譲れぬブライト
1.マールマール鉱山-山中
エンフレに変身して山の中で日光浴している。
ああ、いい気持ちだ。
日の光に包まれて、俺の身体にとまった小鳥たちがぢょんぢょんとさえずっている。
まるで絵本の世界から飛び出してきたかのような心温まる光景だった。
俺は微笑し、じゅるじゅると触手をくねらせると、そこら辺を歩いているゴミをそっと小鳥たちに差し出した。
小鳥たちがくちばしでゴミをついばむ。
ゴミが断末魔の叫びを上げるが、弱肉強食は世の習いだ。親鳥が雛にエサを与えるのは良くて俺がブーンにゴミをくれてやるのはダメという道理もあるまい。俺は優しい眼差しでブーンの食事風景をじっと見つめる。
通りすがりの知らない女キャラがノックでもするように俺の身体をカンカンと叩いた。
あん? なんだよ?
知らないゴミならいざ知らず、俺は女キャラを問答無用で殺すことはあまりしない。
何しろ自分で自分の顔や体型を決めることができるのだから、大抵の女キャラは芸能界でもそうそうお目に掛かれないレベルの美女になる。まぁ十中八九ネカマだろうが、ブサイクな男キャラよりは俺の心を豊かにしてくれる。
「ちょっと。狩り場でエンフレ出すのやめてくれません? 迷惑なんで」
開口一番文句を付けられたが、素っ気なくされるのも悪くないと思えるから不思議だ。やっぱりどんなに綺麗事を吐いても結局は顔なんだよなぁ。俺はしみじみと思った。
VRMMOの凄いところは大自然の美しさやキャラクターを思い通りに動かせる操作性なんかじゃない。女だ。しかも彼女たちは漫画やアニメの登場人物ではないから、お喋りもできるし好感度を稼げばお触りも許される。懐古厨の一人としては口惜しいことだが……その一点でこのゲームは往年の名作ソフトを越えてるかもしれねえ。くそっ、こんなのほとんど風俗店だろ。今は懐かしのファミ通のレビューだったら審査員ブチ切れるぞ。反則だろってな……!
レギュレーション違反の動くオキテ破りがカンカンと俺の身体を叩いてくる。
「もしもーし? 聞いてます? 邪魔なんでどいてください」
ちっ……!
俺は舌打ちしてしゅるしゅると縮んだ。
大人しく言うことを聞いた俺に、女キャラが話し掛けてくる。
「どーも。こんなトコで何してたんですか?」
同じゲームのプレイヤーだからなのか、このゲームの女キャラは妙に気さくなところがある。リアルだったら用件が済んだらさっさと立ち去るような場面でも平気で声を掛けてくる。特別な所有権で守られてるから警戒心が薄いのもあるんだろう。
卑劣極まりないVRMMOに大切な思い出を汚されたような気がして不機嫌になっていた俺はたちまち浮ついた気持ちになった。
プレイヤーは千差万別だ。リアルという複雑怪奇な迷宮をさまよい歩くうちに種族人間は多種多様な性質を帯びていく。その多様性を端的に表すなら攻略対象が無限に湧いて出るギャルゲーということになる。
……この女、俺に気があるんじゃねーの? 瞬時に惚れる準備を済ませた俺は、別に女に話し掛けられたからって喜んでませんけど?という体で恋愛感情起動のシークエンスを慎重に進めていく。
俺か? 光のエネルギーを蓄えてたんだよ。
「へー。なんで?」
俺は女の挙動を観察しながら微速前進した。興味を引く話題を提供しつつも立ち去ろうとしてたが聞かれたので仕方なく立ち止まったというムーブだ。
女は俺が歩き出そうとしていたので、なんとなく付いてこようとした。その動きを俺は見落とさなかった。立ち止まろうとした足をキャンセルして話しながら歩き出す。
ブライトって知ってるか? 新ジョブのことなんだが。そいつになろうと思ってな。
……立ち話は良くない。どうしたって手持ち無沙汰になるし、人によっては視線の置きどころに困るなんてやつも居る。だから動く。手足を動かすよう誘導して同行しているというシチュエーションを作る。これは基礎的なテクニックの一つだ。しかし相手によってはそのままサヨナラになるから、そうした素振りを見せたなら即座に方針を変える必要がある。こういう時に俺の目はとても役立つ。観察されていると感じると人間は警戒するからだ。俺の目は有効視野が広いため、それとなく周囲の枝ぶりに目を遣りつつ相手の表情や動きをじっくり観察することができる。
俺は女のバストサイズを目分量で計測しながら山道に飛び出している枝を潜った。
女は俺のことを知らないようだ。カービィスタイルのエンフレも見られているし、それなりに名を売ったつもりでいたが……。当然ながら5chをやってるプレイヤーばかりじゃない。どうやら俺は少し自惚れていたようだ。
女は特に疑問を覚えることなく俺に付いてくる。行き先が一緒なのかもしれない。鉱山の方角へと歩き始めたのは正解だった。もちろんその辺りは計算済みだ。狩り場で変身するのは邪魔だと言ってたからな。狩りを終えた帰りの道中という可能性は低いと踏んだ。
女は頭を傾げて考え込んでいる。
「ブライト? なんか聞き覚えあるような……」
ニュースサイトだろう。割と有名な話だからな。今でも戒律は何だとか職性能の詳細を探れだの関係ねーやつらがウチに押し寄せてくる。んで、リュウリュウが撃退してくれてる。結果論だが、ネフィリアが継ぐことになったのは良かったな。おそらく一部の過激派を押さえ込んでるのはギルドだ。
「あ、先生の? 思い出した。あれ、でもさっきブライトになるって……」
俺は振り返ってにっこりと笑った。
口約束は守らなくていいんだ。魔女に渡すなんてとんでもない。俺はコタタマ。先生のご意思を継ぐ男だ。
日光浴してたのはな……。見ろ。
そう言って俺は指先を斧の刃に押し当てた。パクリと裂けた傷口から血が垂れ、地面に赤い染みを作る。
次の瞬間、地べたの血痕が虫でもたかったかのように黒く蝕まれていく。
こう見えて俺はベテランプレイヤーの一人でな。調子が良ければこういうこともできる。太陽は俺の味方なのさ。この力を使ってネフィリアを出し抜く。
しかし、おっとモグラさん。ゴミのポイ捨ては許さないとばかりにモグラさんが猛ダッシュでこちらに迫ってくる。相変わらずモグラのくせして地上を走破するバカげた生態してやがる。舐めるなよ。今の俺は太陽と共にある。そうさ、今の俺ならやれる。
俺は深呼吸した。
食らえっ、ヒノカミ神楽、幻日虹!
ゲームならではの無茶な動きで漫画やアニメの技を再現するゲーマーサンボは廃人だけに許された専売特許ではない。
俺だってゲーマーだ。
この時、スマイルくんの教えが俺の中でガッチリと噛み合った感触がした。俺という土壌に撒かれた種が芽吹く。ブレイクスルー。人間の成長はなだらかな坂ではなく、階段をのぼるようなものだってDAYSで言ってた。才能は開花し、今の俺は昨日までの俺とはまるで別人のようだった。
っ……できた!?
モグラさんの前足を俺は掻い潜って背後をとった。今だ!
だが俺は別に呼吸術の継承者ではなかったのでモグラさんの頚を切り落とすのは素で無理だったし、それどころか色気を出して頚なんか狙ったもんだから伸び切った腕を掴まれてゴグンッと肘と肩の関節をオシャカにされた上に身体ごと浮かされてガッと顔面を鷲掴みにされてズシャアッと地面に頭部を叩き付けられてド派手に死んだ。
……なんかさぁ、モグラさんの俺に対するヘイトの溜まり方がヤバくない? 殺し方が他のプレイヤーと比べて明らかに派手なんだけど。
2.クランハウス-居間
「そのぬいぐるみだろうな」
へあっ?
ウチの丸太小屋に上がり込んできたネフィリアさんに相談したところ、今日も俺好みのビジュアルをしたお師匠様は俺のモグラさんぬいぐるみを指差してそう言った。
ネフィリアたんが続ける。
「そのぬいぐるみはイベントの景品だろう? ただのぬいぐるみじゃない。と言うのも……コタタマ。お前がそうまで後生大事に抱えているアイテムが盗難に遭っていないのは不自然だ。まず間違いなく何らかの呪物だ」
俺はモグラさんぬいぐるみを抱き上げてまじまじと眺めた。おもちゃ屋でたまに見掛けるトトロぬいぐるみの一番大きなやつと同じくらいのサイズがある、俺のモグラさんぬいぐるみ……。えっ、俺がモグラさんにやたらと派手にブッ殺されるのはこの子の所為なの?
「景品である以上、マイナスだけではない筈だ。レ氏は性格は悪いが……その手の筋は通す。おそらくは祝福と代償がセットになっている。何か心当たりがあるんじゃないか?」
いや、特にねぇな。そもそもモグラさんぬいぐるみがウチのメンバーになったのは大分前だしよ。正直何かあったとしても覚えてねえ。まぁデバフだけじゃないならいいや。な? お前はウチの子だもんな。
俺はモグラさんぬいぐるみを抱え直した。……思えば俺がこうまでぬいぐるみに執着してるのは妙だな。呪いのアイテムだったのか。いや、呪いのアイテムと言うのはやめよう。ユニークアイテム……。そう、このモグラさんぬいぐるみは俺のものだ。誰にも渡さない。俺はこの世に二つとないユニークアイテムの所持者という訳だ。くくっ、いい気分だぜ。
ネフィリアは気味が悪そうに俺を見ている。
「……検証したほうがいい。祝福と言えば聞こえは良いが、正確な効果を知らなければ災いに転じることもある。寄越せ。私が調べる」
嫌だ! そんなこと言って俺からモグラさんぬいぐるみを取り上げるつもりなんだろ! この子は俺のユニークアイテムだ! 俺だけのものだ!
「このっ……! 駄々をこねるな! このクランハウスは一度全焼してる! にも拘らずそいつが現存してるのは何故だ!? 誰かが持って避難したからだろ! お前のクランメンバーにも影響を及ぼしているんじゃないか!?」
俺が大切にしてるモンをウチの子が守ろうとしてくれても変じゃないだろ! 呪われてるみたいに言うな! お前は何事もネガティブに考えすぎなんだよ!
俺はソファの上で亀のようになってモグラさんぬいぐるみを死守した。
ピンクさん! ピンクさーん! こっち来て!
何故か俺と一緒にログインするようになったピンクさんが工房から出てきた。
よしよし。ピンクさん、モグラさんぬいぐるみを頼む。絶対にネフィリアには渡しちゃダメだぞ。
ピンクさんはモグラさんぬいぐるみを体内に収納した。ピンクさんが俺の言うことを聞いてくれるのは珍しい。今日の俺はツイてるぜ。
ネフィリアがピンクさんを指差して怒鳴ってくる。
「そいつも怪しいんだよ! どうして召喚術師でもないのにいつまでも居座ってるんだ! コタタマ! 正気に戻れ! そいつはお前の兵科に関わってる可能性が高いっ! 本気で人間を辞めてギルドになるつもりか!?」
あん? そんなのなってみなくちゃ分かんねーよ。だがよ、別にギルドになったところで俺のリアルにゃ影響ねーだろ。ベムトロンっつー前例が居るのにリアルにゃ影響ねえってのがGGO社の公式見解なんだからな。精々が光の使徒みてーにデータだけが戦い続けるってトコだろう。なら何も気にする必要はねーな。五億年ボタンとか思考実験はあっけどよ〜、別に精神と時の部屋みたいなトコで延々と一人ぼっちで過ごす訳でもあるまいし。第一、俺は魂だの霊魂だの信じてねんだよ。俺の精神がコピーされたならそいつは俺だろう。今ここに居る俺の意識が途切れて別人になるとは考えてねんだ。実質的に永久の命を手に入れてよ、のちのち後悔するなら上等じゃねーか。永遠の苦しみが続くだの何だの、世間じゃ手に入らないモンだからってネガティブに考えすぎなんだよ〜。限りある命だからこそ尊いとかよ〜。じゃあ死ななきゃ価値がなくなンのか? そりゃあおかしいだろう。
ネフィリアはむすっとしている。
「……お前のその考え方はおかしい。どこから来たものなんだ? 私はそんなことをお前に教えたことはない……」
おいおい、俺を散々っぱら骨ダンに放り込んでおいてよくもまぁそんな口が利けたな。あいつらは死なねーだろ。俺だって抵抗はしたんだぜ? なんで死なねんだとかよ〜そりゃあ考えたさ。その結果、絶対に死にたくねえと思った。ネフィリアよぅ。お前は頭がいいから目を鍛えるのもそれに足る理屈があったんだろう。でも俺は違うんだよ〜。俺の遣り方は多分間違ってる、が……。俺の遣り方のほうが人間にゃ合ってる。執念が人間を強くするんだ。
だから、な……。
俺はベッと舌を出した。
悪ぃけど、先生のブライトは俺が貰うわ。
ネフィリアはニヤッと笑った。
「そっちは分かりやすい。お前ならそう来ると思ったぞ」
おや、対策済みかい? 参ったな……。俺にもう一度チャンスをくれよ。隠し球とか抜きでよ。俺は……ネフィリア。俺は、お前と勝負がしたい。以前はこっぴどくやられたが……今の俺はどの程度のプレイヤーなのか? 俺だってギルド化が進んでることは分かってるし、いつかはこの星を離れることになるんじゃないかと思ってる。ラム子の声がな、聞こえるんだよ。だから今のうちにお前と決着を付けたい。ダメか?
「お前を最高指揮官には渡さない。だが、いいだろう。そして勝負を受けてやるからには、当然……私にも見返りはあるんだろうな?」
俺もニヤッと笑った。
そいつをこれから話し合おうや。
これは、とあるVRMMOの物語
またろくでもない結果になるのでは……。
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