サトゥとリチェット
1.クランハウス-居間
ウチの丸太小屋でもぐらさんぬいぐるみと一緒に経験値稼ぎをしていると、通りすがりのエンフレが指で器用に居間の窓を開けて得体の知れない肉片を放り込んできた。放り込まれた肉片がビチャッと床に張り付く。
……シンクの三角コーナーじゃねんだからさァ。
エンフレに化けてブッ飛ばそうかと思ったが、俺はぐッと堪えた。
今の俺は【ふれあい牧場】のクランマスター。ロストすればポチョさんにKINGの座を明け渡すことになる。あれは権力を握ってはいけないタイプの女だ。愛娘のそんな姿を見たくない。
俺は日和った。
ずしんずしんと歩き去る粗大ゴミを黙って見送る。
放り込まれた生ゴミはどうか。
床にへばり付いた肉片がカッカと赤く燃えて肥大化し、ぐにぐにと形を変えながらソファに這い上がっていく。
……セブンのワザをこうもたやすく……こ、コイツは一体どこまで……。
サトゥ氏が言った。
「いいニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」
……どう言えば帰ってくれるだろうか。
俺は少し考えてから言った。
こんなところに居ていいのか? レ氏がたびたび地上に降りてるのは知ってるだろ?
……たびたびかどうかは知らんが、そこは賭けだ。あのタコ野郎は先生に会いに来たことがあるらしく、【重撃連打】は個人的に気に入らないと話したことがあるとか何とか。
ありもしないョ%レ氏の来訪を匂わせた俺に、サトゥ氏は小さく目を見張ってチラッともぐらさんぬいぐるみを見た。
……何なん?
視線を俺に戻したサトゥ氏が何事もなかったかのように言う。
「分かった。いいニュースからだな」
怖い怖い怖い。え? なに? お前、俺のもぐらさんぬいぐるみと交信できるの? ちょっとやり方教えてよ。てか交信? え? どういうこと?
サトゥ氏は無視して続けた。ニコッと笑って、
「【奇跡】のスキルは最初から開放されてることが分かった」
いや、待て……。え? 【奇跡】? NAiの? 待ってくれ。頭が追い付かねえ……。
「発火式の正体だよ。あれは【奇跡】らしい」
え、ショボ……。
まぁ……言われてみればやってることは同じか。戒律を刻んで火を出す訳だからな。魔石を消費するのは気に入らねーけど……。ガスコンロ持って行ったほうが早いし……。
課金アイテムの家電製品は乾電池やコンセントがなくても動く。内蔵バッテリーで動いているのではないかと言われているが、分解すると消滅するので定かではない。ただ、酷使するとだんだん動きが鈍くなっていき、やがて消滅することは分かっている。消滅したらまた課金して買うのだ。あこぎな商売しやがって。
しかし【奇跡】ね。またこのパターンか。種族人間には使いこなせないってヤツ。NAi本人が発火式とか冷却式は【奇跡】だと認めたのか?
「ヨソの国でGMマレが自慢してたらしい」
自慢ねぇ。
……一時はプフさんとの浮気を取り沙汰されたNAiはうまくマレを繋ぎ止めたようだ。どうせマレにお前が一番だよみたいなことを言って誤魔化したんだろう。ろくでもねぇ女だな。
いずれにせよ、NAiに近しいマレがそう言ったなら、まず確定か。……もしかして魔石ってのは他に色々な使い方があるのか? スキルの補助的な役割で使えるとすれば……いや、その程度のことは誰かが試しているだろう。何故【奇跡】だけが……。いや、違う。NAiの胸元には魔石が埋まっている。あれはガムジェムだという話だったが、見た目は魔石だった。天使の卵とも言っていた。その辺がどうもスッキリしなかったんだが、何か……。
(俺の無精卵だ)
フリオの兄貴の言葉。
無精卵……天使の卵……魔石……魔物……。
何か……一本の線で繋がりそうな……。や、やめておこう。何かとんでもなく嫌な予感がする。
サトゥ氏がアハハと軽く笑った。
「無精卵から生まれるなんて、まるで処女受胎みたいだな」
俺は何も聞かなかったことにした。
サトゥ氏は自分の思い付きにツボったらしく、ハハハと笑っている。……どうしちゃったんだ、この人。情緒がヤバい。イカれてる。イヤそれは元からか。けど、なんか……。
「フフフ……ハハハハ……」
俺はメニューを開いてログアウトのボタンをポチッと押した。ログアウトの進行度を示すゲージが少しずつ伸びていく。
サトゥ氏がパンと手のひらを打ち鳴らした。
びくっとした俺のログアウトがキャンセルされる。
急に真顔になったサトゥ氏がじっと俺を見つめる。
俺は頭を取り外した。サトゥ氏が俺の頭を素早く奪って俺の首にジョイントした。俺の頭を押さえ付けながらテーブルを乗り越えて俺のとなりに移動する。俺の胸がドアみたいにガチャッと開く。俺の心臓が外出するよりも早くサトゥ氏は俺の胸のドアをそっと閉めた。
俺は一連の出来事をなかったことにした。やんわりと手のひらを見せて言う。
で、悪いニュースってのは?
するとサトゥ氏はしゅんとした。
「リチェットと決闘することになった……」
なんでそうなる? あ、クランマスターの座をめぐってか?
サトゥ氏はウンと頷いた。
「そう。俺がしつこく言いすぎたのかも。けど、俺はそんなつもりじゃなかったんだよ。これは本当。悪いのはサトウさんだ。あの人、今なんかメンド臭ぇーことやってるじゃん? だからメンド臭ぇーこと終わったら殺しに行くって言ったら、なんかリチェット怒っちゃってさぁ……。あとは売り言葉に買い言葉よ」
ええ? でも、それはそのほうがいいよなぁ。リチェットはなんで怒ってんの?
「いやぁ……よく分かんないけど、リチェットはウチが一番なんだって思いが強いのかなぁ? 正直俺さぁ、レイド戦で勝てれば何でもいいんだよなぁ。レイド戦じゃなくてもさぁ。例えば闇ダンのアレ。居るじゃん? コウモリの。モリーだっけ。そっちに心惹かれてる。試しに殺したらスキルくれるんじゃないかって」
お前を殺すよ? 今すぐこの場で。
クソ廃人はクシャッと地滑りのように相好を崩した。
「冗談だよぉ」
おい、やめろ。H×Hのヒソカとイルミの遣り取りじゃねーか。内心どっちがいいか損得勘定するのヤメロ。モリーに手出ししたらお前のクランを潰すぞ。
「そんなこと言うなよぉ。友達だろぉ?」
……そうだな。友達は互いに助け合うもんだ。俺がリチェットを説得してやろうか?
「いや、決闘はやるよ。クラマスになりたいし。なんて言うか……クラン運営でピリピリしてるりっちゃんは見たくない。お前もクラマスなら分かるだろ?」
イヤ分かんねーな。
俺は自分のことを棚に上げた。床からドコーンと突き出た棚の上から小さな俺が言う。
大切なのは信じて任せることだと思うぜ? 人間ってのはそうやって成長していくもんだろ。
サトゥ氏も自分を棚上げした。
「まぁお前はロストするまでの繋ぎマスターみたいなもんだしな」
小さな俺と小さなサトゥ氏が会話を続ける。
言っとくけど俺ぁ〜クラマスになってから一度もロストしてないからな? 責任感ってモンがあんのよ。誰かさんとは違って。
「バレンタイん時に散々エリアチャで煽っといてよく言うよ。言っとくけど、あん時に瀬戸際で食い止めてたのはリリララだからな? ライブでなんかロスト絶対にダメみたいなイイ感じの曲を歌ってたぞ」
あ? それは俺とは無関係だろ。時系列からいって。
「イヤお前のことだよ。予定になかった新曲だったから。俺らは試しにお前に帝国を任せてみようってライブの裏方に回っててぇ。リリララの新曲、全編アカペラだった。凄かったぞ」
やめろよ、今頃……。俺、ウサギ王国滅ぼしちゃったじゃん……。
「どうせ復活するんだから別にいいんじゃないか」
そう? そうだな。別にいいか。
大きな俺たちが小さな俺たちを指で摘んで口の中に放り込んだ。
魂を取り戻した俺たちは会話を続ける。
それで? お前とリチェットが決闘をする。それは分かった。俺は何をしたらいい?
「もしも俺が勝ったとして、たぶんウチのメンバーは納得しない。リチェットは約束を守るだろうけど、ギクシャクするかもしれない。だからコタタマ氏が間に入ってくれたら助かるなぁって」
……勝てる気でいるのか?
「ん? さぁ? やってみなくちゃ分かんないな。勝つつもりではいるよ。負けた時のことは考えなくていいかな。現状維持ってだけだし」
そうか。うーん……。その、リチェットはいいのか? 俺が見てて。人前でお前を殺すのは恥ずかしいんじゃないか?
「……なんか、それとこれは別らしいぞ」
ああ、そうなんだ……。じゃあ、まぁ、そういうことで。
そういうことになった。
2.スピンドック平原
サトゥ氏にはああ言ったものの、リチェットの勝ち目は少ない気がする。
リチェットは【敗残兵】のメンバーの中で特に個人技に優れた印象はないからだ。
とはいえ両者のレベル差はまだ20近くあるだろう。
けど……どうなんだろうな?
リチェットは優秀なプレイヤーだ。ヒーラーとしての完成度は群を抜いている。それは間違いない。リチェットに匹敵するヒーラーなんか見たことがない。職位が上がると戦士職はヒーラーを兼ねるようになっていくから、どうしても近接戦の腕前が重要視されるのだろう。つまり回復魔法の使い手はパーティー内で飽和していく。
だが俺は別の考えを持っていた。
近接職と回復魔法は噛み合わせが悪い。
敵に最接近する役割を持つ近接職がヒールを打とうとしたら一度下がるしかない。
パーティーに最低でも二枚は欲しいと言われる近接職の誰かが下がってヒールを打つ……。それはたぶん後衛にとってひどく不安定で嫌な動き方だ。
三人で当たって一人が抜けるのと、最初から二人で当たるのは違う。一人でも多いほうが有利な局面は作りやすいだろうが、ちょこまか出入りすると一気に崩れる場面も多くなるんじゃないか。
実際、俺なんかは終始一貫して壁との同化を試みたほうが安定してる気がする。イキってモンスターに殴り掛かった場合、真っ先に俺がワンパンでヤられて、そこから逆転した例ってあんまりないんだよな。俺のカタキ討ちすら満足にこなせないんだから種族人間ってのはホントに雑魚よな。
そんなことを勝手に付いてきた知らないゴミに話すと、知らないゴミは控えめに同意してくれた。
「そういうこともあるかもな。たまに絶対お前殺すマン居るし」
そうなんだよ。執拗に死体蹴りされるんだよな。この前なんかピエッタと一緒に歩いてたら野良ポーキーに茂みに連れ込まれてさぁ……。
おっと、そうこう言ってるうちに到着したようだ。
だだっ広い草原に人だかりが出来ている。【敗残兵】メンバーが集まって何かやってるとあって、通りすがりのゴミが足を止めて見学に回ったようだ。腕組みなどして佇んでいるゴミの一人が近寄ってきた俺に気が付いて聞いてもいないことを勝手に解説した。
「サトゥとリチェットだ。手出し無用だとさ」
ふーん。でも決着ついたらサトゥ氏は処刑していいんだろ?
「サトゥは時間の無駄って悟ると抵抗やめるからつまんねんだよなぁ」
処刑は義務だからな。ハイごめんなさいよ。通して通して。通し……びくともしないじゃん。びびるわ。お前らレベル高すぎない?
「オメェーが低すぎンだよ。丁度いいから足場作れ。ひな壇みたいに。出来っか?」
嫌だね。なんで俺が。
「じゃあウッディ? 頼めるか?」
俺の口がパクパクと動く。
「出来るぞ」
こらこら待て待て。ウッディは俺の相棒だぞ。俺をのけものにするんじゃない。
ウッディ。足場作れる? ひな壇みたいな感じで。
「出来るぞ。私は工兵だからな」
言うが早いか、俺の片手が独りでに持ち上がり、手の甲からにょきっとウッディが生える。身をたわめたウッディがみ〜っと伸びをすると、小さな擬似惑星が出現して公転運動を開始した。
……そんなことできたんだ?
(練習したんだ。ギルド憑きになど負けてられないからな)
ウッディは去年のクリスマスライブでギルド憑きに押し負けたことを気にしていたようだ。俺は気にならんけどな。レベル差だよレベル差。体格差みたいなもんだからね。身長2メートル超の大男に喧嘩で勝てるかって話よ。挑む気にもならんぜ。
ところがウッディはそうでもないらしい。ぐねぐねと身をよじると、擬似惑星の公転運動がフラフープのように左右にブレる。
工兵との共存関係はギルド堕ちの大きな特徴たり得る。それはつまり二つの兵科を持つということ。俺もアツくなってきたぜ。
ウッディ、俺も手伝うぜ! 何をしたらいい?
(特にないな。やって欲しいことは)
ないなら仕方ない。俺はウッディのお仕事を邪魔しないようぼーっと突っ立つ。
ぼーっとしてると足場がドコーンと隆起した。ひな壇と言うには凸凹している。不揃いな棒グラフみたいな感じだ。視界を確保したゴミどもがキャッキャと喜ぶ。俺もキャッキャと喜ぶ。どうよ、ウチのウッディは凄いだろ〜。
突出した足場が奇しくも円形闘技場のように決闘者の退路を閉ざした。
闘技場の中央で対峙するひと組の男女。
カエルくんは言った。
「隊長。あんたはしょせん三番手だよ。俺やセミくんには及ばない。そいつをこれから証明しようと思う」
リチェット隊長が腰に吊っているメイスの柄を握って引き上げる。言った。
「反逆者には死あるのみ」
リチェット探検隊だった。
これは、とあるVRMMOの物語
数字至上主義。
GunS Guilds Online




