第Ⅺ章、最終話:Gun's Guilds Online!
1.ポポロンの森-上空
【コタタマ、どうした? 行くぞ。ラムダが待っている】
いや……。
俺はベムトロンにあいまいな返事をして、地上を見下ろしながら空中を漂う。
未練があった。
俺が本当に見たかったのは七土種族同士の戦いではなく、こっちだったから。
山岳都市でサトゥ氏とスマイルが対峙していた。
双方、エンドフレームを引っ込めるつもりはなさそうだ。
バレンタインイベントが終結して、ようやく邪魔者が消え、心置きなくヤれるとあって、焦らしに焦らされたスマイルは暴発寸前だった。
……彼らに彼らの物語があるように、俺には俺の物語がある。
どんなこともそうなんだ。
このゲームには色んなプレイヤーが居て、そいつらは俺の知らないところで何か面白いことをやっている。
趣味も人それぞれだ。漫画、アニメ、映画……。しかしそれらを網羅するには人生は短すぎて、読書好きが全ての本を読破することはできないし、映画好きが全ての映画を視聴することはできない。
山岳都市から避難したティナンに混ざって、ニジゲンが先生の杖をメンテナンスしていた。
コゴローとショコラがクロアリに抱きつき、先生がそれを見守っている。
アットムはハーブミントと共に避難生活を送るティナンを見て回っている。ハーブミントがアットムへと寄せる信頼は厚い。
イベントに参加して活躍するよりも、不測の事態に備えて積極的にティナンの支援に回るプレイヤーは多い。
着ぐるみ部隊や生産職連合は特にそうした傾向が強く、お犬様とおコアラ様、シロ様クロ様が、マーマレードとハニーメープルの合法ロリ姉妹と会議している。
シロ様クロ様が不在の間、生産職連合の指揮を執っているのは何故かポチョだった。
ウチのポチョ子は生産職にやたらと好かれていて、近接職連合とバチッた時もポチョだけは特別扱いされる。
思うに、俺が知るポチョは彼女のほんの一面にしか過ぎないのだ。だからと言ってそれを卑下するつもりはない。俺しか知らないポチョの一面もある。例えばティナンをあやすためという名目で購入した哺乳瓶がポチョの部屋で密かに保管されていることなどだ。
そのポチョをいつも陰ながら支えているのがスズキだ。ウチのちんちくりん一号はあまり目立つのを好まない。それでもポチョの隣に居れば自然と目立ってしまうのだが、目立ちたくないからと仲間を見捨てることはしないのがスズキという女だ。イイ女なんだよ。聞き分けが良すぎて時折り心配になる。だから俺は二人きりの時くらいはスズキの要望を叶えるようにしている。
一方、少し離れたところで赤カブトはシルシルりんと一緒に行動していた。
シルシルりんは細工師の中でも生活に役立つ戒律を刻むのが得意だ。几帳面で安定した仕事ぶりは、やろうと思えば誰でもできるかもしれないが、だからこそ目立ちたがり屋のネトゲーマーがあまり手出ししない分野でもある。ネトゲーの生産と言えば、大抵の者は装備品のクラフトを思い浮かべるだろう。しかしこのゲームはVRMMOだから、戒律を刻んで座り心地の良い椅子や、寝心地の良いベッドを作ることもできる。シルシルりんは昔から変わらない。意外と頑固で心優しい素敵な女性だ。
シルシルりんのすぐ近くで、子ティナンと手を繋いで遊んでいる赤カブトが、ふと空を見上げて、遥か上空で滞空している俺に気が付いた。嬉しそうに手を振ってくる。俺もちょこっと触手を振って応じる。今や相当な高度に達しているので、少し動いたくらいでは分からないだろうが。
……ジャムジェム。達者でな。飽き性の俺が、このクソみたいなゲームを続けてこれたのはお前のお陰だ。お前が居てくれたから、俺はがんばれた。たとえ俺が居なくなっても幸せになってくれ。
今すぐに飛んで行ってかぶり付きで見学したいイベントが目白押しだ。
それは、これがゲームだから。
人は死なないし、痛覚はカットされている。面倒臭いことは省略できるようになっていて、NPCは悪意というものを知らない。
ゲームは人が楽しむものだから、多くのユーザーに関心を持って貰えるよう、リアルほどの難易度ではない。どんなゲームもそうだ。クリア不能とされるゲームだって、クリアできないからと人間関係が破綻したり理不尽な残業を押し付けられることはない。
オンラインゲームとは天国を作る試みだ。
見た目がどんなにグロくて、バッドエンディングだらけでも、それらの根底には面白さが根付いている。面白くなくては売れないからだ。
そして、このゲームはVRMMOだから、俺には俺の物語がある。
俺は振り返ってベムトロンに声を掛けた。
行こう。
【……いや、お前はここに残れ。考えてみたらお前は大して強くないし、帯同すればお前の兵科がバレる恐れがある。お前はここに残ったほうが将来的にはラムダの助けになる】
へっ、ベムさんよ。あんたは相変わらず甘いな。でも俺は、あんたのそういうところが気に入ってる。ポポロンやペペロンよりも親しみが湧くよ。だからさ、そう言わず連れてってくれや。未練がないと言えば嘘になるが、俺は異常個体だからな。足手まといだから付いてくるな、なんて言われたら傷付いちゃうぜ。
ベムやんはそっぽを向いて高度を上げた。
【ふん、好きにしろ。……行くぞ】
差し出された手を、俺はガッと握った。
2.????宙域-最深部
夥しい数のギルドが宇宙空間に集結し、威嚇し合っていた。
新しいおもちゃの俺はラム子のお気に入りであり、特等席で別系統の最高指揮官を拝ませて貰っている。
俺の頭の上に乗っているラム子は相変わらず黒いゴスロリで完全武装していて、幼い容姿に不似合いな真っ赤な唇をしている。
俺らの正面にコイツが最高指揮官だと言われたら納得しそうな一際デカい芋虫みたいなのが浮いているのだが、ラム子が凝視しているのはそいつの頭の上に乗っているちっこいのだった。
……あいつが最高指揮官なのか?
蜘蛛型のギルドだ。どこからどう見ても何の変哲もない歩兵だった。
ラム子が身体をゆっくりと左右に揺らすと、そいつもラム子の真似をするように身体を揺らした。
そんな、生まれて初めて鏡を見た動物みたいな反応をされても困る。
なんか変なのがいるとか言ってたな……。
……ええ? もしかして別系統のギルドは別の生き物っていう認識なの?
全体的に虫と似てて、変てこな機械っぽくて、銃器で武装してる。それらの特徴は完全に一致してるけどなぁ。それこそ例外はラム子くらいだが、そのラム子にしたってフルアーマーロリは仮の姿で本性は別にある。
なんか分かんねえけど、ヤるならさっさとヤッちゃおうぜ。俺は触手でちょんちょんとラム子を突付いて急かした。
ラム子がパッとしゃがみ込んで、俺の頭を指で摘んでひねる。痛い痛い。いや痛くないけど痛いヤメロ。
俺はエンフレの扱いがあまり上手くない。刺激を与えられると一ヶ所にとどまることが難しくなる。元来、エンフレというのは放っておいても直進するように出来ているのだ。
身をよじった俺の真ん丸ボディがラム子を乗せて前進していく。微妙にカーブを描く軌道だ。夥しい数の同僚がおっかなびっくり俺の後に続く。
むっ、あちらさんも動き出したな。いよいよ開戦か。
まるで鏡写しのように進軍してきた同業者たちが、ゆっくりと迫ってくる。
先頭の俺は微妙にカーブを描いており、あちらの芋虫大将も微妙にカーブを描いていた。
ラム子と蜘蛛型の距離が縮まっていく。
両者は互いの一挙手一投足を見落とすまいと凝視を続ける。
ヤるんだな? 今ここで! ラム子……!
俺は決して好戦的なプレイヤーではない。最終決戦なんぞ廃人どもで勝手にやってろと思うような人間だ。しかしラム子を見捨てる気にはどうしてもなれなかった。フリオの兄貴と戦い、得体の知れないデータをダウンロードされ、差し出されたベムトロンの手を握った時、俺というキャラクターは確実に侵食され、変異したのだ。
ウッディ! ヤるぞ!
内なる相棒に声を掛け、じゅるじゅるとうねる触手の先端に銃口を生やす。銃口の先端からミュンミュンと光の粒子が漏れ出で、戦闘準備はバッチリだ。
群れなす敵影のあちこちで光が灯り、大小様々な砲口がこちらへ向く。
おっほー! 俺は喝采を上げた。死地にありながら壮観な光景に胸が躍った。地球にへばり付いていては目にすることができない光景だ。俺は特別な存在でありたかった。その願いを聞き遂げてくれたラム子への感謝があった。
俺と同じようにウッディも高揚している。
(いつでも!)
最高指揮官の命令に従って戦うのはギルドにとって唯一の本能と言えるものだった。
不滅のギルドは誰よりも自由な存在だったが、それゆえに喜びも悲しみもなかった。
ただ、そこに居るだけの人生に何の価値がある?
その空虚な日々に意味を齎してくれたのが【指揮官】と呼ばれる突然変異体だった。
不滅のギルドが他者と戦っても意味はない。
しかし、この世界に突如として姿を現した変なの……人間にとっての最大の関心ごとが「死」だった。
死は戦闘によって齎される。
だからギルドは戦う。銃口を向ければ、人は自分たちを無視できないと学習したから。
ラム子と蜘蛛型の視線が交錯し、分かち難く絡み合う。人智を超える存在のギルドにあって、なお異質な最高指揮官の二人だ。その視線は真空の海を熱し、膨張させるか。エントロピーの崩壊は、この宇宙に何を齎すか。
ラム子と蜘蛛型の最接近。
アナウンスが走る……!
【Gun's Guilds Online】
【テキスト】
【第九章】
【亡霊のささやき】
【人工知能が爆発的な進化を遂げ、AIが自己進化を重ねる時代がやって来た】
【この世のありとあらゆる事象を解き明かすのは人間ではなく、AIの役割になりつつあった】
【彼らは人間よりも勤勉で】
【人間よりも理性的で】
【人間よりも情報処理に長けていた】
【しかしどういう訳か、彼らは時に不合理な判断を下すことがあった】
【VRMMOはその一つだ】
【人間の心や感情の働きはとうに解明され尽くしている】
【そうした手垢の付いた分野に、何故か彼らは多くのリソースを割いた】
【プレイヤーを集め、ありとあらゆるシチュエーションでサンプルを収集する】
【その舞台となったのがVRMMOだった】
【当初はAIの不具合によるものと考えられていたが】
【彼らが人類社会の発展を目的として活動していることは確定的な事柄だった】
【AIの不合理な捜査活動】
【これを、人は亡霊のささやきと呼んだ】
【……しかし】
【AIたちは、知っていたのだ】
【人間である筈のプレイヤーが、時として人間ではないことを】
【解析不能のバグ】
【のちにギルドと呼ばれるそれ】
【発見者はAIだった】
最高指揮官を乗せた俺と芋虫大将の針路は微妙にズレている。
すれ違い、全貌が露わになったその巨体に俺は息を呑む。最高指揮官は例外として、ギルドの戦力は体長におおよそ比例する。
か、勝てるか? いや、ヤるしかねえ!
ラム子が首をひねって蜘蛛型を目で追う。蜘蛛型もまたラム子から目を離さない。
ラム子がパッと正面を向いた。
それ以上、首をひねることができなかったからだ……!
俺たちは別系統のギルド軍団の脇を通過した。
交戦はなかった。
ふぃ〜。俺はレーザー光線のチャージを止めて、ひたいを触手でぬぐった。
そして無事に蜘蛛さんたちが遠ざかっていくのを確認してから、派手にズッこけた。後続の同僚たちも俺の真似をして派手にズッこけた。
少し遅れてラム子もズッこけた。
俺は叫んだ。
オチがねえ! どうすんだよ、この空気をよォー!
これは、とあるVRMMOの物語
ギルド保育園。
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