銀騎士
1.エッダ海岸
銀騎士が刀を中段に構えた。
すり足で半歩にじり寄るや、刀の切っ先が跳ね上がる。
間合いの絶妙。そうとしか言いようがない凄絶なる妙技だ。リーチはそう大きく変わらない筈なのに、こちらの攻撃だけがすり抜ける。斧を持つ手を手首から断たれた。
練り上げられ、完成の域に達した殺人技は美しくさえあった。
見るものを惹きつけてやまない魔性の剣技だ。
それら全てに見覚えがあり……無性に懐かしい。
俺は切断された手首を強く握って後ずさる。
やはりお前なのか……ジョン。
戦況は厳しい。だが元より俺一人で勝てるとは思っちゃいない。……まだか? ジュエルキュリ……。今出てきたらイイ感じだぞ。イイ感じだってのに……全然来ねぇ! くそがっ! だから無理があるって言ったんだよ俺はぁ! どうしてこうなった? 元はと言えばアイツ……! アンドレが全部悪い!
俺はほわんほわんほわん……と漫画的な表現で回想モードに入った。
2.回想-山岳都市ニャンダム
何故だろう。俺は不思議に思った。
何故どいつもこいつも俺の邪魔をするのだろうかと。
俺はAI娘たちに自由に生きて欲しいんだ。そのためには彼女たちが目覚めたことをゴミどもに勘付かれてはならない。そりゃあ厄介な変身能力を持ってるから性格や特性によっては隠し通して生きるのは無理だろう。だからせめて「いつ目覚めたのか」をボヤけさせる。そのために期間を置く。先生の初等教育さえ修了すれば、彼女たちは自分がどう生きるのか選択できる。ただそれだけのことなのに……このタイミングでジュエルキュリが出て来たら話がややこしいことになると何故分からない? いや、分かった上で今なのか?
とにかくこの場は誤魔化すしかない。ウチにはAI娘一号と二号が在籍している。ジュエルキュリが「出せ」と言ってるのは間違いなく三号以下のことだが、別に一号と二号のことだとしても話は通じる。……通じるかぁ? 俺なら今になって?って思うけどなぁ。いや、イケる! ゴミどもは基本的に何も考えていない。種族人間が普通に生きていて推理パートに突入することはないのだ。言ってみればスキャナとプリンター。今のゴミどもは入力と出力しかできない。今なら勢いで誤魔化せる!
俺は声高らかに吠えた。
「ジュエルキュリぃ! レ氏とは手を切れって言ったよなぁ!」
言ったっけ? 言ってない気がする。いや、言ったかも。
突然ボルテージを上げて怒鳴った俺にジュエルキュリがひるんだ。
「な、なに怒ってるんだよ……」
ホントそれな。情緒不安定かよっつー。
人間、誰しもが頭がおかしい輩には関わり合いになりたくないものである。それはAI娘とて例外ではないらしい。俺だって本当はこんなの嫌だよ。しかし今になって路線変更は難しい。
どけ! 俺は知らないゴミを突き飛ばしてステイシーと揉めていた店主に大股で歩み寄っていく。
怒ってる理由など言えやしない。何しろ俺は別に怒っていないのだからして。答えられない質問は無視して話を先に進めるしかない。
……ステイシーの要件は想像が付いている。銀騎士の件だろう。ジュエルキュリの力添えを得ることができれば、あるいは……。
俺はステイシーと揉めていた店主の傍らに立った。ボソボソと話し合う。
……悪ぃ。ちょいと面倒なことになりそうだ。ここは俺の顔を立てて貰っていいか?
「崖っぷちか。チッ、仕方ねぇな。お前に寄り付かれると商売の邪魔だ」
ステイシーは論理でコイツを説き伏せようとしていたが、人間は正論では動かない。人間を動かすのは金とコネ、そしてノリだ。
店主がジャラジャラと金を出してバンと机に叩き付ける。
「ほれ、ネーチャン。金だ。ゴミを返しな。今回は特別だ。同じことをしたらタダじゃおかねえぞ」
ステイシーが知らないゴミに目配せする。いや……あいつ、アンドレか。街のゴロツキみたいになってるが、俺の目は誤魔化せない。すっかり荒んじまったようだな。何もかもが気に入らねぇと言わんばかりの目付きで、手に持つ武器をステイシーに投げて寄越した。
……ロストしたんだったな。記憶が戻ってねぇのか。
アンドレの舐めくさった態度に何か言うでもなく、ステイシーが店主に武器を手渡す。じっと店主の目を見つめて、
「私の言葉が届いてなかったようね。次のお説教は長くなりそう……。またね」
サッと代金を回収した。
骨のある女だ。少し機嫌を良くした店主が鼻を鳴らす。
「へっ、おととい来やがれ」
俺は頃合い良しと見て歩き出した。振り返ることなく告げる。
ジュエルキュリ。怒鳴って悪かった。話の続きはウチでしよう。ジャムとパールも……お前に会いたいだろうからな。
……どうだ? イケたか? 俺はそれとなくゴミどもの様子を観察する。
ゴミどもはマトリョーシカのように中くらいの自分を吐き出していた。中くらいのゴミが小さいゴミを吐き出し、どんどんゴミが増えていく。
な、なんだ? それは……。一体どういう感情なんだ……?
俺は激しく動揺したが、かろうじて平静を保ち、早足で歩き去っていく。
だ、ダメかもしれん。俺にはゴミどもが何を考えてるのかまるで分からない。怖いよぉ……。
俺は山岳都市を出るなりしくしくと泣いた。付いてきてくれたジュエルキュリとステイシーが俺を慰めてくれた。
「な、泣くなよ……。なんなんだ、一体……」
「シャーリー。あなたが彼を追い詰めたんじゃない?」
「わ、私が……?」
3.クランハウス-居間
俺が泣きやむのを待ってから、ステイシーはこう言った。
「私たちは銀騎士を討伐しに来た」
だろうね。
責任を果たすとか言ってたから、そうだろうなと思っていた。
……俺は復活した最強PKerの正体に心当たりがあった。
体格は異なるが、この目に焼き付いた動きとアレは完全に一致していたからだ。
……そう、ジョンだ。
おそらくはダッドに……いや、ダッドに寄生しているクソキノコに身体を乗っ取られている。
ステイシーにそのことを告げるのは酷に思えたが……彼女はたぶんもう知っている。俺などよりもずっとジョンのそばに居た人だから。
「ええ、もちろん知ってる。あれはジョン。私のオトコをたぶらかすなんて、いい度胸してる」
今のステイシーはクラン【BOX】のマスターだ。それは暫定的なもので、ひとまず銀騎士を討伐するまでは……ということらしい。何かややこしい事情がありそうだ。
ステイシーは銀騎士討伐の戦力として他のクラメンも連れて来ている。今は邪魔なので席を外して貰っているだけだ。アンドレだけでなくカレンちゃんも居たが、やはり荒んだ様子で、俺のことは覚えていないようだった。悲しい。
アメリカサーバーは世界でも有数の激戦区だ。彼らはロストを克服しない道を選んだ。日本サーバーの有様を見て、記憶は消したままのほうが有利になると踏んだのだろう。
実際……俺らっトコじゃレイド戦となればすぐにエンフレを出すが、その所為で俺のようにいつまで経ってもレベル1という弊害が出ている。たぶんこのループからはもう抜け出せない。俺のアビリティが変わることはないだろうし、異常個体のまま生きていくことになる。
だが、もしも記憶をリセットできるなら……俺は何よりも真っ先に正常個体になろうとするだろう。
エンフレを出せたからといって得られるものなど何もないのだ。それこそ気に入らないヤツをブン殴るくらいだ。その数少ない利点すら、おそらく将来的には正常個体たちに追い付かれ、そして追い抜かれていく。
銀騎士の討伐を宣言したステイシーに対して、ジュエルキュリは否定的だった。
「だから帰んなって。ステイシー。無駄なんだから。あんたらじゃ敵わないよ。今のジョンは……無敵だ。正直、私でも太刀打ちできるかどうか」
なんか嬉しそうね?
「嬉しい? 私が? そう見える? ふうん……。別にそんなことないけどね。ああ、でも、コタタマ。あんたのことは認めてあげるよ。私の妹たちを全員起こすとは……しかもこんなにも早く……ちょっと驚いた」
起こしたのはNAiだよ。まぁあんまり謙遜しても嫌味ったらしくなるか。そうです。俺が交渉しました。どんなもんだい。
「ハイハイ、偉い偉い。……いや、でもさぁ、実際にあんたは凄いよ。やるじゃん。まぁそんなことしてるから、あんたはどんどん面倒臭いことになってくんだけどね」
その面倒が嫌だったから黙ってたんだけどね。お前さぁ、マジでどうしてくれんの? ゴミどものこと舐めてない? アイツらは基本的に女のことしか頭にないけど、三日後くらいになって急に「妙だな……」みたいこと言い始めるんだぞ。もう種族人間ってそういう生き物なんだよ。時間差探偵なんだよ。
「何それ。キッショ……」
バカにするない! お前だって似たようなモンだろ! 思い出したかのように登場してからに……!
「はぁー!? 私は違いますけど! あんたが私に断りなく勝手に動いたから仕方なく私が面倒見てやってるんだよ!」
感謝しろやぁー!
俺は吠えた。
オメェーんトコのタコ助もディープロウだろうが! オメェーがボケボケっと生きてっから俺がせんでいい苦労しとるんじゃあ!
「何を! このっ……!」
やめっ、やめ……! ヤメロ! 暴力反対!
俺はジュエルキュリさんにぽかぽかと叩かれて身体を丸めた。俺の背中に馬乗りになったロリキャラ様が俺の耳元で喚き声を上げる。
「私だってなぁ! 色々と考えてんだ! 別にョ%レ氏の近くに居れば将来安泰だなんて甘い考えはしちゃいないんだよ! それなのに……! ジョンもアンディもカレンも! みんなバカだ! バカしかいないのかよ!」
「キュリ姉さん!」
ハッ、赤カブト。来てくれたのか。マグちゃんも一緒だ。ログインしたてのようで、ゆるい感じで階段を降りてきた。
「うっさい、うっさい……。キュリの声はマジでうっさい。キンキン響く……。何しに来たんだよ、も〜……」
ステイシーが俺に「彼女たちが?」と尋ねてくる。
俺は丸まったままウンと頷いた。
赤カブトがジュエルキュリを俺から引っぺがしてくれた。ぬいぐるみのように抱きかかえて俺のとなりに座る。マグちゃんがロリ姉の銀髪をいじって髪型をアレンジし始める。
「キュリ姉さん、お菓子食べる? クッキーでいい?」
「うん……」
「キュリさぁ。ョ%レ氏んトコに居るんでしょ? どうなの、あっちは。住み心地っていうか」
「うん……」
「いや、うんじゃなしに……」
……思ったよりちゃんとお姉ちゃんしてるんだな。俺は感心した。
ジュエルキュリは妹のおっぱいに埋もれるのを本気で嫌がっているように見えたが、全力で抵抗することはなかった。
姉妹たちの中でロリキャラ枠は数少ない。というかジュエルキュリだけかもしれない。それはたぶんαテスターのキャラメイクをしたのがョ%レ氏で、手足が長いほうが戦闘に有利だからだ。
とはいえステータスそのものはレベル依存なので、体力に差はなく、身体の小ささは当たり判定において有利になる。狭い場所を探索できるし、身を隠すのも得意なハズ。
結局のところ環境次第ということになる。総合的に見たら大差ないのだろう。
食べカスをポロポロとこぼしながらクッキーを頬張る姉を見つめる赤カブトの眼差しが優しい。
この仲の良さが、ョ%レ氏がαテスターを全員女キャラにした理由だろう。野郎同士だとこうは行かない。おっぱいは世界を救うのだ。
……いや、本当にそうか? ジュエルキュリが妹の為を思って我慢していると決め付けるのは早計だ。単におっぱいに溺れただけかもしれない。どっちだ?
俺が注視していると、ジュエルキュリがもぞもぞと寝返りを打って赤カブトのおっぱいを枕にした。俺を見て勝ち誇ったようにフフンと鼻を鳴らす。
あっ、コイツ……!
俺はカチンと来た。このロリキャラ、どうしてくれよう……。復讐計画を練り始める俺に、ステイシーが婚約者殺害計画を持ち掛けてくる。
「コタタマ。お願い。私に協力して。銀騎士は神出鬼没。でもあなたの目なら追える」
嫌だなぁ。俺は気乗りしない旨を伝えた。
ジョンは俺のダチなんだよ。元に戻そうって考えはないのか?
ないらしい。ステイシーはかぶりを振った。
「私はジョンと結婚してスミス家の女になる。罪もない人たちを殺して回っているのは私のオトコ。私の手で精算する」
じゃあこの話はナシだ。おたくのサーバーじゃあロストしたあとに記憶を戻さねーっていう方針なんだろ? 今のジョンの意識がどうなってるのかは知らねーが……俺は銀騎士を見掛けるたびにジョンのことを思い出す。それでいい。
「銀騎士を討伐すればジョンは帰ってくる。思い出は新しく作ればいい」
なら銀騎士くんと新しい思い出を作るさ。何かの弾みでジョンの意識が戻るかもしれねーだろう。そして残念ながら……。
俺は溜息を吐いた。
そのきっかけになるかもしれないのが、お前だ。ジュエルキュリ。ジョンは銀騎士になった。ダッドがわざとそうしたんじゃないなら、お前がジョンにとって一番の心残りなんだろう。だから俺は、お前の手伝いならしてやってもいい。
……たぶんジョンはダッドとの戦いでロストした。俺のダチが帰ってくることはない。ジュエルキュリが心残りだってんなら……心底メンド臭ぇーが……最後の頼みくらい聞いてやるさ。
ステイシーがジュエルキュリの手を両手で包み込むように握った。
「シャーリー。私はあなたのことを実の娘のように思ってる。私とあなたでジョンを天国に送ってあげるの。できる?」
「で、できねーよ……」
マグちゃんが「ヤバッ」と小声で呟いた。
ステイシーはなかなかどうしてヤバめだった。
「どうして? 彼は今も苦しんでいる。苦しみから解放してあげなくちゃ。そうでしょ?」
「いや、でも、だって、そんなの、分かんないし……」
ジュエルキュリがしどろもどろになっていると、玄関のドアをばーんと開けてチンピラがウチに乗り込んできた。
「おい! いつまで待たせんだ! 銀騎士をヤるんだろ! 何をグダグダと……!」
「あ、アンディ!」
ジュエルキュリがステイシーの手を振りほどいてチンピラの足にまとわり付いた。
チンピラがガラの悪い声を出す。
「あーん? ガキぃ。テメェーのことは前の俺からヨロシク言われてンぜ。ヨロシクしてやっからよぅ、テメェーもヨロシクしろや。なんのことかって? レ氏だよ! 俺をレ氏とヤらせろ!」
アンドレは類い稀なゴミと化していた。
しかし何故かジュエルキュリは心を動かされたようだった。ほろりと零れた涙が頬を伝う。
「アンディ……。あんた、変わんないねぇ」
パッと振り返ってステイシーに言う。
「やろう。ステイシー」
え!? 俺はびびった。
な、なんで? なんでそうなるの? あれ? おかしいな? ちょっと待って? なんでだろう。宗教観の違いかなぁ? 俺さぁ、正直ね。可能性は低いと思ってる。低いと思ってるけど、分かんないじゃん? なんか、こう、奇跡が起こってジョンが戻ってくることもあるんじゃね?って思ってんのよ。ネズちゃんを倒したら洗脳が解けるとかさぁ。でもヤッちゃったらおしまいよ? トゥルーエンド行けなくなっちゃうよ? マジでヤるの?
チンピラがバッときびすを返して吠える。
「細けぇーことはいいんだよ! 行くぞッ! おう! ステイシー! 俺ぁテメェーを認めてねーが、トドメはテメェーが刺せ! やれるな!?」
「何度も言わせないで。あれは私のオトコよ」
ど、どういうこと?
「待って!」
お、おお、シャーリー……。そうだよな。お前はなんだかんだでジョンのことを……。
「私に作戦がある」
……ええ? もうヤる気マンマンじゃん……。
4.エッダ海岸
回想が終わった。
ジュエルキュリの作戦とやらはハッキリ言ってクソだった。
なんでもあのガキンチョは地上では自由に変身できないらしい。充電する必要があるのだとか。しかも電力をバカ喰いするので短時間で変身が解ける。
よって今、木陰でステイシーたちが人力でガキンチョに充電している。エクササイズマシンみたいなチャリを漕いで。
一方で、俺には銀騎士を見つけるという大事なお仕事があった。アメリカ人の決断力というか、責務を果たすという意識は異常に高く、あれよあれよという間に俺は気付けばガキンチョが変身するまで銀騎士くんの足止めをすることと相成ったのである。
……バカじゃないの?
無理だよ、こんなの。
やるだけやってみたが、一撃で手首を落とされたんだが? どうしろと?
……銀騎士は強い。強すぎた。たぶん生前のジョンを越えている。
俺と戦う前に相当数のプレイヤーを切り捨てたらしく、砂浜に横たわる死体が命の火に還元されていく。その中には女キャラの死体もあった。
そうかい。俺もようやく実感が湧いてきたよ。
ジョン。お前はもう居ないんだな。
俺は板ガムの包装紙を剥いで口に放り込んだ。
俺がヤる。
俺は完全変身した。
これは、とあるVRMMOの物語
ダッドの尖兵。生かしておけば災いを招く、か。……私がやるしかないな。
GunS Guilds Online