第十章、ゲームの終わり(別に最終章ではない)
1.曜日ダンジョン-最下層
なんだ、これは。
異常な光景だった。
黒い大地が広がっている。
朽ち果てたギルドの残骸がそこら中に転がっている。
俺たちは禁断の地に足を踏み入れてしまったのか……?
悪寒が止まらない。
なので、俺は鍋パをして帰った。鍋最高。
2.クランハウス-居間
居間でゴロゴロしているとマグちゃんがパリメン(パーティーメンバーのこと)を家に呼ぶというので部屋に引き篭もろうとしたら同席するようマグちゃんに言われたので同席することになり、ぼーっとして待っていたら「ぼさっとしてないで準備しろ」とマグちゃんに言われたので暗たまを呼ぶことにした。
ぼんやりして待っていると、マグちゃんが熱を測るように俺のひたいに手のひらを当ててくる。
「ペタタマセンセー、なんか変だよ? どしたの」
あ、気になる? 聞いてよマグちゃん〜。俺はマグちゃんを抱きかかえてナデナデした。
サトゥ氏が頭おかしいんだよ〜。この前、なんかスッゲー不気味なトコに出てさぁ。俺らはチョーびびってるのにサトゥ氏だけはケロッとしてんのね。ああ、コイツもう人間らしい感情が残ってねーんだなって思って見てたら、アイツ何て言ったと思う? 俺が関わると割とよくあるパターンだとさ。ひどくない? なんか俺が悪いみたいなさ〜……。そのあともギルド鍋つつきながらチマチマ言ってくんのよ。ボスキャラ煽るだけ煽って勝手にどっか行くとかさ〜。いや、まぁ何度かやったのは事実だけども。あ、ギルド鍋ってのはクソ虫さんたちの鍋ね。あいつらほとんどカニだからね。鍋にされるために生まれてきたようなヤツらだぜ。
頬っぺたを突付いているとムズがったマグちゃんが「んーんー」と嫌々をするように首をねじる。
マグちゃんのパリメンは四人だよな。
俺は急に頭が回った。
暗たまは三人だ。そこに俺とマグちゃんが加わると……計九人。
……多すぎないか。どうするんだ、これ。
マグちゃんはバッと振り返って居間の間取りを床の端から天井の隅までじっと見つめた。
「……床に三人くらい座れば……」
バカげてる。俺は手のひらをやんわりと上に向けてマグちゃんの言い分を否定した。
ウチは別に土足厳禁って訳じゃない。そもそも誰を?って話だ。俺は嫌だぞ。マグちゃんも嫌だろ。
じゃあどうする? 他の部屋からソファを持ってくるか? しかしドコに置く? 置けなくはないが、人ひとり通るのがやっとだ。ソファ置き場かよ。そんな無様は晒せねえ……!
俺はマグちゃんの両肩にガッと手を掛けて彼女の赤い瞳をまっすぐ見つめた。
マグちゃん。よく聞いて。俺たちはこの危機をスタイリッシュに乗り切らなくちゃならない。ごく自然にソファの傍らに立つヤツ、ソファの背もたれに腰掛けて肩越しに会話に参加してくるヤツを作るんだ。理想を言うなら四人……! 俺は指を四本立てた。四人をソファから排除してモグラさんぬいぐるみを置きたい。余裕はあるという演出だ……!
「よ、四人? それは無茶だよっ、ペタタマ! さすがに四人はない! だったら最初からココに呼びつけるなって話だ!」
時間がない。マグちゃん。俺は今からコタタマくん五歳に化ける。見た目が子供ならソファからどけとはまず言われないからナ……。
「……!」
マグちゃんが「その手があったか」という顔をした。
彼女はαテスターの一員であり、外見上の年齢を自由に変えることができる。つまりマグちゃんもまた五歳児に化けるのは容易、ということ……! そして幼児と化した俺たちの凶悪な可愛らしさを前にして女どもは冷静では居られない。なし崩しで女キャラ二人が俺とマグちゃんを抱っこすることになるだろう。そうなればあとは自然と暗たまの二人が向かい側に座る形になるハズ。
他人に席を譲るなんて真っ平御免だ。俺とマグちゃんはコクリと頷き合った。
3.コタタマくん五歳
大体その通りになった。
暗たまはウチの丸太小屋を訪ねるなり五歳児二人と遭遇してビビっていた。
「ええ……?」
「し、師匠? 今日はどういう……?」
俺はズバッと言った。
お前らはネトゲー歴が浅いからな。俺は人に教えることで自分の為になるなんて甘っちょろいことを言うつもりはないが〜……他人のビルドに口を挟むのは楽しいぞ。
そう言って俺はビシィッと暗たまを指差した。俺の膝の上でうとうとしているマグちゃん五歳をナデナデしながら言う。
俺の可愛い暗たまよ。お前らはまぁー大したモンだ。本当に強くなった。この場にレイテッドくんを呼ばなかったのは、そろそろお前らも次の段階に進んでいいと思ったからだ。今から来るのは新規プレイヤーの連中で、俺はそいつらを心の中でチワワと呼んでる。分かるか、チワワ。駆け出しだよ。前々からお前らと会わせてやりたいと思っててナ。それは何故か。そいつらは、このマグちゃんのパリメンなんだよ。ただ考え方が甘っちょろいし、廃人に絡まれたら一気に崩れる。そういう危うさがある。放っておいたら世紀末のモヒカンになりかねない。なので、考え方に芯みたいなものを一本通したい。
マグちゃんがうとうとしながら俺の頬っぺたをぴたぴたと軽く叩いてくる。
「それ、ペタタマセンセーがやってよぉー。私、この人たちのことあんまり知らないしぃ」
ふふふ。マグちゃん。キミがどう考えてるのかは知らないけど、俺は加減できないんだよ。俺が教導役をやったら俺にとって都合のいい人間が出来るだけだ。それじゃあつまらない。極端な話、俺は俺に反抗的な人間を作りたいんだ。そのほうが面白い。暗たまは俺より強い。マグちゃんのパリメンは俺の孫弟子ってコトになるけど、腹の中じゃこう考えることになる。俺みたいな雑魚より暗たま先生のほうが頼りになるし、俺なんかドコが凄いんだ?ってね。それは……ふふふ……失礼。とても……ワクワクする。マグちゃんにしたって、そうだろ? マグちゃんは俺のことを高く買ってくれてるけど、そんなことない!って言ってくれる人間が居たほうが絶対に楽しいぜ。拗れたら俺に言いなよ。どうにでもなるさ。良心なんてクソの役にも立たないモンを後生大事に抱えてるヤツらをコントロールするのなんて簡単なんだ。願わくば……俺の手に負えない人材に育ってくれることを期待してるがね。くくっ、ははははは……。
俺を衝き動かしているのは破滅願望に近いナニカだ。ずっとそうだった。俺は本気を出したい。実際に本気を出さざるを得ない場面に直面するとゴネるし文句を言うが、それもまた偽らざる本音だ。矛盾しているようだが、なんのトラブルもなく惰性で生きるよりはずっと楽しい。サトゥ氏辺りがろくなことにならないと分かってるのに俺に絡んでくるのは似たような心理が働いているからだろう。順風満帆な人生はそういう気分の時だけでいい。
俺は短くなった腕でマグちゃんを抱き上げてぎゅっと抱きしめた。そら、楽しくなったきたぜ。最高の気分だ。愛してるよ、マグちゃん。
マグちゃんは諦観のため息を吐いた。
「ョ%レ氏に気に入られるワケだ……。このヒト、公平なのが好きなんだ」
おん? マグちゃんが何を言ってるのか分からなかった。俺は依怙贔屓の化身だ。ウチの子たちのためとあらば俺はゴミどもを平気で皆殺しにする。俺に公平という概念はない。だが妙に引っ掛かる物言いだった。問い質そうとする前にマグちゃんのパリメンがウチの丸太小屋に上がり込んできた。
お、来たな。俺はマグちゃんを横に置いてチワワ連隊に暗たまを紹介した。
よぉ。呼び出して悪かったな。コイツらは暗たま。俺直属のPK部隊だ。才能があったのか何なのか、攻略組に匹敵するウデを持ってる。面白いのは、コイツらは近接職トリオってコトだ。どう考えてもいびつなパーティー編成でありながら成り立ってる。そういう例もあるってコトだな。これは誰に聞いても同じ答えが返ってくると思うんだが、近接職ってのはパーティーのカナメなんだよ。どんなにイイ魔法アタッカーやヒーラーが居ても前衛がショボくちゃどうにもならない。逆に言うと前衛さえしっかりしてれば後衛も育っていく。タメを作れるってことだからな。野良パ行ってればダメな前衛に当たることもあるだろうが、それすら糧にできるのはちゃんとした土台あってのことだ。敗北から学べることが多いなんてのは俺から言わせてみればクソみたいな敗戦を経験してないやつの負け惜しみだね。本イキの敗戦はマジで何もできない。学べることなんて何もねーよ。ってな訳で、お前らに暗たまを付ける。何か質問あるか?
マグちゃんのパリメンは割と賢いチワワと賢くない強化系、よく喋る女と喋らない特質系の四人組だ。
マグちゃん五歳を抱きかかえたよく喋る女が率先して口を開く。
「あの、突然すぎて何がなんだか……。私たちがこの人たちの弟子ってことになるんですか? そういうの、どうしても要ります?」
俺はチラッと暗たまを見た。
暗たまが「勘弁してくださいよ〜」という目で俺を見てくる。
俺はニヤッと笑った。もはや中堅どころと言ってもいい暗たまからしてみれば、このチワワどもは粗だらけだ。それが分かってるならいい。初対面の印象は大事だ。この場は俺が悪者になろう。
俺はマグちゃん隊のリーダー格の女を指差した。
ギスギスオンラインって知ってるか?
むっとした女が訳知り顔で言う。
「知ってますけどぉ。そういうのは上の話でしょ? みんな優しいですよ」
違うね。優しいんじゃない。お前らに関心がないんだ。
俺はキッパリと言った。
けど俺はお前らのことをちゃんと考えてるから、優しくないことも言ってやれる。
例えば、こうだ。お前はリーダーに向いてない。お前は可愛いからダメだ。女キャラはリーダーに向いてない。お前、正しいことを言えば相手は引いてくれると思ってるだろ。そんなことはないんだぞ。難癖を付ける側からしたらキレーなチャンネーと喋るのは本来金を払ってやること。それをタダでやれる訳だからな。リーダーの資質ってのは乱暴に言えばこれ以上コイツに関わりたくねえと思わせることだ。
「せんせ、せんせ」
マグちゃんがくいくいと俺の袖を引っ張ってくる。
ん? 何かな?
「ほとんど初対面の女を口説くのやめて?」
……可愛いって言ったこと? 口説いてないよ。キャラクリで可愛く作っといて可愛い言うの禁止っておかしくない? だったら最初から男キャラで来いよって話になるじゃんね。
それはVRMMOにおける真理だ。
そこにおっぱいがあり、尻があり、太ももがあるのだ。しょせんはゲームだと割り切れる男は少ない。俺ですらそうだ。必要とあらば男女平等に皆殺しにするが、女キャラ主体のパーティーがあれば積極的に潜り込むだろう。
暗たまが俺に任せっきりにするのも良くないと思ったのか、口々に言う。
「俺も師匠と同じことを思ったよ。やっぱりバランスいいパーティーっていうか崩しにくいパーティーってほとんど男がリーダーなんだよね」
「いや、ごめん。女の子が悪いって言うんじゃなくてさ……。男ってそういう生き物なんだなって」
「うん、そこ無視したら話が進まないんだよね」
俺はお喋りしたくて仕方ない。カブり気味に話を先に進める。
俺はさ〜お前らにマグちゃんを預けてる訳じゃん? だから後ろ盾を用意しようってなった時に誰にしようかなって悩んだワケよ。サトゥ氏……例のカエルの人ね。アイツなんかは最初はイイ感じなんだけど、レッスンが進むにつれて段々怪しくなる。感情とかマシーンとかいう単語が出たらもうダメだ。何が怖いって影響力だな。ヤツに軽く人格改造されたウチの子は時々ガラス玉みたいな目ん玉で俺を見ることがある。いや、サトゥ氏はデキる子なんだよ? 最短経路なんだなって思う。遅かれ早かれって面はあるから。けど俺はお前らの可能性ってヤツを大事にしてやりたいんだよね。あのカエルくんが本気になったら新規プレイヤーを装ってお前らに接近するとか平気でやるからね。遣り口がエグいんだよ。二、三ヶ月もあれば身も心も戦闘マシーンに改造されて「トイレ?」とか言い出しかねない。ちょっとトイレ行ってきまーすって言ったら納得して欲しいよね? そこの可能性は閉ざしたくないよね。
その点、ここに居る暗たまはお風呂タイムも快く受け入れてくれるから。何なら歓迎してくれるから。
「ちょっ、師匠。歓迎って何スか。いや、別に引き止めはしないスけど……」
「し、師匠は凄い人なんだよ? 俺ら、街を歩いてると崖っぷちの弟子じゃねーか〜ってよく絡まれるもん」
時に、お前ら。出張先のクランでちょっとイイ感じの娘が居るらしいナ?
俺は本題に移った。
暗たまがギョッとした。
……トロッペ。お前はいい。幼馴染みの女と付き合ってるらしいな。VRMMOやってて彼女が出来ましたってか。まぁそれはいい。祝福してやるよ。
俺は残り二人をジロッと睨んだ。
静かなるドンか。オメェーらは。
暗たまは甲高い悲鳴を上げた。
「放っておいてくださいよ! 師匠にはポチョさんとスズキさんが居るじゃないスか!」
「つーかその子は誰なんスか!? さっきからナチュラルにタッチしてますけど!」
マグちゃんは俺にとって初孫みたいなもんなんだよ。
「意味分かんねーっス!」
暗たまが大声を上げるものだから、うとうとしていたマグちゃんがパチッと目を覚ました。夢うつつに話を聞いていたらしい。総括してくる。
「……よく分かんないけど、面倒臭いことは男に押し付けろってことでしょ? 私たち、可愛いし、それで良くない?」
ねー?と首を傾げるマグちゃんに、女キャラ二人はたちまち魅了された。うんうんと頷いてマグちゃんを構い始める。マグちゃんは懐かない猫のようにムズがった。
「ちょっ、さわんな。あんたら、雑! ペタタマセンセーを見習えよ〜。このヒト、熟練のヒモだから。女を悦ばすすべに長けてる」
ヒモじゃないよ、マグちゃん。あと、言い方。変なスキル身に付けてるみたいに言うのやめて? むしろ他のヤツらがガサツなんだよ。犬にしろ猫にしろ身体触られて喜ぶなんてある? そこら辺の認識がどいつもこいつも甘いんだよ。
俺はマグちゃんで実演した。
ほら、こうやって重い頭をこっちで支えてやるんだよ。そしたら楽だよな? 当たり前のことじゃんね? 赤ん坊にしてやることはとにかく応用が利く。それが人間にとって最適解だからだ。頭を触るのは基本NGよ。それは信頼関係あってのもので、順番を間違っちゃダメ。どうしてもと言うなら……末端部から攻めないと。
そう、末端部から。
攻めるなら、そこから。
……トレーニングモード……。
答えはとうに用意されていたのか。
俺はマグちゃんを慎重に抱え直した。少しも不快なことがないように。
立てた片ひざにひじを突いて、手の甲越しに虚空をじっと見つめる。
これは、とあるVRMMOの物語。
重要なのは、選んだ種族ではなく、この星そのもの……?
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