ダメ、絶対、ロスト
1.ポポロンの森-人間の里
プレイ動画など見ていると、上級者の動きは訳が分からない。解説動画で言語化の試みは為されているようだが、結局のところは勘というか蓄積した経験の差なのだと思う。
エンフレが一機突出した。同士討ちを警戒してのことだろう。リチェット隊のメンバーが一斉に散開する。マトを散らすためだ。そこまでは分かるのだが、合流はどうするのか、俺は誰に付いて行けばいいのか、誰がどんな役割を持っているのか……俺には何も分からない。ひとまず俺はカエルくんとセミくんから離れることにした。俺がエンフレならあいつらを狙う。あっ、ひよこさんが手招きしている。やっぱりひよこさんは違うわ。俺への気遣いができてる。好き。
ひよこさんがぱたぱたと羽を上下しながらぴょんぴょんと軽快に跳ね回って俺と並走する。
「パイセン! こっちこっち!」
ひよこさんの中の人はハチだ。うんうん、ハチはよくできた後輩だなぁ。ジグザグに走ることで俺の走りに合わせてくれている。
その着ぐるみ可愛いねぇ。
「えへへ。パイセンも可愛い。あのね、パイセン。幽霊に気を付けろってマスターが言っててぇ」
え? なんで急に骨ダンの話を? やだよ。俺、骨ダン嫌い。
「違くてぇ。え? パイセン幽霊ダメなの?」
ダメって言うかぁ。まぁダメだよね。フツーに勝てないじゃん。
「ふふふ。パイセン可愛い」
や、やめろよぉ〜。
「あはは。でね? スマイルパイセンのアビリティなんだけど、マスターが、あれは複合型のアビでスマイルパイセンに味方する幽霊が居るようなものなんだって」
複合型……。独立して動く幽霊が情報収集してくるってことか?
「色々だよ〜。俺もちょっと調べてみたけど、幽霊に説得された人が寝返ったり……それはコタタマパイセンのアビとセブンさんのアビがちょっとずつ混ざった感じかな。情報収集だとリリララちゃんのアビ入ってるよね。効果は基本ランダムでスマイルパイセンは幽霊さんにプレゼントしたりデートの約束したりしてコントロールしてるみたいっ。意外と可愛いトコあるよね!」
ホラーだな。
……プレゼントって……だってそれ別に幽霊さんが実際に貰える訳じゃないでしょ。スマイルくんの脳内ではあげたことになってるだけで……いやいやいや……怖っ。ギャルゲーのヤバいやつじゃん。ヒロインの正体が徐々に明らかになっていくタイプの。
スマイルくんのアビリティは思っていたよりも遥かにヤバいやつだった。……でも理屈としてはそうなるのか。β組ってのはどうしてこう……うん。俺は言葉を失った。この案件はもはや病院の出る幕じゃない。お寺かな。
「パイセ〜ン。逃げちゃダメっスよ。たまには俺と遊んでくださいよぉ」
ひよこさんに先手を打たれた。コイツ、俺の監視役だったのか。くそっ、なんて可愛くない後輩だ。ニヤニヤしやがって……!
「ん? ささ入った。パイセンこっち来てこっち」
おっけー。
俺は素直に従った。この場はひとまずひよこさんに付いて行けば間違いない。エンフレの裏をうまく取っているし、味方の動きがよく見えてる。視野が広い。そう、うまいんだ、コイツは。【敗残兵】の中では困った時のハチ頼みと言われるほどで。どんな無茶振りも苦にしないというか。……便利な女になったなぁ。
ぴょんぴょんと跳ね回って俺を先導してくれるハチを見ていると俺は優しい気持ちになる。
「隠れて。パイセン見える? あそこ」
見える。……ナニやってんだ、あいつ。
マゴットだった。
エンフレの横で両手を突き上げて何か叫んでる。
「あー! あー!」
……エンフレ物真似? 確実にバレてるやつだね。さては迷子か? これはひどい。見ろよ、召喚獣のペスさんが困惑した様子で飼い主を見てるぜ。
大型犬はガチ熊などの動物園テイムを除けば種族人間が用意できる最大戦力なのだが、公平大好き運営ディレクターによりモンスターのヘイトが成立せずにすぐに仲良くなってしまうという致命的な欠陥がある。俺も仲良くなりてぇな?
動物好きに悪い人間は居ないと言うので、俺は動物好きということになる。ぶつ森やってるし状況証拠は揃ってるよな……。そうか。俺は動物が好きだったのか。俺は俺の思わぬ一面を知ってドキッとした。
よし、ペスさんも困ってるし助けてやるか。世話の焼ける妹弟子だぜ。
俺はじっとひよこさんを見つめた。
ひよこさんもじっと俺を見つめた。
見つめ合う二人。
「いや……ここはパイセンの出番でしょ」
いや、別に俺はどっちでもいい。じゃあ助けるか。簡単だ。ささやきを送ってこっちに来るよう言えばいい。
とはいえ、以前ロストしたっきりフレリ埋めは面倒臭くてほとんど進めていないので、裏リストを使うことになる。
裏リストというか何というか……どうやらこれは【ギルド】の機能だ。僚機を識別するために使うものなのだろう。エンフレはギルドのコピー体なので、プレイヤーはギルドに備わっている機能を幾つか持っている。
俺は以前に裏リストを暴走させて以来、時々ラム子から迷惑メールが送られてくるようになった。迷惑メールは迷惑メールだ。まず何語か分からない。仕方ないので思考を暗号化して最近あった面白い話をしてやっている。最高指揮官のメル友が出来たぞ。やったぁ。
その裏リストの登録条件は一定以上の好意があることっぽい。俺は女なら誰でもいいのでマゴットなら登録できるだろう。できた。じゃ、ささやき送りまーす。送った。
マゴットがハッとしてこちらを見る。横に突っ立っているエンフレをチラ見してから、おそるおそるこちらに近寄ってくる。だるまさんが転んだじゃあるまいし、普通に歩いてくればいいのに。それ逆に怪しいだろ。粗大ゴミだってバカじゃないんだからお前がエンフレじゃないのはバレてるし迷子なのもバレてるし誰か迎えにくるまで待ってあげてた説すらあるぞ。見るに見かねたひよこさんがパッと行ってサッとマゴットを回収した。はぁ、なるほどね。メガロッパ辺りのダイナミック通り魔って第三者の視点から見るとこんな感じなのか。未来予知できんの?ってくらい視線の切り方がうまい。どうやってるのかは知らん。
おかえり。
窮地(?)を脱したマゴットが感極まってひよこさんに抱きついて歓喜の声を上げた。
「ハ、ハ、ハチぃ! いつもありがとねぇ!」
「いいスよ。俺ぇ、こういうの慣れてるんで。マゴっさんは手間掛かんないほうっス」
ママなの?
で、マゴットよ。こんなところでどうした。
俺がそう声を掛けるとマゴットはひよこさんの身体の後ろにサッと隠れた。なんだ、その態度は。
「……なんか、ささやきでこっち来いは違くない?」
違くないだろ。こう言っちゃ何だけど俺は目ぇ付けられてんだよ。なんもしてねえのに特記戦力扱いされてんの。俺を見掛けると嬉しそうに殺しに来るんだぜ。そういうのは女だけにしてくれよな。
まぁそれはいい。人間の里に何か用事でもあったのか?
俺はマゴットの話を聞いた。
話が長かったので要約すると俺の所為だった。
ウオロク守り隊結成に当たってネカマ八曜と話を付けたので、ネフィリア代行でマゴットが派遣されたようだ。で、道に迷って現在に至ると。折衝はフリエアのほうが向いてるんだが、それを言ったら何でもかんでもフリエアの仕事になっちゃうしな。ネフィリアなりにマゴットには期待しているのだろう。俺も期待しているのでこの場は俺の責任を問うのはやめておこうと思う。つまり俺は悪くない。
ひよこさんの後ろから出てきたマゴットが俺の袖を摘んで言う。
「つ、付いてきてよ〜。また迷っちゃうし……」
いや、お前が付いて来いよ。見ての通り俺らは今別件で忙しい。一人で行くのが嫌なんだろ? これ終わったら付いてってやるから。そんで横で見ててやる。合流するの面倒だからお前も一緒に行こうぜ。ネカマ八曜にアポ取ってるなら俺から上手く言っといてやるよ。その場合、あいつらも巻き込んじゃおう。どうせ暇人の集まりだし嫌とは言わせない。
そういうことになった。
ネカマ八曜としてもスマイルくんのことが気になるようだ。そこそこ使える連中なので、ハチに介護して貰う必要はないだろう。どっかで会ったらよろしく〜的なゆるいノリで適度にバラけてエンフレの群れに突っ込んでいく。お仲間の【歩兵】たちの銃撃がイイ感じだね。
ハチはしきりに感心していた。
「パイセンは凄いなぁ。なんでそれで成り立つんだろう」
俺はあいつらにパピコの秘密を教えてやったからな。
「え、なんスか? それ」
パピコの斬撃スキルは催眠術の一種だ。いっぺん食らって分かった。俺の幻術と同じ経路を使ってる。つまり俺の、光を見たヤツの脳だな。光を見てからダメージが入るまでの時間差が俺が幻術を使う時の感覚とピッタリだった。分かりやすく催眠術って言ったけど、種族人間が遊びでやるようなぬるいもんじゃないぞ。意思の強さが俺らとはケタ違いなんだろう。まぁ写輪眼みたいなもんだとでも思っとけ。人間じゃ抵抗できない。
てな訳なんだが、どう? 合ってる?
「えへへ」
パピコのスキルについて、おコアラ様は数ヶ月前には何も分からないことまで分かっていた。ブッタ斬られた断面から凶器を特定できず、大気中に何の痕跡も見受けられなかったということだ。そこまで分かっていたなら候補はかなり絞られる。俺にしたって断言できるほどの証拠は持っていない。ただ、国内サーバートップクランの【敗残兵】なら、とっくのとうに核心に迫っているハズだ。
ハチは笑って誤魔化した。慌てたように羽をぱたぱたと振って付け加える。
「でもパイセンの意見を聞けて良かった。パイセンの感覚とピッタリならコンマ数秒もズレてないってことだよね? じゃあ、ほぼ決まりかな〜」
コイツめ。ぬけぬけと。
話をそばで聞いていたマゴットは首を傾げるばかりだ。
「……? え? どゆこと?」
んー……そうだな。光で斬られてるなら遅すぎるし、目に見えない何かが飛んで斬られてるなら早すぎるってことだよ。
「え? コタタマってもしかして頭いいの?」
俺はヒントが全部手元にあったの。幻術使いだし、おコアラ様とお話できる機会があった。言っとくけど別に正解って決まった訳じゃないぞ。ダークマターとか言われたらもうお手上げだ。俺らじゃ絶対に正体に辿り着けない。おコアラ様はそっち寄りかもな。つーか普通にあり得る。まぁどっちでもいいんだわ。対処不能なのは変わんないから。
「ダメじゃん」
そう、ダメなんだよ。
おっと、そうこう言ってる内にエンフレの森を抜けたぞ。
……ハチ? どうした?
ハチの様子がおかしい。動揺している。
「……待って。もう少しで追いつける」
いや、見えた。
赤い波が地表を伝う。
命の火が燃える。
泥人形と似たエンフレが出現し、ゆっくりとボロボロの家屋に腰掛けた。四対の目がギョロギョロとバラバラに動き、眼下の矮小な人間たちを捉える。
その巨躯を見上げているのはカメラマンを引き連れたリチェット隊長とカエルくん、マグロさんだ。セミくんは居なかった。死んだか。
到着〜。
セミくんに勝ったぞ。やったぁ。俺はぴょんぴょんと跳ね回った。
喜びに沸く俺をよそにカエルくんが泥人形くんと真面目な話を進める。
「……本気で言ってるのか? エンフレは狩られる。あんたがどんなに強がっても数の暴力には敵わない」
【負けなければいい】
泥人形くんはイキッた。
【人間の里を立て直す。私はこの場を動けないが、ここをプレイヤー最大の拠点にする。エンドフレームの国を興す。その頂点に私が立つ】
そう宣言した次の瞬間、どこからともなく差し込んだ赤い光が泥人形くんの機体を照らした。クラスチェンジ……。
【条件を満たしました】
【イベント】【骸の玉座】【血の戴冠】【Clear!】
【Class Change!】
【サトウnキ さんが君主にクラスチェンジしました】
転職条件があいまいだったのは。
クラスチェンジの達成ルートが一つであるとは限らないから。
スマイルはエリアチャットを取り戻した。
種族人間の最大拠点をここ人間の里に置けたなら、RMTの広告チャットは人間の里でこそ最大の効果を発揮することになる。
君主に戻れるという確信はなかったろう。しかし賛同者を集めれば枢機卿になれることは実証済みの事柄だった。
おっほー! 俺は興奮した。
ネトゲーマーはアホばっかりだ。ゲームに人生を賭けるアホ。システムをろくに理解してないアホ。女キャラに全力で貢ぐアホ。飽きっぽい癖してガチャでボーナスを溶かすアホ。懲りない、省みない、学習しない。
しかしオンラインゲームという言ってみれば閉じた世界を色彩豊かに彩るのは彼らアホなのだ。
アホたちが築き上げた世界を俺たちは生きている。
負けなければいいだと? 大きく出たな。言ったな! 誘ってんのかテメェー!? 上等だよ!
俺は【門】を開いた。
赤い世界が星の境界線を侵し、仮想現実と衝突して火花を散らす。
軋み、衝動的に漏れ出した真理めいたものが俺の口を衝いて出る。
「Hard-Luck! 来い!」
俺は咆哮を上げてスマイルに襲い掛かった!
暗転。
ん? なになに?
戸惑う俺をよそに目の前が真っ暗になり、アナウンスが浮かび上がる。
【TIPS】
あっ、Now Loadingのやつ? あるある。あるよね、ディスクを読み込んでる間のお勉強の時間。
……NAiさん? 暇なの? 俺らで遊ぶのやめてくれる?
NAiさんはTIPSと称して耳寄り情報を開陳した。
【プレイヤーには三つの形態がある。ただし一度しか変身できないプレイヤーも居る】
知ってた。
これは、とあるVRMMOの物語
チュートリアル粘着やめて欲しいなって……。
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