リリララの戦い
リリララとサトゥ氏はライバル関係にあるクランのマスターでありながら、これまで直接対決することがなかった。
それは、たまたま偶然そうなったというよりも互いに衝突を避けていたと見たほうが自然だ。
サトゥ氏はアイドル気取りのファンを敵に回したくなかったろうし、リリララはそもそも好戦的なプレイヤーではない。
その二人が示し合わせたように砂漠で落ち合い、明確な戦意を以って対峙した。
俺がロリコンだったならこんなことにはならなかったという謎だけを残して。
イヤもう本当にどういうことなんだよ?
俺は関係なくない?
1.パピコ砂漠
サトゥ氏がドーピングをキメた。そうまでしなくては勝てないと見てのことか? あるいは、どう転んでも短期決戦になると見越している。思えば、近接職と魔法使いの決闘は珍しい。当たれば死ぬ攻撃魔法と未来視に近いことができるアビリティの凶悪なコンボにサトゥ氏はどう出るか。
ポーションは魔物の血を特別な製法で抽出したものだ。以前はティナン成分を配合して調整していたのだが、ティナン狂いの天使サマの監視が厳しくなった今ではティナンの唾液や頭髪を採取するのは難しい。よってティナンの残り湯を使用している。ティナンの出汁という訳だ。
魔物の血を注入された種族人間は一種の拒絶反応を引き起こす。五感が冴え渡り、反応速度が上がったように見えるのは、風邪をひいた時に熱が出るのと似たような症状だ。つまり暴走状態に近い。
要は毒物なので、ポーションを打った人間は一時間も保たずに神経が焼き切れて死ぬ。レベルが高ければもう少し長生きできるだろう。
サトゥ氏が打ったハイポーションは、ポーションを精製し純度を高めたもの。コストは悪いし微調整もしにくいが、ポーションを10本持ち歩くよりはハイポーションを2本持ち歩いたほうが荷物が減る。またアンパンくんによれば魔物のゲロのようなものなので、何をどうしようがクソ不味く、とても飲めたものではないとのこと。
ゲロのようなものを静脈注射したサトゥ氏が、ハァーと熱い吐息を漏らした。
「最高の気分だ」
リリララが杖を下段に構える。その構えは先生のそれを思わせた。β組の縁で先生から杖術の手解きを受けたことがあるのかもしれない。
サトゥ氏の職業は戦士。リリララは四次職のシーカーだ。使い魔と召喚獣の両方を同時に使役できる。リリララは召喚獣を連れていないが、テイマー系の上位職は謎の発光物体を召喚できる。
片手を差し出したリリララの手の甲に死出の門が咲き、謎の発光物体が這い出る。
あれがリリララのカレシ。マーブル模様のイカしたやつだ。屈折率の違いによるものか、ダイヤモンドのような輝きを放っている。
マーブル模様がビッと怪光線を放ってリリララと接続した。リリララの唇がわななき、普段の彼女とは明らかに異なる調子の声が漏れ出る。
「ほう……。多少はマシな乗り物だ。リリララ、お前では荷が勝つのではないか?」
「手伝って。あとで角砂糖あげる」
会話してるぅ……。
誇り高きマーブル模様さんがリリララの提案を鼻で笑う。
「ふっ……。安く見積もられたものだな? 傀儡ごときがあまり調子に乗るなよ……。が、いいだろう。ただし二つだ」
交渉が成立した。
のたのたとリリララの腕を這い上がったマーブル模様さんがリリララの首元を経由して背中にしがみ付く。リリララの唇をぱくぱくと上下させて言った。
「サトゥだったな。お前の適合率はなかなかのものだが、この私に及ぶべくもない」
……カレシによるオート戦闘は経験の蓄積によるもので、本人の実力を上回ることはない。が、そうではないと言うのか?
サトゥ氏はハァハァと息を荒げて興奮していた。ハイポーションによる変調もあるのだろうが、リリララの肢体を見つめる目がギンギンに血走っていて通報モノだった。
「も、もういいかぁい? 準備はできたかぁい? 堪んねえ。我慢できねえよぉ……」
絞り出すように告げた言葉は完全に変質者のそれだ。
びくんと一度痙攣した変質者が意思の力で?ハイポーションによる変調?をねじ伏せた。途端に凪いだ声で言う。
「……始めよう」
そう言ったサトゥ氏が片手に剣をぶら下げて無造作に歩み寄る。
両者の距離は歩数にして十五前後。スラリーによる加速を計算に入れたなら、十を切れば攻撃魔法の射程圏内と見ていい。
イベント当日ということもあり、多くのプレイヤーが足を止めて二人の決闘をベガ立ちで見守っている。中にはドヤ顔で解説を口から垂れ流しているゴミも居た。
「十歩の距離。そこから先は危険域だぜ」
なんなら俺よりも説明が上手だった。
「リリララの先読みをどう制するか」
「お手並み拝見……ってトコだな」
知らないゴミどもがうるさい。もっと小声で喋れ。チラチラと俺を見るな。俺の顔面偏差値をチェックしてどうしようってんだ。俺の胸を見て悲しそうな顔をするんじゃない。バンシーモードはスズキベースなんだよ。ウチのちんちくりんに失礼だろ!
俺は心の中でウチのちんちくりん一号を擁護した。スズキは決して大きいほうではない。大きいほうではないが、優しいおっぱいをしている。そもそも俺は貧乳という表現が気に入らない。貧しいって何だよ。暴力的なおっぱいの対義語は平和的なおっぱいだろ。優しいんだ、あいつは。
暴力的なおっぱいが服越しにハッキリと分かるほど揺れる。リリララが動いた。使い魔には頼らない。種族人間を相手に攻撃魔法の段階を引き上げても無駄だからだ。オーバーキルでしかない。
リリララの【全身強打】。ここぞという場面での無詠唱。やはりβ組はモノが違う。しかしそれはサトゥ氏とて同じこと。ギャンと人間サイズの五面ボスを出して自分の身体を引き上げた。破滅の光を遣り過ごすゥ。んんんんんんんっ? スタンドバトルをおっぱじめやがったぞオイ! スラリーの変形だろうってのはなんとなく分かるが!? そもそも分身で本体を引き上げるのは無理だろ!? 段階解放? イヤ違う。そうか。本体はスタンドのほうだ。引き上げたように見えたのは演技……!
リリララが前に出る。魔法職が自ら前へ? サトゥ氏は後退。近接職と魔法使いの立場があべこべだ。サトゥ氏が被っていた五面ボスの映像が剥がれ落ちた。リリララは正確にサトゥ氏本体を追っている。精彩予測のアビリティは健在だ。
リリララが追い、サトゥ氏が下がる。俺の理解を上回った展開に、知らないゴミがハッとして言う。
「引き分け狙いか……!」
なるほどな!? 俺は納得した。
いかにサトゥ氏が超人的なゴキブリであろうとも、至近距離からの【重撃連打】は避けようがない。サトゥ氏とリリララが何を賭けて争っているのかは知らんが、公式イベント開始の時刻が迫っている。勝敗をうやむやにしてしまえばスキルくれよお化けのサトゥ氏は時間を惜しむ。
リリララの追撃。【四ツ落下】だ。当たり前のように無詠唱を二連続。生贄を使った。集中力の問題か? ぶちゅっと潰れた知らないゴミを頂点に三角錐のリングが形成される。しかしたまたま空を飛んでいるゴミが居なかったため高さが足りない。あれではサトゥ氏には通用しない。だが、どういう訳かサトゥ氏はギクリとして動きを止めた。
サトゥ氏とリリララの苦悶の声が交差する。
「ぐっ……!」
「ウゥっ!」
知らないゴミどもがどよめいた。俺も目を見張る。時間差で五人目の生贄を……!?
発動直前で対象を切り替えてリングを変形したのか!?
そんなことができるなんて話は聞いたことがない。しかしサトゥ氏は直前でリリララの作戦を悟って回避行動を止めた。もしも避けようとしていたら今頃は【四ツ落下】の餌食だ。信じられない。どういう頭をしていれば今のを読める? 疑う要素があったとすれば……空を飛んでいるゴミが居なかったのに【四ツ落下】を選択したこと、か?
だが、サトゥ氏にしても確信と呼べるほどのものはなかったのだろう。大きな被弾は免れたものの、片腕を超重力に持って行かれた。大きく体勢を崩したサトゥ氏をリリララが杖で殴る。今の場面、【重撃連打】を撃てば決まっていた。そうしなかったのは、できなかったからだ。
「うあっ、ふうう……!」
無茶な魔法の使い方が祟ったか? リリララの口からイヤにエロい声が漏れる。【重撃連打】を撃てない。プランが崩壊し、近接職との殴り合いを選んだ魔法職という構図だけが残る。
サトゥ氏が殴り合いに応じた。剣は腕ごと持って行かれてる。残像の尾を引いてリリララの顔面に迫る拳がぴたりと止まった。猛速度で放たれた拳圧がリリララの長い髪をなびかせる。
でも俺は止まれなかった。女の顔面を殴るヤツは最低のクズだーっ! リリララに勝機はないと悟った瞬間には駆け出していた。サトゥ氏が武士の情けとばかりに拳を止めた瞬間もバッチリ目撃したし止まろうと思えば止まれたが、どうせ悪いのはサトゥ氏なんだから止まる理由がなかった。サトゥ氏の顔面を力一杯ブン殴る。そして知らないゴミも止まれなかった。地べたに転がったサトゥ氏の腹を全力で蹴り上げる。雄叫びを上げて突っ込んできたゴミどもがサトゥ氏をボコボコにした。
……リリララは泣いていた。地べたにぺたりと尻もちを付いて大粒の涙をぽろぽろと零す。
「うっ、うええ、うえええええええん」
ヒートアップしたゴミどもは大乱闘をおっぱじめた。サトゥ氏そっちのけで誰彼構わずブン殴り、流れるように刃傷沙汰へと発展して本格的な殺し合いへと雪崩れ込んでいく。
サトゥ氏を一発ブン殴って気が晴れた俺は素早くリリララに駆け寄って慰める。
でかした! お前の勝ちでいいだろもう!
しかしリリララは自分の負けだと思っているらしい。俺にひしっと抱きついて嗚咽を漏らす。
「バンシーちゃんっ! ツヅラちゃんを助けてええええええええ」
……あ?
その言葉の意味を理解するよりも早く、俺はゾッと総毛立った。怖気が背筋を走り、途轍もなく嫌な予感がした。
イベントが始まる。パピコ討伐戦開始のサイレンが鳴る。パピコは俺たちに段階解放を一度たりとて見せていない。やってみなければ分からない。しかし眷属の処理はどうするつもりなのかという疑問はあった。
地中にプレイヤーを引きずり込んで食い殺すパピコの眷属は……。
【巫蟲呪画】を使えば一掃できる。
【巫蟲呪画】はバッドステータスを転写するスキルだ。
ツヅラは。
【巫蟲呪画】の効力を最大限に引き出すために肉体改造された呪骸の娘だ。
プクリの討伐を成し遂げたサーバーのプレイヤーを連れてくれば、発動できる。
俺はツヅラにささやきを飛ばした。
『ツヅラ。今どこにいる?』
……返事はなかった。
アナウンスが走る。
【冒険者たちがパピコ砂漠を強襲しました】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:11.79.89…88…87……】
【目標……】
【公爵】【Reaper-Corpus】【Level-2608】
俺は完全変身した。
エンフレ特有のよく通る声で、この広い砂漠のどこかに居るハズの迷子のお知らせをする。
ツヅラー。どこだぁい? 【目抜き梟】のツヅラちゃん。ジュニアアイドルのツヅラちゃーん。
大量の土砂を巻き上げてミミズの化け物が地表に飛び出してきた。いやぁ……俺が探してるのはお前じゃないんだよね。
パピコが長い胴をくねらせて咆哮を上げる。
Voooooooooooooooooooooo
俺はバチッとまぶたを閉ざした。
パピコの周囲でチカッと光が瞬く。
その光はまぶたを閉ざしていても俺の脳にハッキリと焼き付き、アッと思った次の瞬間には俺の身体が輪切りになっていた。
俺の機体がボロボロと崩れ、意識が途切れていく。
くっ、そがァ!
俺は最後の力を振り絞ってレーザー光線を地表へと向けて乱射した。
ツヅラに当たっていることを願って。
今際のきわに、ふと思う。
ああ……そういえば、元々……そのために、ツヅラを……中国から、連れてきたんだっけな……。
ピンクさんにビビビッと再出力されるなり、俺は誰にでもなくボソッと呟いた。
「でも、そんなの関係ねえ」
服をめくって腹を見る。
……ミミズ腫れが出来てやがる。
第一段階でコレか。マズいぞ。パピコのスキルは……知れば知るほどダメージが深刻なものになる。
プレイヤーの精神を侵食するスキルだ。
ロストしても記憶を保ち続ける俺に効く。
今度はそう来ましたかって感じだな。
けどよ……。
へへっ、別にどってことねーよ。
待ってろよ、ツヅラ。今行く。
でも助ける必要あるかなぁ?
痛覚カットされてるし別に苦しいとかないんだよね……。
まぁいいや。
ツヅラよ。お前は俺のモンだ。サトゥ氏なんぞに利用されやがって。今にロリキャラを連れてってペロペロさせてやる。
俺はウチの丸太小屋を飛び出した。いや、待て。死んだほうが早い。
俺は頭を取り外した。首の断面から黒い金属片がボロボロと落ちる。
……便利な身体になっちまったモンだな。
感慨を胸に俺はデスルーラした。
一路、パピコ砂漠へ。
これは、とあるVRMMOの物語
えっ。ョ%レ氏のことはもういいの?
ふ〜ん……。まぁ好きって色々あるかんね。あんたがョ%レ氏に向けてた気持ちはさぁ……なんていうか、ねっとりしてなかった。恋愛ってさ、もっとねっとりしたもんだよ。ドロドロしてる。ていうか、あんたら親子みたいなモンじゃん。泣くなって。女は恋を知って強くなるんだ。……ええ、受け売りですけど何か問題でも? 私、天使なので。
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