人間関係進化論
1.クランハウス-居間
ウチの丸太小屋でモグラさんぬいぐるみと一緒に経験値稼ぎをしている。
マップが一新され、各地で勢力図がメチャクチャなことになっているようだが俺には関係ない。俺はエンジョイ勢の生産職という限りなく草食動物に近いプレイヤーなのだ。ゲーマーの端くれとして新要素に興味はあるが今じゃない。このゲームじゃ俺も古株と言えなくもないポジションだしな。正直、メンテナンス明けに新体験を求めて旅立つほどの情熱はないのだ。
俺の情熱はいつでも女キャラに向いている。
今はマグちゃんだ。
「へへへ〜」
三下っぽい笑い方をしながらマグちゃんが俺に近寄ってくる。
「じゃん。どう? これ」
そう言って彼女は二体の藁人形を俺に突き出した。前屈みになって片手に一つずつ藁人形を持っており、自然と俺の視界にマグちゃんのおっぱいが収まる。
……女性というのは、どうしてこう自分の身体に具わるエロ要素に無頓着なのだろうか。
いいや、分かっている。マグちゃんは俺に気を許してくれているし、いちいちおっぱいを気にしていたら話が先に進まないだろう。
同じ生産職ということもあって俺とマグちゃんの仲は良好だ。俺自身、チームポチョに養われる仲間が出来たことを嬉しく思っている。まして今の俺は細工師。戦闘適性は最低ランクのジョブである。普段遊び呆けているマグちゃんを心の支えにしてしまうのは致し方のない部分があった。マグちゃんは自慢したがりガールなので、持ちつ持たれつといったところか。
そんな彼女が二体の藁人形でマウントを取ろうとしている。俺は彼女の期待に応えねばならない。
むむむっ……。俺は眉間にシワを寄せてマグちゃんが手に持つ藁人形をまじまじと眺める。
家で過ごすことの多いマグちゃんは軽装を好む。ズボラなようで見栄っ張りな性格なので家着と外出着の落差が激しく、家ではあまりスカートを履かない。今は寝間着を兼ねるパイル生地のふかふかしたトップスに短パンという格好をしていた。就寝時に赤カブトがくっ付いてきてクソ暑いという兼ね合いから肌の露出は多い。
このゲームの女キャラは家ではノーブラのプレイヤーが多い。体型に気を遣う必要がないからだろう。日々の苦労を思うと誠に涙ぐましく、感謝の念を禁じ得ないが、ゲームの中では楽をできると思うとほんの少し救われる気もした。
そうした意味では、無条件に永遠の若さを手にしているマグちゃんは許されざる存在なのかもしれない。
もっとも俺ごときに何か言う権利はないだろう。しょせんは男キャラだ。ノーブラのマグちゃんに魅了され、カオスルートに進んだおっぱいに思いを馳せるのは俺なりの最大限の誠意の示し方であった。
俺は常人離れした有効視野をフル活用し、おっぱいと藁人形を同時に吟味するという離れ業をやってのける。
ずっと前屈みでいるのに疲れたのか姿勢を正そうとしたマグちゃんを手で制し、こちらも前屈みになって視線を藁人形に固定する。
見た感じ同じにしか見えないけど、何か違いがあるってワケ? マグちゃん、分かってるね〜。そうまで言われたら退けないでしょ。俺の目が特別製ってのは知ってるよね? 言い当ててやって悔しがるマグちゃんを見たいな〜。
マグちゃんはイイ性格をしていて、勝つのが大好きだ。
「あ、そう? 分かんないと思うけどな〜」
そう言って彼女は上機嫌に俺のとなりに座った。おっぱいキープしたかったが俺の思い通りには動いてくれない。だから面白い。ゴミどもが盛り上がるレイド戦なんざ俺にとってはしょせん前座だ。キレーなチャンネーときゃっきゃする以上の価値はこのゲームにはない。それこそがVRMMOの「可能性」であり、ひいてはオンラインゲームの「到達点」だった。
あまり長引かせてもダレる。俺は人差し指を立てて、あえて自分に不利な条件を突き付けた。
ヒントは二回まで。その代わり手に取って触ることはしない。それでどう?
「……ん、いいよ。触っても分かんないと思うけどね」
微妙に律儀なマグちゃんは手に持つ藁人形の高さをおっぱいの前でキープしている。そんな彼女の口から「触る」というワードが出たことに俺は微興奮した。まったく、俺ってやつは。我ながら呆れるぜ。人生楽しみすぎだろ。
どうしようもないクズだと内心呆れながらも改めて藁人形を見つめる。
……形、材質、それらに差異は見られない。単なる間違い探しなら編み方の違いなど指摘する箇所は幾らでもあるが……マグちゃんがこうまで言うんだ。何か明確な違いがあるハズ。気になる箇所を口に出して言っていけばマグちゃんの反応から探れそうだが、それじゃあつまらない。盤外戦術はあえて封印する。
ヒントは二回。マグちゃんの性格上……。
俺のレベルは関係してる?
「んー……関係してなくもない、かなぁ?」
……怠け癖があるからあまり表沙汰にはならないが、マグちゃんは頭がキレる。立場を変えて考えることができる女性だ。今の煮え切らない返答は、自分にとってはそうだけど、客観的に見たらそうでもないということ。
つまり……レベル差か? 俺とマグちゃんのレベル差。……そうか。レベル10になったのか。
このゲームにおいてレベル10、レベル20といった分かりやすい区切りは大きな意味を持つ。その壁を乗り越えるには莫大な経験値を要し、それゆえにレベル10に到達したプレイヤーはようやく一人前と見なされるのだ。実際、レベル10に達した生産職はそれまでの鬱憤を晴らすようにクラフトの幅が一気に広がるらしい。
どちらか片方はレベル10に到達したマグちゃんが作った藁人形、という訳か。ならば何かしらの明確な違いがあるハズだ。見分けろ。俺ならできる。
俺はギンと目に力を込めた。
先程は編み方の違いを考慮に入れなかったが、そうではないかもしれない。藁人形の組成を目に焼き付け、焼き付いた残像をもう片方の藁人形に重ねる。過去に目にした藁人形と比較し、精査していくが……これといった違いは浮かばない。
な、なんだ? 俺は戸惑った。こうまで分からないものなのか?
最後のヒントは答えを確定させるための、言ってみれば「確認」のために取っておいたのだが……仕方ない。ここで使おう。俺とマグちゃんのレベル差が関係あるなら……。
強さ、か? マグちゃん。最後のヒントだ。
俺は心なし編み目がしっかりしたほうの藁人形を指差した。
コイツだ。コイツは今までの藁人形とひと味違う。俺とイイ勝負ができる。そうだね?
「んー……」
マグちゃんはいったん溜めた。藁人形たちを手元に引き寄せて、まじまじと見比べてから、一転してパッと俺が指差した藁人形を突き出す。
「残念! この子はね〜レベル10になった私が初めて編んだ子なんだよね!」
考えすぎたかぁ〜! 俺はぴしゃりとひたいに手をやった。考えすぎた。レベル10ってトコまでは読めたんだよなぁ〜。
……レベル10になったの!?凄い!なんてリアクションは子供騙しだ。もしかしたらマグちゃんはそういうシンプルなヤツを求めていたのかもしれないが、俺とマグちゃんならもっと先に行ける。期待に応えるとは期待を越えるということ。俺たちはそういう関係になれるハズだ。
マグちゃんが得意げにレベル10記念藁人形を見せびらかしてくる。
「へへ〜。チョット難しかったかな〜?」
俺はレベル10記念藁人形をじっくりと眺める。
そっか。レベル10になったのか……。マグちゃんも一人前だね。キミに鍛冶屋を任せたのは正解だった。この先もずっと一緒に……居てくれるんだよね?
俺は覚えている。マグちゃんはョ%レ氏の元に走ったジュエルキュリの暮らしぶりに興味を示していた。だからウチから去ろうとしていると考えるのは早とちりもいいトコだ。
けどマグちゃんは不安がる俺が何を気にしているのか分からないほどバカじゃない。
ぷいっとそっぽを向いて早口でまくしたてるように言う。
「……私はドコにも行かないよ。前にも言ったけどジャムは危なっかしくて放っとけないしさ。ポチョとスズキも居るし。と、友達も……出来た。ペタタマセンセーだって……わ、私にそばに居て欲しいんでしょ? キュリにああ言ったのはさ、チョット心配だったからで……し、心配ってか……なんか、あれでも私らの中じゃ一番上だし、アイツが変なコトして私らまで甘く見られるのがイヤっていうか……」
マグちゃん……。
イイ雰囲気だ。俺は彼女の華奢な肩にそっと手を置いた。チューの一発もできるかもしれん。
しかしマグちゃんはレベル10記念藁人形を俺にぐいっと押し付けてサッと席を立つ。さっさと歩き去っていく彼女に俺は未練がましく手を伸ばす。そりゃないぜ、マグちゃ〜ん……。
マグちゃんが居間を出る前にチラッとこちらを振り返る。
「そ、その藁人形。変なコトに使わないでね」
変なコト?
マグちゃんは手元に残った藁人形に、釘を刺すような仕草をした。
「知ってるんだから」
……俺と赤カブトの秘密のサインはバレていた。
2.マールマール鉱山-最深部
つまり選択肢の一つとして、今後はマグちゃんも秘密のサインを使ってくるかもしれないってコト?
それって……なんだか凄くドキドキするぞ。
枕元に置かれた藁人形を見て、俺は「え?どっち?」って思えるワケ? 最高じゃん。楽しすぎンぞ? ええ、おい? どうすんだよ俺〜。参っちゃったな〜。
一人で勝手に気持ち悪い妄想をしてくねくねと身をよじっていると、シリアス全開のスマイルくんが正面を見据えて言った。
「マールマール。我々の側に付かないか?」
勝手にチームスマイルに組み込まれてマールマールの寝ぐらを訪問している。
この落差よ。ついさっきまでマグちゃんと甘酸っぱい感じの遣り取りしてたのに。どういうことなんだよ……。
チームスマイルの面々が急にウチの丸太小屋に押し掛けてきて「行くぞ」とか言われたのだ。頭の中でお花畑が咲いていた俺は「ああ、うん……」とあいまいに頷いてしまった。まぁ断ったところで無駄なんだけどさ。
スマイルくんはマールマールを説得しているようだ。ネズちゃんの言葉を真に受けたのだろう。プレイヤーの味方に回るレイド級も居るかもしれないとか何とか。
「この星の王はダッド。しかし私には君がより強大なものに傅くとはとても思えない。相互不干渉を暗黙の了解としていた筈……。しかしどうだ? この有様は」
そう言ってスマイルくんはバッと両腕を広げた。
辺り一面の岩肌にコケがこびり付いており、壁際には蜘蛛の巣のように菌糸が張っている。
「約定は一方的に破棄され、不埒たる王は君の縄張りを侵した。ならば目には目を。いや……報復というのは違うか。マールマール。君は戦いを求めてるんじゃないか? かつてないほどの強敵を」
スマイルくんはゴミが喜んで飛び付きそうな言葉をチョイスした。
「私がお前に最高の舞台を用意してやる! その身に持て余す力を存分に振るえる機会をな!」
ZOOoo……
マールマールは地べたに横たわって寝ていた。
見た目はモグラなのに、地中で生活するつもりがまったくないようだ。
ごろりと寝返りを打ち、すんすんと鼻をひくつかせる。億劫そうにスマイルくんを見た。
……少しばかりヤケクソになっていた感は否めないものの、スマイルくんの言うことはそう的外れでもない。
凶獣とも称されるマールマールの凶暴性はレイド級の中でも随一。他者に従うことを決してヨシとはしないだろう。
しかしダッドは強すぎる。いかな凶獣とて遠く及ばないだろう。
その事実とマールマールがどのようにして折り合いを付けているのかは不明瞭だった。
スマイルくんとマールマールの目が合う。
マールマールが凶悪な爪の具わる前足をそっと差し出し……。
「マールマール……」
マールマールはスッと爪を横に引いた。
スマイルくんの首がポロッと取れて地べたに落ちた。
交渉失敗。
そもそも言葉が通じていたか怪しい。
「た、隊長! テメェ……! モグラ野郎ッ!」
アオくんが雄叫びを上げてマールマールさんに突進する。
マールマールさんは小さな歩幅でちまちまと駆け寄ってくるアオくんをチラッと見て、少し間を置いてから、指を上から下におろした。
末端部をチョイと動かした程度だが、小山ほどの巨体でそれを為せば、種族人間からしたら岩盤の崩落にほぼ等しい。
「オオッ!」
斧を頭上に構え、全身に力を込めたアオくんが一瞬の拮抗すら叶わず頭から潰された。
手品のように圧死したアオくんにマールマールさんが戸惑う。柔らかすぎて手応えがなかったのだろう。どこへ行った?とキョロキョロと辺りを見わたす。
まるで怪談だ。不気味なものを感じたマールマールさんがそそくさと身を起こして去っていく。
モンスターは種族人間の弱さを理解できない。もしも指で触っただけで死ぬような生き物が居たとして、彼らが立って歩くことは経験則に反するのだ。
しかしマールマールとて、この山を治める王だ。
あまたの眷属を従える王としての強烈な自負心が、マールマールの足をぴたりと止めた。地べたに転がっているスマイルくんの首を、震える指先でそっと摘み上げる。力加減がうまくできず、スマイルくんの首がブチュッと潰れて四散した。
カッと目を見開いたマールマールが咆哮を上げた。
Zoooooooooooooooooo
最大限の威嚇。フーッと鼻息を吹いてから、巨体に見合わぬ俊敏さで後ずさっていく。
一定の距離を置いてから、くるっときびすを返して心なし早足でのしのしと去っていった。
鼓膜が破れた俺とミドリは耳から血を垂らしながら両手を繋いでぶるぶると震えていた。
3.クランハウス-居間
サクッと死に戻りしてウチの丸太小屋で反省会をしている。
頭を抱えているスマイルくんを尻目に、ミドリが腕をさすりながら言う。
「おっかなかったぁ……」
……お前にもそういう感情あるんだな。いつもヘラヘラしてんのに。
「いや〜、そう言われるとチョット悔しいんだけどさぁ。無理、無理。アレはそういうレベルの話じゃないっしょ〜。死にたくない!って思うもん。フツーに。さすがに生身でガンダムに喧嘩売るのは違くね?っつーかぁ」
つーか、なんで俺が同行せにゃならんのだ。スマイルの旦那ぁ。これっきりにしてくれよな。俺は別にアンタのこと嫌いじゃねーが……俺には俺の都合がある。
「……気にしているのか? 確かに私はこれまで君に対して厳しいことも口にしたが……」
厳しいこと? ああ、そういえば戦闘指南を受けたこともあったな。……ん? これ俺が足手まといなのを気にしてるっていう流れなの?
スマイルくんは目下のものに寛容だが、それはつまり過度な期待をしないということ。見切りを付けているということでもある。
「人には才能の違いがある。適材適所、持って生まれた役割が違うとよく言うが……私はそうは思わない。才能あるものが『損』をすることで人類社会は成り立っている。ずっとそう思っていた」
最近のスマイルくんはよく喋る。それはある種の身辺整理だったのかもしれない。
「しかしそうではなかったのかもしれない……。私はサトゥに敗れ、初めてそう思った。私もまた非才の身。越えることのできない壁を感じた。私もまた才能あるものにしがみ付く側だった。無様な話だが……そんなのは嫌だろう? 認めたくない。当然の心理だ。だから立ち止まって少し考えた。それまでは弱者の下らない戯言だと思っていたものが……急に親身に思えてな……」
ミドリがぷーくすくすと吹き出した。
「ダブスタじゃないですか〜」
「まさしくそれだ。ミドリ。お前とアオの存在も大きかった。私はお前たちを高く評価している。それは実績の面から見ても明らかだ。そんなお前たちを従える私が非才の身というのもおかしな話だ。前向きに考えることができれば良かったのだが……私はこういう人間だからな。私の理屈で言えば……アオ、ミドリ。お前たちをサトゥの下に付けるべきだった」
スマイルくんのとなりで頭を抱えていたアオくんが聞き捨てならないと顔を上げた。
「はぁ? なんでそうなるんだよ。嫌だぜ。俺は」
「そうは言うが、アオ。お前の求める戦いが【敗残兵】にある。好敵手とは同じクランに属するべきだ。ジョン・スミスは世界最強の男と言われるが……彼は組織運営に関わっている。一対一ならば彼に勝てるプレイヤーはたくさん居る。目立たないだけでな。【敗残兵】の戦闘員がそうだ」
「俺はそうは思わねぇけどな〜。ここぞって場面で邪魔になンのはやっぱサトゥとセブンだぜ」
スマイルくんはフッと笑った。
「茶化すな。お前が求める強さは決闘の強さだろう。いずれにせよ……サトゥはきっかけに過ぎない。私を変えたのは……」
そこで言葉を区切って、スマイルくんは俺を見た。
「ルリイエ。君だよ」
重っ……。重いよ。重すぎる。
俺は激しく後悔した。今すぐタイムマシンに飛び乗って過去の自分をブン殴りに行きたい。俺なんかがβ組をどうこうしようってのがそもそもの間違いだった。放置すべきだったのだ。放っておいてもこの男は一人で勝手に立ち直っただろう。
言い知れない熱を帯びたスマイルくんの眼差しが、何の前触れもなくサッと冷めた。
「しかしこうなってくると……実に疑わしいな。レイド級の説得など可能か……? コタタマくん。君はどう思う?」
あ〜……そうだな。マールマールはサトゥ氏がいっぺんヤッてるからな。ヤッちまったレイド級は無理ってことじゃねぇか? 俺はMPKを使うからよ、そういう考え方になるかな。
「いや……悪くない。それは確かにそうだ。ヘイトコントロールという観点……。ならば、一度説得に失敗したからと諦めるのも早計か。味方に付けるとすれば、やはり神獣だ。獣王は論外。使徒、公爵は避けたい……」
スマイルくんは色々と考えがあるようだ。
一方、アオくんは何故か嬉しそうだった。大股で俺に歩み寄ってきてゴツい手で俺の頭を撫でてくる。ヤメロ。殺すぞ。
「やるじゃねーか! 隊長がオメェーを近くに置くっつった時はどうしたモンかと思ったが……意外と役に立つよなーお前! その調子でがんばれ!」
スマイルくんとアオくんが別々に俺を呼ぶ。
「コタタマくん」
「ルリイエ〜」
俺は頭がどうにかなりそうだった。
そして頭がどうにかなりそうな俺を見て、ミドリはお腹を抱えてけらけらと笑っていた……。
これは、とあるVRMMOの物語
アビリティが成長している……。
GunS Guilds Online




