男と男と男の約束
1.クランハウス-居間
不要不急の外出を控えて居間でモグラさんぬいぐるみと一緒にゴロゴロしている。
コロナか〜。
まぁ俺らゲーマーは元々プライベートで家を出ないからな。人生を通して不要不急の外出はしませんよ。濃厚接触しようにも相手が居ねーしな。なんて健全なんだ、俺は。俺を見習え。
俺は世のリア充に呪詛を吐いた。
ソファに寝転がってマグちゃん手製の藁人形の出来栄えをチェックしていると、アオミドリを従えたスマイルくんがウチの丸太小屋に上がり込んできた。
「やあ、ルリイエ。はしたない娘だね、君は……。先生はご在宅かな?」
スマイルくんのメスを見る目に俺は思わず居住まいを正した。
先生? 今は出掛けてるぞ。
俺は嘘を吐いた。スマイルくんはアビリティに頭をやられてる。そんな異常者を先生と会わせたくなかった。
スマイルくんが一つ頷く。
「そうか。客間だね。ありがとう」
怖い。俺の言葉を完全に無視して俺の中のルリイエさんと勝手に会話している。
先生は客間にいらっしゃる。それは事実だ。スマイルくんはこの手のミスをやらない。ちゃんとアポを取るし、俺に先生の所在を尋ねたのは挨拶代わりなのだろう。それでも架空の俺の人格とお喋りするのはやめて欲しい。
……先生に何の用だろう。
当然、俺は同席するつもりだ。先生を一人にはできない。
モグラさんぬいぐるみをソファに置いてスマイルくんの背後をとる。
アオが俺の胸ぐらをガッと掴んできた。
オンドレぁ! 俺は反射的に左フックを繰り出した。俺の左をひじで跳ね上げたアオが俺の腰を引き付けてがっしりとホールドしてくる。くっ、動けねえ……!
スマイルくんの斜め後ろをトコトコと歩いているミドリがこちらを振り返って「あらまぁ」と形の良い唇に手を当てる。くそがっ。
アオが俺の胸ぐらを掴んだ手にギリギリと力を込めて俺の頭を押さえ込んだ。熱い吐息が俺の耳朶をくすぐる。
「崖っぷち。頼む。隊長を止めてくれっ……」
あん? チッ、殴り合いじゃねーのかよ。放せや。俺は乱暴にアオの手を振り解いた。止めろだ? 知ったことかよ。スマイルの旦那は俺の管轄じゃねえ。
2.クランハウス-客間
実のところ、ウチの丸太小屋には客間なる空間が存在する。
昨今、大抵のゴミは居間で俺を見つけて満足するので客間に辿り着くことはないという二重底みたいな感じになっている。
俺がレベル1の柔肌をエサにゴミどもを引き付けている隙に客間で先生が客ティナンの応対をするという仕組みだ。誰が考案したでもなく自然とそういう役割配分に落ち着いていた。何しろゴミどもが俺の身体目当てにやって来る。殺し殺されてそれでいいのかよってガンダム種のカガリは負の連鎖を嘆いてたけど、それでいいのだ!とバカボンのパパが力強く肯定するかのようだ。この世界は狂ってる。
俺はイライラしながら客間にスマイルくんたちを通した。
ソファにちょこんと座る先生の御姿に癒されながら隣に座る。
テーブルを挟んで向かい側の席に座ったスマイルくんが単刀直入に告げた。
「人間の里を立て直す。富国強兵。西側、アジア諸国に負けない強い国にする」
IF戦記でも書いてんのか? 水臭いな、言えよ。なろうか? タイトルは? ペンネームは? 悪いようにはしねえから言いなよ。俺っちに教えてみな。気が向いたら感想書いてやるから。
しかし先生は別に何か心当たりがあるようだった。
「……それほど焦る必要はないんじゃないかな? サトウ。君は」
スマイルくんが手振りで先生を制して言う。
「先生。あなたほどのプレイヤーなら気が付いているだろう。レベル40の壁は外的要因によるものだ。政治形態だろうな……。原始的な狩りの集団から脱する。導くものが居なくては先に進めない。私がやる」
先生は焦っている。
「ダメだ。サトウ。きっと他に手段がある」
スマイルくんは俯いた。低く喉を鳴らして笑う。
「……先生。私はあなたのことが苦手だった。誰よりも先を見通しながらもどうしてそんなに無邪気で居られるのかと思っていた。そう、私はあなたに恐怖を感じていた。しかし……どうやら……今はそうでもないぞ」
おい、死にたいのか? 先生に無礼な口を利いた連中がどうなったか、知らないのかい? 少しばかり予習が足りないんじゃないか……。
俺は懐からヌッとマイナスドライバーを取り出した。アオが斧の柄に手を掛ける。ミドリは何が楽しいのかにこにこと笑っている。ちょんちょんと自分の唇を指でつついたミドリに、俺はチッと舌打ちしてマイナスドライバーをコトリとテーブルに置いた。
……喧嘩をやめたらチューしてくれるってことなの? 一抹の希望に賭けてひとまず喧嘩やめたけど、ミドリさんは何を考えてるのか全然分からない。割と好みのタイプだ。俺のハーレムメンバーに加わってくれたら悪いようにはしないよ? 今夜辺りどう? そうした意図を込めてマイナスドライバーをミドリさんのほうに転がしてみたが、うまく伝わらなかったようでミドリは不思議そうに首を傾げるばかりだった。へえ、案外初心なんだな? 俺はベロリと舌舐めずりした。それとも……俺を弄んでいるのか。それもまたヨシ。
水面下でドッグファイトを繰り広げている俺らをよそにスマイルくんが続ける。先生をじっと見つめ、
「あなたにはネフィリアとコタタマくんが居た。彼らはギルドと共生する道を切り拓いた先駆者と言っていい。彼らはあなたの予想を上回る存在だった。αテスターの登場が状況を更に複雑化し、あなたの手に余るようになっていく。そんな時に解答を示したのがコタタマくんだ」
だから何だってんだ。回りくどいな。キッパリ言えよ。
「先生。それとアオ。先ほどコタタマくんと何か話していたようだが……。私の考えは変わらない。私は人間の里を統べる王になる」
ああ、エリアチャットを取り戻すって話なのか。それに人間の里がどう関わるのかは知らんし興味もないが……。
俺はチラッとアオを見た。すぐにスマイルくんに視線を戻して手のひらをやんわりと上に向ける。
いやいや、無理だろ。あんな無法の荒野でどうしようってんだ。誰であろうとゴミどもはコントロールできねーよ。たとえあんたでもな、旦那。
……スマイルくんは何かデカいことをやろうとしているようだ。それが具体的にどんなプランなのかは知らないが、どうせつまんねえことだろう。俺はトップクラスのプレイヤーのユーモアセンスを信用していない。コイツらはいつも一人で勝手に突っ走って俺に多大な迷惑を掛ける。そうはさせない。
俺はテーブルに身を乗り出してスマイルくんの胸ぐらをガッと掴んだ。
あんたじゃ無理だ。β組だ、初日組だ……どんなモンかと思って見てたら実際にはどうだ? サトゥ氏にしたってそうさ。俺のほうがよっぽど目立ってるぜ。しょせん才能なんてモンじゃ人間は動かせねえってことだな。歴史上の偉人ってやつは才能なんて言葉じゃ片付けられねえモンを持ってたんだろう。なあ、スマイルさんよ。俺はあんたのことが嫌いじゃないが、β組の一員だからっていつまでも調子に乗るなよ? あんたはしょせん千分の一、万分の一の一人だ。何も成し遂げられやしないさ。一人で何でもかんでも背負い込もうとするからそうなる。あんたは目下のモンに寛容だが……格下に頭を下げる度量はねえか!
俺はテーブルに両膝を乗り出してスマイルくんの胸ぐらを両手でギリギリと乱暴に締め上げた。
おらっ、お願いしますって言えよ! 一人じゃキツいんで協力してくださいって言うんだよ! それができねーからテメェーらは! 安っぽいプライドでェ!
スマイルはフッと微笑した。俺の手をやんわりと振り解くなり立ち上がって、襟を正してから俺の肩にポンと手を置く。
「コタタマくん。楽しかったよ。サトゥと仲良くしてやってくれ。私のあとを継ぐとしたら、それはアイツ以外には居ない」
きびすを返したスマイルが歩き去っていく。俺に背を向けて。
待てよ!
俺は我慢ならなかった。俺を無視するな。振り向かせてやる。何をしてでも。
俺は冷蔵庫にしがみ付いて全身に力を込めた。うおおおおおっ! ウッディが俺の血に溶け込み、高鳴る心臓が頭のてっぺんから爪先まで爆発的なエネルギーを抽送する。俺はぐわっと冷蔵庫を持ち上げた。どくんどくんと耳の奥で脈打つ音がハッキリと聞こえた。
死ねぇー!
冷蔵庫をブン回して突進する俺に、さしものスマイルくんもギョッとしてこちらを振り返る。
「どういう感情なんだ、それは……」
俺の目ん玉から黒い稲妻が走る。
俺をッ! 見ろッ!
頭に血がのぼって自分でも何を言ってるのか分からなかった。
ブンと振り回した冷蔵庫をスマイルくんがひょいと身体を屈めて躱した。苦笑。
「ずっと見ているよ」
グインと腰を突き出して上体を引き起こすと共に剣の鯉口を切る。銀のしずくが糸を引くかのようだった。
「ぬんっ!」
ふあっ!
俺の頸動脈が断ち切られた。俺の手を離れた冷蔵庫が床に落ちて中に入っていたペットボトルが散乱する。
俺のドス黒い返り血がパッと散って先生の穢れを知らない白い毛皮にビタビタと掛かった。
俺はにこっと笑った。
ととっとたたらを踏んで半回転し、ギラッと歯列を剥いてスマイルくんを見る。
スマイルくんは重心を低く構えている。床すれすれに剣の切っ先を置き、いつでも第二撃を放てる体勢だ。瞳に宿る冴え冴えとした不退転の覚悟が美しかった。
やっぱ半端ねえな、β組……。
俺はずしゃあッと倒れ伏した。
これは、とあるVRMMOの物語。
この時のアオくんの心情。「誰もそこまでやれとは言ってねえ……」
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