。
決意も新たに俺たちは円陣を組んだ。
ショーホクゥー! ファイッ!
試合再開。
コートを駆けていくメンバーに、俺はていんていんとボールを付きながら人差し指を立てる。
一本! 声出して行こう!
審判をやっているネフィリアがフッと微笑した。
「サマになってきたじゃないか」
これは、とあるVRMMOの物語
THE FIRST。
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