秘密のカンケイ
1.スピンドック平原-【目抜き梟】クランハウス手前
ツヅラのためにがんばったコタタマくんを褒め称える会の準備が出来たと聞いて急行すると、おめかししたモッニカ女史がニコッと微笑んだ。
「お待ちしておりましたわ」
……どういうことだ?
様子がおかしい。他のアイドル気取りも着飾ってはいるが、明らかにモッニカ女史のほうが衣装の格が高い。
俺は、もっと、こう、アイドル気取りに囲まれて「コタタマくんスゴーイ!」とかそんな感じの催しを期待していたのだ。さすがにアイドル志望の連中が男と密会するのはマズいだろうと気を遣って俺はバンシーモードで出動してきた。女の姿なら多少お触りしたり楽しくお喋りしながら一緒に飲み食いしても問題はないハズだ。
しかしモッニカ女史の意見は異なるようだ。
「私がこの城のあるじですわ」
……あるじはリリララだろ。
くそっ、この女……! 俺をハメやがったな! 酒、肉、女、全てを用意しろと俺は確かに言った。言ったが、クランメンバー総出で俺を接待しろとまでは言わなかった。
黙っていてもそうなるだろうという甘えがあった。何故? そうか。俺はツヅラ救出に尽力したことを知られたくなかったのか。だから話を蒸し返されない内にさっさと畳もうとした。だから酒池肉林パーティーを提案しておきながら細部の詰めを怠った。そういう理屈だったのか。
……これは俺のミスだな。見ろよ。モッニカ女史が弱みを握られて脅されて気丈にも自分を犠牲にしようとしている可哀想な女みたいになってるぞ。モッニカ女史は【目抜き梟】の総合プロデューサーみたいな立ち位置にいるので、自らステージに立つことはない。大方そんな自分なら俺に何をされても大丈夫とか何とか言ってアイドル気取りどもを説得したのだろう。リリララも納得したハズだ。あの天然娘は俺という人間がよく分かっている。
なのにモッニカ女史は俺を誤解しているようで、冷静に振る舞おうとはしているが顔は赤いし俺の顔を直視できずに居る。
俺はふりふりとかぶりを振ってお手上げだとばかりに両手を上げた。
分ーった。分ーったよ。俺の負けだ。乱交パーティーは諦めよう。だが、お前らがそういう魂胆なら俺にも考えがあるぜ。
俺はもじもじしているモッニカ女史の手をガッと掴んだ。やや面白がっている感じのアイドル気取りどもに向けて一方的に宣言する。
メシと酒は用意してんのか!? してるんだろうな! そいつはオメェーらが好きにしろ! モッニカは貰ってく! 俺の接待役なんだから文句はねぇな!? 里のほうに居っから何かあったら言え! 日が暮れるまでには帰すからよぅ! じゃあな!
俺はアイドル気取りどもが何か言う前にモッニカ女史の手を引っ張ってさっさと歩き出した。
思ったのとは違ったが、こうなったらモッニカ女史とデートして楽しむのが一番だ。
モッニカ女史がクランメンバーと引き離されるのを不安に感じたらしく、動揺して俺に尋ねてくる。
「あの、どちらへ……?」
俺は歩きながら振り返って彼女を見つめた。
改めて見るとお姫様のような格好だ。裾の長いドレスとハイヒール。花飾りを髪に付けていて、下品にならない程度にアクセサリーを身に付けている。
こりゃあ案外、悲壮な決意で居たのはモッニカ女史だけってパターンかもな。俺は悪質なセクハラ魔という評判で知られちゃいるが、嫌がる女に無理強いはしない。特別な所有権を突破するために点数稼ぎしている段階だからだ。
無論、モッニカ女史に関しても同様だ。
俺はニカッと笑ってお楽しみを後回しにする旨を述べた。
まぁ付いてくりゃ分かるさ。
2.人間の里-居酒屋【火の車】
馴染みの居酒屋にお姫様を連れ込むと、昼間から飲んだくれているゴミどもが「おん?」と目を丸くした。
「崖っぷち〜とうとうヤッちまったかぁ?」
「誘拐はマズいだろ〜」
「どこの新婦さんだよ〜」
オメェーらの目は節穴か。よく見ろ。モッニカだ。ツヅラを助けた礼がしたいって言うから奢って貰うんだよ〜。
俺はモッニカ女史と一緒にカウンター席に座った。
モッニカ女史はきょろきょろと店内を物珍しそうに見ている。
こういうトコは普段あんまり来ないのかぁ?
「ええ。そうですわね。あまり……」
あまりと言うか初めてなのだろう。メニューを見ようとすらしない。自分の手でメニューを取って開いて見るという習慣がないのだ。
俺は酒飲むけどお前はどうする?
「私、お酒はあまり……」
そう言わず、ちょっと付き合えよ。
……アルコールの力で特別な所有権を突破できないことはとうに実証済みだが、軽いお触りくらいなら許してくれるかもしれない。
そうした下心もあって俺は彼女の分もテキトーに見繕ってマスターに注文した。無愛想に返事をしたマスターが厨房に引っ込む。
場違いな客に面食らっていたゴミどもが初々しい様子のモッニカ女史に絡みたくて仕方ないという顔でこちらを見ている。俺は内心ほくそ笑んだ。
理解できたようだナ? 俺はお前らとはステージが違うんだよ。羨ましいか? 憎いだろう。その目だ。その目をもっと俺に向けろ……!
場末の飲み屋にあって、なおモッニカの気品は損なわれることがない。背筋を伸ばして椅子に腰掛け、手はひざの上に置いている。育ちが違う。見るからに上流階級の女だ。
居酒屋とは生涯縁のなさそうな女を侍らして、俺はとても良い気分だ。これがやりたかった。
俺は酒飲みの先輩としてモッニカにレクチャーしてやることにした。
そういえば【目抜き梟】パーティーでもお前が飲んでるのは見たことないな。でも酒ってのは人間が人生を楽しくするために発展させてきたもんだからな。お前とは色々とあったが……これも何かの縁だ。いい機会だから俺が酒の楽しみ方を教えてやるよ。
俺は持てる知識を総動員して先輩風をギュンギュン吹かした。
3.一時間後
だがモッニカは酒豪であった。
「なんだか楽しくなってきましたわ」
……もる?
カウンターに突っ伏していた俺は、モッニカの声に顔を上げた。酒宴デビューの若葉マーク女に負けてはいられないとジョッキに手を伸ばすが、狙いが定まらずに手が宙を泳ぐ。
知らないゴミが居ても立っても居られずに席を立って俺の腕をガッと掴む。
「やめろ、崖っぷち……! それ以上は……。お前はよく闘った。ドクターストップだ」
やめろ。さわんな。お、俺はまだ闘える……。眠いんだ。ただそれだけなんだよ。昨日も……へへっ、ウチの子たちが寝かしてくれなくてよ。少しばかり寝不足なのさ。そうさ、俺は酔っちゃいない……。
俺はソースの容器をガッと掴み、手元に引き寄せてから、それが飲み物ではないことに気が付いて、そっと戻した。
まだイケる。俺は理性的だ。今日の俺は調子がいい。以前の俺よりも酒に強くなったような気がする。ギルド堕ちの影響かもしれない。
モッニカは度数の高い酒をパカパカ飲んでいる。
「コタタマさん」
……んあ? 呼んだか? 耳鳴りが……。
「はい。私、あなたには本当に感謝しています。ですから、少しくらいでしたら、その……」
そう言ってモッニカは俺の手を握ってきた。
「わ、私が大切にしているものを、守ろうとしてくれて、嬉しかった……」
だが、俺の酒飲みとしてのプライドはズタズタだ。こんな、ザルのような女が居るのか……。
見れば、モッニカの顔を赤く、潤んだ瞳が何かを要求するように俺をじっと見つめている。
その瞳に俺は勇気付けられた。
そうだ。どんなにザルだって水みたいにパカパカ酒を飲んで酔いが回らないなんてことはない。
俺は深呼吸をして身体の隅々にまで意識を巡らすと、知らないゴミの制止を振り切ってガッとジョッキを掴んだ。
思いも寄らぬ素質を持っていた好敵手のモッニカを横目で見てクールに言う。
俺とお前は頑固者同士。弱みを見せたら負けだと思ってる。だったら賭けをしないか? この酒を飲み干したらお前は俺の女になる。どうだ?
「だ、ダメですよ、そんなの……」
決まりだ。
俺はお猪口一杯分のビールが残っているジョッキを口元に寄せてグッと煽った。
どうだ……!
空になったジョッキをダンッとカウンターに置くと、達成感にまぶたがストーンと落ちた。椅子ごとひっくり返りそうになった俺をモッニカが慌てて抱きとめてくれた。何がどうなっているのか分からないけど、頬に伝わる彼女の胸の鼓動が心地良かった。押し寄せてくる睡魔に抗う気力が散っていく。
「もう……」
ひどく近くで聞こえたモッニカの声が、ゴミどもの喧騒に紛れて聞こえなくなる。
「倒れた! ポチョさんを呼べー!」
「モッニカ! 逃げろ! お前じゃポチョさんには……!」
「意識はあるか!? おい! 崖っぷち!」
すやぁ……。俺は寝た。
4.クランハウス-マイルーム
目を覚ますと、俺は自分の部屋に居た。
頭が痛ぇ。二日酔いだな。
おや、ポチョ。看病しててくれたのか?
ベッド脇に座っているポチョはウンと頷いた。
モッニカは? ついさっきまで一緒に飲んでたんだが。
「コタタマをここまで運ぶの手伝ってくれたよ。一緒に看病してたんだけど、コタタマが起きる前に帰っちゃった」
そうか。面倒掛けたな。まぁこれで貸し借りナシってことにしよう。
……まだ頭がくらくらするな。死に戻りして酔いを覚ますか……。
俺はチラッとポチョを見た。自害するのは容易いが、せっかくならポチョの手で俺の息の根を止めて貰ったほうが好感度を稼げて一石二鳥だなと思ったのである。
俺の意図を察したか、ポチョはさっと顔を赤くした。
「……ダメ。そういうのは、もっとお互いにちゃんとしてから……」
今更何を言ってるんだ。俺をおかしくしたのはお前なんだぜ? ちょっとくらい、いいじゃねーか。バレやしないさ。
ポチョとの間でそういうことはめっきり減ってしまった。スズキや赤カブトとは内緒でこっそりしていたりするので、その後ろめたさもあって俺はポチョに共犯関係になるよう迫る。
二日酔いを治すために仕方なく、だよ。体調は常に万全にしておきたいからな……。お前がどうしても嫌だと言うなら自害するが……。
「イヤじゃないよ! でもぉ……」
……俺は殺されたい訳ではない。殺されたくはないが、俺と最も親しい女キャラはやはりウチの子たちなのだ。特別な所有権を抜きにしてもコイツらに嫌われたら俺は精神的に立ち直れないだろう。
だから、きっと、俺はウチの子たちに殺されることで、心のどこかではホッとしていた。それは俺への執着心の表れでもあるからだ。
ポチョが俺を殺さなくなって、俺は不安を感じていた。俺の知らないところで俺以外の男を殺してるんじゃないか。そいつは俺よりもテクニシャンで、俺よりもイイ声で鳴くんじゃないか。そんなことを考えると夜も眠れない。
俺は搦め手で攻めるのをやめた。強い独占欲をポチョに対して抱いていることをアピールする。
なぁ、ポチョ。俺は不安なんだよ。お前が俺以外の男を殺してるんじゃないかと思うと気が狂いそうになる。
「殺してないよ。私はコタタマだけ……」
でも俺のことを殺してないじゃないか。前はあんなに激しく……。だったら俺が不安になるのは当たり前だと思わないか? 他の男のことなんて忘れさせてくれよ。いいだろ?
長い沈黙を挟み、ポチョはコクリと頷いた。
「……い、一回だけだよ?」
言葉ではそう言いつつも、一度火がついたポチョは一度や二度では止まらなかった。
防音設備が整った工房に俺を連れ込むや、俺を押し倒して何度も激しく俺を責め立てる。
スズキや赤カブトは俺が死なないようじわじわとなぶり殺しにしてくるのだが、ヒーラーを兼ねるポチョのそれは彼女たちとはまた違った趣きがある。女によって殺し方は様々で、その個性の違いが単調になりかねない行為に彩りを与えてくれる。
俺に馬乗りになって髪を振り乱していたポチョが、やがてデスペナで使い物にならなくなった俺に添い寝して、身体を擦り寄せてくる。工房の床は冷んやりとしていて硬く、俺は彼女の身体を抱き寄せて冷やさないようにした。
俺の血と肉が散乱した工房に、ポチョのうっとりとした声が響く。
「NAiが見てるのに、こんな……。今日はトクベツ。ホントはダメなんだからね?」
どうかな。案外、今頃はマレに殺されてるかもしれないぜ。俺と同じようにな。
俺はポチョの髪を撫でながら冗談めかしてそう言った。
これは、とあるVRMMOの物語
マレはそんなことしない。お前と一緒にするな。
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