パンダデート
1.山岳都市ニャンダム
今日はシルシルりんと山岳都市デート。
俺はマメな男なので、好感度が一定以上に達していると見なした女キャラとはささやきで連絡を取り合っている。
なお、シルシルりんはもう俺がロストしても気にならなくなっている。度重なる俺のロストに加え、他のゴミどもが悲壮感を出すだけ出してロストしておいてその日のうちにケロッとした顔で戻ってくるからだ。
記憶再建術の確立により今やロストによる記憶喪失はナンパテクの一つに成り下がっていた。しかも単なる情弱の所業なので技巧感が低く、街中で見掛けても古臭いことやってんなぁ程度の感想しか出てこない。
周りが全員そんな感じなので、シルシルりんは俺がロストしたことを気にする自分が変なのかと思うようになったらしい。ロストしてもシルシルりんに叱られないのは物足りないものを感じるが、シルシルりんにも俺とは別にフレンドが居るからな。そいつらの影響を受けるのは仕方ない。悪いのはスナック感覚でホイホイとロストするゴミどもだ。シルシルりんの怒った顔はとても可愛いのに。
ともあれ山岳都市デートである。
シルシルりんとデートをしているといつも邪魔が入るので、俺は一計を案じた。
名付けてパンダさんドライブ計画。
整形チケットを使って五歳児に化けた俺とシルシルりんをパンダさんに運んで貰って俺たちはデートに集中するという計画だ。
俺とシルシルりんを背に乗せたリュウリュウがのしのしと山岳都市の大通りを歩いていく。
いくらリュウリュウがデカくても大人を二人おぶって運び、かつ不測の事態に対処しろとは言えない。幼児化したシルシルりんが特徴的な水色の髪をいじりながらチラッと俺を見てくる。
「なんか遊園地みたい……。楽しい、かも」
でしょ? 小さくなったシルシルりんも可愛いよ。
……シルシルりんの慎ましいおっぱいがぺったんこになってしまったのは残念だが、大切なのは好感度を上げること。そうすればいつかは特別な所有権を突破できるかもしれない。俺はプラトニックラブなどというまやかしには騙されない。物事の本質に辿り着くためには生物が生まれながらに備える本能から目を背けてはならないというのが俺の持論。
あわよくば今回のデートでキメるぜ。いざという時のために整形チケットは二枚用意してある。デートとはベッドへと至る旅であり、俺の本当の冒険はそこから始まる。俺はまだスタートラインにすら立っちゃいない。
シルシルりんとイチャイチャしていると、リュウリュウがぼそりとこう呟いた。
「居るな。刺客だ」
……分かるのか?
それとなく俺も周囲に目を配るが、それらしき人影は見えない。道行くゴミどもに不審な点は見当たらなかった。
リュウリュウがコクリと頷く。
「なんとなく、だ。無理に言語化するならば……どんなにうまく周囲に溶け込もうとも仕事をこなそうという意思があれば不利な立場に身を置くことを避ける、といったところか。さて、この人ごみの中でどんな仕事をしようと言うのやら。不自然極まりないな。ポチョさんのほうがよほどうまくやる」
リュウリュウのポチョりん評がヤバい。俺の可愛いポチョ子は俺が見てないところで一体何をやってるのだろうか……?
詳細を知ると怖くなりそうなので、俺はポチョさん無双伝説を記憶の底に沈めた。
しかし刺客ね。どうせ俺の客なんだろうが、こんなにも可愛い俺を襲おうとするとは。ゴミどものモラルは低下の一途を辿ってるな。嘆かわしい。
リュウリュウがぴたりと立ち止まり、俺とシルシルりんを振り落とさないように注意しながら肩に通したタイヤを滑らせて前腕部に引っ掛ける。
「一人出たがりが居る。俺に興味があるようだ……。この場で潰す」
リュウリュウは俺の可愛い後輩だ。そのリュウリュウがやれると判断したなら俺は口出しするつもりはない。シルシルりんとイチャイチャしてよう。
俺はシルシルりんの小さな手をきゅっと握った。
シルシルりん、吊り橋効果って知ってる? 図らずも俺たちはそういう状況に身を置くことになりそうだ。どんな感じなのかな……。俺は普段からキミにドキドキしてるけど。
「わ、私もドキドキしてます……」
俺たちがイチャイチャしていると、一人の知らないゴミがリュウリュウの行く手を遮るように立つ。
往来で立ち止まった両者を道行くプレイヤーたちが迷惑そうに見て通り過ぎていく。
「人前で年端も行かない子供を殺すのか」
リュウリュウの忠告。
知らないゴミが鼻で笑う。
「ハッ、読み違えたな。前菜くらいになればいいが」
知らないゴミが双剣を引き抜いて迫る。
……読み違えたとは?
知らないゴミがベロリと舌舐めずりを一つ。チラリと俺を見て吠えた。
「クソ生意気そうなツラしやがって……! 堪んねえぜ!」
よく分からんが貞操の危機を感じるぜ。リュウリュウ殺れ!
バッと跳躍した知らないゴミが交差した両腕を一閃した。リュウリュウが巨躯を屈めて知らないゴミの足元を潜る。立ち位置を入れ替えて対峙した。リュウリュウの足元に白と黒のツートンカラーの毛がパラパラと落ちる。
リュウリュウがフッと苦笑らしきものを漏らした。太い犬歯を獰猛に剥いて言う。
「先輩。どうやら俺はこういうのが好きみたいだ」
言下にリュウリュウの全身を稲妻が迸る。
アナウンスが走った。
【Potential-Open(Ability!)】
……覚醒のアビリティ。
知らないゴミが堪らないとばかりに笑った。双剣を逆手に持ち替えると上体を揺すってのそりと猫背になる。
「いいぞ。メインディッシュに昇格してやるよ。崖っぷち、オメェーはデザートってトコだ。くくっ、甘くってよぉ、胸焼けしそうだぜ〜」
俺のデザートはシルシルりんだがね。
知らないゴミが足首を起点にふらふらと上体を揺さぶって前に出る。独特の歩法。嬌声を上げた知らないゴミの身体が二重、三重にブレる。スラリーの分身効果。言うだけのことはあるようだ。
スラリーによる分身は消音効果と残像エフェクトそのものが光源となることから本体を特定することが困難だ。またアメリカサーバーではスラリーを段階解放しており、分身が全て実体であることも加味せねばならない。リアルで渡米すればアメリカサーバーの所属になることも可能だからだ。国籍は重要ではない。地球の国境など宇宙人にとって知ったことではない。
三者三様の動きを見せて襲い掛かってくる知らないゴミにリュウリュウがタイヤを上に放り投げる。その行動がどんな意味を持っていたのか俺には分からない。分からないが、しかしリュウリュウは本体を特定しているようだった。ある一定以上の領域に達したプレイヤーにはこれがある。先頭集団をひた走ることでしか見ることのできない景色というものがある。凡人に埋没してしまっては周囲の人間が邪魔で見えない景色だ。
大きく踏み込んだリュウリュウの拳が知らないゴミの顔面に刺さる。リュウリュウは止まらない。火を噴くような連打が残像の尾を引き、カカシのように立ち尽くす知らないゴミの骨を砕き肉を潰した。うわ言を漏らしながらずるりと膝から崩れ落ちる知らないゴミに、上体を屈めたリュウリュウが渾身の頭突きを叩き込む。
血溜まりに沈んだ知らないゴミが絶命した。
ルート権を得たリュウリュウがボロンとドロップした双剣の片割れを手にする。ブンと一度素振りし、ポイと放り捨てる。
「子供のおもちゃだ」
そう吐き捨てるように言って地べたに転がるタイヤを回収した。のしのしと歩いていく。
俺とシルシルりんはリュウリュウにドキドキしている。
「こ、殺したんですか……?」
シルシルりんがそう問えば、リュウリュウはあっさりとこう答える。
「ああ。殺した」
これはいけない。シルシルりんは愛らしいパンダさんが暴力を振るったことにショックを受けているようだ。リュウリュウは着ぐるみ部隊の一員だから荒事とは無縁のイメージがあったのだろう。
俺は素早くシルシルりんの心のケアを行う。
シルシルりん、リュウリュウは俺を守ってくれたんだよ。好きで殺した訳じゃない。俺だって何人も殺してるけど、手にね……嫌な感触が残るんだ……。でも、何かを守ろうとしたら自分の手を汚さなくちゃならない時もあると知ってるから。いざという時、俺は躊躇わない。
俺は嫌な感触とやらを想起しているという設定で手をにぎにぎと開け閉めした。
「いえ、あの、私もそういうゲームということは分かってるので文句は言いませんけど……。ちょっとびっくりしちゃって」
あ、そう?
露店バザー名物の乱闘騒ぎがシルシルりんを強くしたのかもしれない。まぁそこら辺を歩いてるだけで地べたにモツが落ちてるからな。
「リュウリュウさんはお強いんですね。そのタイヤはどういった……?」
「何かと役立つ。俺は武器の心得がない。丈夫であればいい」
シルシルりんはリュウリュウにとても興味があるようだった。
俺は嫉妬した。リュウリュウに釘を刺しておく。
……おい、リュウリュウ。シルシルりんは俺の女だからな? めちゃんこ可愛いからって手出しするなよ?
「もちろん。俺は先輩の女に手出ししない。先輩の恋路を邪魔する輩は俺が退けよう」
この後輩、可愛すぎる。
俺は照れた。
えー? お前、どうしたんだよ? なんか忠実な感じじゃん? 忠臣蔵でも見て影響されちゃった?
「俺は先輩を尊敬している。こういうのは新鮮で楽しい。それだけだ」
愛いやつよ。俺はリュウリュウの頭をナデナデした。
やっぱり人徳かねぇ。俺、とんでもない悪党みたいに言われるけど実は心優しいんだよね。そういうアレ。出ちゃったか、人徳。オーラみたいなのが。分かるヤツには分かるんだよなぁ。
しかし分からないヤツには分からないので新手の刺客に囲まれた。徒党を組んだ知らないゴミがリュウリュウの肩からひょこっと顔を出した俺を見てベロリと舌舐めずりをする。
「崖っぷちを置いてけ〜!」
「子守は大変だろ? 代わってやるよ」
「こうして見っとやっぱコゴローと似てんなぁ」
「おっ、ケッコー可愛いじゃーん」
俺の華奢なカラダを狙って気炎を吐くゴミどもだが、中には腰が引けてるヤツも居た。
「で、でも白龍だぜ……。カートリッジを積んだジョン・スミスとヤり合った化けもんだろ……?」
リュウリュウの前世は、かつて中国サーバーの頂点に君臨した白龍なるプレイヤーだと言われている。
本当のところは分からない。俺は別にどっちでもいいと思っている。
過去がどうあれ、今は俺の可愛い後輩だ。
まぁ実はリアルでタイトルを総ナメしたミス・チャイナの美女だってんならトコトンまで過去を追求するが、その線は薄そうなので見逃してやってる。
リュウリュウは大きく息を吸って、雄叫びを上げた。知らないゴミどもがびくっとする。次の瞬間、リュウリュウはダッと地を蹴って逃げた。巨躯に見合わない機敏さで壁を駆け登ってティナンの家の屋根を飛び越える。ハッとしたゴミどもが慌てて叫ぶ。
「お、追え!」
しかしリュウリュウの逃げ足は早かった。山岳都市のマップも頭に入っているようで、行き止まりは避けるなど逃走ルートも申し分ない。
流血沙汰を回避したリュウリュウにシルシルりんはご満悦だ。
「コタタマりんも見習わなくちゃダメですよ〜。いつも誰かと喧嘩ばっかりして……」
俺はシルシルりんにジト目を向けられて興奮した。
いやぁ、俺じゃ逃げ切れないからなぁ。リュウリュウの真似はできないと思う。
リュウリュウは謙遜した。
「Goatのほうが凄いぞ。俺はこの手の勝負であいつに勝てた試しがない」
俺はパンダさんと羊さんが追いかけっこしている図を想像した。エモい。
先生との追いかけっこで鍛えられたリュウリュウの逃げ足は凄まじく、むしろ追う側になっていた。「探せ! 近くに居るハズだ!」だのと吠えているゴミどもを屋根の上から見下ろす。追う側に回れば追っ手の動きを把握できると言えば簡単に聞こえるかもしれないが、この距離ではゴミどもがほんの少し気まぐれを起こしただけで見つかりかねない。が、リュウリュウはそうならないよう逃走中に布石を撒いていたようだ。
「先輩。部屋の中の失せ物だ。Goatがよく使う手で、あいつらは間違った情報を元に正解を頭から除外している。心理的な死角は生まれるものではなく、自分で作り出してこそ利用できる」
リュウリュウは眼下で慌ただしく駆け回っているゴミどもから視線を切って、はるか頭上を流れる雲をじっと見つめた。ややあって言う。
「……Goatは、他のプレイヤーが間違って覚えていた知識を訂正したことでティナンの信用を得たらしいな」
えっ。
「先輩。Goatはいいヤツだ。だが、理解が及ばない事象に対しては非情な手も打てる。先住民が居るだろうと予測はしていても、ティナンがどういったものなのかは知りようがなかった。だから予め手を打ったのだろう」
なんだって……。
それじゃあ先生は……やっぱり神ってことになるじゃないか。神ィ……。
改めて信仰を深める俺にリュウリュウが続ける。
「レ氏は先輩の命を弄ぶことでGoatの逆鱗に触れた。俺が心配しているのはそのことだ。なまじ頭がキレるだけに何をしでかすか分からん。先輩も気を配ってくれると助かる」
なるほど。
俺個人としては俺が死のうが生きようがどうでもいいが、先生が俺の命を弄んだョ%レ氏に強い怒りを覚えているというならば俺もまた先生の第一使徒としてョ%レ氏を討たねばなるまい。
決戦の時は近い……。
これは、とあるVRMMOの物語
この宗教、ヤバすぎる。
GunS Guilds Online




