光を継ぐ者
1.山岳都市ニャンダム
「ヤギくんのブライトを継ぐのは誰だ!?」
「第一回、ギスギス料理対決〜!」
手を繋いだ先生とお犬様がぴょんと跳ねて着地するや素早く地面にうつ伏せになった。
俺とネフィリアも地面に腹這いになってほふく前進している。
俺らの頭上をぴゅんぴゅんと銃弾が飛び交う。
ネフィリアが提案した。
「言いたいことは山ほどあるが……場所を変えないか?」
山岳都市でサバゲーやってるゴミどもについては、ネフィリアが歩兵ちゃんに一言命じればすぐにでも解散させることは可能だ。
しかしそれをやってしまうと確実に客足が遠のく。歩兵ちゃんをレンタルする際に一時的に権限を取り上げることがあると説明はしているが、今は別に緊急時ではないからだ。
先生がアザラシのように地面をごろごろと転がってぴたりとネフィリアの横に付いた。
「ネフィリア。言わずとも分かっているだろう? 君とコタタマが競い合おうとしている。このチャンスを私は決して逃さない。ティナンたちもきっと喜んでくれるだろう……」
お犬様もごろごろと地面を転がってネフィリアの横に付いた。
「最終的な決定権はヤギが握っとる。のう、嬢ちゃんや。よもや殴り合いで決着を付けようなんて考えとったんか? そんなことヤギくんが許すワケないじゃろ……のう?」
ネフィリアはβ時代に先生に師事していた。当時のことをよく知る着ぐるみ部隊の皆様方に絡まれるとネフィリアは途端にふにゃふにゃになる。
「だ、だってコタタマが……。コタタマが決着を付けようって。私が言い出したことじゃないし……」
お犬様にとってネフィリアは友人の弟子だ。姪っ子くらいの感覚なのかもしれない。
俺は服の袖をギリッと噛んだ。
ネフィリアめぇ……!
悔しかった。俺はお犬様とも親しくさせて貰っているが、感覚的には遠縁の親戚の子くらいの距離感がある。やはりβ組には立ち入り難いきずなのようなものがある。
イジられキャラのお犬様にイジられてネフィリアは観念した。目を使ったらしく、歩兵ちゃんを一機呼び寄せて停戦するよう命じる。歩兵ちゃんの赤いモノアイがピコピコと点滅した。直後、山岳都市の至る所で鳴り響いていた銃声がぴたりと止んだ。
……そういう仕組みになっているのか。俺も目の当たりにしたのは初めてだ。ギルドが情報を共有しているのはなんとなくそうだろうと思っていたものの、これは……【指揮官】を放置してたら本当にヤバかったな……。
国内サーバーの歩兵さんたちがかつてのギラつきを失ってしまったのは、【指揮官】が持つ送信型のチップをウサ吉に奪われたからだ。マナポがそうであるように、ギルドのチップを持ち歩くには特別な容器に入れなくてはならない。簡単に言うとモンスターの肉体がそうなのだ。モンスターとギルドは相反する性質を持つ。
つまりは俺の手柄なのだ。……いや、でも【指揮官】がちゃんと育ったアメリカサーバーはDグレみたいになってるらしいしな……。ゴミどもはきっと俺の所為でDグレごっこができなくなったとか言い出すに違いない。一人残らず完全ロストしてくんないかな……。
さて、料理対決だ。
一度寝転ぶと反動を利用しないと立ち上がれない先生とお犬様がぐねぐねと身体を押し付けあいながら立ち上がろうとして失敗して折り重なるように倒れ込む。尊い。俺は尊いものを目にしてこの時間が永遠に続くことを願った。
しかし空気を読めないネフィリアがイライラしながら手を貸してしまう。
「ぐだぐだするな……! 欠陥キャラクターだろ……! ほら、しゃんとして!」
だが二人分の体重を支えるのは無理だった。先生とお犬様がネフィリアを巻き込んでころころと地面に転がる。
っ、今……!
俺のカットインが走り、俺も混ざった。立ち上がろうともがくネフィリア、そうはさせじと俺。先生とお犬様が俺とネフィリアにしがみ付いて絶妙な力加減で足を引っ張ってくる。お二人にはお茶目な部分があるのだ。
ぐにゃぐにゃすることしばし。
諦めてぐったりと寝そべるネフィリアを、ぴょこたんと立ち上がった俺と先生とお犬様が見下ろす。
おい、ネフィリア。いつまで寝てんだ。立てよ。遊びじゃねんだ。
「こ、こいつら……!」
ネフィリアいじりもそこそこに先生がイベントを進行する。
「特別審査員を紹介する。ピエッタだ」
似非ティナンの悪質な詐欺師が「うぇーい」とやって来た。ちっこい手に大量の紐付き風船を握っている。遊園地で配るようなやつだ。
ピエッタさんは先生とお犬様に風船を手渡しながら俺とネフィリアを見て、わざとらしく感嘆の声を上げた。
「ほー。誰かと思えば魔女とその一番弟子じゃねーか。揃いも揃ってユニークジョブに目が眩んだか。浅ましいやつらだな、テメーらは。そういうトコだぜ?」
はんっ、何とでも言え。先生のジョブは俺が継ぐ。先生の第一秘書たる俺がな!
「その第一秘書ってのも怪しいもんだけどな……。まぁいい。料理対決するんだって? 崖っぷちはともかく、ネフィリア。あんたは料理なんてできんの?」
それなんだけどさ、ピエッタさん聞いてよ。こいつ、ネフィリアね。できるんだよ、料理。しかも美味いのよ。そのくせして滅多に作ってくれねーの。腕が錆びついてることを祈るが、あんまり期待できねーんだよな〜。俺、勝てっかなぁ。ロストすると身体に染み付いた技術もリセットされっから自信ねぇぜ……。
……そういえば。俺は今思い出したかのように言った。ピエッタには前に何度かメシを作ってやったことあったな。あれからちゃんとメシ食ってるのか?
俺は楽しかった頃の思い出を持ち出してピエッタ特別審査員の審査が甘くなるよう働きかけた。俺の料理は心の料理。利用できるものは何でも利用するのさ。
ピエッタさんは皮肉げに笑った。
「そーさな。正直、テメーの手料理は悪くなかった。今日は美味いモンを食いに来た。期待してるぜ。もちろん、あんたにもな。ネフィリア」
珍しく素直なピエッタに俺は胸中で舌打ちした。ちっ、その手には乗らねえってか。さすがはNPC詐欺を生業にしてるだけのことはある。やりにくい相手だ。騙し合いじゃ俺はこの似非ティナンには敵わない。
ネフィリアはふいっと顔を逸らした。
「……学校マップでは世話になったな。ピエッタ。お前の作った制服も……悪くなかったぞ」
! コイツ。ピエッタさんの機嫌を取って審査を甘くさせるつもりか……! 汚い! 魔女は汚い! 敢然と抗議しようとする俺だが、ネフィリアは素早く話題を変えた。
「Goat。私にこうまでさせるんだ。当然、ブライトを継承する方法に当たりは付いているんだろうな?」
先生はわらわらと寄ってきた子ティナンに風船を手渡しながらコクリと頷いた。
「その点は心配しなくてもいい。まずこれだろうと思われるものを用意してきた。仮に違ったとしても、君かコタタマが協力してくれるならば一両日中に当たりを引く自信はある」
満足の行く回答だったらしい。ネフィリアは頷いた。
「では、始めよう。料理対決か。ティナンの分も作ればいいのか? 品目は? 和食がいいか?」
先生とお犬様はふりふりとかぶりを振った。
ピエッタがお犬様に巻物を手渡す。
お犬様と先生が巻物の端を持って広げた。そこに書かれたお題を声を揃えて発表する。
「和食を食べたい〜!」
「なんで一度否定した?」
ネフィリアのツッコミも鋭く、俺たちは素早く調理準備に入る。まずは食材集めだ。
しかし和食か。俺これ勝てねえな? 何しろお魚さんが倒せないもんだから和食のレパートリーは限定されていて、俺はどっちかと言うと洋食のほうが得意だ。その点、ネフィリアは何でもできる。
まともにやったら勝てない……。俺は食材を求めてバザーをうろつくネフィリアを尾行する。ふむふむ、一汁一菜ってトコか。ならば俺はそこに手間の掛かる一菜を付け加えてやるとしよう。そうよ、俺とネフィリアは二人で一人。俺たちのメシも二つで一つ。和食は和の心とか何とかうまいこと言って引き分けに持ち込んでやる。勝負はそれからだ……!
食材を集め終えて調理開始。
ネフィリアは俺が何をやろうとしているかすぐに分かったらしく、「おい」だの「勝負しろ」だのうるさい。まぁまぁ。小手調べってトコですよ。気が散るんで! そういう作戦ですか? やめてください。気が散るんで。
調理終了。ティナンにも振る舞うことになりそうだったので、気分は給食のおばちゃんだ。ネフィリアたんと協力して一つのメニューを作り上げていく。
完成。
おあがりよっ!
特にトラブルもなく美味しく作れたので、ティナンたちは大喜びだ。
俺が解説する。
食べ合わせが悪くならないよう、俺はまずネフィリアのメニューを調査することから始めた。その結果、少し寂しい食卓になりそうだと思った。和食の基本は一汁二菜だ。料理ってのは思いやりなのさ。食べる人たちの笑顔が見たい……。そう思った俺は路線変更してネフィリアのフォローに回ることにした。あるいは勝敗で言うなら俺の分が悪いかもしれない。そうも思った。でもな、勝ち負けじゃないんだよ。料理ってのはな。お前らに喜んで貰いたい、その一心さ。
俺の心遣いにティナンたちは感激している。評価は上々だ。俺は審査員の方々をチラッと見た。チラッチラッ。
結果発表。
ピエッタ特別審査員がバッと片手を上げた。
「ネフィリアの勝ち!」
なんでだよぉぉぉぉぉぉ!
「お前、引き分けに持ち込もうとしただろ! 勝負から逃げるな! 以上!」
ち、ちくしょー!
俺は地べたに這いつくばってダンダンと地面を叩いた。こ、こんな料理……! 俺はネフィリアが作った料理に駆け寄ってひょいぱくっとつまんだ。……! う、うめぇ。こりゃ……俺の負けか……。俺はしょんぼりした。
……そうさ、何も問題はない。ブライトは一時的にネフィリアに預けておくとしよう。最終的に俺のモノになればいいんだ。この場で肝心なのは心証を損ねないこと……。
俺はニコッと笑ってネフィリアに握手を求めた。
負けたよ。ブライトは最高の料理人にこそ相応しい。ですよね? 先生。
先生はコクリと頷いて〆の言葉を口にした。
「料理は魔法だ」
先生がネフィリアに歩み寄って紐付き風船を差し出す。
「さ、受け取りなさい」
ネフィリアはとても嫌そうな顔をした。
「……そういうことか」
ネフィリアが遊園地ではしゃぐガキンチョのように紐付き風船を受け取る。
アナウンスが走った。
【イベント】【杖を継ぐ者】【Clear!】
この風船は杖という判定になるらしい。特別製なのかもしれない。
かくして第一回ギスギス料理対決はネフィリアの優勝という形で幕をおろした。
惜しくも敗退した俺は優勝者のネフィリアさんを心より祝福した。
……なるほど。転職条件は杖の所有権の譲渡か。つまり殺してドロップさせればいいんだな。
これは、とあるVRMMOの物語
光の魔法使いをめぐる争いが静かに幕を開ける……。
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