チャックの中に
1.クランハウス-マイルーム
ぢょんぢょん……
朝。ブーンのさえずりに目を覚ますと、窓にセミのような廃人が腰掛けていた。
お前、まだ生きて……?
いや、死んでいるかもしれない。
この男、セブンは死ぬことにかけては超一流のプレイヤーだ。まず間違いなくワールドクラス。一見生きているように見えてもそれはフェイク……!
……それにしても他人の部屋に勝手に入って窓開けて座るってどういう神経してんだ。邪魔臭ぇな、この死体。蹴落とすか。
「六バカが面倒掛けてるな」
いや生きてた!
俺はビビり散らかしたがとっさに平静を装った。
六バカ? 何の話だ?
ひとまずしらばっくれておく。
しかしセブンは何も答えない。
おい。何か言えよ。
動かない。瞳孔が……光に反応していない。
死んだか……。
セブンは死んだ。
この男はもはや死因を問う段階にはないのだろう。
俺は小鳥にパンくずを与えるような感覚でセブンの死体をブン投げてブーンにくれてやった。セミ野郎の身体を蹴爪でがっちりとホールドしたブーンが飛び立っていく。
ちっ、朝っぱらから重労働させやがって……!
人ひとりをブン投げるのは結構な重労働だ。キレイに投げ飛ばすために試行錯誤したのもある。ハァハァと息を切らしつつ、居間に降りる。
居間ではネカマ六人衆がだらしなく寝転がっている。寝落ちしたのだろう。修学旅行みたいとか何とか言ってたからな。ログアウトの操作をせずに意識を手放すとこうなる。
幸せそうに寝こけており、掛け布団があちこちに散乱しているし、パジャマはめくれて腹が出ていてブラチラ、パンチラしている。
俺はネカマ六人衆に欲情するほど落ちぶれちゃいない。だらしねぇなぁと思いながら、どんな下着を付けてるのかチェックしていく。俺は女キャラに化けても女物の下着を付けるのは抵抗があって、基本ノーブラだ。
しかしずっと女キャラのネカマは意地を張っても仕方ないので機能的な面からも女物の下着を付けるヤツが多い。六人衆はどちらかと言えばスポーティーなものを好むようだ。
ふーん……。
割り切ってネグリジェを着ているヤツも居るので念のために裾をつまんで持ち上げてみるが、ガインと指を弾かれる。ちっ、特別な所有権……。成し遂げることができなかったという苛立ちを覚えたものの、いつまでもこうしていても仕方ない。立ち上がってキッチンへ向かう。
くっ、足の踏み場がねえ。俺は雑魚寝している六人衆の隙間を縫うようにそろそろと歩いていく。
無事にキッチンに辿り着き、朝食を作る。今日は和食にしよう。刃牙よろしくゴキゲンな朝食だ。白米、味噌汁、ベーコンエッグと山盛りのキャベツの千切り。ただし魚料理はまだまだ高いのでサンマの塩焼きはナシ。少し寂しいので多人数でつまめるものを一品……ミートボールにしよう。結果、和洋混合になったが、まぁヨシとしよう。
エサの気配を察知した六人衆が疎らに起き出して朝メシの完成を着席して待つ。
変に手伝われても面倒だ。俺はもうちょっと待つよう言っておく。起き抜けの六人衆は従順にコクリと頷いて待機する。茶碗を箸でチンチンして急かしてくる俺のお師匠様よりずっとマシである。
出来た。食卓の中央にでんと置かれた大皿にフライパンからミートボールをぞろぞろと移し替えていく。
おら、食え。俺のヨシの合図に六人衆が一斉にエサにがっつく。いや一人足んねえな。ニッチか。俺は居間で寝こけているニッチの掛け布団を剥ぎ取った。おら、メシだ。起きろ。
「ママ……?」
お前を産んだ覚えはねえ。軽く縁切りを済ませて、俺もメシを食う。さて出来栄えはどうか。もぐもぐ。うん、まぁまぁだな。俺は味にうるさいが自分への採点は甘い。
食べながら話す。
今日は先生が早めにログインするからお前らをしばらく泊める話をするぞ。お前らも顔出せ。なんかささやきとかあったか?
「あった」
「ハチとメガロッパからね」
「俺らはリチェットが謝るまで帰らないよ!」
お前らが帰る日を決めるのは寝床を提供している俺だが……まぁいい。お前らのイザコザに俺を巻き込むなよ? ああ、そうそう、言い忘れるトコだった。今朝、セブンが俺の部屋で死んだぞ。お前らの世話を頼む、みたいなコト言ってた。あの様子じゃお前らの居場所はバレてるな。まぁ家出してウチに転がり込むのは妥当か。いつも暇そうにしてるヤツが居るしな。誰が暇人だ。
セルフツッコミもそこそこにメシを済ませて食器を片付けていく。お、先生がログインしている。
「…………」
ハッ。先生……!
先生が廊下からこそっとこちらを見つめている。
俺が食器を洗っているのをぼーっと眺めていた六人衆が席を立って順に挨拶していく。
「しばらくお世話になります」
「プチ家出中です」
「さ、先生もごはんを」
「今日も毛並みが素敵だよ」
「先生は目玉焼きに醤油派?」
「ペタ氏はいいお嫁さんになるよ」
その間に俺は先生のお食事を用意していく。
ネカマの群れにエスコートされた先生が食卓にご着席なされた。
「うん。詳しい話はあとで聞こう。今はただ感謝を」
先生はひづめの角っちょをちょこんとくっ付けてお辞儀した。
「いただきます」
2.先生の居室
先生は食事を終えると朝の散歩に出掛けた。散歩と言うよりは森に異変がないか見回りをしているようだ。種族人間が森を拠点に暮らして行けているのはポポロンの気まぐれによるところが大きい。
先生のご帰宅を待って、俺は六人衆をぞろぞろと引き連れて先生の居室にお邪魔する。
俺の事情説明を、先生はこちらに背を向けたまま聞いている。
……珍しいな。先生は人と話す時に目を合わせる。何か粗相でもあったろうか? 思い起こしてみるが、とんと心当たりがない。しいて挙げるなら六人衆を俺の独断で泊めたことくらいだが、ウチの丸太小屋で知らないゴミが寝泊まりするのはそう珍しくもない。俺のそうした行いに難色を示すのはむしろアットムのほうで、これまで先生に何か言われたことはない。
……先生?
俺が声を掛けても先生はこちらに背を向けたまま動かない。
「もちろん構わないよ。六人ともゆっくりしていくといい。コタタマも。何か困ったことがあったら私に言いなさい。……私もやるべきことをやろう」
先生は背をこちらに向けている。
俺の視線は自然と先生の背中に付いているチャックに引き寄せられてしまう。
六人衆が俺にボソボソと耳打ちしてくる。
「開けていいよってことじゃないの……?」
「あれ完全に誘ってるよ……」
意識しないようにしていたのに、そう言われて俺はドキッとした。
た、試されている……?
ハァハァと息を荒げて先生の大切なところを凝視している俺に六人衆はドン引きした。
「ぺ、ペタ氏?」
「……ちょっとキモいよ? 大丈夫?」
き、キモいかな?
ヤバい。ダメだダメだと自分に言い聞かせても先生から目を離せない。
六人衆がギョッとして俺の腕にしがみ付いた。
「ペタ氏! それはダメ!」
「それはマズいよ……!」
大の大人にしがみ付かれているというのにイヤに軽く感じる。見れば、俺の意思とは無関係に俺の腕が換装されていた。
ウウッ……! 俺は歴戦の厨二病患者のように腕を抱えてうずくまる。
腕からボロボロと黒い金属片が剥がれ落ちて脱落していくが、すぐに肉の内側から金属片が生えてきて腕を覆っていく。ダメだ。制御できない。
う、ウッディ……!
俺の手の甲からにょきっと生えたウッディが、うねうねと身をくねらせる。
(……シンイチ。気を強く持て。今やお前は私の仮宿ではない。力の主導権は私からお前へと移りつつある)
ええ? そういうことはもっと早く……。
(すまない。色々と試してみたが、エーミールに力の幾ばくかを譲ったことで私自身の力が弱まったようだ。しかしお前ならやれる。我々は多くを語らない。が、それでもお前は言葉を投げ掛けてくれる)
言葉。意思か。
……そうだな。精神力とか意思の強さでどうにかしようなんてのは俺らしくない。らしく行こう。
ウッディの言葉で迷いが晴れた。
俺は俺の腕をじっと見つめる。先端に凶悪な鉤爪が具わった黒い腕。俺のレベル1の柔肌とは懸け離れすぎていて……今まで俺はどこか他人事のように感じていた。でも、そうじゃないんだ。
お前は先生のチャックを開けたいんだな? つまんで、引き下げたい。そうなんだな?
俺の腕がびくりと震える。開けたいと叫んでいる気がした。
そうか。実は俺もさ。
歯車がガッシリと噛み合った気がした。
力と意思が重なる。
無駄な贅肉は削ぎ落とされて……俺の腕がギュンと引き締まる。痩せ細り、非力に見えるが、何故かな……そうではないと自ずと理解できた。
今、俺は何か本質に近いものを掴んだのだ。
俺は【間諜兵】だ。
兵科に適したフォルムというものがある。
それはベムトロンやウッディに教えられて学ぶものではない。
ごく当たり前のことだったのだ。
俺の生き様は俺が決める。
俺はフッと脱力して、六人衆のおっぱいに挟まれた俺の腕をスッと抜いた。
もう、大丈夫だから。にこっと笑い、正面を向く。
言った。
「先生。あなたのチャックを開けます」
意思表示。宣言してゆっくりと歩き出す。
くるりと振り返った先生が両腕を上げて構える。様相を変えた俺の両腕を見る先生のつぶらな瞳が険を帯びる。
行きます。
俺の新しい腕は細く長い。しかし使い方に戸惑うことはなかった。リーチが長い。この腕なら先生の奥襟にやすやすと手が届くだろう。奥襟とは、つまりチャックのことだ。
長かった……。この日を、ずっと待ち望んでいた。
突き出した俺の腕を先生がはしっとひづめで掴んだ。ぐるりと反転して背負う。俺は腰を落として堪える。すかさず先生が反転して俺を引きつけながらおみ足を前へ。全て読めていた。大外。いや内か。大内刈りから内股刈りへと連絡する。
美しい。素直にそう思った。先生の柔道には後ろめたいところが何一つない。
だが、敵を殺傷せしめるワザではない。
俺はグッと腕に力を込めて、片腕で先生を持ち上げた。
……スポーツ格闘技ではフィジカルの差を埋めることはできない。
俺は先生のチャックに手を伸ばした。
先生。終わりです。
俺の指が先生のチャックに触れる。
先生がカッと目を見開いた。
愛らしい輪郭が残像の尾を引く。
スライドリード……?
見惚れる暇もなかった。
宙吊りになっている先生が身体を振って俺の腕に巻きつく。俺は腕ひしぎを警戒して腕を引き抜いた。先生が着地の反動をキャンセルして俺の側面に回る。見えている。俺は先生の奥襟に腕を回す。最初の攻防と同じ展開。マズいと思った。誘われたと感じた。ゾッと背筋を走るものがあった。しかし止まれない。先生が俺の懐に飛び込む。強い踏み込み。重心が低い。俺の指が先生のチャックにかすった。先生はさらに前へ。低い。先生の身体を稲妻が迸る。空振った俺の腕を抱えて、俺の身体を腰に担ぐ。
「ぬぅんっ!」
裂帛の気合と共に俺を投げ飛ばして背中から落とした。
六人衆がワッと歓声を上げる。
俺は目を丸くした。
心地良い衝撃が痺れとなって手足の末端へとじんわりと広がっていく。
「……コタタマ。立てるかい?」
サッと差し出された先生のひづめに、俺は掴まって上体を起こした。観念して言う。
「負けました」
心も、身体も。俺はまだまだ先生には敵わない……。
それが、今は何故だか嬉しかった。
これは、とあるVRMMOの物語
コイツ、いつも負けてんな。
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