コタタマの帰還
ショコラは生まれながらの邪悪だった。
1.クランハウス
うあ〜ん! スズキ〜! 実の子にカツアゲされたよ〜!
俺は涙ながらにウチの丸太小屋に駆け込んだ。養育費をブン取られた可哀相な俺をあのむちむちした太ももで慰めて貰うのだ。俺は女の胸も尻も大好きだが、デカきゃいいってモンじゃねーからな。総合的に見ると俺は脚フェチってことになる。要するに巨乳派と貧乳派の不毛な争いに巻き込まれたくない。正直俺は女なら誰でもいいのだ。
ベムやんはセクハラに厳しいし、久しぶりのお触りとあって俺は上機嫌だ。るんたったとウチの丸太小屋に足を踏み入れる。
ん? 今、視界の端っこに何か……。首をねじって俺はギョッとした。ワートリの置き弾よろしく玄関の隅っこにボルトやら何やらが浮いている。輪郭がブレて光って見えるのは残像エフェクトだ。
【スライドリード(射撃)】!
うおおっ!? 俺は無理やり身体をひねって倒れ込んだ。射出された複数の弾が丸太小屋の壁にめり込む。少しでも遅れていたら頭蓋を砕かれていた……。あ、明らかに俺を狙った罠だ。刺客か? いや、それにしては手ぬるくないか? 追撃が来ない。置き弾は遠隔コントロールできない。撃つ時に加速度を決めるんだ。また長時間の置き弾は膨大な魔力を要するため現実的ではない。つまり下手人は近くに居る。
今の置き弾は示威行為、脅しに類するものだと判断した俺はそろそろとウチの丸太小屋を探索していく。知らないゴミが相手なら「覇王翔吼拳」を使わざるを得ない。
俺は金属片を浮かべて、いつでも射出できるよう備える。金属片を武器として扱えるのは【工兵】の特技の副産物のようなものだ。ギルドなら誰でも同じことができる訳ではない。
うっ……! 壁越しに放たれた赤い光が俺の身体を突き抜けた。ヤられたと思ったが違う。今のは【心身燃焼】だ。命の火が燃える。俺にリジェネが掛かった。
敵の狙いが読めない。俺は困惑した。
……マーキングか?
リジェネは良いことばかりではない。赤い光を発散し続けることになるので目立つ。
しかし一体どういうことだ? 魔法を使えばヤラシイ声が漏れるんだ。あはんとかうふんだのといったヤラシイ声がな……。股間にクる声だ。確信を持って言える。俺が聞き逃すことは絶対にない。……無詠唱か? イヤあれは狙ってやれる類いのものじゃない。計画してできることじゃない。しかし声は聞こえなかった。つまり……防音設備! 工房かッ!
俺はダッと地を蹴って工房に向かう。そう来ることはお見通しとばかりに置き弾が俺の行く手を阻む。読まれている。計画的な犯行だ。おそらくは間に合わない。逃げられる。しかし裏を掻こうにも手掛かりが少なすぎる。相手も人間だ。ミスを期待するしかない。そのためには余裕を与えないこと。俺は即死を避けるために頭部のガードを固めて罠に突っ込んだ。時間差で襲い掛かってきた散弾が俺の手足を引き千切っていく。
だが知らないゴミほどじゃないけど俺だって成長してるんだ。
【心身燃焼】の本質は残機の燃料化にある。そうした意識があれば、スラリーの部位別使用と同じ要領で足の再生速度を劇的に高めることもできる。たぶん頭……というか脳にも同じことができるんだろうが、俺はまだそこまで自信がないってだけの話だ。
俺は雄叫びを上げて弾幕を力尽くでこじ開けていく。吠えた。
「スズキぃー!」
スズキだと? 言ってから気付く。いや、そうだ。これはウチのちんちくりんの仕業だ。クラスチェンジ、したのか……!
今俺を襲ってるのはスラリーの拡大解釈というヤツだ。一次職の狩人には使えない。猟兵……イヤ三次職のボランティアと見るべきか。さすがに四次職ではないだろう。レベルが足りないハズだ。
工房の扉が開きっぱなしになっている。くそっ、やはり逃げられたか? 乱反射した弾が正確に俺の側頭部を穿つ。そう、スズキは獲物の意識が散る瞬間を見逃さない。そう来ると思ったぜ。俺のこめかみを守ってくれた金属片からポロリと弾が零れ落ちる。弾同士をぶつけて軌道をねじ曲げるピンボールの欠点は威力が落ちることだ。
俺は工房に飛び込んだ。一拍置いてコゴローも飛び込んでくる。途中から付いてきていることは知っていたが、振り返っている余裕がなかった。俺と同じように罠に追い立てられたのだろう。二人で工房のドアを閉め、ドカッと床にケツを落とす。
「い、家中、罠だらけだ……。加減されてる。やったのはスズキ姉か?」
だろうな……。俺は首肯した。
俺の反応をトレースされてる。アイツ以外には無理とまでは言わんが、同じことをやれるヤツがどれだけ居るか……。俺たちは罠に嵌められた。形勢は依然として不利で、外部の犯行を疑ってる余裕はない。決め付けて動くしかない。
コゴローは顔面を両手で覆って項垂れた。
「……こんなのは俺の情操教育に良くねえ」
それ自分で言うかね。
俺は呆れながらもコゴローの腕を引っ張って立たせた。
行くぞ。リジェネが生きてる内に突破する。【心身燃焼】を打ったのはポチョだろう。あいつらは手を組んだ。この状況。一番怖いのは……。
頭上で破砕音。俺はギクリとして振り返った。
工房の天井を突き破って、赤備えの武者がゆっくりと下降してくる。
あ、赤カブトさん……。
作業台の上に降り立った赤カブトさんの双眸がまびさしの下で鈍く輝いて俺たちを見据える。
キャー! 俺とコゴローはひしっと抱きついて悲鳴を上げた。
ドンと互いを突き飛ばして我先にと工房の出入り口へと逃げ出す。
俺の眼前で命の火が弾けた。ま、待て! 俺はコゴローの襟首を引っ掴んで急ブレーキを掛けた。
滝のように降り落ちた命の火が赤い壁となって俺たちを外界から閉ざした。そいつがジリジリと迫ってくる。
コゴローが焦燥も露わに言う。
「ヤバい……! 拘束系のスキルだ! 閉鎖寄りだがッ、この手のスキルはレベルが低いとどうにもなんねえ!」
俺も焦燥を露わに言う。
時間を稼ぐぞ! ああなったジャムを止められるのはポチョとスズキしか居ねえ! ヤツらは近くに居るハズだ! 命乞いさえできれば……!
俺とコゴローのカットインがキャンと交差して散る。
俺は全身からウッディを生やして有りっ丈の金属片を開放した。コゴローが両腕をバッと広げて金属片をドーム状に組み上げた。赤い障壁が迫る。接触。金属片がギシギシと音を立てて激しく軋み、亀裂が走る。
俺はウッと嘔吐いて口元を押さえた。吐血。唾液が混ざった血が手のひらからあふれてボトボトと床に落ちる。
金属片はギルドの余剰パーツだ。限界ギリギリまで開放すれば本体と深く繋がってより強固になるがダメージの逆流も起こる。
作業台から降りた赤カブトさんが巨躯を屈めて至近距離から俺とコゴローをじっくりと見つめている。戦況は必至。されど構っている余裕などある訳もなく、コゴローはまぶたをきつく閉ざして金属片のコントロールに全神経を集中している。
……ダメだ。大した時間稼ぎにはなっていない。このままでは共倒れになる。
俺は血まみれになった手のひらをグッと握ってコゴローの肩に手を置いた。
……手段は他にある。ジャムジェムは強いだろ? そう、あまりにも強すぎる。そうなったのも理由があってな。とんでもなく使い勝手の悪い戒律で自分を縛ってる。俺を殺すためのフォームだ。俺以外には使えない……。
コゴローは顔面にびっしりと冷や汗を浮かべて突っ立っている。極度の集中状態。俺の声が届いているとは思えない。
それでも俺は言った。とっておきの秘密を打ち明けるように。
「お前のことはずっと想っていた」
俺はコゴローの前に立って両腕を広げると、金属片を散らした。ハッとしてコゴローが叫ぶ。
「バカな! 親父!」
ママと呼べ。
俺は赤い障壁に焼かれて死んだ。
全身が炭化した俺の亡骸がゴトンと地べたに倒れて手足が脆くもへし折れる。
俺の亡骸に縋り付いたコゴローが悲痛な声で叫んだ。
「親父ィィィー!」
通常フォームに戻った赤カブトさんが苦笑している。
「まったくもう、素直じゃないんだから」
工房のドアを開けてひょっこりと顔を出したポチョさんとスズキさんが、顔を見合わせてうまく行ったとばかりに「ふふっ」と微笑んだ。
そうか、こいつら俺とコゴローの仲がうまく行ってないのを知ってひと芝居打ったのか……。へへっ、照れ臭いトコ見られちまったな。
ふわっと幽体離脱した俺は照れ隠しに鼻をこすった。
俺の幽体を見つめる三人娘が複雑そうな表情をする。呆れ、怒り、悲しみ、様々な感情が入り乱れていたが、最後には微笑んでくれた。声を揃えて言ってくる。
「おかえり」
……ああ、ただいま。
これは、とあるVRMMOの物語
荒療治にも程がある。
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