第Ⅻ章、最後の異常個体
1.決戦
サトゥ氏は怪物であった。
戦うことでしか己の生き様を問うことができない。
廃人と呼ばれる人種ですら、この男をどこまで理解できているものか……。
遥か遠く、宇宙の彼方ではギルドの最高指揮官が二体、相対していた。共に個の極致であり、共に指揮系統の最上位である。
不滅の軍勢を率いる二体が麾下に前進を命じた頃、山岳都市ではもう一つの頂上決戦が行われていた。
サトウシリーズの第一席と第二席。
β組を代表する戦士の死闘である。
改造手術を経て、スマイルの機体は以前よりも一回り大きくなっている。剥き出しになったフレームや剥がれ落ちた仮面は印象の変化を表したものだったのかもしれない。
短期決戦型のエンドフレーム。出力を上げたぶん残機の消費効率は悪くなっている。長引けば自滅するだろう。しかしサトゥ氏は勝負を急いだ。この日、二度目の完全変身を終えており、持久戦に持ち込めば不利になるのは自分だと考えたのかもしれない。
両雄は山岳都市の直上で衝突した。互いに退くつもりは一切なかった。国内サーバー最高峰の剣士の二人だ。一合打ち合うたびに手足が削げ落ち、都度再生していく。命を削るような凄まじい戦闘を、パワーとスピードで勝るスマイルが終始優勢に進めていく。技量に関しては互角なだけにその差は大きかった。
エンドフレームは命が尽きる最期の瞬間まで一定の戦闘能力を保障される。ただしそれは可能というだけで、生命である以上は重要な臓器が停止すれば破綻する。フレームに内蔵された生体パーツがそれだ。エンドフレームの扱いに長ける二人は、機体のエネルギーを精妙に操ることで致命的な損傷を逸早く補填することができた。
首を刎ねられてもサトゥ氏とスマイルは止まらない。即座に再生して剣を振るう。しのぎを削り、膨大な量の命の火が散っていく。
命の総量が減るに従って再生が鈍り、ついには停止した。決着の時が近い。
最後の打ち合い。その瞬間、サトゥ氏は驚くほど無防備だった。ひと足先に機体の限界を迎えたサトゥ氏の剣が脆くも砕け散る。スマイルの剣技の冴えもあったろう。が、技という技、奥義という奥義を出し尽くした瞬間、やることがなくなったようにも見えた。
武器を失ったサトゥ氏が両腕を大きく広げる。
【サトウさん……楽しいぜ……】
満ち足りた声だった。
求めていたものが、ようやく手に入ったというような。
急迫するスマイルが二対の腕を巧みに操り、繰り出された四振りがサトゥ氏の胴を貫いた。
最後に明暗を分けたのは純然たる機体の性能差だった。
脱力し、もたれ掛かってくるサトゥ氏にスマイルの声は苦い。
【サトゥ。どうしてだ? どうして……私に付いて来なかった?】
二人の確執がネカマ六人衆の扱いに端を発したことは有名な話だったが、スマイルが欲している答えはそれとは別だった。
死の間際、人間の本性は露わになる。
【あんたが大人だからだ。大人の男だからだ】
サトゥ氏が何を言わんとしたのかは分からない。意味などないのかもしれない。
その言葉を最後に、サトゥ氏のエンドフレームがボロボロと崩壊していく。
しかしサトゥ氏は怪物であった。
大破し、生命活動を停止したエンドフレームからサトゥ氏が生まれ、スマイルの機体に飛び乗っていく。一人、二人、三人……続々とサトゥ氏が増えていく。
スマイルは驚愕した。
サトゥ氏が声を揃えて言う。
「とことんまで行こうぜェ……サトウさん!」
【余剰分、か!?】
エンフレを動かすには莫大なエネルギーを要する。残機の一つや二つでは指一本動かすこともできない。だから死力を尽くしたとしても余りカスのようなエネルギーが残留する。そのエネルギーをサトゥ氏はコンフレームの生成に回した。
スマイルは慌ててサトゥ氏の機体を引き剥がし、己の機体に取り付いたサトゥ氏の群れの掃討に移った。
サトゥ氏の狙いはスマイルの生体パーツだ。目を潰し、肉を引き裂いて秘奥へと迫る。
スマイルの雄叫びは悲鳴に近いものだった。空中を飛び回りながら攻撃魔法を連発するが、どれも有効打には至らない。結局はサトゥ氏を摘み出して一人ずつ握り潰すしかなかった。
最後の一人を己の体内から引きずり出した時、スマイルの機体もまた限界を迎えた。
残機はもう残されていない。
墜落死を恐れたスマイルが地上に降り立ち、エンフレを散らしてコンフレームに戻る。サトゥ氏を二人以上残すことだけは避けねばならなかった。限界ギリギリまでエネルギーを絞り尽くしたスマイルの疲労は色濃く、大量の発汗が見られた。肩で息をしながら剣を鞘ごと引き抜いて二刀を手にする。
鞘を投げ捨てたスマイルが散々に千切れた呼吸を押し殺してキッとまなじりを決した。吐き捨てるように言う。
「怪物め……!」
最後の一人を殺し切ることはできなかった。
全身をスマイルの体液で濡らしたサトゥ氏が堪らないと言うように笑った。ぶくっと頬を膨らませて、口腔に溜まった血をびしゃっと吐き捨てる。内臓を損傷している。しかし疲労の度合いはスマイルほどではない。
互いに残機は一つきり。
両者、いらえは無用とばかりに駆け出した。
白刃が交錯する。互いに集中は極限の域にある。無詠唱の飛び横切り。慣性をねじって弾けるように左右に散った。軌跡を追うように分身が生まれていく。その数は互いに五体。分身体に紛れて本体が動く。頭上を飛び越える捻流の基礎的な動き。基礎は奥義に通じる。分身が消失した。至高の領域に達したプレイヤーにとって分身など目眩しにもならない。迸った稲妻が身体を舐める。スライドリードのオーバーフロー。
勝敗は一瞬で決した。
脇腹を深く裂かれたスマイルがガクリと片膝を屈する。疲弊しきった身体は剣を握る握力すら残っていなかった。手からするりと落ちた二刀が地に転がる。
サトゥ氏は首から上を失っていた。スマイルの刃は怪物の命脈を絶っていた。
「勝っ……」
言い掛けたスマイルがギクリと目を見張った。
首を刎ねられたサトゥ氏が、手に持つ剣をだらりと垂らしたまま振り返った。
アナウンスが走る……。
【条件を満たしました】
【イベント】【明日を捨てて】【Clear!】
【Class Change!】
【サトゥ さんがブーステッドマンにクラスチェンジしました】
【警告】
【強制執行】
【踊る人形】
【身体は闘争を求める】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:ブーステッドマンの殺害】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【ブーステッドマン】【サトゥ】【Level-40】
ブーステッドマンはボランティアの上位職だ。サトゥ氏は転職条件を満たしていない。その筈だった。
しかし以前にも似たようなことがあった。
このゲームの転職条件は公表されていない。運営ディレクターのョ%レ氏はプレイヤーの成長を促しており、レイド級の討伐を期待している。ならば転職条件を公表できない理由がある。
サトゥ氏は怪物であった。
これはゲームだから、リアルを捨てたものだけが至れる領域がきっとある。
ゲームが全てだと、リアルを捨てたと口に出して言うのは簡単だ。
しかし実際にどれだけの廃人が実践できる……?
見目麗しい美女とゲームで仲良くなり、あわよくばリアルでも……と一分の期待すら抱かずに過ごすことが可能か?
それは。
……それは、もはや同じ人間と言えるのか……?
強制執行に落ちたブーステッドマンは強者に惹かれる。条件は同じ人間であること。スタート地点を同じくする同胞だけが……プライドを著しく刺激できる。
歩み寄ってくるサトゥ氏に、スマイルは目に見えるほどハッキリと恐怖していた。汗が引き、顔色は青褪めている。地に転がっていた剣を掴み、杖にして立ち上がろうとするが足に力が入らない。小刻みに震える手から剣が離れ、地に突っ伏した。脇腹の裂傷は深く、足元に血溜まりが出来ていた。
スマイルの眼前まで歩を進めたサトゥ氏の残骸が剣を振り上げる。
限界はとうに越えていた。
戒律に囚われたサトゥ氏の肉体が火の粉を撒き散らしてボロボロと崩壊していく。手指から零れ落ちた剣が地に転がる。ガクリと両膝を屈したサトゥ氏が前のめりに倒れていき、スマイルの傍らに転がる。
スマイルはサトゥ氏から目を離すことができなかった。命の火へと還元されていくサトゥ氏を間近で目にしながらも己の勝利を確信することができなかった。
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【条件を満たしました】
【新たなスキルが開放されます】
【サトゥ】
【GumS Gems Online】【Loading……】
【新たなスキルが開放されました!】
【スキルチェイン】
フッと脱力したスマイルが前のめりに倒れ、地に転がる。
最後の最後まで手出しを堪えたスマイルの側近、アオが「ヒーラー!」と叫んで駆け出した。
意識を失ったスマイルに駆け寄り、抱き起こして声を掛ける。
「隊長……! 隊長……! 隊長……!」
アオは泣いていた。涙があふれて止まらなかった。
「隊長! あんたの、勝ちだ……! あんたがてっぺんだ!」
キッと顔を上げ、立ち尽くしている【敗残兵】のメンバーを睨み付けて叫ぶ。
「文句は言わせねえ! サトゥは死んだ! テメェーらの負けだ! 隊長がッ! この人が一等だ! この国で一等強ぇのはサトゥじゃねえ! この人だ!」
最後の最後までクランマスターの勝利を信じていたのは【敗残兵】のメンバーも同じだ。
サトゥ氏は決して無敗のプレイヤーではない。攻略組の腕利きと仕合えば10本中2本か3本は落とすだろう。
それでも、ここぞという場面で勝利を収めてきたのがサトゥ氏という男だった。
それゆえにサトゥ氏は国内サーバー最強の男と呼ばれるのだ。
そのサトゥ氏が、スマイルとの対決に敗れてロストした。
リチェットが腰から吊り下げているメイスを引き抜いた。普段は優しげに細められている目は見開かれ、その瞳には今や憎しみすら宿っている。
「スマイル〜……!」
復讐に走ろうとするリチェットの肩を、セブンが掴んで引き戻した。声を張り上げて宣言する。
「文句はねえ。オメェーらの勝ちだ。俺らの負けだ。日本サーバーの頭を張るのは……そいつでいい」
……この日、クラン【敗残兵】はトップの座から転落した。
RMT業者が国内サーバーの頂点に君臨する時代がやって来る。
それは革命であった。
2.山岳都市ニャンダム
「……と、まぁそういった経緯でな」
知らない人と一緒に動画を視聴している。
……はぁ、なるほどね。俺が宇宙旅行してる間にそんなことが。
なるほど、なるほど。それは分かった。
で、あれは何してるんだ?
山岳都市にて、五面ボスみたいなのがティナンにお触りを試みていた。
指先でそっと子ティナンを撫でようとした次の瞬間、パンと頭が破裂した。
サトゥ氏はロストした。
飛び散るモツに顔をしかめた知らない人が深々と溜息を吐いて言う。
「RTAロストだ。サトゥはスマイルに負けて本格的に頭がイカれた。イヤ、元からイカれてたのか……。ヤツはNAiを殺すつもりだ」
これは、とあるVRMMOの物語
タスケテ……。
GunS Guilds Online




