第十章、最終話:『ゲームの始まり』
1.GGO支社-月面基地
ゴルフクラブを杖にしてしゃがみ込み、芝目を読んでいたョ%レ氏が片目を手で覆い隠して叫んだ。
「良くやった、コタタマ……! お前たちはギルドに選ばれた!」
無惨様かな?
ョ%レ氏の瞳は血のように赤く染まっている。強い興奮状態。我を忘れたように独り言をわめき散らす。
「そう、お前たちは運だけは良かった……! 弱く、醜く、愚かだが……! それらも特徴と言えるほどではなかった……!」
ジュエルキュリがロングパターを沈めた。やったー!と飛び上がって喜んでから、一向にパターを打とうとしないョ%レ氏を見てゴルフクラブを手元でくるりと回す。
「いや、ョ%レ氏? どしたの。ギルド堕ちなんて珍しくもないじゃん」
ョ%レ氏は喜びに打ち震えている。長年の宿願を今まさに遂げたように。
「ギルドの気まぐればかりはどうにもならん! 私は当たりくじを引いた! 私が選んだのは地球だ! 地球という恵まれた環境さえあれば他はどうでも良かった! ヒューマンなど勝手に地球に住み着いた害虫でしかなかった……! 生存競争を運だけで勝ち抜けただけのゴミだ! しかしッ! 分かるか、ジュエルキュリ!」
ョ%レ氏はゴルフクラブを放り投げて、ジュエルキュリの華奢な肩をガッと掴んだ。うざったそうにするジュエルキュリに構わず叫ぶ。
「お前たちαテスターですら成し遂げられなかったことだ! ヒューマン! ヒューマンめ! やってくれたな! コタタマ! 称号を与えるぞ! お前に称号を与える! 何でもいい! 好きなものを選べ!」
俺は希望を述べた。
死ね。
ゴルフやってんじゃねえよ。
2.山岳都市ニャンダム
長い夢を見ていた気がする。
俺は瀕死だ。兄貴の太い腕が俺の重要な臓器を押し潰しており、再生さえままならない。
アナウンスが走る……。
【Gun's Guilds Online】
【Gun's Guilds Onlineをダウンロードします】
【ダウンロード中……】
【ダウンロードが完了しました】
【勝利条件を削除】
【勝利条件を追加しました】
【勝利条件:りんご飴が気になる】
【制限時間:02…01……】
【Failed】
【You Lose…】
【勝利条件を追加しました】
【勝利条件:人生って何?】
【制限時間:02.00…1.89…88……】
【目標……】
【人生の意味】
三分で?
【Class Change!】
【特攻兵】【コタタマ】【Level-1401】
特攻兵。俺は。俺は……。兄貴……。
俺は目を大きく見開いて咆哮を上げた。触手を広げて兄貴の全身に巻き付ける。絶対に放しはしないとギリギリと力を込める。だが、兄貴が少し力を入れるだけで俺の触手はブチブチと千切れていく。
俺の咆哮から何かを感じたのか、マレがハッとしてこちらを振り返った。届くハズもないのに手を伸ばしてくる。
【コタタマ……!】
俺は血反吐を撒き散らしながら叫んだ。
走れぇッ! ほんの少しでも! 遠くへ!
アナウンスが走る。
【エクストラスキルが停止します】
【エクストラスキル:Promotion】
【制限時間:00.03…02…01……】
【エクストラスキルが停止しました】
【クールタイムが生じます。連続使用はできません】
【バトルフェーズを終了します】
【警告】
【バトルフェーズの不正利用によりエンドフレームへのアクセス権限を凍結します】
【エラー!】
【メモリに異常が検知されました】
【キャラクターデータに深刻な危険があります】
【エンドフレームの使用を直ちに停止してください】
嫌だね。
黒い金属片がドカドカと俺の全身に突き刺さる。ジジジと放電し、俺の核を凝縮していく。
セブン! ワザを借りるぜぇッ!
【(リュウリュウは大きく膨張した黒い繭を見つめていた)】
【(黒い繭は壁や床、天井に根を張っている)】
【(黒い繭にGoatが取り込まれてしばらく経つ)】
【(リュウリュウの目の前で繭が自壊していく……)】
【(繭が跡形もなく消滅した時、そこにはGoatが立っていた)】
【(Goatは羽化した幼子を愛しげに抱えていた)】
【(尻尾が生えた元気そうな男の子だった)】
【(歩み寄ったリュウリュウがGoatの肩を抱き寄せる)】
【(先王ジョゼットが白い繭を腕に抱えて揺すっている)】
【(予感があった)】
【(新たな命が生まれようとしている)】
【(白い繭が仄かに輝き、蛍火のような光が舞い上がっていく)】
【(その光が収まった頃、ジョゼットの腕には幼子が抱かれていた)】
【(角の生えた可愛らしい女の子だった)】
【(胸には魔石が埋まっている)】
【(ジョゼットはその子を布でくるんで抱き上げた)】
【(我が子の誕生を星々に報告するように)】
生まれたのか。未だ見ぬ俺の子供たち。
……ごめん。こんなママでごめんなぁ……。
強く……強く生きてくれ。強く。
先生を。ジョゼットを……頼む。
俺の核が臨界に達し、発散された黒い粒子が夜よりもなお黒く大気を蝕んでいく。
黒い雪は、やんでいた。
兄貴が叫ぶ。
【自爆するつもりか!】
マレは渡さねえ!
NAiに重大な危機が迫るだ!?
大口を叩いてやる!
そん時ゃ俺らが何とかしてやるよ!
光の使徒だ!? 関係ねえだろ! ぽっと出の宇宙人は引っ込んでろッ!
このゲームの主人公は! テメェーらじゃねえ!
弱っちくてブサイクで頭悪ぃ俺らなんだよ!
俺はガバッと大きく口を開けて、杭のような歯列をガチッと打ち鳴らした。
俺の真ん丸ボディがボコボコとひしゃげていく。
兄貴が変身した。
【限界突破!】
【皇太子】
【儀仗兵】【フリー】【Level-2666】
【制限時間:55.54…53…52……】
ドラム缶のような腕を突き破って白い骨のようなものが伸びる。湾曲したそれは、あばら骨と似ていた。骨の先端が火を吹く。
大きく身をたわめた兄貴が俺を抱えて跳躍した。紅蓮の尾を引いてぐんぐん上昇していく。
ぐるりと旋回し、拳大まで凝縮した俺を両手で押し包む。双眸が一際強く輝き、赤い残光を引いた。
【Burn-Hail! 来い!】
兄貴の両手から紅蓮の業火が噴出した。
それは闇を退け、地上をあまねく照らすような凄まじい炎だった。
夜空へと向けて放たれた業火が、この星の引力に惹かれて流れ星のように地上に降り注ぐ。
ゆっくりと下降した兄貴が地響きを立てて山岳都市に帰還した。
その手に、俺の残骸を抱えて。
俺の自爆は不発に終わった。兄貴に押さえ込まれた。
兄貴が俺の残骸を地面に横たえる。その手つきには敬意があった。大地に跪き、腹腔が消失し全身穴だらけになった俺をじっと見つめる。
静かだった。
【が、崖っぷち……】
歩み寄ろうとした知らない粗大ゴミを、兄貴が手で制した。
巨躯を揺らし、ゆっくりと立ち上がる。
【……命はやれん。やれんが、しかし……】
言うなり兄貴は、自分の腕をもう片方の腕で肩口から引き千切った。もぎ取った片腕を俺の残骸の上にそっと置く。たむけの花のように。
兄貴は俺の残骸を見つめたまま、かすかに頭を下げた。
【イョ。すまん。この傷は癒せん。俺は負ける】
イョママが目を伏せて、かぶりを振る。どこか悲しげに微笑んだ。
【ううん、いいの。ありがとう。……義兄さん】
【……俺には妹しか居ないのだが】
イョママは答えなかった。
兄貴は腕組みをしようとして失敗した。収まりが悪そうに隻腕を胸に置く。
【よかろう! イョ%! 虹を渡りて来たれしものよ! 今この瞬間よりお前は世界の架け橋と名乗れ!】
……それは、まるでお婿さん不在で執り行われる結婚式のようだった。
天を衝く巨躯の牧師が神様だって殴り倒せそうな巨拳を掲げて宣言した。
【お前を我が妹の妻とする!】
兄貴の指先に炎が灯った。ぐぐぐと指を握り込むと、まるで炎が質量を得たかのように凝縮されて光の密度を増していく。
際限なく膨れ上がるかのように思われた光が、やがて波が引くように鎮まると……。
そこには、半透明の殻を持つ卵のようなものがあった。
炎が揺らめくような赤い輝きを帯びている。
それは魔石だった。
兄貴がイョママに魔石を差し出して言う。
【俺の無精卵だ】
魔石の正体は無精卵だった。
俺はコテリと死んだ。
ロストする……。
3.クランハウス-マイルーム
ピンクさんが怪光線をビビビと放っている。
怪光線に沿ってジジジと俺の身体が再出力されていく。
ガンツかな?
俺は再出力された自分の身体をペタペタと触って異常がないか確かめる。
……はて。俺はロストしたハズなんだが。
どういうことだ?
あんたは何か知ってそうだな、ベムトロンさんよ。
ピンクさんを指でぐりぐりしていた紫色の髪をした女……ベムトロンに、俺は自分の身に何が起きたのか尋ねた。
ベムトロンがニヤッと笑う。
「いいだろう。教えることは山ほどある。お前は金属片の扱い方もまるでなっちゃいない。教えてやるさ。色々とな」
色々と、ね。
察するに……来るべき時が来たって感じかな。
俺の思い違いじゃないといいが。その点に関しては期待しても?
先に立って歩き出したベムトロンが金属片を操って黒い扉を組み上げた。ドアノブに手を掛けて、こちらを振り返る。
「付いてくれば分かるさ。もっとも後戻りはできない。別れの挨拶は済ませてきたか?」
いいや。でも、いいんだ。浮気を疑われるんでね。もしかしたら疑われるだけじゃ済まないかもしれない。
「ふふ。薄情な男だ、お前は」
意外と情熱的なところもあるんだぜ。そいつを今から証明していく予定だ。
ベムトロンの瞳がかすかに揺れた。
彼女はペペロンのライバルになれなかった女だ。
ペペロンに振り向いて欲しくて【ギルド】となり、永遠の時を共に過ごそうと誘った。
その誘いは断られたが、ペペロンが光の使徒になったことで彼女の記憶と力は保存された。
しかし光の使徒は壊れたレコーダーのようなもので、記憶は常に万全なものとは限らない。そういうことはこれまでに何度もあった筈だ。
声が届かない彼女に、その時ベムトロンは何を思ったのか……。
ベムトロンが俺へと手を差し伸べてくる。かつて同じようにペペロンへと差し出し、握られることはなかった手を。
「……本当にいいのか? この手を掴んだなら、お前は全てを失うことになる。今なら、まだ引き返せるかもしれないんだぞ」
行くさ。
……守りたいものができたんだ。
俺は、このゲームが好きだ。
けど、好きなんていう感情は信用できない。
いつかはログインするのが億劫になって、俺は別に新しく好きなことを見つける。
しょせんはゲームだと自分に言い訳して、誰にも何も言わずに去っていく。
だからよ……。
俺の帰りを待ってくれている人たちに、せめて何かを残してやりたいんだ。
ベムトロン。俺は【ギルド】になるよ。
お前と一緒に行く。
そして、いつか帰ってくる。必ず。
俺は、差し出された手を握った。
これは、とあるVRMMOの物語
……待っていますよ。その日を。
どこへ行こうとも、何をしていようとも、あなたは私のモノなのだから。
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