崖っぷちの初配信
1.ポポロンの森
よぉーし、揃ったな。
女神像がある地下祭壇の入り口付近に集合した赤カブト、メガロッパ、ハチの三人を順ぐりに見つめて俺はうんうんと頷いた。
待ちに待った収録当日だ。
こうして改めて眺めるとなかなかバランスの取れたトリオなんじゃないか?
ギャルゲーで言うなら明るく元気なAI娘の赤カブトはメインヒロインっぽいけど人気投票で絶対に一位を取れなさそうだし、目隠れキャラのメガロッパは根暗ながらストーリーに定評がありそうで、ギャルのハチは序盤から何かと主人公を手助けしてくれる人気キャラだけど攻略対象じゃないっぽい。どいつもこいつも無口系のロリキャラが居たら負けヒロインになりそうなオーラがありやがるぜ。
俺が第一弾We.TVヒロインシリーズのスリーサイズを比較検証していると、メガロッパが居心地悪そうに身じろぎした。
「……なんか変なこと考えてません?」
俺はニカッと笑った。お前ら、みんな美人だな!
女は褒めておけば間違いない。
俺の率直な感想にメガロッパと赤カブトは照れて、ハチは如才なくリップサービスを返してくる。
「パイセンもカワイイ! 今日は女の子なんスね!」
そう、本日の俺はバンシーモードだ。カメラ回して野郎の画を撮っても何も楽しくねーからな。
そこで本日の企画はー!
俺は本題に入った。先生に一筆したためて貰った横断幕をバッと広げる。
俺がモグラさんに勝てるようお前らに俺を鍛えて貰うー!
メガロッパが口を滑らせた。
「え、無理……」
ハチが珍しく表情を強張らせた。
「……それ一対一でってコト?」
おいおい【敗残兵】。おいおいおいおい国内サーバートップクラン【敗残兵】のお二方。無理ってことはないだろ〜。俺を誰だと思ってる? 俺は光の使徒をビビらせた男だぜ? いや、まぁ分かるよ? 俺もスタッフから企画の概要を聞いた時は正直厳しいんじゃないかと思った。無理だろ〜って思った。完全にオチが見えたなと。なんの前フリだよって思った。けどよぉ、スタッフの連中が言うのよ。あれ?最近コタタマさん身体のキレ良くないスか?みたいなことを。あ〜って俺。気付かれちゃったか〜って。そう、実は最近さ、俺、レベル上げがんばっちゃってるのよ。今の俺のレベル聞きたい? 聞きたい?
俺は赤カブトをちょいちょいと手招きした。
ちょこちょこと寄ってきた赤カブトの耳元でボソッと言う。
今の俺さ……レベル6なんだよね。
「えー!?」
赤カブトはびっくりして目を丸くした。俺の腕にしがみ付いてぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「うそ! ペタさんすごい!」
だるるるるるるぉぉぉぉ!?
俺は調子に乗った。
メガロッパとハチが赤カブトに「え? いくつ?」「教えて教えて」と俺のレベル情報をせがむ。赤カブトが二人にボソボソと耳打ちすると、よく聞こえなかったようで二人は「え?」と聞き返した。赤カブトの耳打ち再び。俺のレベル情報を吟味したメガロッパとハチが「あっ……」と何かを察したような声を上げた。
「や、無理……」
「パイセンすごーい!」
何か俺の気分を害すようなことを言い掛けたメガロッパを遮ってハチが喝采を上げた。
だるるるるるるぉぉぉぉ!?
俺は調子に乗った。
まぁまぁまぁまぁ。そうひと筋縄じゃ行かねーってのは分かってるよ。モグラさんは俺の宿命のライバル。これまで何度煮え湯を呑まされてきたことか。けどよ、困難だからこそ挑むんだ。簡単にお題を達成しちゃったら盛り上がらねーだろ? そういう意味じゃ〜イイ線なんじゃねーか? だからよ、まぁ、その、なんだ……。
俺は照れ臭そうに鼻をこすって言った。
耐久配信ってヤツをやってみようか……なんてな、思うんだよ。
「ヒッ!?」
メガロッパとハチが怯えたような声を上げた。
一方、赤カブトは無邪気そのものだ。不思議そうに首を傾げ、
「たいきゅー配信って?」
ジャムちゃんは可愛いねぇ。耐久配信っていうのはね、目標を達成するまで終わらない番組ってことだよぉ。
俺の可愛いAI娘は嬉しそうに手を叩いた。
「よく分かんないけど、なんか面白そう!」
うんうん。良かったねぇ。
ジャムちゃんがこんなに楽しそうにしているというのに、メガロッパとハチは硬直して怪物を見るような目で俺を見ている。
……あんだよ。
メガロッパがおそるおそる尋ねてくる。
「そ、それは、エンフレはアリなんですよね……?」
あ? ナシに決まってんだろ。さすがにエンフレ出したら眷属の一匹や二匹は倒せるわ。ンなの何が楽しいんだよ。なんなら経験値マイナスだろ。残機減ってレベル上がりにくくなンだから。
メガロッパとハチはとんでもないことに巻き込まれてしまったと言わんばかりにそっと両手を繋いだ。ひどく心細そうな面持ちで俺を見ている。
お前らさ〜。これにはさしもの俺もカチンと来た。俺のこと何だと思ってるの? そりゃレベル6の新規プレイヤーがモグラさんとサシでヤり合うってんなら無謀だよ。やめとけ、アホかって俺も思うよ。でも俺はそこそこ経験積んでるし、よく見える目もある。ズブの素人じゃねーんだ。それに、秘策もあるんだぜ? 俺は彫り師だからな。
そう言って俺は手に持っている斧をチラッと見せた。言う。
筋力補正が付いてる。
俺は秘策の開示を終えた。
さあ、俺を鍛えろ。この俺を一端の戦士に仕立て上げるんだ。お前らならできる。技という技、奥義という奥義を俺に伝授するんだ。何かあるんだろ? 強くなるコツみてーなのがよ。ダイ大で言うところの……空烈斬を使えるようになったらアバンストラッシュが完成するとかそういうヤツだ。期待してるぜ。
俺は斧を逆手に持ってシュバッと素振りした。
やっぱ主人公の未知なる力が目覚めるってのはいいよな〜。ベギラマー!ってよ。
俺はダイ大の影響を受けていた。
2.マールマール鉱山-山中
俺の腕をガッと掴んだモグラさんが俺の身体をブンと回して逆さまになった俺の腰をガッとホールドした。俺の身体を抱えてバッと跳躍する。高い。ひねりが効いてる。
それはまさかのスクリューパイルドライバー!
ブンブンときりもみ回転したモグラさんが全体重を乗せて俺を地表に叩き付ける。
俺は犬神家みたいになって死んだ。
3.作戦会議-クランハウス-居間
ウチの丸太小屋に場所を移すなり、メガロッパが口火を切った。
「まぁ……大体のことは分かりました。コタタマの……現在地と言うか……諸問題が」
そう悪くなかったろ? モグラさんの動きは見えてた。善戦……とまでは行かないが、以前の俺よりはかなり動けたと思う。
赤カブトがうんうんと頷く。
「惜しかったよ!」
「惜しくないよ」
メガロッパがぴしゃりと言った。噛み締めるようにもう一度言う。
「ジャム。あれ全然惜しくないよ。完封負けだよ」
ほー。言うじゃねーか。そのココロは?
「コタタマ。お前は目に頼りすぎです。確かに動体視力は凄いんでしょう。視野も広くて、モンスターを見失うことがない。でも、モンスターは人間よりも鋭敏な感覚を持ってます」
ふむ。そうかもな。で?
「……お前の目は対人戦では有効かもしれません。お前とお前以外では大きな差があるからです。でもモンスターとの差はそれほど大きなものではありません。だから一方的にやられるんです」
へえ。俺は感心した。メガロッパの言うことがもっともらしく聞こえたからだ。
言われてみればそうかもしれない。俺の戦法は基本的に後出しジャンケンだ。よく見える目があるから、後の先を取ろうとする。しかしモンスターとて俺の動きを見ている。モグラさんはあまり目が良くないが、優れた聴覚で音を聞き分け、嗅覚で俺の位置を探っている。俺に先手を譲ったとしても攻撃体勢を整えるくらいのことはできるのだろう。
じゃあどーすんの? 勿体ぶってないで俺に超必殺技を授けてくれや。この際ヒュンケルのグランドクルスでもいいぞ。
ハチがポンと手を打つ。
「あ、じゃあパイセン。魔法使いに転職しようよ。俺ぇ、パイセンは魔法使いに向いてるんじゃないかなってずっと思ってて〜」
嫌だよ。俺、戦闘職は向いてねーもん。根っからの生産職なんだよね。てか転職するのが面倒臭ぇ。生放送してンだからパパッと済ませてーんだよ。
ハチが問題児を見るような目で困ったように笑う。
「ん〜。そっかぁ。まぁ好みはあるからね〜」
ハチは優しい。
メガロッパは優しくない。
「転職しなさい。終わりませんよ。本当に」
だから〜。趣旨が違ぇっての。そりゃ攻撃魔法があれば眷属を倒せるだろうさ。タゲ取って至近距離から【重撃連打】で一発だ。そういう企画じゃねーんだよ。
ね? ジャムジャム。
「え? ジャムジャム? 私のこと?」
ん。ちょっと可愛く呼んでみた。
「え〜? 可愛い? ペタさんったらぁ」
メガロッパがダンとテーブルを叩いた。
「分かりました。特訓がしたいんですね?」
そういうことになった。
4.ポポロンの森
「パイセン、こっちこっち!」
「ペタさん、こっちだよ〜」
目隠しされて聴覚を頼りに歩いていく特訓をしている。
手の鳴るほうへ、あんよが上手ってか。舐めんな。
俺は深々と溜息を吐くと、布越しにギンと目に力を込めた。
女どもは知らんようだが、俺のセクハラ眼はこんな布切れ一枚で無力化できるほど生ぬるいモンじゃない。
そもそも視線、視線と言うが、人間は別に目からレーザーを出してる訳じゃない。視線と呼ばれるものの正体は見られている側の錯覚なのだ。俺の目はそうした錯覚を利用する。
俺は目からビッと怪光線を放った。邪魔な布切れを十字に焼き切り、女どもの太ももをじっと見る。しゃがみ込んで俺を呼んでいた女どもはスカートが地面に付かないよう織り込んでいた。膝小僧がまぶしい。太ももがふくらはぎを圧迫しており、はみ出た肉が俺のささくれ立った気持ちを鎮めていく。
そっちか。
迷うことなく歩き出した俺の頭をメガロッパが引っ叩いた。
「レーザー禁止!」
そうは言うがメガロッパさんよぅ。俺は俺の長所を生かしたいんだよ。お前もネトゲーマーなら分かるだろ。俺はユニークアイテムが欲しい。自分以外のプレイヤーを踏み台にして目立ちたい。が、ゲームバランスは大事だ……。スタート地点は同じ、条件も同じ。それでいて大した努力もせずに抜きん出た存在になりたいんだ。
俺はフッと自嘲した。
軽蔑するかい? だが本音だ。結局、俺は……俺にとんでもない才能が眠ってると心のどこかで信じてるんだな。人間のクズだ、ゴミだと自分を罵ってみても、しょせんは自覚してる俺は偉いと言ってるだけ……。なら、もう実は天才だったパターンを目指すしかねえよな。
俺の才能を発掘するんだ、お前ら自身の手で……!
「め、めちゃくちゃなこと言うな……」
めちゃくちゃなこと?
俺はさっきから正解しか言ってないんだけどなァ。
俺の言ってることがめちゃくちゃだと感じるなら、お前はマジじゃないってことだぜ。
メガロッパよぅ。お前、俺がモグラさんに勝つのは無理だと思ってるな? 遅い遅い。遅いなァ。いつもセブンに言われてンじゃねーの? お前は遅いんだよ。その段階は通り過ぎてるってのに。
よう、正直に言いな。お前、このまま時間が過ぎればなぁなぁで終わると思ってるだろ。雑魚キャラがまたアホなことやってるよと。多少こらしめてやればすぐに音を上げるだろうと……。違うか?
「ち、違……わ、ない、かな……」
なぁ、メガロッパ。理屈で考えろよ。知っての通り俺は理屈っぽい男だ。あれがああだからこうだろう、それはそうじゃないからああなるとネチネチネチネチ飽きもせずにペラペラペラペラと暇さえあればくっちゃべってる。その理屈っぽい俺がだよ? そこそこ人気があるお前らを使ってこれから金を稼ごうって矢先に。初配信でだよ? これから耐久配信やりまーす、でもゴメンなさいダメでしたー……なんて無駄なリスクを背負うと思う? しかも俺はウチのジャムジェムを出してんだぜ。俺が身内に甘いのは知ってるよな?
ハッキリ言ってやろうか。お前らに足りないのは危機感だよ。
こうまで俺が言うんだ。分かるだろ。俺は今、カメラの前で退路の潰し込みをしてる。
言っとくがドッキリじゃないぜ。ドッキリなら最初に説明しとかないとダメだ。リスナーの期待を裏切ることになるからな。
さあ、どうするね?
そろそろ寝ぼけた頭がシャッキリしてきたか?
俺は始めっから言ってるよな?
この俺がタイマンでモグラさんに勝つまで、この配信は終わらない。終わらせない。
そして【敗残兵】のお前らは、リスナーとの「約束」を反故にしない。できない。
ああ、その顔。ようやく追い付いてきたな。上出来だ。褒めてやるよ。へへっ。そうよ。気付いたか。俺に勝算なんてモンはない。自己紹介をしようか。俺はコタタマ。ガラの悪い連中は俺をこう呼ぶ。
崖っぷち、てな……!
これは、とあるVRMMOの物語
当たり前のように偽名が使われるから、晒しスレではキャラネを出さないルールが定着した。冤罪を避けるための処置だった。
その男は、ここぞという場面でチキンレースを仕掛ける。互いに腹の内を読んだなら、よほどの実力差がない限り勝算などというものは成立しないからだ。ゆえに勝算を捨てる。自分ごと相手を奈落へと引きずり込む。
その男は、他人を引きずり落とすためとあらば自らの破滅すら厭わない。
そして、男を知るものは、彼を、いつしかこう呼ぶようになる。
崖っぷちと。
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