ゲームを越えて
1.ポポロンの森
ちょっと最近マジで身体が鈍ってきたなと感じたので基礎的な動作の確認をしに家の外に出た。
森をトコトコと歩いているとゴミが目につく。立って歩くほうのゴミではなく、おもにタルだ。人間爆弾を投擲する時に使う、まぁ言ってみればエレメントだな。エンフレで人間爆弾を投げる時って胴体から生えてる手足が邪魔なんだよね。球技とかでもさ、ボールって丸いじゃん。だからタルに人間爆弾を入れると凄く投げやすい。
そのエレメントがそこら中にゴロゴロと転がっている。マナー悪すぎだろ。いや分かるよ? タルは色んなところにあったほうが便利だ。いざという時に助かる。突発的にエンフレ戦が勃発した時にタルが転がってるとテンションが上がる。分かってんねえ!ってなる。でも今の俺はコンフレだから言う。この惨状を新規プレイヤーが見たらどう思うよ? VRMMOってマ?みたいな感じでログインしてさ〜……いざチュートリアルを終えてフィールドマップに転送されたらタルがそこら中にゴロゴロしてんのよ。新規プレイヤーが30人も居れば中にはロスト転生したヤツも混ざってるだろ。そいつは訳知り顔でチワワどもにエレメントの使い方を説明しちゃうんだよな。俺はそういうのはあまり好ましくないと思ってる。優しい世界を前面に押し出していきたいよね。魔法使いはタルに入る職業だなんて悲しい気付きは得て欲しくない。どうせいつかはバレることだし焦る必要はないんじゃないか。リアクションするほうだって何も知らないほうが面白いことを言えるに違いない。俺は期待しているぞ。
よってタルをカモフラージュしていく。木陰に移動したり草をかぶせて趣きのある風景に溶け込ませることしばし。
ひとしきり隠蔽工作を終えたところで、どすこいどすこいと木の幹に張り手を浴びせて準備運動完了。
よし、まずは二段ジャンプだ。スラリーの応用技術ということになるんだが、俺は三段以上の……いわゆる多段ジャンプはめったに使わない。スラリーは地面との距離が離れるたびに重くなる仕様になっていて、それはどうやら【八ツ墓】のデバフ効果の一つ、スキル操作の鈍化と同じ現象であるらしい。細かい理屈はよく分からないが幽体離脱した時に女神像に引き寄せられる感覚に近いのだとか。上級者ともなれば結構な高さまでポンポンと行けるらしいけど、ワンミスで死ぬし、高く跳ぶ意味もあんまりないっつーか……ジャンプ力を上げないと辿り着けない的なギミックも特別ないし。あったとしても足場を作れば済む話だからな。どっちかと言えば二段ジャンプをちゃんと練習して完璧に近付けたほうが理屈上はむしろ動けると俺は思っている。
しかし何事にも例外はあるもので、森の中でぴょんぴょんと健気に跳ね回っていた俺はミドリさんに掻っ攫われて一緒に空高く舞い上がった。お、今の割と上手く跳べたんじゃね?と内心で自画自賛した直後に起きた一瞬の出来事だった。
身も心もふわっふわな天然キャラと一緒に死ぬのは真っ平御免だったので、俺は脱力してミドリさんの邪魔にならないよう努めた。
……なんスか。なんなんスか。
俺の命を危機に晒している天然キャラは何が楽しいのかくすくすと笑っている。
「えー? 隊長が面白いことになってるからコタタマくんにも見て貰おうと思って」
あの、ゴメンね。俺ちょっと先約があるのよ。
俺は嘘を吐いた。先約などない。とにかく関わり合いになるのが嫌だった。俺の十倍は強い初日組のご機嫌を損ねないよう守る気のない約束事を添えておく。
あとで見に行くから俺を地上に戻して?
完璧な言い分である。ネトゲーマーにはリアルの都合というものがあるので、LINEを既読スルーして「え? LINEくれてた? やだー気付かなかった〜」みたいなノリでダルい人付き合いをチギることができる。
しかしミドリさんは俺の言葉を無視した。
「こっちこっち。こっちだよ〜」
なぁん。
俺は名状し難い声を上げた。
俺を小脇に抱えて滑空しているミドリさんは多段ジャンプにどハマりした重度のジャンパーである。FFの竜騎士が使うジャンプをパクって戦法に取り入れた女だと思ってくれればいい。
俺たちはゲーマーなので、舞台は違えどモンスタータイトルのゲームの技をパクるのは至極当然のこと。嫌がらせ専用のゴミスキルを「ライデイン!」とか叫んで撃ってくるゴミはそう珍しくない。ごくありふれた光景である。ただ、いかんせんミドリさんのそれはクォリティが違った。
槍を手に持っているミドリの服の裾がバタバタと翻り、ワンミスで死ねる高さに持って行かれている俺としてはパンチラを願うことくらいしかできない。
脱力している俺がおかしいらしく、ミドリさんはころころと笑っている。
「ふふふふ。あはははははは」
……怖っ。少しでもタイミングを誤れば落下死しかねないこの状況で笑っていられる感覚が俺には理解できない。ゲームだろうと何だろうと怖いものは怖いのだ。ヒュンってなる。
俺を抱えたミドリさんがポンポンと跳ねて森を横断していく。途中、着地地点に割り込んできたゴミは哀れミドリさんの槍で串刺しにされた。
「やったー! 当たったー!」
ミドリさんは大喜びしている。頭がおかしい。フリーザの一味ですら仕事でナメック星の住民たちを殺害していたのに、この女は人間で的当てをしている。罪もないゴミを次から次へと殺しやがって……! 俺は怒りに打ち震えたが、小脇に抱えられていると自然とおっぱいが当たるので俺は死にゆくゴミどもに何もしてやれなかった。いつも思うんだけど、身体の正面にセンシティブな部位が出っ張って付いてるってどういうことなの? 無敵すぎない? 俺さ、人間に生まれて良かったなって。そう思うよ。変身できない種族だから何だっていうんだ。本当の強さってのはそうじゃないだろ。あたたかくてさ、やわらかくて……そういうのは一人じゃ決して手に入らないものなんだよ。
俺が真の強さに思いを巡らしている内に目的地に到着したようだ。
スラリーを小出しにしてバカげた技量で着地の衝撃を殺したミドリが俺を地べたに放ってニコリと微笑んだ。
「案内してあげるのはここまでかな〜。もう少ししたらサトゥくんたちも来るから一緒にがんばってね」
はぁ? いや俺は帰るよ。バカらしい。付き合ってられるか。俺ぁ〜先生にも手出しするなって言われてんだ。
するとミドリは目を丸くした。なんだよ。
「なんで? なに怒ってるの?」
……はぁ?
「ねえ、おいでよ。コタタマくんは私と同じでしょ。楽しいこと好きでしょ。どうして意地悪するの?」
お前、俺をそんな目で見てたのか。俺ぁな〜……。
言い掛けて、俺は口をつぐんだ。
赤い光が連続して地表を伝った。
かつての賑わいはなく、廃虚と化した人間の里に何体もの巨人が出現する。
そいつらの目が赤い残光を引いてギョロリと俺のほうを向いた。
……そう、俺は気分屋なんだよ。
鼻で笑って言う。ハッ。いいぜ。気が変わった。行ってやるよ。またぞろ一人で勝手に暴走してるアホの顔を拝みに行ってやる。
ミドリはパッと嬉しそうに笑った。
「あはっ。コタタマくんはやっぱり私と同じだね。じゃね〜」
そう言ってミドリはぶんぶんと手を振って跳ねるように駆け去って行った。
俺は内心を見透かされたような気がして面白くない。憮然として手頃な岩に腰掛けて待っていると、素早く駆け寄ってきた【敗残兵】の収録スタッフが俺に牛さん着ぐるみを着せてくる。俺は抵抗しなかった。
なるほどな。そういう感じか。
ネカマ六人衆がカメラを構え、リチェットスタンプをテストしている。
リチェット隊長率いるカエルくんとセミくんが俺の横に立ってエンフレが待ち受ける人間の里を見つめる。
このクソのような廃人どもは視聴率を追い求める集団になってしまったのだ。
らしいと言えばらしい。サトゥ氏とスマイルくんの因縁は数字を取れるコンテンツだ。勝とうが負けようが今後のストーリーに大きく影響することはないだろう。何しろロストしたとしてもキャラを作り直すだけなのだから。むしろ視聴率を稼いだほうが【敗残兵】の地位向上に繋がる。
そして人間の里の最奥部で俺たちを待ち構えているだろうスマイルくんもまた動画の広告料を当てにしている。企業案件も幾つか抱えているかもしれない。
ひよこやらワニやらキリンやら象やらマグロやら種々様々な着ぐるみをかぶった戦闘員どもがザッと踏み出して、俺とカエルくんとセミくんの後ろに一列になって並ぶ。
リチェット隊長が剣呑な眼差しで俺たちをジロリと睨んで厳かに告げた。
「オマエら、総力戦だ。急に増えた隊員の紹介は省く。厳しい戦いになる。……死ぬなよ」
いや死ぬでしょ。こんな動きづらい格好させられてよ。あ、ゴメンなさい。生きて帰りたいと思います。暴力反対、暴力反対……!
ぐいっと詰め寄ってきたリチェット隊長が俺の胸ぐらをガッと掴んで乱暴に引き寄せる。
「おふざけはナシだ。私の指示に従え。いいな。私の許可なしにエンフレの使用は禁じる」
はい、それはもう。
……こんな格好させといて何がおふざけ禁止だよ。数字に取り憑かれた視聴率の亡者め。
俺は内心でそう思ったが口には出さなかった。言われなくともエンフレを出すつもりなど毛頭ない。
疑わしげに俺をじっと見つめるリチェット隊長が念を押すようにカエルくんとセミくんをジロリと見た。
カエルくんとセミくんはグッと力強く頷いた。
リチェット隊長はああ言ったが、この場に居る全員が生還できるほど生ぬるい収録にはならないだろう。おもな原因は着ぐるみだ。
俺はカメラを意識して目頭が熱くなるのを感じた。スポイトで水滴を目尻に垂らすと、一筋の水が頬を伝った。
カエルくんがガッと俺の肩に腕を回して励ますように揺すってくる。俺はコクリと頷いて顔を上げた。出来損ないの着ぐるみ部隊みたいになっている連中がコクリと頷く。
行く手を阻むエンフレが一斉に動く。踏み出した足がズシンと大地を揺るがす。カメラを意識した緩慢な動作だった。
俺たちは小声で「せーのっ」とタイミングを合わせてぴょんと飛び跳ねた。一斉に唱和する。
「リチェット探検隊!」
これは、とあるVRMMOの物語
リアルマネーが絡んだ時、茶番は勝敗の域を越えていく。彼らは戦う。撮り高を目指して。
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